ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
怒りが杏子の身を焦がす。使い魔に任せてこちらを釘付けにし、避難所に進む……のではなく、囮になっているうちにそれらごと押し潰す。今の攻撃は予測できた。自分で攻撃する可能性を失念するなどという愚を犯した。
黒い使い魔を片腕で弾く。マミを担いだままでは、あの巨体から逃れることはできないだろう。周囲に雑魚が湧いたのを杏子は見た。
つまり、詰みだ。
そう悟り、杏子は歩みを止めた。
ワルプルギスの嘲笑がこだまする。
その背に三度、ワルプルギスの夜が腕を振り下ろす。
ガギン!!!
軌道を確認すらせず、杏子はその腕を打ち払った。
俯いていた顔をあげ、赤い眼がぎろりと魔女を睨んだ。
「うるせえよ」
ぼうっと胸元が光る。
少女の高まりに呼応するように、服の縁からチリリ、チロチロと炎が揺らめいた。
アタシは、と杏子は槍を地面に突き立てる。
「懲り懲りなんだ。何が悲しくて、目の前で同僚が死ぬとこを見なきゃいけないんだよ」
魔女にイラつく。死んでも人に迷惑をかけるから。
同僚にイラつく。強いくせして不安定で、人を助けなきゃ生きていけないから。
英雄にイラつく。やり切った顔して、自分がどうなるのも厭わない目をしてるから。
自分にイラつく。ここまで来てもなお弱い。死に急ぐ奴らを止める力もない、ただそこにいることが許せない。
目を瞑り、思い出す。
自分の魔法を。
杏子の目には、思い出したくもない過去が映った。
父親の声がする。
死の否定は、神への冒涜だ。病いを治すのは良い。けれど、このまま技術が進歩して……寿命が延び続けて人が死を克服したら、それはもはや人ではない何かだ。死の恐怖に溺れた醜い生き物だ────。
「んー、モモわかんない!」
杏子の視界には、少女の姿があった。
守るのが当たり前だと思っていた。安全な場所で幸せに暮らして欲しかった。
父の声がする。もう随分と思い出してなかったからか、声に雑音が混じる。
ふふ、そうだね。分からないよ。愚かさとは、転じれば賢くなるための道があることを証明している。死を恐れ、生きるためなら倫理さえ捨てる……人はそういうものだと、神は分かっていらっしゃったのかもしれない。僕は、君たちより先に旅立つけれど……ずっと一緒にはいられない方がいいと思う。定められた命だからこそ、人は先に進めるんだ。
そう宣った父の顔を、アタシはあまり覚えてない。
モモが不安そうに父の服を引っ張った。
何も知らないアタシは、元気よく答えた。モモに励ましの言葉をかけた。
自分たちは報われるものだと、信じて疑わなかったから。
歯を、骨が軋むほど強く噛み締める。
「黙れ」
神なんていない。
いるならアタシが魔法少女になる必要なんてなかった。世界はアタシ達にもっと優しかった。父の話を聞く人間もいたはずなんだ。
でも、もう誰もいない。神はいない。父は────間違っていた。
記憶の中身が、ぼうっと赤く焼けていく。
部屋の小物から、あっという間に壁天井床全てに燃え広がる。
杏子の影が燃えて、雑音混じりの父が全てを巻き上げる大火に変貌する。
すたすたと歩き、妹の手を握った。弱く、小さく、守られるべきだった手。
少女は不思議そうに赤い魔法少女を見上げた。
「…………おねえちゃん?」
杏子はそっと少女を抱きしめた。
ぷわっと声を上げ、モモは驚いたようだった。しかし、すぐに笑って抱き返す。
そうしていた時間は、1秒にも満たなかったかもしれないし、四季が回るほどの年月だったかもしれない。火は強まり、杏子を焦がす。しかし、モモに熱が伝わることは一切なかった。
やがて、杏子は立ち上がる。
「まって、おねえちゃぁん」
「……ごめんな。姉ちゃん、行かなきゃなんだ」
「………………うぅ。モモ、まてるよ。おやつまでに、かえってきてね」
すぅと頷いて、杏子は首に槍を突き刺した。
全てが陽炎のように消える。
残ったのは、首を貫いた痛みと異物感だけ。槍先がうなじから飛び出していた。
鮮血が舞うのにも構わず、杏子はそれを引き抜いた。
血の滴る槍を、片手で持ってワルプルギスの夜に向ける。杏子はただ射殺さんばかりの眼光でワルプルギスの夜を見つめた。
また同じように腕を振り下ろしてきている。
ふと、視界の端に倒れたマミの姿が目に入った。
また感傷。
仕方のない、というように杏子はため息をついた。
「────ロッソ・ファンタズマ」
ワルプルギスの夜は、再度振り下ろした腕が弾かれたことに違和感を覚える。
蚊か埃程度の大きさのものが、どうして叩いて潰されない?
しかし、その違和感もすぐに氷解した。
¥こちらを狙う大槍を見た。蚊だと思っていたが、どうやら蜂などの類らしい。
ビルや使い魔を向かわせるが、瞬く間に斬られ、潰され、貫かれる。
本能のまま、ワルプルギスの夜は嗤う。
可笑しいことなんて何もないが、それは唯一楽しいことだ。攻撃を集中させつつ、ワルプルギスの夜は逃走した。
元々の進路である避難所方面へ。
サイレンが鳴り響く中を、嘲笑いながら侵攻する。
ちりり、と魔女は腹に焼けるような感触を覚えた。視界には、見覚えのない大口径の砲台があった。
白銀の台座には、バウムクーヘンのように巨大な鉄筒が置かれている。
炎を燻らせた槍が装填されていた。
舞台装置の魔女は笑った。
ビルや魔力弾を大量に生み出して目の前の敵を攻撃した。
しかし、ワルプルギスの夜の攻撃は、そのことごとくが蜃気楼を掴もうとするようにすり抜けた。
リボンがしゅるりと抜き取られ、大砲がエネルギーを照射した。
ワルプルギスの夜は避けた────が、逃げることはできなかった。
鋭い痛みがワルプルギスの夜を、その
下手人がぼそりと呟く。
「なんでだよ」
打ち出した槍を回収することなく、手元に二つ目を生成する。
瞳を赤く血走らせ、血反吐を吐いて少女は叫ぶ。
理不尽を呪うように、奇跡を恨むように。
「なんで、アタシの家族は帰ってこないんだよッ!!!」
モモ。お父さん。お母さん。
帰ってきて欲しかった。できるのなら蘇らせてほしい。
でも、たぶん無理だ。あいつにアタシの願いを叶える理由がない。それに、自分を捧げることは悪だと言った。
やめろと言ったのに、頼れるものか。
「がああああああっ!!!!」
矛盾を魔力で塗り潰す。
赤い魔力が、ワルプルギスの夜を渦に沈める。
イラつく。イラつく。イラつく。イラつく。イラつくから八つ当たる。目の前の理不尽をぶち壊すためになら、自分が消えることすら厭わない。
魔力の蕾が花開き、実体化した槍が魔女を削り取る。
杏子は、感じたことのないほどの全能感に身を包まれていた。
それに驕ることなく攻撃を続ける。むしろ、どんどんと攻撃の勢いは増した。身体が怒りそのものとなったように。
首からごぼごぼと血が流れ出ていく。
水に溺れているような喘鳴をこぼし、それでも杏子の戦意は衰えるところを知らなかった。
懐から取り出した最後のFグリーフシードを砕けんばかりに握り、胸元の黒ずんだソウルジェムKに近づける。
黒は消え去り、杏子は真っ赤なソウルジェムに炎がちらつくのを幻視した。
杏子は持っていた槍を真上に掲げた。槍が赤く染まる。
「ロッソ・ファンタズマ!!!」
そう言って、少女は駆け出す。
足音が幾重にも重なる。五、十、二十、三十……使い魔を蹴散らし、本物となんら遜色ない分身たちがワルプルギスの夜を強襲した。
「もっと」
杏子は魔力を搾り、集わせ、固め、凝縮させる。
「もっと」
使い魔を潰し、ワルプルギスの夜を叩く。抵抗はされるが、大した問題はない。
「もっと」
ドレスの腕が薙ぎ払い、分身が吹き飛ぶ。しかし、杏子本体には全く問題ない。
それどころか、魔力が戻ってくるのだから好都合だった。
「もっと」
一点に圧縮、着弾と同時に解放。
今ここで自分の最高地点を超える。
地面に突き立てた槍が持ち上がり、杏子の体ごと空に浮かんでいく。
乗り上げた槍が多節棍となり、鎖で曲がり起き上がる。槍先が二又に分かれ、炎が充填されていく。
柄が元に戻っていく。がきんと鳴るたび、槍は重みを増していく。
手にも今一度赤を握り、杏子は構える。
噴出する炎は、杏子の身を守る盾になった。
「これで──────」
杏子が撃とうとした、その瞬間。
脳裏に浮かんだ、水色の英雄。
杏子は、自分自身が割れる可能性さえ捨てて叫ぶ。
「もっと、行け゛え゛えええ゛ええ゛え!!!!!!」
ごろごろと喉の奥で血が泡立つ。
槍は、再び巨大化する。
ビルすら越えて、ワルプルギスの夜と同じくらいに大きくなったそれが動いた。
喉の傷を押さえ、杏子は口から思い切り吐血した。
げほっと咳き込みながら、動かない槍を無理やりに押していく。
炎で加速し、巨大化させてなおワルプルギスの夜は貫けない。そうなのかもしれない。
だったとしても止まらない。
傷を押さえた時に見えた黄色いリボンを観察し、杏子はそれを解いた。起きる気配のない術者に少しだけ申し訳なく思う。
借りたものである故に、ここで使い切るべきだ。
仮に燃え尽きたとして……また頼めば、くれるはずだから。
燃える槍の柄の上方に結ぶ。
すると、巨大な槍にもリボンが出現する。そのリボンは、三本のオレンジ色のリボンを内側から伸ばした。
一瞬でリボンがワルプルギスの夜を拘束する。
杏子は、ふっと槍から落ちた。
瞼を下ろし、槍の操作に集中する。胴と両腕を縛り上げられ、ワルプルギスの夜は完全に動きを止められた。
槍先が回転する。質量すら生まれかねない烈火にごりごりと削られ、魔女は笑い声に混じって苦悶の声を上げた。
杏子は、集めた魔力を目が見えないまま握り込む。
その拳は、巨大な槍の尖端に向いていた。
「いい加減、止まりやがれ」
その槍が舞台装置の魔女を貫通し。
杏子が気を失った。