ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第七話 巴マミは生きたい

 病室のベッドの上、細い人間がいる。

 その人は夕焼けの空を見つめていた。カーテンが風に揺れる。

 病室の外で、さやかが壁にもたれかかっている。深呼吸一回、目を閉じた。

 意を決して、さやかは病室に入った。

 ベッド上の少年がこちらを振り向き、笑みを浮かべた。

 

「やぁ!」

 

 さやかは手に持っていたバッグから、CDを取りだす。

 

「はい、これ」

「わぁ……!いつも本当にありがとう。さやかはレアなCDを見つける天才だね」

「あっはは、そんな。運がいいだけだよ、きっと」

「この人の演奏は本当にすごいんだ……さやかも、聞いてみる?」

 

 そういって少年は、イヤホンを差し出す。

 さやかは頬を染めた。上目遣いで言う。

 

「わっ……い、いいの、かな」

 

「本当はスピーカーで聞かせたいんだけど、病院だしね」と少年が言う。

 イヤホンをつけると、線が短いことに気付いたさやかは少年と近づく。

 そうした後に、さやかは照れと焦りと色々な気持ちが混ざった表情を浮かべた。

 少年はCDプレイヤーのボタンを押した。

 イヤホンから、壮麗な音色が耳に届く。

 

 二人は目を閉じ、音楽に浸る。さやかはあの頃のことを思い出していた。

 恭介がステージの上で、スポットライトの下でヴァイオリンを奏でる。観客席でそれを聞いていた小さい頃のさやかは、それはもう綺麗な音色に目を輝かせていた。

 ふと、小さな嗚咽が聞こえる。さやかははっとして顔を上げた。

 恭介は泣いていた。

 包帯を巻いた左腕を、のろのろと握っては閉じる。

 音楽は流れているままだった。

 

 

 

 手元のリボンに魔力を込める。

 するとそれは拡散し、一つの形へと収束していく。すなわち巨大な一丁の銃へと。

 少女はウインクして、引き金を引いた。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 銃口の先にいた異形の犬は、直撃に耐えられずその身を散らした。

 巴Sマミはリボンを解いた。風景が元に戻る。

 

「いやー、やっぱマミさんてかっこいいねぇ!」

「もう……見せ物じゃないのよ?」

 

 そう言ってマミは変身を解く。

 立っていた街灯から降りた。

 

「危ないことしてるって意識は、忘れないでおいてほしいわ」

「いえ〜す!」

 

 ジャングルジムを通り抜け、キュゥべえがやってくる。

 まどかはあっと気づいた。

 

「フエル・グリーフシード落とさなかったね」

「今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね。F・グリーフシードは持ってないよ」

「魔女じゃないんだ……」

「なんか、ここんとこずっとハズレだよね」

「使い魔だって放って置けないのよ?成長すれば、分裂元と同じ魔女になるから」

 

 魔女さえいればグリーフシードはほぼ見つかるから、とマミが言う。

 戦っている本人が納得しているなら、と二人はぶーたれたりはしなかった。

 三人は通りを歩く。

 

「二人とも、何か願い事は見つかった?」

「うーん……まどかは?」

 

 まどかは何も言えない。なんともいえない悩んでいる声が出るだけだ。

 マミが苦笑する。

 

「まぁ、そういうものよね。いざ考えろって言われたら」

「マミさんは、どんな願い事をしたんですか?」

 

 マミが立ち止まる。言った後にまどかはほむらの時のことを思い出した。

 まどかが慌てて付け加える。

 

「いや、あの、どうしても聞きたいってわけじゃなくて!」

 

 マミは困ったように笑う。いつかのことを思い出すみたいに、話し始めた。

 

「私の場合は──」

 

 セピア色の景色の中、煙が風に流れていく。

 大きなトラックとぶつかり、ガラスが大破した車にマミが乗っていた。息には異音が混じっている。

 猫のような影がマミの前に立っていた。マミは、それに赤い手を伸ばした。

 自分の血に濡れていた。

 

「──考えている余裕さえなかったってだけ」

 

 生きたい、という願い。

 それを当たり前と言うには、彼女の世界はもう大きく変質していた。

 

「後悔しているわけじゃないのよ。今の生き方も、あそこで死んじゃうよりはよほど良かったと思ってる。死にたくはない。でもね、ちゃんと選択の余地がある子には、きちんと考えた上で決めてほしいの。私にはできなかったことだからこそ、ね……」

「ねぇマミさん!願い事って、自分のための事柄でなきゃ、駄目なのかな?」

「えっ……?」

 

「たとえば、たとえばの話なんだけどさ。あたしなんかよりよほど困っている人がいて、その人のために願い事をするのは……」

「それって上条くんのこと?」

 

 まどかが言った。さやかは振り向き、あせあせと身振り手振りしながら返事をする。

 キュゥべえはじっとさやかを見つめる。

 

「た、例え話だって言ってるじゃんかぁ!」

「別に契約者自身が願い事の対象になる必然性はないんだけどね。前例も無いわけじゃないし」

「でもあまり感心できた話じゃないわ」

 

 マミが言うと、二人はそちらに目を向ける。

 

「他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておかないと。美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」

「マミさん……」

「同じようでも全然違うことよ、これ……」

 

 さやかはバッグの持ち手に力を込める。

 

「その言い方は、ちょっとひどいと思う……」

「ごめんね?でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま先に進んだら、あなたきっと後悔するから……」

 

 マミは困った顔でさやかに笑う。

 さやかは悩んで、やがて結論を出したようだ。笑顔に戻った。

 

「そうだね。あたしの考えが甘かった……えへっ、ごめん」

「やっぱり……難しい事柄よね。焦って決めるべきではないわ」

 

 空気が悪いことにやきもきしていたまどかは、穏便に話が済んだことに安堵する。

 そして自分も願いが決まらない現状を許してもらったようで、心が軽くなった。

 キュゥべえが言い出す。

 

「ボクとしては、早ければ早いほどいいんだけど」

「ダメよ。女の子を急かす男子は嫌われるぞー」

 

 冗談にさやかがけらけらと笑って、まどかも笑った。

 

 家について、自分の部屋のベッドに寝転んだまままどかは考える。

 胸には衣装を描いたノートを抱えていた。

 

「やっぱり、簡単なことじゃないんだよねー……」

「ボクの立場で急かすわけにはいかないしね。助言するのもルール違反だし」

 

 まどかはノートを見ながら呟く。

 

「ただなりたい、ってだけじゃダメなのかな……」

「まどかは力そのものに憧れているのかい?」

「いや、そんなんじゃなくって……そうなのかな?わたしってどんくさいし、なんの取り柄もないし、だからマミさんみたいにかっこよくて素敵な人になれたら、それだけで幸せなんだけど」

 

 

「まどかが魔法少女になれば、マミよりずっと強くなれるよ」

「えっ」

 

 まどかはキュゥべえの方を見た。見ずにはいられなかった。

 

「もちろん、どんな願い事で契約するかにもよるけれど……まどかが生み出すかもしれないソウルジェムの大きさは、ボクにも測定しきれない。これだけの素質を持つ子と出会ったのは初めてだ」

「あはは。なに言ってるのよ、もう……嘘でしょ?」

「いや……」

 

 部屋の扉がノックされる。

 

「まどか、起きてる?」まどかの父からの呼びかけに、まどかは返事した。

 階段を降りていくと、床にべちゃりとつぶれているまどかの母がいた。隣には父もいる。まどかはため息をついた。

 

「またか……全くもぉ」

 

「み、みずぅ……」

 

 まどかの父が水をやれば、ごっごっごっと勢いよく飲み干した。

 あのハゲだの飲みたきゃ手酌でやってろだの酔っ払いにしては割とまともな呂律で毒づく。そんな彼女を寝床に収めて、まどかの父はまどかに礼を伝える。

 父がココアでも淹れようかと提案した。まどかは喜んで受け入れた。

 

「なんでママはあんなに仕事が好きなのかな……昔からあの会社で働くのが夢だった、なんて、ないよね」

「うーん……ママは仕事が好きなんじゃなくて、頑張るのが好きなのさ」

 

 暖かいココアからは、湯気が立ち昇っている。

 まどかの父は続けた。

 

「嫌なことも辛いこともいっぱいあるだろうけど、それを乗り越えた先の満足感が、ママにとっての宝物なのさ」

「そりゃあ会社勤めが夢だったわけじゃないだろうけどさ。それでもママは、自分の理想の生き方を通してる。そんな風にして叶える夢もあるんだよ」

「……生き方そのものを夢にするの?」

 

 まどかの父は立ち上がり、続ける。

 

「どう思うかは人それぞれだと思うけど僕はね、ママのそういうところが大好きだ。尊敬できるし自慢できる。素晴らしい人だってね」

 

 まどかは安心したように笑って、ココアを一口飲んだ。

 温かくて優しい味だ。それがまどかには、じわりと染みた。

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