オラリオの市場、昼
オラリオの市場は、朝から活気で溢れていた。露店主の威勢のいい呼び声、焼き魚の香ばしい匂い、革職人のハンマーが叩くリズミカルな音。冒険者と市民が肩をぶつけ合い、賑やかな雑踏を形作る。リルカ・アーデは、ぼろぼろのフードを目深にかぶり、その中を小さく身を縮めて進んだ。
昨日、ベル・クラネルに助けられた光景が、頭から離れない。「ベル様、なんでリリなんかを…」彼女の心に、疑問が渦巻く。「リリ、ソーマで騙して、裏切って…そんな生き方しか知らないのに…」
リリの手が、荷物をぎゅっと握りしめる。ザニス・ルストラの冷笑、ソーマ酒に溺れる団員たちの暴力――ソーマ・ファミリアの虐待が、胸を締めつける。だが、ベル様の純粋な笑顔、「リリ、大丈夫?」と差し伸べられた手が、その暗い記憶をほんの少し和らげた。「リリ、ちょっとだけ…変わりたいです…」
市場の片隅で、ざわめきが起こった。白と金のローブをまとったセラフィス・ファミリアの団員が、老婆の訴えを聞いている。仮面を外した若い女性が、落ち着いた笑みで頷いた。
「お婆様、盗まれた財布の特徴を教えてください。どの方向へ逃げたか、覚えていますか?」
老婆が震える声で答える。団員は素早く動き、露店主や通行者に質問を投げかける。盗人のマントの色、歩き方、逃げた時間――細かな点を的確に聞き出し、数分後、路地の奥で怪しい男を捕まえた。財布を手に、彼女は戻る。
「お婆様、これがあなたの財布です。犯人はセラフィス・ファミリアの大聖堂に移送します。次はご注意を」
老婆が涙を拭き、「ありがとう、セラフィス・ファミリア! いつも完璧だよ!」と感謝する。市民が囁く。「怖いくらい、ちゃんとやってくれる」。リリは目を細める。「リリ、こんな風に…誰かを助けたこと、ないです…」
だが、別の光景が頭をよぎる。昨日、路地裏で見た白装束の団員。手帳に何かを書き込み、「ソーマ・ファミリア…罪の証拠を分析すべき」と呟いた男。あの言葉の意味はわからない。リリの胸に、不穏な影を落とすだけだ。彼女は、セラフィス・ファミリアがソーマ・ファミリアを捜査していることを知らない。
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セラフィス・ファミリアの大聖堂、裁きの間、昼過ぎ
オラリオ中心部の大聖堂は、白亜の壁が陽光を浴び、荘厳にそびえる。1階の市民相談窓口では、白装束の団員が迷子や盗難の相談を迅速に解決している。だが、地下の「裁きの間」は、まるで別世界だ。冷たい石壁に囲まれ、松明の光が薄暗く揺れる。
部屋の中央には、巨大なオーク材の長机。そこに、ソーマ・ファミリアから押収された証拠が整然と並ぶ。ソーマ酒の密売を示す帳簿、虐待の傷の記録、裏取引の書簡、濃度が高いソーマ酒の瓶、ダンジョン素材の取引リスト、血痕のついた布片、壊れた鞭、隠し金庫の鍵、偽装貨物の包装材、暗号化された手紙、偽造通行証、偽装木箱、さらにはザニス・ルストラの私室で見つかった血痕付きの革手袋。十数人の白装束団員が、仮面を外し、証拠を前に集まる。静寂の中、紙をめくる音、ペンの走る音、瓶を動かすかすかな音が響く。
団員の一人、赤褐色の髪を結った女性――リディアが、帳簿を手に取る。彼女の目は鋭い。
「ソーマ・ファミリアの密売は、ダンジョン中層の素材と交換されていた。帳簿の暗号は単純な置換式だが、取引量が異常。200バイアルのソーマ酒に対し、ミノタウロスの皮50単位。皮の市場価値は酒を上回る。隠し金の流れを疑う。」
リディアはページをめくり、特定の行を指す。「出荷量と生産量が一致しない。隠し倉庫の存在が濃厚だ。市場の流通記録と照合し、異常な取引を追跡。ギルドの貿易記録を今夜入手する。」
彼女は書簡の束を手に取る。「裏取引の相手が暗号で記されている。帳簿のコードと一致。ザニスの指示で組織的な密売。暗号解読には、過去のソーマ酒取引データが必要。ギルドの記録庫に申請済み。」
眼鏡の男性――テオが、傷の記録を広げる。「被害者の証言と傷の一致率は98%。ザニスの鞭と棍棒が、傷の深さと角度で特定される。リルカ・アーデの腕の痣も一致。ソーマ酒の強制摂取が虐待の一環だった。」
テオは書類を指す。「虐待はソーマ酒の配布と連動。ザニスは酒の濃度を上げ、抵抗を抑えた。瓶の成分分析をギルドに依頼済み。結果で組織性が証明される。」
短髪の女性――エリナが、ソーマ酒の瓶を手に。「市場よりアルコール濃度が20%高い。ザニスが依存を強めるため調整。刻印は帳簿の製造番号と一致。ギルドの分析で添加物を特定中。」
エリナはダンジョン素材リストを手に。「取引先は四つの組織。オラリオ外の密売ルートを追跡。ザニスのサインは罪を証明。筆跡を契約書と照合し、偽造を排除。」
細身の男性――カシアンが、血痕の布片を手に。「拠点で発見。血は複数団員のもの。ザニスの部屋の絨毯と同素材。直接関与を裏付ける。」
カシアンは鞭を手に。「ザニスのイニシャルが刻印。棘の構造が傷と一致。虐待の凶器。ギルドの購入記録あり。」
別の団員が、隠し金庫の鍵を手に。「拠点の地下室で発見。金庫の中身で密売の全貌が明らか。鍵の形状は市場裏の地下室が濃厚。」
エリナが、偽装貨物の包装材を手に。「ソーマ酒を隠す特注品。帳簿の製造元と一致。供給元を追跡。」
別の団員が、偽造通行証を手に。「ダンジョン警備を通過する偽造。帳簿の密売ルートと一致。警備員の証言で使用頻度を追跡。」
リディアが暗号の手紙を手に。「ザニスの私室で発見。内部通信記録で解読可能。ギルドに依頼済み。」
別の団員が偽装木箱を手に。「ソーマ酒を隠す特注設計。帳簿の供給元と一致。製造元を追跡。」
リディアが、革手袋を手に。「血痕付き。ザニスの部屋で発見。鞭の使用と一致。虐待の補助証拠。」
リディアが地図を広げ、市場を指す。「隠し倉庫の候補は三箇所。路地裏の廃屋、市場裏の地下室、ダンジョン入口の小屋。調査チームを編成、明朝確認。廃屋の所有者は密売に関与。」
テオが補足。「市場裏の地下室はソーマ酒の瓶が発見された場所。偽装の『穀物袋』が確認。捜索を優先。」
リディアが机を叩き、視線を集める。「ソーマ・ファミリアの罪は、セラフィス・ファミリアの正義で裁く。証拠は揃った。刑罰の準備を急ぐ。」
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セラフィス・ファミリアの大聖堂、裁きの間の隣室
「裁きの間」の隣に位置する準備室は、薄暗く、冷たい石壁に囲まれている。鉄製の棚には、黒い装束、罪人鎖、棘の鞭、聖火の杖が整然と並ぶ。中央には、黒いローブをまとったガブリエルが立つ。黒い仮面の金色のスリットが、松明の光を不気味に反射する。**狂気の信仰**が、彼の存在を異様なまでに際立たせる。
ガブリエルの周囲には、黒い装束の拷問部隊の精鋭が集まる。黒いフードは深く、顔は仮面で隠され、肩の鉄鎖がカチャリと鳴る。誰も言葉を発しないが、部屋は重い緊張感に満ちている。ガブリエルの手には、棘の鞭が握られる。鞭の棘は鋭く、過去の血痕がうっすら残る。聖火の杖は、別の団員が手に持ち、先端の赤い宝石が不気味に光る。宝石の表面には、微細なひびが入り、過去の裁きで放たれた炎の名残を感じさせる。
一人の団員が罪人鎖を手に取る。鎖は黒く、棘がびっしり埋め込まれ、触れるだけで血を流す。鎖を巻く動作は慎重で、まるで神聖な儀式のよう。別の団員が棘の鞭を点検する。鞭の柄には紋章が刻まれ、棘は一つ一つ手作業で研がれている。軽く振ると、空気を裂く鋭い音が響く。
棚には黒い装束が吊るされている。厚手のローブは、肩に鉄鎖が縫い付けられ、血赤の刺繍が不気味な模様を描く。仮面は鋭角的で、金色のスリットが目を覆い、装着者の表情を隠す。内側には血の匂いが染みつき、過去の刑罰の記憶を宿す。団員の一人が仮面を手に取り、スリットをなぞる。仮面の冷たい感触が、手に伝わる。
ガブリエルが低く、冷徹な声で告げる。「罪の浄化は、神の意志だ。ソーマ・ファミリアの穢れは、オラリオの前で清算される。準備は整っているか?」
団員の一人が、黒い革の手袋をはめながら答える。「装備の点検、完了。馬車のルートは中央通りを通過、広場で停止。市民への教訓効果を最大化する。」
別の団員が、罪人鎖の束を肩に担ぐ。「鎖の棘、研ぎ済み。抵抗する罪人は、自身で傷を深める。効果は保証する。」
もう一人が、聖火の杖を掲げる。「杖の宝石、充填済み。炎は罪人の心を焼き、市民に神の意志を示す。」
ガブリエルの仮面の下で、かすかな笑みが浮かぶ。「良し。神の裁きは、市民の心に刻まれる。罪人鎖は80名を拘束可能。棘の鞭は、罪の重さを教える。準備を進めなさい。」
団員たちは無言で動き出す。ローブを着込み、仮面を装着し、罪人鎖や棘の鞭を馬車に積む。動作は無駄がなく、儀式のように厳粛だ。松明の炎が揺れるたび、仮面の金色のスリットが光る。拷問部隊の準備が、静かに進む。
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リリは市場の露店を後にし、路地へ向かう。ベル様の笑顔が頭に残るが、ソーマ・ファミリアの過去が胸を締めつける。
リリはフードを握りしめ、路地の奥へ歩き出す。遠く、セラフィス・ファミリアの大聖堂が、静かに佇む。その地下では、ソーマ・ファミリアの罪を裁く準備が、着々と進んでいた。
白装束はカピロテ、拷問部隊黒装束は中世の公務死刑執行人の装束イメージで。