ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第五十話 魔法少女クロマーク

 赤い魔力はほろほろと崩れ落ちるものの、次々に鎖が補充されて布の動きを阻害する。

 マミは、ぐちゃぐちゃになった感情のまま彼女の名前を呼んだ。

 

「佐倉、さん」

「バカか!!ぼさっとしてないでさっさとどけ!!」

 

 飛んできた鎖が目の前で止まる。マミがそれを掴むと、魔女とは反対方向に伸びた。

 魔力を探り、鎖の出所を見つけると、顔を背けたままの杏子がそこにいた。

 離脱を確認したのか、崩れていくビルに槍を突き立てぴょんと飛んでいく。

 感謝の言葉を投げかけたものの、聞こえたのかはわからなかった。

 

 空気が鳴動する。

 

 空間がたわむ。此岸の魔女は、目の前の魔力を視認した。

 白と桃色の魔力弓の頂点で、幻のような花が咲いた。

 黄金の瞳から光が、稲妻が伸びる。

 

 首元に手を当て、空のソウルジェムから白金の直線を引き抜いた。

 それはぐにゃりと形を変え、一本の矢となった。九十九の因果を連ね束ねる、矢の形をした奇跡。

 それをつがえ、決意を込めた表情でその少女は笑った。

 

 魔女は、自分に穿たれた傷が致命的な隙になることをなんとなく知っていた。

 

 ぼんやりと浮上した意識は、人間(わたし)だろうか。魔法少女()だろうか。分からないけれど、やっと終わるのだ。助けられなかった。救えなかった。そんな結果さえ残さず、私のことを消し去ってくれる。迷惑しかかけず、結局何もできなかった私。消えてしまえば、それを後悔する頭さえなくなるのだ。

 私にとっての最悪で、あの子にとっての最善。諦めたと言って塵に甘んじることは、体に溜め込まれた呪いが許してくれない。

 であれば、精一杯後腐れなくやられてやる。仲間だったなんて言わせない。私は、あなたの敵なの。

 魔女はそのマスクの下で、薄く薄くほんの少し微笑んだ。

 

 腕の布、三つ編みの先から出た棘がまどかに牙を剥く。

 まどかはそれを一つとして避けることなく、ただ弓を引き絞った。

 手と針が標的に触れる直前、魔女は困惑する。

 

 どうして、撃たないのか。

 

 魔女は動きを止めた。

 まどかは矢を握り、弓を落とした。飛び上がり、魔女の傷に接近する。

 触れれば風化させてしまう腕を使えず、魔女は必死に針で遠ざけようとする。しかし、刺すしか能のない針では掴むことさえできなかった。

 矢の形が崩れ、まどかの持ち方も変わる。

 相応しい形に。

 

 光でできた猫だった。

 何故か、黒い毛を持っていることがはっきりとわかった。

 

 猫を抱きしめたまま、まどかは魔女の傷に落ちた。

 

 

 足元に点字ブロックがあった。

 黄色いそれから外れた。不思議な街を歩く。

 

 見滝原よりも発展は遅れているように見える。建物の高さや、色のバリエーションが豊富なのが印象的だった。

 なんとなく、自分が場違いな存在に思えた。葉っぱを見ると、葉脈が通った上にかたつむりか、なにかが這った痕があった。

 

「M」と刻印された赤背景に黄色いジャンクフードの看板を見上げ、暁美ほむらは店内に入った。

 注文を行う人の列に桃色の髪が見えた気がした。けれど、少女はそれに拘うことなく注文して椅子に座った。

 テーブル席でポテトをしげしげと見つめる。店員に相席よろしいでしょうかと聞かれ、断る理由もなくOKした。

 来た人間にぺこりと会釈して、次はコーヒーを口に運んだ。少し苦い。

 

 現れた人間は何の変哲もない一般人で、特に会話することもなくお互いに食事を進めた。

 

 ポテトの中にしなびた長いのがあった。

 目の前の人物に寄越してみたが、普通に断られた。なので、隣の人にあげることにした。

 

「ありがとう!」

「構わないわ」

 

 赤いパックを持ち上げ、残った少しばかりの揚げた芋を喉で咀嚼する。

 立ち上がって、もう一度相席した人に小さくお辞儀した。

 

 喧騒の中を歩く。

 道沿いにはちょっとしたお店や、ゲームセンターなんかがあった。

 ゲーセンの一番前にあるクレーンゲームに、ツインテールと赤いリボンが見えた。白い猫に似たぬいぐるみを取ろうとしている。

 取れなくてがっかりしている横をほむらは歩いた。

 二車線しかない道路を車が走っている。色も大きさもバラバラな車。渋滞しているようだ。

 

 近くにあった自販機を使う。百七十円を入れると、同じものがもう一本出てきた。黒い液体、赤いラベル。たまに飲むとおいしい。

 なんか当たったらしい。一本でも十分なので、あまりいらない。

 少し歩いてベンチに座った。日陰だったため、暑さもさほど気にならなかった。

 

 石のベンチは硬く、平らだった。コーラを置いてもびくともしない。

 一息ついて、空を見上げた。

 曇りではあるけれど、陽の光が強い。灰色じゃない雨雲をぼうっと見つめた。

 

「……魔女に、なっちゃったね」

「ええ」

 

 かすっと炭酸が抜ける音がする。

 

「ごめんね。わたしがあんなところに居たから……なりたくなかった?」

「そうでもない」

 

 呪いを生めばたくさんの人が迷惑を被る。

 何より、友達に殺させるのはとても申し訳ない、のかもしれない。

 けれど、そうでもない。

 私が魔女になったくらいのこと、そんなのはいつか起こることだ。いつかが今になっただけ。決まりきったことを改めて突きつけられただけ。

 まどかを救えない世界なんて壊してしまいたい。純然たる欲求として、その気持ちは欠片の嘘もない。

 水滴が落ちて、タイツに黒い染みができた。無感情にそれを見つめた。

 あはは、とどこか気の抜けた笑い声が聞こえる。

 

「誤魔化されるくらいなら、そっちの方が嬉しいな。やっぱり、気持ちは変わらない?」

 

 掌を見つめ、黒い少女は後ろ髪を手元に寄せた。

 ストレートの長い髪だ。

 

「分からない。これからは呪い続けるだけ……そうならないためには、あなたに終わらせてもらうのが一番」

「私にはできないかなぁ……」

 

 毛束を握った。

 

「なら、殺すわ」

「ダメだよ」

 

 静止する声は凛として、けれど柔らかかった。

 

「あなた以外の全てを殺して、私も死ぬ」

「へぇっ、もっとダメだよぉ」

 

 情けない声を聞き、ほむらは沈黙する。

 どこかから猫の鳴き声が聞こえた。

 ほむらの履いたシューズに、ごろごろと鳴く猫が頭を擦り付ける。

 それを冷たく、しかしどこか険の薄れた顔で見つめ、少女は黒猫を持ち上げた。

 猫は落ち着いていて、暴れるそぶりもなくほむらの膝に収まった。

 

「その子はさ……エイミーって言うんだよね。ほむらちゃんは、覚えてる?」

「そう、ね。随分と久しぶり。あなたが助けてくれたの?」

「いや、えっと……わたしじゃないよ。エイミーは、ほむらちゃんが助けたんだよ」

 

 ほむらは脳裏に疑問符を浮かべる。

 まどかが言葉を重ねる。

 

「ほむらちゃんは、今死にたい?」

「さあ。そうするべきだと思う。けれど、あなた以外になんて死んでも死にきれない」

 

 背中を預ける少女がけほけほとむせる。

 私の命は貴女に委ねられているのだし、と付け加えてほむらは黒猫を撫でる。猫は気分良さそうに目を細めて喉を鳴らした。

 言い淀むような、躊躇うような沈黙の後、まどかは言う。

 

「ほむらちゃんは、ずるいね」

「貴女もではないかしら」

「え、そ、そうかな……いや、ちょっと違うよ。ほむらちゃんは、いつも正直だから、その。直接伝えられると、ちょこっと恥ずかしいなって……」

 

 信じてくれてありがとう、とまどかは照れ混じりに言った。

 ほむらは唇を真一文字に引き結ぶ。

 

「こちらこそ、こんな私を見捨てないでくれて……友達でいてくれて、あ、ありがとう……」

 

 ぎゅうと縮こまるような不安を耐え、ほむらは本心を伝えた。

 胸元で握りしめた手に、小さな手が重ねられる。

 はっと顔を上げると、そこにはまどかが微笑んでいた。

 背中にはまだ人の暖かさが残っている。

 

「ま、まどか……二人……?」

「ううん、えっと……いっぱいいるんだ。今の私は、ほむらちゃんの内側にいるから」

「……同じ、なの?」

 

 目の前のまどかが頷く。

 周囲の世界が色褪せていくのを感じた。

 最初から黒だったエイミーが、膝の上から飛び降りる。

 モノクロ写真のように全てが止まった街道で、まどかとほむらは立ち上がる。

 ジュースを飲み終え、空になったボトルが石の上に置かれた。

 

「行こう、ほむらちゃん。みんなを、ほむらちゃんを助けるためにわたしはここにいる」

「──────っ、あなた自身はどうなるのっ!」

 

 走り出しながら、ほむらはまどかに尋ねる。

 目の前か、後ろからか分からない声が響いた。

 

「……分からない。けど、誰も失いたくないのは私も同じ気持ち」

 

 だから、急ごう。と言ってまどかはほむらを導いた。

 ベンチに座るまどかが、空を見上げる。雲もあるけれど、青い空が広がっていた。

 ふたが閉まったままの黒い炭酸を見つめ、丸まった黒猫を撫でる。

 ただ、友の進む道に越えられない障害がないことを祈った。

 

 

 魔女の腹部が薄紫色に光を帯びる。

 傷が一際強く煌めいた次の瞬間、ピンク色の閃光が傷の中から飛び出した。

 桃色が地面に落ちていくと同時に、魔女は傷が塞がれながら空中に浮かび上がる。

 

 魔女はどんどんと縮んで、溢れ出した黄金色の光が戦場を丸ごと塗りつぶした。

 光が収束し、紫色の宝石を作った。

 見滝原中学校の制服に、宝石がふわりと落ちた。

 

 四人と一人の魔法少女が、変わり果てたカザミノに残ったものだった。

 

 音はなく、真円の五線譜が広がった。

 魔女がサーベルを掲げ、荒々しく振り下ろす。何度かそれを続け、最後にすっと地面に突き刺した。

 微かな旋律と強い魔力が流れ落ちる。

 さやかは右手で柄を握り、左の掌で柄頭を押さえた。

 

 瓦礫を押し除け、杏子はマミを支える。

 肩を貸し、ぼろぼろになりながらも歩いた。

 広がった魔力は、ここ数週間だけで見知った相手になったもの。

 同時にもう失ったものだ。

 

「ありがとう、佐倉さん……」

「……アタシにはいらないよ。あいつらに言う方がいい」

 

 目を閉じたまま、マミはお礼を言う。杏子は軽くあしらって、逸る気持ちを内に留めた。

 二人はすぐに辿り着いた。

 

 下半身を無くし、曲刀と同じくらいの身の丈となった。

 それでもなお立ち姿には一切の悔恨も、恐怖もない。

 彼女のそばに、魔法少女たちは集まっていた。

 杏子は怯み、マミは絶句した。

 

「鹿、鹿目さん……」

「あっ、二人とも無事でしたか!良かった……本当に」

 

 まどかはそう言って笑う。

 ぱり、と目元に亀裂が走っていた。

 

「なるほどね。君がこの件の首謀者だったってわけか。鹿目まどか」




次回、最終回です。
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