ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第四十七話 前後不覚

 怒りが杏子の身を焦がす。使い魔に任せてこちらを釘付けにし、避難所に進む……のではなく、囮になっているうちにそれらごと押し潰す。今の攻撃は予測できた。自分で攻撃する可能性を失念するなどという愚を犯した。

 黒い使い魔を片腕で弾く。マミを担いだままでは、あの巨体から逃れることはできないだろう。周囲に雑魚が湧いたのを杏子は見た。

 つまり、詰みだ。

 

 そう悟り、杏子は歩みを止めた。

 

 ワルプルギスの嘲笑がこだまする。

 その背に三度、ワルプルギスの夜が腕を振り下ろす。

 

 ガギン!!!

 

 軌道を確認すらせず、杏子はその腕を打ち払った。

 俯いていた顔をあげ、赤い眼がぎろりと魔女を睨んだ。

 

「うるせえよ」

 

 ぼうっと胸元が光る。

 少女の高まりに呼応するように、服の縁からチリリ、チロチロと炎が揺らめいた。

 アタシは、と杏子は槍を地面に突き立てる。

 

「懲り懲りなんだ。何が悲しくて、目の前で同僚が死ぬとこを見なきゃいけないんだよ」

 

 魔女にイラつく。死んでも人に迷惑をかけるから。

 同僚にイラつく。強いくせして不安定で、人を助けなきゃ生きていけないから。

 英雄にイラつく。やり切った顔して、自分がどうなるのも厭わない目をしてるから。

 自分にイラつく。ここまで来てもなお弱い。死に急ぐ奴らを止める力もない、ただそこにいることが許せない。

 

 目を瞑り、思い出す。

 自分の魔法を。

 

 杏子の目には、思い出したくもない過去が映った。

 父親の声がする。

 

 死の否定は、神への冒涜だ。病いを治すのは良い。けれど、このまま技術が進歩して……寿命が延び続けて人が死を克服したら、それはもはや人ではない何かだ。死の恐怖に溺れた醜い生き物だ────。

 

「んー、モモわかんない!」

 

 杏子の視界には、少女の姿があった。

 守るのが当たり前だと思っていた。安全な場所で幸せに暮らして欲しかった。

 

 父の声がする。もう随分と思い出してなかったからか、声に雑音が混じる。

 

 ふふ、そうだね。分からないよ。愚かさとは、転じれば賢くなるための道があることを証明している。死を恐れ、生きるためなら倫理さえ捨てる……人はそういうものだと、神は分かっていらっしゃったのかもしれない。僕は、君たちより先に旅立つけれど……ずっと一緒にはいられない方がいいと思う。定められた命だからこそ、人は先に進めるんだ。

 

 そう宣った父の顔を、アタシはあまり覚えてない。

 モモが不安そうに父の服を引っ張った。

 何も知らないアタシは、元気よく答えた。モモに励ましの言葉をかけた。

 自分たちは報われるものだと、信じて疑わなかったから。

 

 歯を、骨が軋むほど強く噛み締める。

 

「黙れ」

 

 神なんていない。

 いるならアタシが魔法少女になる必要なんてなかった。世界はアタシ達にもっと優しかった。父の話を聞く人間もいたはずなんだ。

 でも、もう誰もいない。神はいない。父は────間違っていた。

 記憶の中身が、ぼうっと赤く焼けていく。

 部屋の小物から、あっという間に壁天井床全てに燃え広がる。

 

 杏子の影が燃えて、雑音混じりの父が全てを巻き上げる大火に変貌する。

 すたすたと歩き、妹の手を握った。弱く、小さく、守られるべきだった手。

 少女は不思議そうに赤い魔法少女を見上げた。

 

「…………おねえちゃん?」

 

 杏子はそっと少女を抱きしめた。

 ぷわっと声を上げ、モモは驚いたようだった。しかし、すぐに笑って抱き返す。

 そうしていた時間は、1秒にも満たなかったかもしれないし、四季が回るほどの年月だったかもしれない。火は強まり、杏子を焦がす。しかし、モモに熱が伝わることは一切なかった。

 やがて、杏子は立ち上がる。

 

「まって、おねえちゃぁん」

「……ごめんな。姉ちゃん、行かなきゃなんだ」

「………………うぅ。モモ、まてるよ。おやつまでに、かえってきてね」

 

 すぅと頷いて、杏子は首に槍を突き刺した。

 

 全てが陽炎のように消える。

 残ったのは、首を貫いた痛みと異物感だけ。槍先がうなじから飛び出していた。

 鮮血が舞うのにも構わず、杏子はそれを引き抜いた。

 血の滴る槍を、片手で持ってワルプルギスの夜に向ける。杏子はただ射殺さんばかりの眼光でワルプルギスの夜を見つめた。

 また同じように腕を振り下ろしてきている。

 

 ふと、視界の端に倒れたマミの姿が目に入った。

 また感傷。

 

 仕方のない、というように杏子はため息をついた。

 

「────ロッソ・ファンタズマ」

 

 

 ワルプルギスの夜は、再度振り下ろした腕が弾かれたことに違和感を覚える。

 蚊か埃程度の大きさのものが、どうして叩いて潰されない?

 しかし、その違和感もすぐに氷解した。

 ¥こちらを狙う大槍を見た。蚊だと思っていたが、どうやら蜂などの類らしい。

 

 ビルや使い魔を向かわせるが、瞬く間に斬られ、潰され、貫かれる。

 本能のまま、ワルプルギスの夜は嗤う。

 可笑しいことなんて何もないが、それは唯一楽しいことだ。攻撃を集中させつつ、ワルプルギスの夜は逃走した。

 元々の進路である避難所方面へ。

 

 サイレンが鳴り響く中を、嘲笑いながら侵攻する。

 ちりり、と魔女は腹に焼けるような感触を覚えた。視界には、見覚えのない大口径の砲台があった。

 白銀の台座には、バウムクーヘンのように巨大な鉄筒が置かれている。

 炎を燻らせた槍が装填されていた。

 

 舞台装置の魔女は笑った。

 ビルや魔力弾を大量に生み出して目の前の敵を攻撃した。

 しかし、ワルプルギスの夜の攻撃は、そのことごとくが蜃気楼を掴もうとするようにすり抜けた。

 リボンがしゅるりと抜き取られ、大砲がエネルギーを照射した。

 ワルプルギスの夜は避けた────が、逃げることはできなかった。

 

 鋭い痛みがワルプルギスの夜を、その()()を灼いた。

 下手人がぼそりと呟く。

 

「なんでだよ」

 

 打ち出した槍を回収することなく、手元に二つ目を生成する。

 瞳を赤く血走らせ、血反吐を吐いて少女は叫ぶ。

 理不尽を呪うように、奇跡を恨むように。

 

「なんで、アタシの家族は帰ってこないんだよッ!!!」

 

 モモ。お父さん。お母さん。

 帰ってきて欲しかった。できるのなら蘇らせてほしい。

 でも、たぶん無理だ。あいつにアタシの願いを叶える理由がない。それに、自分を捧げることは悪だと言った。

 やめろと言ったのに、頼れるものか。

 

「がああああああっ!!!!」

 

 矛盾を魔力で塗り潰す。

 赤い魔力が、ワルプルギスの夜を渦に沈める。

 イラつく。イラつく。イラつく。イラつく。イラつくから八つ当たる。目の前の理不尽をぶち壊すためになら、自分が消えることすら厭わない。

 魔力の蕾が花開き、実体化した槍が魔女を削り取る。

 

 杏子は、感じたことのないほどの全能感に身を包まれていた。

 それに驕ることなく攻撃を続ける。むしろ、どんどんと攻撃の勢いは増した。身体が怒りそのものとなったように。

 首からごぼごぼと血が流れ出ていく。

 水に溺れているような喘鳴をこぼし、それでも杏子の戦意は衰えるところを知らなかった。

 

 懐から取り出した最後のFグリーフシードを砕けんばかりに握り、胸元の黒ずんだソウルジェムKに近づける。

 黒は消え去り、杏子は真っ赤なソウルジェムに炎がちらつくのを幻視した。

 杏子は持っていた槍を真上に掲げた。槍が赤く染まる。

 

「ロッソ・ファンタズマ!!!」

 

 そう言って、少女は駆け出す。

 足音が幾重にも重なる。五、十、二十、三十……使い魔を蹴散らし、本物となんら遜色ない分身たちがワルプルギスの夜を強襲した。

 

「もっと」

 

 杏子は魔力を搾り、集わせ、固め、凝縮させる。

 

「もっと」

 

 使い魔を潰し、ワルプルギスの夜を叩く。抵抗はされるが、大した問題はない。

 

「もっと」

 

 ドレスの腕が薙ぎ払い、分身が吹き飛ぶ。しかし、杏子本体には全く問題ない。

 それどころか、魔力が戻ってくるのだから好都合だった。

 

「もっと」

 

 一点に圧縮、着弾と同時に解放。

 今ここで自分の最高地点を超える。

 地面に突き立てた槍が持ち上がり、杏子の体ごと空に浮かんでいく。

 乗り上げた槍が多節棍となり、鎖で曲がり起き上がる。槍先が二又に分かれ、炎が充填されていく。

 柄が元に戻っていく。がきんと鳴るたび、槍は重みを増していく。

 

 手にも今一度赤を握り、杏子は構える。

 噴出する炎は、杏子の身を守る盾になった。

 

「これで──────」

 

 杏子が撃とうとした、その瞬間。

 脳裏に浮かんだ、水色の英雄。

 杏子は、自分自身が割れる可能性さえ捨てて叫ぶ。

 

「もっと、行け゛え゛えええ゛ええ゛え!!!!!!」

 

 ごろごろと喉の奥で血が泡立つ。

 槍は、再び巨大化する。

 ビルすら越えて、ワルプルギスの夜と同じくらいに大きくなったそれが動いた。

 

 喉の傷を押さえ、杏子は口から思い切り吐血した。

 げほっと咳き込みながら、動かない槍を無理やりに押していく。

 炎で加速し、巨大化させてなおワルプルギスの夜は貫けない。そうなのかもしれない。

 だったとしても止まらない。

 傷を押さえた時に見えた黄色いリボンを観察し、杏子はそれを解いた。起きる気配のない術者に少しだけ申し訳なく思う。

 借りたものである故に、ここで使い切るべきだ。

 仮に燃え尽きたとして……また頼めば、くれるはずだから。

 

 燃える槍の柄の上方に結ぶ。

 すると、巨大な槍にもリボンが出現する。そのリボンは、三本のオレンジ色のリボンを内側から伸ばした。

 一瞬でリボンがワルプルギスの夜を拘束する。

 

 杏子は、ふっと槍から落ちた。

 瞼を下ろし、槍の操作に集中する。胴と両腕を縛り上げられ、ワルプルギスの夜は完全に動きを止められた。

 槍先が回転する。質量すら生まれかねない烈火にごりごりと削られ、魔女は笑い声に混じって苦悶の声を上げた。

 杏子は、集めた魔力を目が見えないまま握り込む。

 その拳は、巨大な槍の尖端に向いていた。

 

「いい加減、止まりやがれ」

 

 その槍が舞台装置の魔女を貫通し。

 杏子が気を失った。

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