ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第四十三話 ブッ飛ばせ

 マミのリボンが伸び、ほむらと杏子はそれを受け取る。

 杏子は腕に巻き付け、さやかは車椅子に結んだそれを握った。そしてほむらは、盾を廻す。

 ふとまどかは、隣のさやかに目を向けた。

 同じように、さやかもまどかを見ていた。

 

「──────」

「さやかちゃ」

 

 さやかは口を開く。

 ただ、何を言いたかったのかは自分でも分からない。置いて行くまどかのことが、少し気になっただけ。

 時が止まって、まどかは動かなくなった。

 

「……?どうしたの」

「あ、うん……にゃ、なんでもない。行こう、ほむら」

 

 少女たちは、灰色に留まった世界を走った。

 

「ん、あっ」

 

 まどかの目の前から、四人の姿が消えた。

 手に持っていたラジオを、胸元で握りこむ。ただ祈るしかなかった。

 黒く暗い空を見上げながら、まどかは翻って歩き始めた。

 

(魔法少女に、ならなきゃいけない)

 

「っ、もう……まだ言うの。駄目だよ……ほむらちゃんたちが、何とかしてくれるから。わたしは、ここにいちゃだめだから」

 

「見届けないのかい?」

 

 キュゥべえがいた。

 ただ、それを確認するための耳や目がおかしい。

 また不調が現れた。そこにベンチがある、と言ってキュゥべえKはまどかを呼び寄せた。

 

「……待っててって、言われたから。わたしは戻る。みんなで勝つもん」

「前に言った通り、難しいことだ。でも不可能だとは言わないよ。彼女達があれを倒せれば、少なくとも沢山の人間を救えることは間違いないだろうしね」

 

 それはいいんだけど、とキュゥべえは言う。

 

「随分と具合が悪そうだけど……どうしたのかな」

「あぇ……ん……と。なんというか、目と耳がへんなの。声と、幻覚……ほんもの……?」

 

(魔法少女にならなきゃいけない)

 

 雑音が鼓動する。

 痛いくらいの音量に、まどかは耳を塞いだ。胸の内で熱が暴れる。

 キュゥべえは構わず声を掛け続ける。

 

「大丈夫かい。ボクは干渉できないけれど、魔法少女になれば痛みを和らげることも────」

「もう、静かにしてよ……!」

 

 ずっと話しかけられていることが、まどかの精神を削った。

 雑音の下では、キュゥべえの声は何重にも聞こえた。

 キュゥべえはベンチに乗って、尻尾を揺らした。

 

「……インキュベーターにとって、君を魔法少女にすることが他の何より優先すべき事項なんだ。君には、ボクたちを罵る権利がある。キュゥべえ・クロマークには申し訳ない気持ちを抱える機能が無いから」

「……っ。わたし、は……あなたたちを恨む気はない」

「ほう。暁美ほむらも同じことを言っていたよ。どうしてだい?」

「恨んでも、良い事なんて何もない……ぁ、あ゛っ!」

 

 語気を強めると、音の波も勢いを増した。

 まどかは頭を抱えながら、苦しみ呻く。

 キュゥべえKはまどかの頭に近づいて、白い手をまどかの額に当てた。

 熱が引いていく。代わりにまどかは、寒気を感じた。

 

「おやすみ、鹿目まどか」

 

 ギュッ、とキュゥべえの喉から締められるような声がした。

 悪寒に意識を引っ張り戻され、まどかはパチリと目を開けた。キュゥべえは首根っこを掴まれている。

 それを行った相手に、まどかは驚き声を上げた。

 

「ママ!?」

 

「探したぞ、まどか。友達を呼ぶっつって止めれもしないくらいさっさと出やがって。こんなとこで寝てるし」

「え、あ……ごめん。でも、えっと……ママはそれ、見えるの?」

 

 ん、ああと鹿目詢子は頷く。

 

「野良猫かなんかなのこれ?狂犬病とかあるからさ、気を付けなよ」

 

 そう言って、彼女はくったりと動かないキュゥべえを茂みにぽいっと捨ててしまった。

 唖然としているまどかの手を取り、避難所を指さした。

 

「用は済んだか?友達は。もしかして、はぐれたのか?」

 

 詢子に言われ、まどかはあたふたと答える。

 

「いや、その……大丈夫!さっき別れた所だから!」

 

 明らかに何かを隠している、と詢子の目が鋭くなる。

 まどかは縮こまったが、詢子のかけた声は優しかった。

 

「そうか、ならいい。だったらさっさと戻るぞ。危ないしな」

「えっと、あ……うん。分かった」

 

 そうして、二人は小走りで避難所に帰っていく。

 それを見ながら、()()()()()()()()()()まどかは愁いを帯びた表情でキュゥべえを見つめた。

 

「今のわたしは、これで。あとは……私がなんとかする。願いは叶えてよ。インキュベーター」

「ボクは導くだけだよ。それにしても、君は本当に興味深い存在だ。君が良ければ、是非ともボクたちの研究に協力をお願いしたいね」

「ふざけてる時間は無いよ。私は……見滝原を出て、魔法少女になる」

 

 もう絶望する必要なんてない。

 私がさせない、守りたいものは数えきれない。

 まどかはキュゥべえを摘み上げて、人では届かない高さまで飛び上がった。

 割れた街灯が、光を宿した。

 

 

 杏子の聴覚が、途切れ途切れの不愉快な嘲笑を受け取る。

 

 その度に、彼女は魔力を燃やした。杏子は炎を扱うことはないが、魔力を使う時のイメージは竈に近い。

 燃料(かんじょう)を焚べれば、魔力(いかり)は激しく燃え盛る。

 故に、杏子は戦いの中で魔力切れを起こしたことがなかった。火種はいくらでもある。

 理不尽への怒り。気に入らない相手への怒り。自分への怒り。過去への怒り。

 火で火を熾し、炎へと転じたそれを掴み取る。

 

 止まった時間の中、リボンで繋がった杏子はビルを軽々登っていく。

 屋上について、杏子は槍を握りしめた。強く強く、折れてもおかしくないくらいに柄へ魔力を溜め込んだ。

 溜めた魔力が、切先で濃度を増す。尖り、堅く、粘ついてゆく。

 魔力は炎であり、焚べた燃料もそこにある。

 目を覆う。瞼の裏には、らしくもない感傷が浮かぶ。無視して魔力に意識を向けた。

 

 集中すれば、竈そのものの温度が上昇していった。

 握った槍を、手のひらに乗せた。

 それは解放されたように、一度、二度とその質量を増大させる。物理法則を無視したそれは、身の丈を軽々超えてビルの高さと同じくらいの大きさになった。

 それは、杏子の手の中で起動されるのを待っていた。

 槍先が開き、赤い魔力が炎に変わる。

 

 杏子はカッと眼を開く。

 瞬間、また嘲笑が動き始めた。

 ありったけの苛つきを込め、杏子は叫んだ。

 

「アタシのシマ、勝手に荒らしてんじゃねえよッ!!!」

 

 その威力は、大山鳴動というに相応しい。

 開幕から全力でワルプルギスの夜を穿った杏子の槍は、分かれた槍先から放出する炎でさらに加速した。

 避難所へとゆっくり接近していたワルプルギスの夜だったが、突如現れた凄まじい熱量を持つ槍によってその身は大きく揺らいだ。

 がりがりと魔女の体を削ったと思えば、瞬きの間に槍は縮んで杏子の手元に戻った。

 

 身体を揺らした舞台装置の魔女は、ゆっくりとその身を持ち直した。

 三日月のように歪んだ唇は相変わらずそこにあり、消耗しているのかは分からなかった。

 敵を見上げながら、さやかは呟く。

 

「……やるじゃん。あたしはてっきり大技なんて持ってないのかと思ってたよ」

「そりゃあ大物相手にしか使わないし。小物にも苦戦するあんたに見せる機会はないさ」

「んだとぉ!」

「アハハッ!」

 

 全く、と言って黒いアンダーシャツを着けた手が杏子の後頭部をこつんとはたく。

 

「あんまり揶揄わないの。美樹さんだって、私たちの大切な仲間なのよ?」

「マミさん……!」

 

 うるうるした目でマミに上目遣いを向けるさやか。

 うへぇと杏子は振り返り、半分だけ開けた目でマミを見やった。

 

「お仲間ごっこは勘弁してよ。アタシはそういうガラじゃないんだ。……で、アタシはさっきみたいな感じでアイツの気を引いてりゃいいわけ?」

「いえ、あんな大技を撃つ必要はないわ。あの規模をバカスカ撃っていたらあっという間に魔力切れを起こすでしょう。今この位置から移動しないよう、足止めをする。できるわね?」

「へ、まぁね。総力戦なんだ、出し惜しみする必要もねー。せいぜいでけえのをブチ込めよ」

 

 ほむらの指示を聞き、杏子は軽口を叩いた。マミはそれに頷く。

 杏子は跳躍し、ワルプルギスの夜へ取り付いた。

 宙に浮いた瓦礫を足場として跳び回り、魔女の顔面へと攻撃を重ねる。

 顔を殴るのは完全に私怨だ。効きがいいからというのもあるが、この煩い口が二度と声を上げられないように潰すつもりでやっていた。

 

 すると、地上を侵攻する使い魔が俄かに騒ぎ出した。それに気を取られていると、杏子を剣が襲った。

 避け抜け一発、黒いそれに蹴りを入れる。

 剣の形がさやかとは違う。姿を見るまでもなく、ほむらに聞いた使い魔であるとすぐにわかった。

 周囲を見れば、姿を隠しこちらを狙うものや堂々と姿を晒すもの、幾つもの使い魔が杏子へと殺気を向けていた。お誂え向き、あまりに丁度いいサンドバックどもだ。

 

 杏子は封をしていた情動を爆発させる。

 物理的な熱さえ孕んだ魔力が吹き出す中、杏子は取り出した棒付き飴を口に入れた。

 

「ずっと頭使いっぱなしだったからね。こういうのが一番分かりやすくて助かるってもんだ」

 

 槍から手を離し、落ちてきた柄を蹴り飛ばした。

 使い魔の頭を吹き飛ばし、瓦礫に刺さった槍はすぐに魔力へと戻った。

 

「全員でかかってきな。まとめて潰してやるよ!」

 

 飴の柄を噛み潰し、折れるくらいに曲げて杏子は笑った。

 

 殺到する近接系の使い魔と遠距離攻撃。

 射線を敵で切れば、勝手に当たってくれる。全く統制が取れていない相手など、烏合の衆に等しい。後ろから撃たれ、体勢を崩したやつからばっさり首を斬った。

 情けをかけてもらえるとでも思っていたのか、心なしか動きを止めて隙を晒す使い魔を見逃さない。逃げ遅れた一体の心臓を貫き、刺したまま物陰の遠距離使い魔に投擲した。

 ビルの壁に突き刺さり、壁に縫い止められた使い魔から槍を引き抜く。

 その勢いを殺さず、杏子は二匹を袈裟斬りにした。

 

 息を吐く間はなく、杏子は背後から攻撃を受けた。

 飛んでくる魔力の弾を無視し、ワルプルギスの夜に向かおうとした。

 

 濃い殺気に体が反応する。

 気配を読んで槍を薙ぐ。ごすりと鈍い音がして、それは受け止められた。

 ごつごつとした銃の銃床に杏子の槍が食い込んでいる。

 あはは、と笑いが漏れた。

 

「悪くない奴もいるらしい…………ははっ!どうだ、あんたはアタシが楽しめる相手かァ!?」

 

 付かず離れずの距離を保とうとする銃手に、杏子は追い縋る。

 杏子がワルプルギスの夜に近づけば、雑兵のように黒い魔法少女型の使い魔が切り伏せられる。

 銃手は杏子が強力な一撃を放とうとするたび、それに介入する。杏子は焦れて叫んだ。

 そんな様子を見ながら、マミは嘆息した。

 

「無茶はしないでって言ったのに……変わっていないのね」

「え、あたしあんなの初めて見ましたけど。マミさんと一緒にいた頃ってあんな感じだったんですか?」

 

 さやかの言葉に、マミは少し驚いたようだった。

 ただすぐに柔らかい笑みに戻り、ほんの一瞬その顔に影がかかった。

 

「そう、ね。見滝原を離れる直前は、ああやって危険も顧みずに突っ込んでいたわ。あんな風に笑っていた記憶もある……笑わずにはいられないんだと思う」

 

 嫌な記憶を割り切り、苦しみを和らげるために。

 そう言ったマミの横顔を、さやかは見ることが叶わなかった。

 杏子を見ながら、さやかはサーベルを振る。ビルの屋上にやって来たはいいが、壁を登ってや中から弱い使い魔が大量に湧いてくるのだ。

 

 そしてマミさんは今、魔力を充填している。

 バカでかい砲塔に。

 だから動くことも、迎撃もできない。

 いや、できる上であの人は任せている。信頼されている、ということだ。

 

 そして、ほむらは……。

 さやかの意識がそれに向いたと同時に、屋上と階下を繋ぐ階段が爆発する。

 崩落したそこから、息を切らせたままでほむらが現れた。銃で流れるように使い魔を処理しつつ、息を整え髪を払った。

 さやかが尋ねる。

 

「中にいた人は?」

「運び終えたわ。全て巴マミの結界に移動させた」

「スーパーセルが方向転換して自分のところにやって来たかと思ったら、妙な格好した女子にリボンまみれの部屋に閉じ込められる。あたしだったら悪夢としか思えないね」

 

 いつもの日常でしょう、とほむら。

 まぁあたし達と同じ経験もちょっとぐらいしてほしいよね〜とさやか。

 あなた達……と呆れるマミ。

 

 ただ、そうしている間も剣戟と銃声は止まない。

 微動だにしないマミへ、魔力が膨れ上がるとともに使い魔がなだれ込む。

 それをさやかが切り裂く、ほむらが撃ち抜く。

 ミタキハラの魔法少女は雑魚として現れる使い魔如きには遅れを取らない。

 才能がなくともね、とさやかは口の中でぼやいた。

 

 車椅子に座ったままでのカバーは難しいように思われたが、そこは機転と少女の体の柔らかさを有効活用した。

 バランスを取れる範囲で体を伸ばす。寄ってくるものを潰し、裂き、殴り飛ばす。

 致命的な一撃を防ぎ続ける。

 たまに魔力を使うものの、行って戻る程度なら二歩分しか魔力は必要ない。四歩で十体は斬った。踏み込みは鋭く、山吹色に近づくもの全てを青い軌跡が退けた。

 

 地面を滑る青と代わり、黒点は一歩も動かない。

 空からやってくる使い魔や、遠距離から攻撃しようとするものを実銃で淡々と仕留めていく。

 動きはしないが、狙撃銃やアサルトライフルを使っているために一番音が大きいのは彼女の区画だった。

 それだけ目立てば使い魔も寄ってくるが、ほむらは一歩もその場から動くことなく処理していた。

 

 マミから声が上がる。

 

「準備OKよ!いつでも行けるわ!」

 

 そう、とほむらがワルプルギスの夜を見た。

 盾を廻し、最後に残っていた一発をマミの近くの使い魔に撃った。

 それが弾け、穢れた魔力に戻る瞬間に時が止まる。近くにいたさやかはうげっと顔を引き攣らせた。

 

「あたしがやろうと思ってたのに……汚れちゃうじゃん!マミさんが!」

「どうせ一発しか残っていなかったのだから、使い切った方がいいでしょう。巴マミであれば避けられるわ」

 

 かかった所で害はないし、とほむらは涼しげな顔をする。

 マミは急に時が止まって危うく落ちかけていた杏子をリボンで引っ張って元の場所に戻している。

 赤髪の少女は浮石を跳び、三人と合流した。不満げに頬を膨らませている。

 

「……礼は言わないよ」

「えぇ、困った時はお互い様でしょう」

 

 マミは目尻を下げる。

 優しく受け止められ杏子はつまらなそうに、しかし居心地は悪くなさそうに鼻を鳴らした。そのまま、ほむらに不満げな顔を向ける。

 

「せめて合図してくれよ…………ま、いいさ。用意できてんだろ?」

 

 自分の中で決着をつけたのか、杏子はほむらから目を離してマミに向けた。

 杏子の言葉に、マミは力強く頷く。

 

 マミのそばにあった、何個かのFグリーフシードをほむらが回収する。

 

「そういえば、グリーフシードの正しい名称ってF(フエル)・グリーフシードなのよね。……なんでなのかしら」

「私にも分からない」

 

 分かるのなら是非教えてほしいところね、とほむらは思う。

 それもワルプルギスの夜を倒した後ならば、急がず調べられる。まずは目の前のことに集中すべきだ。

 それより、とマミを促す。止められる時間は有限だ。早く撃たなければ。

 

「始めるわ」

「行くか!」

「頼みますよ、マミさん」

 

 さやかの声に、マミは再び頷いた。

 目を瞑り、山吹色のツインテールが風のない中で靡く。

 いつの間にかまた車椅子に乗り直していたさやかは、マミの背に手を置いた。黒い円の重なりがマミの背から広がり、空中に五線譜が浮き上がる。

 砲身にエネルギーが形成される。魔力が集まり、光る粒子となって撃ち出されるのを待つ。

 時を同じくして、ウォーミングアップを終えた杏子が槍に炎を灯した。

 溢れた魔力の奔流が、圧となって少女達の体を襲う。

 しかし、一人として耐えきれないものはいない。

 

 さやかはほむらにアイコンタクトをかけた。

 黒々と輝く瞳が、真っ直ぐこちらを視認した。さやかは笑った。

 まだ頼りない先輩の背を押しながら、どうしてもやりたいと譲らなかった宣誓を謳いあげた。

 

「マミさんはっ!!」

 

「最強の、魔法少女だぁ!!!」

 

 盾が廻る。

 ほむらが目を見開く。

 時は進み始め、ワルプルギスの夜は、浮かせたビルを少女達に向ける。

 

「邪魔すんじゃねーよッ!!」

 

 杏子はもう一度、槍を赤く染める。

 跳び上がり、ビルに向けて大槍を振りかぶる。槍の腹で打たれ、ビルの軌道が逸れた。

 地面に激突し、大量の土埃と破片が舞う。

 砲塔は一つも被害を被っていない。

 

 ばちりと髪留めが吹き飛び、山吹色の髪が解けた。

 マミは、手を振り下ろす。

 

 

「ティロ・フィナーレ」

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