ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第四十五話 繋がれたこと、繫がれているもの

 虚を突かれ、三人は動きを止めた。

 心なしか、魔女も攻撃をやめていたような気がした。

 

 小柄な少女が魔女と魔法少女の間に割って入った。

 小さな鐘を鳴らすような可愛らしい声は、ひどくなじみ深いものだった。

 

「鹿目さん!!無事なの!?」

「まどか!?何でここに……その格好!?」

 

 さやかとマミは切迫した声を上げる。

 桃色のパニエは、彼女が描いたノートのものと酷似していた。

 宝石が入っていないブローチを眺めたものの、さやかは追及しなかった。

 それと背中につけた大きな白リボンを除き、その姿は彼女が描き想像したままの魔法少女だった。

 

「わたしも手伝う!ううん、ほむらちゃんを助けるの!」

「っ、助けるったって……魔女になったんだろ。手段がないよ」

「私がなんとかして、戻してみせる。でも……まずは、あっちの子を倒そう。私達なら、できる。ほむらちゃんも一緒だから!」

 

 そう言って、まどかは黒々とした魔女を指す。

 杏子は絶句するが、ほむらだと言われた魔女はこちらへアクションはせずただその場にいる。

 喉まで出かけた無理という言葉をなんとか嚥下して、沈黙を返した。

 マミが問う。

 

「あなたなら暁美さんが魔女になっても助けられるの?」

「はい」

「ねぇ、まどかなんだよね。別人とかじゃない?」

「違うよ、さやかちゃん。色々思い出したことはあるけど、わたしはわたし。ほむらちゃんも……まだ、助ける手立てはある」

 

 じゃあ、とさやかが言った。

 

「まどかは魔法少女になったの?」

 

 その言葉を予期していたように、まどかは目を瞑った。

 ふるふると頭を振る。

 

「私は魔法少女じゃないよ。まだ、だけど」

 

 でも、みんなを助けたい。その気持ちは、ずっと変わらないの。

 急がなきゃ。

 

 マミの背に二つの手が添えられる。

 水色と桃色がマミの体に流れ込み、マミの手からリボンが大量に放出される。

 それはビル一棟を包み、頂上でリボンがプレゼントのように結ばれる。それは淡い桃色の魔力で覆われ、使い魔の侵入や魔女の布腕を弾いた。

 

 さっきまでいたビルが音もなく崩れていくのをみながら、マミは一息つく。

 鹿目さんらしき少女は、さっきのやる気まんまんと言った様子が恥ずかしかったのか、今は少し大人しくなりながら指示を出していた。

 マミには彼女が本物の鹿目・K・まどかなのかを判断する術がなかった。彼女の人となりだって、まだ殆ど知らない。

 彼女の左目は黄金に輝いている。綺麗だ。燃えているようにも、稲妻が走っているようにも見えた。

 だからこそ、マミは恐ろしかった。

 

 赤いリボンの少女は、少し自信なさげにしながらも端的に状況を説明する。

 

「まず、あれはほむらちゃんです。今は魔女になってるけど、わたしが必ず戻します。それで、えっと。ほむらちゃんはわたしとキュゥべえ、魔女だけを狙うから、誘導して、ワルプルギスの夜を攻撃してもらおうと思うんですが……大丈夫かな?さやかちゃん」

「え、あたし!?あたしは別にいいと思うよ。異論なし……で、その役どころをあたしが引き受けるってこと?」

「いや、わたしがやろうかなって」

「じゃなんであたしに聞いたんだよ!」

「だ、だってさやかちゃんが一番嫌がるかなって……!喧嘩するよりいいかなって……」

 

 むぅ、とさやかは唸る。

 確かに、過去のあたしであれば間違いなく嫌がる。今も、あの時冷静になれていなかったと自覚したからって、別に話を黙って聞く訳じゃない。自分の思う正義を貫くためには、ちゃんとNOを言わなければならない。

 しかし今回ばかりはまどかの言葉が正しかった。まどか以外では、あの黒い魔女……ほむらを誘導するのは難しい。

 

「無茶は厳禁。……と言っても、こんなとこまで来ちゃったら無茶しない訳ないか。怪我と重傷、病気したら許さないよ」

「病気にかかることあるか……?」

「黙りな!」

 

 冗談にツッコむ杏子を返り討ちにした。

 まどかは少しびっくりしたあと、眉を八の字にして笑った。

 

「てひひ、さやかちゃんは優しいね。わかった。無理はしない……けど、それは……さやかちゃんもだから。自分の身を捨てるようなことは、やらないでね」

「あいあい、分かってますよ〜。そもそも?この足じゃ捨て身の特攻とか無理無理!」

 

 だから安心してよ、とさやかはリボンに座ったまままどかに視線を向けた。

 ピンクと金のオッドアイになったまどかは、少しだけ不安そうに首肯いてもう一つの作戦を提示した。

 

「ほむらちゃんを連れてくるまで、みんなにはワルプルギスの夜が移動しないように攻撃しててほしいんです」

「また足止めかぁ?本体は兎も角、使い魔はちょろちょろするだけ、まともに戦ってこないせいでストレス溜まンだけど……」

「っ、そういえば魔女は?」

 

 今は大丈夫だと思います、とまどかはワルプルギスの夜、ほむらの魔女を見た。

 互いに牽制し合っているのか、地上で争う使い魔とは違って魔女同士は静かなものだった。

 ただそこに佇むだけのワルプルギスの夜と対照的に、魔女は忙しなく布腕を動かしている。羽は長い間隔を空けてはばたいていた。

 

「なるほどね……あなたの影響もありそうだけど」

「えっ?あ、あはは……確かに、そうかもしれないです」

 

 それくらい、この少女の魔力は異質、膨大。

 あの大魔女二体を膠着状態に陥らせるなど、彼女なしには成り立たないだろう。

 マミは、未だ拭えない怯えに膝を震わせる。分からない。魔女になるということは、それだけの絶望を覚えたということ。あの光は暁美ほむらにとって、それだけの重さがあったということ。

 守るべきだと考えていた少女は、言いようのない恐怖を感じるものに変化していた。

 

 それでも、マミは手に銃を握りしめて魔女を見た。

 

 三本、光に包まれたリボンをそれぞれに託した。

 

「……暁美さんを、取り戻しましょう。まだ私たちは、負けていない」

「ですね。何も終わってないのに、あいつは……全く」

 

 さやかはほむらを見つめて言った。

 杏子がリボンに胡乱げな視線を向ける。

 

「なんだこれ」

「これがあれば、多少移動が楽に…………あら?佐倉さんには使ってもらったことがあったような……」

「え゛、あったっけ。うーん……覚えてねぇ。でも……こうか」

 

 宙に浮いた瓦礫、剥き出しの鉄筋にリボンを飛ばす。

 驚いて止めようとするマミに、杏子は弾けるような笑みを返した。

 

「アハハッ、体が覚えてたわ!楽しそうじゃん、サンキュー!」

 

 杏子は鎖で伸ばし浮遊物に刺した槍を縮め、リボンの位置を変えるのと合わせ不規則な軌道を描く。

 使ったことがあるというマミの言葉通り、初めてとは思えない使い熟しだった。

 マミは焦った声を出す。

 

「鹿目さん、説明はさっきので全部!?」

「あっえっと、はい!ただ、マミさんにはまだ一個あって。今のワルプルギスの夜には、強い技じゃないと効かないです。杏子ちゃんの援護をお願いします、隙があれば撃っちゃっても大丈夫です!」

 

 魔力……足りませんよね、とまどかが言う。

 実際、今のマミは保護した一般人とこのビルで二ヶ所に魔力を割いている。さやかからの魔力分配、まどかの補強である程度の余裕があるとはいえ、ギリギリなのに違いはなかった。

 冗談めかし、マミは余裕ある表情を作る。

 

「ふふ、鹿目さんに少し分けて貰いたいものね」

「わたしも、あげられるならあげたいですね……ごめんなさい」

「いいの。……ここからじゃ、当たらなさそうね」

 

 そう言って、マミは杏子の後を追った。

 手に取った光るリボンを見つめながら、さやかはまどかに訊いた。

 

「あたし、何もできないな……」

「そ、そんなこと言わないでよっ!さやかちゃんが助けてくれるから、私達は戦えるんだよ?気にしないで、ね?さやかちゃん……」

「……そうね。今更、だ」

 

 自嘲するように、さやかは車椅子に背を預ける。

 曇天の暗い空が見えた。まどかは、金と桃の瞳を伏せる。

 さやかは朗々と笑った。

 

「夢を見たんだ。夢の中じゃ、あたしは魔女になっててさ。元の姿なんてなくてもすぐにわかった。無鉄砲で、頑固なヒーロー気取りだったんだ。まどか、覚えてる?」

「……忘れるわけない。さやかちゃんは、ずっと正義の味方だった。今だって、そうだよ」

「正義の味方なんてさ。かっこいいように聞こえるけど……要はデカい存在にすり寄るか、自分のやりたいことを曲げられないやつのことだ。そして、あたしはそういうやつだよ。まどか。あんたほどの力もない、他人に迷惑かけんのも当たり前の一般人」

「……………………」

 

 ほむらの盾の中。

 生きてるとも、死んでいるとも知れぬ場所でさやかは眠った。

 心を減らしても、脳裏に明滅して離れない過去(ゆめ)

 美樹さやかは、ずいぶんと冷めてしまった心を知覚しながらリボンを腕に結んだ。

 

「でも、あたしにしかできないことがある。救世主にはなれなくても、友達を助けることはできる」

「マミさんが悲しむよ。杏子ちゃんだって」

 

 さやかは一瞬だけ、言葉に詰まる。

 それでも声のトーンは変わらない。続く言葉をすらすらと告げた。

 

「分かりはするよ。……マミさんには、悪いことをしちゃうな。なんとか話を聞いてもらうしかない。けど、あたしが悲しんだとしても、まどかはやめないじゃん」

「うん……ごめんね。私も、断れるなら断りたかったんだけど。時間がなくて」

「っ!」

 

 車椅子の車輪を叩く。

 ゴムの感触があり、さやかは少し浮き上がって思い切り背もたれに体重をかけた。

 背中側に倒れそうになるのを、まどかが止めた。

 

「そんな理由…………あんた、どんだけ自分を大切にしなきゃ気が済むの……!」

「……さやかちゃんだって、同じでしょ。それに、これは違う。わたしが生きるためには、そうしなきゃいけないから」

 

 白い手袋が水色の前髪を掴み、くしゃりと乱した。

 

「はは……わっかんないなぁ……。ほむらの記憶を見たって、あんたの全部がわかるわけないか」

「うん。だって、私はほむらちゃんじゃないから」

「そりゃそうだ。そして、まどかもマミさんや杏子の気持ちが全部分かるわけじゃない」

 

 首を真上に向け、さやかは言った。

 地下室に行くのとまどかが尋ねる。さやかは頷いた。

 

「牢に繋がれたら、誰も助けられないよ」

「ほむらが全部滅ぼしちゃうよりマシでしょ?それに……まどかなら、理想郷を本物に作り変えてくれる」

 

 オメラスの穴倉。理想郷、魔法少女に課せられた願いの対価。

 助けることができないのなら、救いを与える。それが鹿目・K・まどかの使命だ。

 魔法少女を助けられるのは、魔法少女だけ。

 

 まどかは目を閉じて、口を開き、閉じる。言うのを躊躇っているようだ。

 さやかはあたしとあんたの仲でしょ、なんでも言ってよと心にもない冗談を言った。

 目を開きそれを見て、まどかは頷いた。

 

「ありがとう、さやかちゃん。大好き」

「ハハ、知ってる。あたしも……そうだね。家族と同じくらい、好きだったと思うよ」

 

 まどかは跳び、魔女に向かっていく。

 それを見ながら、さやかはグリーフシードを確認した。始まる前は皿に盛れるくらいあったのに、今じゃもう数えるほどだ。

 さやかは拳を握りしめて、上空を見上げる。

 マミと杏子の戦いを見守った。

 

 

 まどかはまばらなビルを飛び移りながら、ほむらが変じた魔女に向かう。

 ほむらは未だに動かない。ただ、腕のような布だけが自由意志を持っているかのように緩慢に寄ってくる。

 まどかはそれを避けながら、地上と空中を行き来する。

 魔力で構成された弓を構え、素早く矢を飛ばした。

 

 それはほむらの目の前に飛来し、桃色の火花を散らせた。

 視界を遮られ、魔女の視線がまどかに向いた。

 まどかがワルプルギスの夜に誘導しようと、動き出したその時。

 魔女は視線を外し、ワルプルギスの夜とは反対方向に動き始めた。まどかは息を詰め、魔女を見つめた。

 

「ほむらちゃん……!!」

 

 腕布の動きが激しさを増し、苦々しい顔でまどかは布に矢を射掛けた。

 それは弾かれても、なおまどかに向かって動き始める。緩慢に見えるのは大きさによる錯覚であり、実際の速度はまどか一人を捕えられるほど。

 助けて、と声が聞こえる。テレパシーだった。

 

「インキュベーター!?」

(キュゥべえ・ケンジャノッチだよ!それより助けて!このままじゃボクは死んでしまう!他のキュゥべえと互換性がないから、死んだら終わりなんだ!助けて!)

 

 助けてって言われても……!と、憤慨しながらまどかはなんとかテレパシーの出所を突き止める。

 耳を引っ掴み、まどかはキュゥべえを確保した。

 布の前にキュゥべえを突き出すと、キュゥべえKは激しく慌てた。

 

「ま、待って!お願いだ!死にたくない!助けて、まどか!そ、やめてくれ!」

「……わたしは、あなたのこと嫌いだよ。ほむらちゃんが魔女になったのは、一番は私のせいだけど……二番目は、あなた」

「分かった、彼女を元に戻すんだろう!?手伝おう、その後報いは受ける!だから殺さないで。たすけて……」

 

 魔女はまどかとキュゥべえの二つが同じ場所にあることに戸惑っているようだった。

 魔女はまどかからは遠ざかるが、キュゥべえ・ケンジャノッチには明確に指向性のある呪いが向けられている。

 まどかにも当たる。しかし、彼女が影響を受けた様子はなかった。それどころか、じわりと呪いを押し返していた。

 金色の左目が、強く光を発した。

 背に負った白いリボンがゆらゆらと揺蕩う。

 

 まどかがキュゥべえを肩に乗せると、尖り帽子の魔女はゆっくりと背を向けた。

 

「ほむらちゃん……!ねえ、キュゥべえ!どうすればいいかわかる!?」

「追うと逃げるなら、逃げる方向を誘導すればいい。それに、向かう先に標的がいれば尚更いい……それなら問題なく望み通りの位置に移動させられるはずだよ」

 

 まどかはそれを即座に実行する。

 魔女の背に追い付き、頭上を軽々と飛び越える。そして魔女眼前のビルの屋上で、まどかは弓を引き絞った。

 射る前に、ゆっくりとほむらが後ろを向いた。

 よし、と小声で喜ぶまどかに呆れる声が届いた。

 

「魔法少女にならないまま、どうして君はその服に着替えて魔力を扱えるのさ。ボクは単に、君が発していた魔力を回収して返しただけだよ。記憶以外は変化しないはずなのに」

 

 回収したのだって人類が貯められる量とは月とすっぽんだし、とキュゥべえが言う。

 まどかは弓を空に解かし、ほむらを追う。

 

「仮契約って言えば分かる?」

 

 キュゥべえは背筋を凍らせた。

 まどかはそれを察したのか、困ったように笑った。

 

「なんだ、それ。ボクには理解ができないよ」

「ここにあなたがいるみたいに、幾つかの事象を書き換えた。不安定だし、すごく危ないけど……どうしようもなくなって、全部壊れちゃうよりはいい。ほむらちゃんが頑張ってきたのを、私が覚えてる。誰も救えない、なんて結果になるの……わたしは許せない」

 

 キュゥべえは沈黙した後、ぽつりと尋ねた。

 それは、どのくらい許せないんだい?

 まどかは少しだけ考えて、ちょっと笑いながら答えた。

 楽しみにしてた映画の結末を、知らない人からネタバレされることくらい。

 

 それはそれは。

 キュゥべえ・ケンジャノッチは魔女を見ながら考える。

 死なないために彼女たちを騙す。嘘もつく。生への執着を超えるものはない────それは、間違いない。

 少女たちが死に、巻き戻し、壊れ、再構築し、止まり、救われる。

 それを見ても、何も思わない。

 

 魔女になる姿を見ても。

 

 キュゥべえ・ケンジャノッチの計画。二つのことに気をつければよかった。

 暁美Mほむらに、姿を見られないこと。

 そして、鹿目Kまどかを魔法少女にすること。

 この桃髪の少女が魔法少女になれば、ボクの願いは叶う。

 ボクは生きたい。

 

 けれど、違った。間違った。

 ボクのせいで、生まれてしまった魔女。

 彼女たちは、退廃的で暴力的なまでの美だ。いわれのない咎を背負い、頽れて世を呪う譫言だ。

 もし明日があるのなら、彼女たちがこの姿から解き放たれますように。

 魔女となった魔法少女を見ながら、キュゥべえ・ケンジャノッチは無責任に祈った。

 

「キュ?」

 

 白い手袋がむんずとキュゥべえの頭を掴む。

 耳についたリングに、桃色の魔力が通される。丁重に、外れないよう魔力の形が変形した。

 桃色の魔力がばちばちと鳴る。

 

「そういえば、思ったんだよ。わたしは避けられてるけど、キュゥべえはそうでもないでしょ」

「ま、まどか。落ち着こう。ボクは君が記憶を思い出す手助けをしただ──────」

「マミさんたちによろしくねー!!」

 

 引き絞られた弦は、抵抗できる間も無く戻った。

 音と同じかそれよりも速いかもしれない速度で、キュゥべえ・ケンジャノッチは飛んでいった。

 

「ああああああああああああああ…………」

 

 まどかはそれを見送り、ぺろっと舌を出して誤魔化した。

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