ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第四十九話 cresc.

「行くよ、さやかちゃん!」

 

 まどかは合図し、目眩しの矢を大量に発射する。

 さやかは魔女になってしまったため、意思の疎通は難しい。ただ、魔女が持つ本能は強くないと、記憶を取り出しまどかは推測した。

 キ゛ュ、と押し潰された苦しげな声が聞こえた。

 

「彼女も美樹さやかであったことに変わりはないからね。強い意思が魔女になった後も影響を及ぼす、という可能性は間違いなくある。実際、ほむら・A・マドカスキーはボクやインキュベーターをしつこく狙っていた。自分の意思で魔女になれば……ある程度呪いを向ける相手も選べるのかな。君の意見を聞きたいところだけれど、どう思う?」

「……さやかちゃんは、かっこいいから。頑固だけど、仲間のためにはどこまでも頑張れちゃうんだよ」

「ところで助けてくれないかい?」

「えっと、うーん。さやかちゃんに守ってもらったら?」

「ぐぬぬ」

 

 キュゥべえ・ケンジャノッチは魔女の首の装飾と鎧の間に挟まっていた。

 ガッチリ挟まってしまっているために、身動きが取れないらしい。

 

 危険かもしれないけど、わたしに守る余裕はありません。さやかちゃんの負担にもならないし、キュゥべえにはまだ怒っています。だから嫌です。さやかちゃんの背中に守られていれば、大丈夫なんじゃないでしょうか。

 まどかの冷たい視線を受けながら、キュゥべえは眉間にほんの少しだけ皺を寄せた。

 その人間味ある仕草に若干違和感を持ちつつも、まどかは援護を続けた。

 

 ワルプルギスの夜の使い魔、残党が二人の魔女を狙う。

 しかし、鎧袖一触だった。

 ほむらに撫でられ、さやかに裂かれてぐちゃぐちゃに溶けていく。

 黒い魔女の伸び切った腕に、サーベルが振り下ろされる。布がほどけ、サーベルが崩れ始めた。

 

「さやかちゃんっ!!サーベルを離してっ!!」

 

 その声が届いたかは分からない。

 が、鎧を着た魔女は振り下ろした姿勢で停止したサーベルから手を離す。

 地面にどすっと背中から着地したものの、何事もなかったかのようにさやかは近くにあったサーベルを抜いて立ち上がった。

 魔女になる前の調子いいさやかを思い出し、まどかはくすっと笑った。

 

「ふぃ〜!あたしの大事なお肌がボロボロになるとこだったわ!セーフセーフ」

 

 なんて言っていたかもしれない、とまどかは思った。

 ほむらの方も、腕布が千切れてふわっと消えたかと思ったら、新たな黒紫色の布が伸びた。

 

 まどかの記憶では、さやかが魔女になった後にこんな動きを見せたことはない。

 台に乗り、ただ指揮棒を振るだけだった。しかし、今の彼女は動くための下半身を失い、むしろ加速していた。彼女の妖しくも美しかった魚の下半身はちぎれてビタビタと暴れるだけだが、それを両腕で補って跳び、腕布や魔力の塊を弾いていく。

 使い魔や、さっき試そうとしていた演奏が出せなくなってしまったのかもしれない。その代わりに力を得たということは、悲しくもある。失ったものは二度と戻らない。

 けれど、それ以上に誇らしかった。

 さやかちゃんは凄い。

 

「わたしよりも、ずっと凄いよ……本当に、そう思ってる」

 

 記憶が戻ってなければ、私は避難所で待っているつもりだった。

 ほむらちゃんと約束したから、たとえみんながワルプルギスの夜に負けても行くことはなかった。その結果、ずっと後悔しながら生きていくとしても。

 力がないと知ってなお戦うことがどれだけ勇気のいる行為か。

 自分に力があると知って行動しないのは、怠慢だ。

 

 理性はその論理が正しくないと言う。けれど、感情が納得できない。

 急がなきゃと思い逸る心を、まどかは深呼吸して落ち着かせた。

 腕布に矢を射かける。両腕に十数本の矢が刺され、魔女の体が動きを止める。当たったそばからじわりじわりと崩れているものの、これで動きを止められる。

 

「さやかちゃん、行こうっ!!」

 

 暴れる此岸の魔女から遠ざかり、二人は跳んだ。

 目視できるところまで来て、まどかは名前を呼ぶ。

 

「マミさん!準備できました!」

「了解よ。それで……その、一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」

「はいっ。できるだけちゃんと答えます……」

「美樹さんは……元に戻るの?」

 

 まどかはマミを見つめた。

 さやかはまた指揮棒を振っては止まってを繰り返している。

 一筋の風が少女たちを撫でた。

 マミは微かな落胆を覚えながらも、慰めの言葉をかけようとした。

 

「戻ります。私が戻してみせます」

 

 左目を黄金色に燃やし、真っ向から言い切った。

 マミは驚きに目を見開いた後、安心したように目を細めた。

 

「じゃあ、あんたに任せちまえばいいじゃんか」

 

 砲の後ろに背を預け、赤い少女が言った。

 少女はこちらを振り向かず、かと言って逃げ出すこともしなかった。

 

「全部あんたがなんとかするんだろ?そんなら、あたしらが何をやったところで単なる茶番だよ。程度の低いお遊びでしかねえ」

「佐倉さん!!」

「事実だろうが。やり方は知らねぇが、そんだけ魔力があればアタシ達がいなかったところで上手くやれる筈だ」

 

 手伝えるやつが近くにいるしな、と杏子は水色の魔力を指して言った。

 魔女は指揮の真似事を止め、両手で持った曲刀を胸の前に置いた。その姿は、魔なるものではない気高さを纏っていた。

 マミが更に言葉を重ねようとしたところで、まどかが制した。

 

「…………わたしは救世主じゃないよ。杏子ちゃん」

「だから、あいつが魔女になるのも止めなかった?」

「ぇあ、てへへ……うん。さやかちゃんは、もう決めてた。邪魔したら、怒られちゃうから」

 

 誤魔化すような笑いを浮かべた後、まどかは目を瞑る。

 

「わたしは……一人じゃ何にもできないよ。マミさんも生き返らなかったし、さやかちゃんと仁美ちゃんの喧嘩も、仲直りもできなかった。ほむらちゃんのことも、助けられない」

 

 私にできるのは、ちょっとだけ世界をよくすること。

 みんな、今できる精一杯を頑張ってる。それを否定させたりしない。そんなこと、私は許さない。

 まどかはそこまで眉を上げ、きりりとした顔で言い切った。

 そして、緊張が解けてしまったようにへにゃと微笑んだ。

 

「杏子ちゃんやみんながいたから、今のわたしがあるんだ。わたしを助けてくれた大好きな人たちの気持ちを、尊重したい」

 

 お返しがしたいの、とまどかは言う。

 慈しむような視線が杏子の心を逆撫でした。

 

「……ふざけんな。魔法少女になる前から、あんたはそんなだったわけ?」

 

 まどかはきょとんと目を丸くして、少しだけ考えた。

 瞑目し、もう一度開く。

 金色の瞳から小さな光が洩れる。

 

「それは……うん。私は、そうしたいって思ってた。綺麗事だって言われても……責任からは、もう逃げない」

「…………あっそ。立派だ。アタシには真似できないよ」

 

 杏子は大砲の陰から飛び降りる。

 マミは反応するが、もう人一人を縛れるほどの魔力も残っていない。ほぼ全てを砲の中に詰めてしまった。

 まどかはくるりとマミを視界に入れた。その先を見つめて、言う。

 

「魔女だって、魔法少女だって……悪い人なんていない。……わたしは、それを信じてる」

 

 だから、と言ってまどかはマミの背に手を添えた。

 マミは拳を握り、それを掲げる。ゆっくりと開き、挙手のような姿勢をとった。

 ツインロールが風になびく。まどかがそっと手を離しても、彼女の立ち姿は崩れなかった。

 

 鎧を纏う魔女がマミの近くに着地する。

 マミはその巨体を見上げる。思い描いていた形とは全く違うけれど、こうして隣に並ぶことを彼女は想像していたのかもしれない。

 魔女になっても意志を残す、なんてことは不可能だ。

 けれど、できないことを覆したから私はここにいる。

 

「行きましょう」

 

 終わりを覆すために、少女達は前を向く。

 

 さやかは握りしめたサーベルを肩の上まで引いた。

 矢が砕け、自由になっていた腕布がマミを襲う。

 マミの身体を崩壊させようとしたそれは、桃色の鏃に退けられる。

 中身があるか定かではないさやかの鎧から、ギチギチと筋肉が引き絞られる音がした。

 マミは限界までさやかの状態を観てタイミングを合わせた。

 

 腕に巻かれた一本のリボンが解けた。

 

 半身を失くした魔女の雄叫びと、マミの宣誓が交わる。

 

 

「ティロ・プレスト!!」

 

 

 射出されたサーベルに、光球が吸い込まれる。

 爆発的加速が音を置き去りにし、それは此岸の魔女の身体に着弾した。

 まどかが声を上げる。

 

「当たってませんっ!受け止められてます!!」

 

 腕布を刺し貫き、魔力がこもったサーベルを止められている。

 魔女の体に傷はなかった。

 間近にあったサーベルを抜き、さやかは跳んだ。

 マミは親指を折った。

 

「第二!!」

 

 次に人差し指を折る。

 大砲が悲鳴を上げ、二射目を撃ち出す。

 それに合わせてさやかが変じた魔女がサーベルを飛ばす。サーベルが引き寄せられるようにして魔力の光と交錯し、崩壊しつつあった第一射目をぶち破りながら進む。

 凄まじい運動エネルギーに耐えかね、黒い魔女は後退していく。

 ただし、もう止まらない。

 

「第三、第四!!第五ぉっ!!」

 

 鎧を纏う魔女は飛び回り、そこらじゅうに散らばった刀を拾っては即座に投げる。

 一撃で魔女を葬るだけの熱量を持つ刃が、魔女の腕に包まれてさえ止まることなど知らない。曲刀が魔女の心の臓を穿った。

 五発目で魔力を使い果たし、マミはその場に崩れ落ちる。

 魔力があふれ飛び、波となって周囲を襲う。

 体の大きさが災いし、鎧を纏った魔女は魔力に撥ね飛ばされる。

 

「美樹さんっ……!」

 

 頭上を抜けていった鬱屈とした魔力を感じ、マミはさやかの身を案じた。

 しかし、そんな時間はなかった。

 くすんで澱んだ腕がマミの身体を包もうとする。マミは、巨きな手のひらから明確な敵意と共に微かな親愛のようなものを感じてしまった。

 そのあまりに安らかな終焉に、コンマ数秒だけ心を奪われた。

 

 赤い鎖で布が縛り付けられるまで。

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