ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
頭から落ちていく少女を捉え、青い流星が軌跡を描いた。
すたっとビルの屋上に着地して、二人目の器を体のそばに置いた。
何をするのか、と心の失くした部分が問う。ただ無機質に、必要なことを聞くために。
「このまんまじゃ、あたし達は勝てない。ワルプルギスの夜を倒せても、二人を失っちゃダメ」
マミさんも相当無理を重ねている、こっちは輪をかけてひどい。
全身に火蛇が這っている。服の縁には、いまだに火がちらりと浮かんでいた。
やれるのか、と心が問うている。
「やるよ。それが、あたしが行ける唯一の道だ」
沈黙。
故に、肯定されていた。
指揮棒のように、さやかはサーベルを静かに掲げた。
これまでとは比べ物にならないほどの規模に、さやかの旋律が広がっていく。
黒く、影よりも黒く五線譜は回る。
中心の近くには、突き刺された槍を抜こうとしたままで硬直したワルプルギスの夜がいた。
ワルプルギスの夜の胴体を、此岸の魔女の腕がこれ以上ないくらいに強く握りしめていた。藍色と黄土色がほろほろと崩れていく。
魔女は暴れるわけではなく、ただそこにいた。
「…………っていうのが、一番やばいんだよね~」
ビルが飛び、ほむらの腕布で風化した歯車と両腕をちぎり取った。
ワルプルギスの夜自体は動いていないが、魔力弾とビルを見れば死に物狂いなのは明らかだった。
死力を尽くしているのだろう。あれだって元は自分たちと同じ魔法少女だと聞いてしまえば、同情はする。
ただ、倒してやりたかった。
背後で身じろぎする気配があった。
さやかは振り返ることはしない。振り返れば、後悔が残る。
「美樹、さん…………?」
「丁度よかったです、マミさん。先輩には、ちゃんと謝りたかったので」
さやかの旋律が回っている。
マミの声が震えた。
「どういうこと?……美樹さん、私を……置いていくの?」
「多分、今のままじゃあ全滅です。あたしがやるしかない。マミさんを、一人にはさせません。……今回だけ、許してくれます?」
冗談っぽくさやかは言った。
はためくマントを見つめ、マミは苦しげに顔を伏せる。
それでも、もう一度マミは顔をあげた。悲しみでぐしゃぐしゃになっても、強がりの笑顔を浮かべた。
「っ、はぁっ……なんとか、なるわよね。死んではいけない……みんなで、帰りましょう」
「そうですよ、帰ったらマミさんちでケーキを……あー、やっぱなんでもないです。言わなくても、約束はできますから」
死亡フラグ建造ダメ絶対!と茶化し、あははと笑った。
指揮棒を高く掲げ、一気に振り下ろす。
「あたしは負けないっ!!最悪の結末にも、理不尽な未来にも、あたし自身の弱さにも!!」
ソウルジェムの輝きが淡くなっていく。
代わりに、黒い汚れがこぼれた。
脳裏にはバイオリンを弾く幼馴染と、舞台袖で笑みを浮かべる少女がいた。
胸がちくりと痛んだ。
客席からそれを眺め、ぐっちゃぐちゃの感情を叫んだ。
「──────愛してる。幸せにならなかったら、許さないからなぁっ!!」
あははっ、と肺の空気を全て吐き出して笑う。
たとえそれが嘘でも、伝えたいのは本当だ。呪い続けるくらいなら、最後だけでも格好つけたい。
あたしは、あの音色がもう一度聴ければそれで良かったのだから。
指揮棒を掲げる。
碧い輝きが巨大な魔法陣の上を駆け巡った。
人も物も無差別に治す力が回り、魔女のもたらす悪意を消し飛ばす。
力は友にも及んだ。少女たちの傷が治り、元の形へと戻っていく。
ばぎん、とさやかの臍から音が鳴った。
さやかは、微笑みながら限界まで魔法を行使した。腕が力を失うまで。
グリーフシードの内部には、半球の光が灯っている。グリーフシードはすぐに大量の魔力がこもった煙を吐き出した。
それを、マミは愕然とした顔で見つめた。
大きな腕がもやを突き破り屋上の縁を掴む。
掴んだ場所を握りつぶしながら、それは高く飛んだ。
両の鉄腕を、手元のサーベルに合わせる。
みしみしと音が鳴るほど強く握り、鎧を纏った魔女は墜ちた。
ワルプルギスの夜が展開する力場と大太刀が火花を散らす。
大太刀が押し込まれ、ワルプルギスの夜が今一度ほむらの腕布に落ちる。
嘲笑を塗り潰し、絶叫がこだました。
身体が崩壊していくのを認めないように、魔女はもがく。鎧が軋み、サーベルが無理やり力場を押しのける。
魔女の首が刎ね飛んだ。
苦鳴が止み、舞台装置の魔女が静かに崩れゆく。
ワルプルギスの夜は、カザミノ・オトナリ市に甚大な被害をもたらし。その呪いに終わりを告げた。
二体の魔女を生み出して。
マミの背後で、何かが動く気配がした。
マミは、英雄に倣って後ろを振り向くことはない。
目の前には、鈍く光るサーベルがある。避けようとはしなかった。
「ぇ、ぁ……………………さやか?」
ワルプルギスの夜が消滅し、大量のグリーフシードが降ってくる。
しかし、地面に触れても音を立てることはない。
佐倉杏子は、熾た炎に滝のような水を浴びせられた。
ひどく静かに、終わりに直面した。
小さな人間など軽々と叩き潰せるサーベルがマミと杏子に迫る。
それは、止まることも防がれることはなかった。
見えないほどのスピードで、二回分の衝撃音がした。
マミは死ななかった。腕を組み、仁王立ちで杏子の前を動かなかった。
杏子は呆けたまま鎧に覆われた魔女を見つめていた。
二人がいるビルは、ゆっくりと三分割されて倒れていく。
中心の二人が立っている場所だけが頼りなく立ったままだった。
魔女はその二発を終えると地面に落ちる。着地した、というよりべしゃっと墜落した魔女は、自分の下半身を見る。
そこには骨が剥き出しになって外れた魚の身体があった。
さっきまでは骨だけがギリギリ繋がっていたものの、今の衝撃で限界を迎えてしまったらしい。取れてからびちびちとのたうつそれを無機質に見つめた。
魔女はサーベルを持ち替え空いた手でそれを取り、大量の使い魔が屯ろしている所に投げ捨てる。
凄まじい速度で着弾し、使い魔はぶちぶちと潰れた。
主を失ったワルプルギスの夜の使い魔は、おろおろと慌てていた。
それらとは違い、さやかが変生した魔女は落ち着き払った様子でサーベルを掲げる。
指揮棒のようにして、魔女は少しの間止まった。
しかし、しっくり来なかったようでがっくりと肩を落とす。その後、横に転がった。
ゴロゴロと転がっていった位置を、黒々とした布の腕が撫ぜる。
上半身だけになったにも関わらず、魔法少女だった時よりも元気な様子でさやかは壁に張り付きサーベルを投擲する。
とんがり帽子の魔女は残った方の腕を翳す。
サーベルに刺されながらも、腕布が投げつけられた剣を風化させた。
さやかはもう一度地面に降り、両手を振り上げた。
勢いよく地面に突き刺し、何本ものサーベルが地面を突き破って出てくる。
両手の指に挟んで六本、狙いも定めずそれを飛ばした。
一本が膨れた砂時計を掠り、一本がとんがり帽子を削った以外に被害はなかった。周囲の砂山やビルに突き刺さる。ほむらの攻撃を避けつつ、魔女は剣を取っては投げ、取っては投げた。
それを見ながら、マミは考える。
この手元の一撃を当てるには、魔女の……さやかの協力が必要不可欠だった。
ただ静かに、黙々と砲台に魔力を込めた。
「……なんで、あいつ。魔女に……違う」
杏子は震える声で尋ね、マミに尋ねることなく答えにたどり着いた。
弱々しくその答えを否定する。目を背ける。
マミはさやかの内心を窺い知ることはできなかった。それでも、身体だけは動いた。さやかを止めることよりも、ほむらを助ける方が重要だから。
こつ、と靴の音がする。
「…………あれは、さやかちゃんだよ。ごめんね……やっぱり、わたし一人じゃ無理だった」
「っ、てめぇ……やっぱりそうだ!あいつを魔女に、した!!だろッ!?」
「いいえ。それは違うわ、佐倉さん。美樹さんは……」
現れたまどかの胸ぐらを掴み、杏子はまどかを押し倒す。
振り上げた拳が、かたかたと震えている。
マミは、杏子の気持ちが痛いほどに理解できた。だとしても、さやかの意思を無視することは不義理以外の何者でもなかった。彼女は、己の意思で魔女になったのだから。
まどかのほおに水滴が落ちた。
割れるほどに歯を食いしばり、杏子はこぼす。
「泣いてんじゃ、ねぇよ……」
仰向けのまどかの目尻から、一つ涙が落ちた。
杏子がまどかの腹から降りる。まどかは立ち上がって、マミに声をかけた。
「さやかちゃんの援護は私が。マミさんは、それをほむらちゃんに当ててください……ごめんなさい。さやかちゃんを守れなかったのに、こんな無茶を言って」
「……構わない、なんて嘘は言えないけどね。あなたに全部押し付けるわけにはいかない。それに、美樹さんと約束したの」
さやかちゃんとですか、とまどかは言う。
マミは頷いた。
「みんなで帰るって、誰も欠けさせないって決めたの。私は……美樹さんを、信じてる」
魔女になっても、と戦うさやかを見つめてマミはつぶやいた。
まどかは一瞬だけ目を伏せた。決意を込めた視線を魔女に向ける。
「絶対助けるからね。ほむらちゃん」
まどかが未だ宙に残っていた瓦礫を足場に、此岸の魔女へ向かう。
マミは魔力を高めながら、尋ねる。
「佐倉さんは、どうするの。私は逃げても責めないわよ」
「逃げるわけないよ。だってまだ……」
まだ終わってない。まだ戦っている。まだ助けられる。
でも、動けない。目の前で戦っているのに、一緒にいてやれない。
また人のために動いたのかよ、と言おうとして、言うべき相手がいないことに気付かされた。
ソウルジェムが穢れていく。止める気にもなれなかった。
「ははっ」とから笑いを残し、杏子はビルを降りる。
「────待って!」
しかし、四方から飛んできたリボンにすぐさま拘束された。
リボンは固く、杏子でも拘束を解くのは難しい。ゆっくりと屋上へ連れ戻した。
「今、逃げたでしょう」
「はぁ?んなわけねーだろ。あいつらに加勢するつもりだったんだよ。それとも、一番後ろにいるから分かんないか?」
「魔女になるつもりだったでしょう、と言っているの」
「っ」
杏子は息を詰める。
マミは振り返って杏子の襟を握った。
「許さないわ。捨て身の特攻なんて。全てというのにはあなたも入っているのよ。佐倉さん」
「へっ、じゃあどうするっての。うずくまってぬくぬくしてりゃいいってか?馬鹿にすんな。アタシはお断りだ」
「ならこのくらい自分で解けるでしょう?」
マミはグリーフシードを取り出した。
杏子の静止を無視して、マミはソウルジェムにグリーフシードを近づけた。最後の一つよ、という呟きをこぼしながら。
杏子は怒りを発散するように身動ぐ。しかし、ソウルジェムの燃えるような輝きが失われていることに気づき杏子は慄いた。心の内が、もうさやかが帰ってこないことを識ってしまったとでも言うようだった。
それを否定するために暴れ出す杏子を放置して、マミはまた魔力に集中した。