ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
詫びの定期更新
魔女の結界内には、魔女には満たない小さな異形がそこかしこにいる。
飴頭の看護師や、飴玉の体を持つネズミなどがそうだ。風景もまるで、お菓子の家か、あるいはお菓子の洞窟とでも呼ぶべき形をしていた。
黒がベースであるため、全体的に雰囲気は暗い。
しかし、お菓子の毒々しい色味で強引に中和されている。これまで同様、歪な風景だった。
その結界の中を、さやかがキュゥべえを抱きかかえて歩く。
「怖いかい、さやか」
「そりゃ、まぁ……当然でしょ」
「願い事さえ決めてくれれば、この場で君を魔法少女にしてあげることも可能なんだけど……」
手術中の赤い光が点っている。
檻のような扉の先に、内側の光脈動するグリーフシードがあった。
「いざとなったら、頼むかも。でも今はやめとく」
「あたしにとっても大事なことだから……。できることなら、いい加減な気持ちで決めたくない」
夕焼けに染まる病院。
まどかが連れてきたマミが、グリーフシードの痕跡に左手をかざす。その中指には、ソウルジェムが変化した指輪が嵌っていた。魔力が込められ、輝く。
結界との繋がりができた。目を瞑ってキュゥべえに問いかけた。
(キュゥべえ、状況は?)
(まだ大丈夫。すぐに孵化する様子はないよ)
(さやかちゃん、大丈夫?)
(へーきへーき。退屈すぎて居眠りしちゃいそう)
軽口を叩く余裕があることにまどかはとりあえず安心した。
(むしろ迂闊に大きな魔力を使って、魔女を刺激する方がまずい。急がなくていいから、なるべく静かに来てくれるかい?)
(ええ、わかったわ)
マミとまどかは、できた入り口から結界に足を踏み入れた。
自転車に、夕焼けの光が反射した。
異常な空気の中をマミとまどかは歩いていく。まどかの手は、マミに大事そうに握られていた。
「間に合ってよかった」
「無茶しすぎ。って怒りたいところだけど……今回に限っては冴えた手だったわ。これなら魔女を取り逃す心配も……」
マミは喋りながら、まどかを見ようと振り返る。まどかも振り返り、あっと声を上げた。
あまり見たくなかったものがそこに写り込んでいた。
「言ったはずよね。もう二度と会いたくないって」
「今回の獲物は私が狩る。あなたたちは手を引いて」
「そうもいかないわ。美樹さんとキュゥべえを迎えにいかないと……」
「その二人の安全は保証するわ」
「信用するとでも思って?」
マミは指輪から魔力を解放する。光がほむらを向けて動いた。ほむらは目を閉じる。
ほむらは顔色を変えず逃れようとするが、地中から飛び出した2本のリボンであっという間に拘束された。
鎖の模様がついたリボンが、花形の錠で留められる。
空中で縛り付けられ、ほむらは何かをする自由を奪われたのだった。
「ふう……昨日のことを、警戒しているのでしょう?」
冷たい声色でほむらはこぼす。
ここまでされてなお冷静なほむらに、流石のマミも違和感を感じたようだった。
「……それはね。私たちの心を読む力を持っていても特段驚かないわ。喋らせ続けるのは危険だと判断しただけ。怪我させるつもりはないけど、あんまり暴れたら保証しかねるわ」
「今度の魔女は、これまでの魔女とは訳が違う」
ほむらは淡々と事実を告げるような口調で言った。
その言葉を無視して、マミは言葉を投げかける。
「大人しくしていたら、ちゃんと帰りに解放してあげる……行きましょう?鹿目さん」
「ねぇ、鹿目まどか」
唇を噛み締め、ほむらはまどかを見る。その目には、歪な色が浮かんでいた。
まどかを見ているようで、何も見ない目。そんな虚とは対照的に、口元はへらりと笑っている。どうしようもない壁にぶつかって望みを逸したような顔だった。ほむらはまどかに媚びるような目をしていた。
聞いたことのない声色で言う。
「あなたは、他人からのネタバレを許せる?」
「えっ、わたし?わたしは……」
「鹿目さん」
場違いな質問、と一瞬よぎりつつも後ろ髪を引かれていたまどかは、呼び止められて律儀に考えた。
その先を取るように、マミがまどかを見た。普段ならありえないほど、凍るような低温を持った瞳をしている。
しかし、ほむらは止まらない。マミの視線はそちらを向き、リボンの拘束が強まった。それでもなおほむらは苦しみ喘ぎながら、声を絞り出す。
「例えばっ、ひゅ……もうすぐ誰かが死んでしまう。それを、知っていて……あなたは言うっ、か、しら?答えはどちらか一つ、だけ……」
「そんな……わたしが、知ってるの……?」
「違う、わ……し────」
「黙りなさい」
ほむらの口にリボンが巻き付く。まどかがあっと声を上げる間に、拘束はそれまでと比べ物にならないほど強固に、頑丈になされた。空いているのは鼻、吸気口だけだ。
やりすぎなほどの拘束に、若干まどかはマミさんに引く。
けれどもそれより、まどかを見つめ続けたほむらの表情がいやに気になった。
「瞬間移動のような、あれ以外にも魔法を……いえ、有り得ないわ。つまりあれは彼女自身の話術……もっと警戒すべきだったかしら」
「マ、マミさん……?」
マミはまどかの不安そうな声を聞いて、こちらに微笑みかけてくれた。
それを嘘だとは思えなかった。
ワッフルの壁の前を、二匹の飴鼠がひょこひょこ走っていく。
それを確認して、マミとまどかは壁の裏から出た。不自然なほど綺麗な扉を、マミが躊躇せずに開けて入った。
瓶に入った何かがある以外、道すらない道をマミがまどかの手を取って歩く。
「あのっ、……マミさん」
「なぁに?」
「願い事、私なりに考えてみたんですけど」
「決まりそうなの?」
「はい。でも、あの……もしかしたらマミさんには考え方が甘いって怒られそうで」
「どんな夢を叶えるつもり?」
「私って、昔から得意な学科とか、人に自慢できる才能とか、何もなくて。きっとこれから先ずっと、誰の役にも立てないまま、迷惑ばかりかけていくのかなって。それが嫌でしょうがなかったんです」
新たな扉があった。マミはそれを開き、危険を確認する。
元の洞窟と同じような場所だった。飴看護師や飴鼠に見つからないよう歩く。
橋を二人だけで歩いた。
「でもマミさんと会って、誰かを助けるために戦っているのを見せてもらって。同じことが、私にもできるかもしれないって言われて。何よりも嬉しかったのはそのことで……」
マミは唇を引き結ぶ。
まどかは決心した顔で言った。
「だから私、魔法少女になれたらそれで願い事は叶っちゃうんです!」
「こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって胸を張って生きていけたら、それがいちばんの夢だから……」
マミがまどかから手を離す。
「大変だよ?怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃうよ」
「でも、それでも頑張っているマミさんに、私、憧れているんです!」
前を行くマミが立ち止まった。
「憧れるほどのものじゃないわよ、私」
まどかは、空気の変化を感じた。
「カッコつけてるだけで、怖くても辛くても誰にも相談できないし。ひとりぼっちで泣いてばかり……良いものじゃないわよ、魔法少女なんて」
心細そうな背中だった。まどかは、慈しむように微笑む。
「マミさんはもう、ひとりぼっちなんかじゃないです」
「っ、そうね……そうなんだよね」
マミは振り返ってまどかの両手を取った。
その瞳の縁には、今にもこぼれ落ちそうな不安がゆらめいている。
「本当に、これから私と一緒に戦ってくれるの?」
目を閉じて、マミは深呼吸した。
「そばにいてくれるの?」
「はい。私なんかで良かったら」
マミは泣き笑いの表情で瞳の縁を拭う。
マミの本心を、その不安を見せてもらえたような気持ちだった。
「まいったなぁ。まだまだ先輩ぶってなきゃいけないのになぁ……やっぱり私、ダメな子だ」
「マミさん……」
「でもさ、せっかくなんだし……願い事は何か考えておきなさい!」
マミが言うと、まんざらでもなさそうにまどかが返答する。
「せっかく、ですかねぇやっぱり……」
「契約は契約なんだから、物はついでだと思っておこうよ。億万長者とか、素敵な彼氏とか!なんだっていいじゃない!」
「いやぁ、その……」
決められなさそうなまどかに、先んじてマミが提案する。
「じゃあ、こうしましょう。この魔女をやっつけるまでに願い事が決まらなかったら、その時はキュゥべえにご馳走とケーキを頼みましょう!」
「け、ケーキ!?」
「そ!最高におっきくて贅沢なお祝いのケーキ!それで、みんなでパーティするの!私と鹿目さんの、魔法少女コンビ結成記念よ」
「わたし、ケーキで魔法少女に!?」
「嫌ならちゃんと自分で考える!」
厳しくも思いやりある言葉に、まどかははいぃ……と悩むことしかできなかった。
なんとなく、それまでよりもマミとまどかの距離は近づいていた。
(マミ!)
テレパシーが届く。マミはそちらに意識を向けた。
キュゥべえを抱えるさやかの前で、グリーフシードの中からぐにゃぐにゃとした塊が這い出してくる。
(F・グリーフシードが動き始めた!孵化が始まる!急いで!)
「分かったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」
マミがソウルジェムを体の前にかざし、一瞬で変身する。橋の下にいた鼠の群れが、一斉にマミを見た。
巨大ケーキの籠が生まれ、その中に飴鼠が群れている。マミはまどかの周りにリボンで結界を作り、手出しできないようにしてからケーキの籠に降りた。
いつものように単発式の銃を取り出し周囲に差しておく。
胸から取り出した銃をバトンのように振り回し、銃口を定めた。
正面の一匹を撃つ。背後の一匹を銃身で撫でる。足で二丁の銃をカチ上げ前後四匹、叩いて撃つ。
側面二匹を捨てる銃でまず一匹、足で蹴り飛ばし二匹目。次の両手に取った銃で二匹殴りつける。両側から来る飴顔の真正面に銃口を置いた。捨ててすぐ地面に跳ねる銃を蹴り抜いて一匹、残った最後の二丁も外れなく。
廻りながら踊りながら舞いながら仰け反る。仰け反り、マミの腹部から銃が飛び出た。
視界を塞ぐマスケット銃に、飴鼠は怯えて動かない。そうしてまごついている鼠を一掃していった。
鼠を穿った場所から、糸が伸びた。
束ねた糸を垂らし、それに捕まってマミは飛び回る。
マカロンの高塔の上で、両手の砲を発射した。
「体が軽い……こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて」
「もう何も怖くない」
まどかのそばに降り、マミは思う。可愛らしい後輩を連れて、共に歩くことができる。
これ以上の幸福などどこにあるというのか。
もう私は、ひとりぼっちじゃないもの!
一瞬だけ、その感情の奔流を妨げるものがあった。
『あなたは────』
暁美・マドカスキー・ほむら、彼女の言葉が頭をよぎる。……あなたの思い通りにはならないわ。私がさせない。
扉を開き、マミはまどかを連れてキュゥべえのところへと走った。
そこには甘ったるい香りだけが残った。