オラリオの中央通りは、夕陽が石畳を血のように赤く染める時刻だった。
市場の喧騒は遠のき、露店が片付けられ、冒険者や市民が家路につく静かな時間が流れていた。
空気は冷え始め、風が通りをそっと撫でる。
だが、その穏やかな静寂を突き破るように、遠くから不穏な音が響き始めた。
ゴロゴロ…ゴロゴロ…。
重々しい馬車の車輪が石畳を軋ませ、低く唸る音が空気を震わせる。
車輪の軋みが、不規則にギィッ、ギィッと甲高い音を立て、まるで何かを引きずるような不気味な響きを重ねる。
続いて、カチャリ、カチャリと鉄鎖がぶつかり合う音が、冷たく鋭く通りを切り裂く。
馬の蹄がコツ、コツと石畳を叩き、時折、馬具の金属がカランと鳴る。
音は次第に近づき、まるで闇そのものが這うように街道を侵食していく。
市民たちが足を止め、振り返る。
街道の先に、セラフィス・ファミリアの拷問部隊が姿を現した。
黒いローブに身を包んだ団員たちが、無言で整然と列をなし、機械のように進む。
肩に縫い付けられた鉄鎖が歩みごとにカチャリと鳴り、仮面の金色のスリットが夕陽を反射して不気味に光る。
馬車の荷台には、布で覆われた罪人鎖や棘の鞭が積まれ、布の隙間から血の匂いが漂う。
布が風に揺れるたび、棘の鞭の鋭い先端がチラリと覗き、夕陽に鈍く光る。
先頭の団員が握る聖火の杖は、赤い宝石が脈打つように輝き、微かなヒュッという風切り音を立てる。
「セラフィス・ファミリア…あの黒い装束…拷問部隊だ…」
市場の端で荷物をまとめていた商人が呟き、麻袋を握る手が震える。
ゴロゴロという馬車の音が彼の耳に響き、心臓を締め付ける。
「何だ…この音…まるで死神が来るみたいだ…」
彼は慌てて露店の木箱を放り出し、店の扉に駆け寄る。
ガタガタと扉を閉め、錠をカチリと下ろす音が響く。
通り沿いの家々で、市民の恐怖が一気に広がる。
老婆が孫の手を引き、家の扉をバタンと閉める。
「見ちゃダメだよ! 早く中に入りな!」
彼女の声は震え、扉の蝶番がギィッと軋む。
隣の家では、若い女性が窓を閉め、カーテンを引く手が震える。
「あの音…馬車…何を運んでるの…?」
彼女の声は小さく、窓の隙間から漏れる馬車のゴロゴロという音に飲み込まれる。
子供が父親の袖を掴み、「パパ、あの黒い人たち、怖い…あのガラガラって音、なに?」と泣きそうな声で尋ねる。
父親は子供を背中に隠し、「静かにしろ! ただの行進だ…見るな!」と強がるが、彼自身の手が震えている。
バタン、バタンと扉が閉まる音が通り沿いに連鎖し音が重なる。
ある冒険者が仲間と囁き合う。
「あの部隊、普段のセラフィスとは別だ…去年の公開処刑、覚えてるか? 血の匂いが…」
彼の言葉は途中で止まり、馬車の車輪がギィッと軋む音に掻き消される。
冒険者は、「巻き込まれるぞ!」と急かし、近くの路地に消える。
通り沿いの店や家は、次々と閉ざされる。
木の窓枠がバタンと閉まり、錠を下ろすカチリ、カチリという音が響き合う。
ある男が自宅の扉を二重に施錠し、家族に「誰も外を見るな!」と叫ぶ。
彼の耳に、馬車の車輪のゴロゴロと、鉄鎖のカチャリという音が執拗に響く。
「あの音…止まらねえ…何か大規模な裁きが来るぞ…」
彼は呟き、額に冷や汗を浮かべる。
市民の間では、部隊の目的を知る者はいない。
誰もソーマ・ファミリアの名前を口にしない。
ただ、漠然とした恐怖が通りを支配する。
「ダンジョンで何かあったのか?」
「いや、街の中で…でも、何を裁くんだ…?」
囁きは不安に満ち、馬車のゴロゴロ、ギィッという音に掻き消される。
通りは完全に静まり返り、閉ざされた扉と窓だけが残る。
風が吹き抜け、馬車の布がバサリと揺れる音が、恐怖を一層深める。
馬車の先頭に立つガブリエルは、黒い仮面の下で冷たく微笑む。
手に握る棘の鞭は、棘に血痕がうっすら残り、夕陽に鈍く光る。
「市民よ、神の意志は間もなく示される」と、彼は誰にも聞こえない声で呟く。
馬車の車輪がゴロゴロと唸り、鉄鎖がカチャリと鳴るたび、通りはさらに静寂に沈む。
聖火の杖の赤い宝石が、ヒュッと風を切り、まるで裁きの炎を予告する。
市民の囁きが、耳に届く。
「何か大規模な捜査らしい…」
「でも、誰を裁くんだ?」
セラフィス・ファミリアの部隊は、街道を進み続ける。
馬車のゴロゴロという音は止まず、鉄鎖のカチャリ、馬具のカランという音が重なる。
通りは閉ざされた扉と窓に守られ、市民の恐怖が空気を重くする。
夕陽が沈む中、拷問部隊の影が長く伸び、オラリオの街道に不穏な静寂を刻む。
ギルド本部
夕陽がギルド本部の窓を赤く染めるが、厚い石壁に囲まれた執務室は静寂に包まれている。
書類の山とインクの匂いが漂い、壁にはダンジョンの地図やファミリアの登録簿が貼られている。
中央の長机にはロイマン・マルディーンが座り、眉間に皺を寄せて書類を睨む。
静かな室内に、突然、ドタドタと慌ただしい足音が響き、扉が勢いよく開いた。
「ロ、ロイマン様! 大変です!」
ミィシャ・フロットが息を切らし、髪を乱して執務室に飛び込んでくる。
汗で額が光り、目に焦りが宿る。
手には何も持たず、走ってきた勢いで肩が上下に揺れる。
「セラフィス・ファミリアの拷問部隊が…中央通りで目撃されました!」
ロイマンが太い眉を上げ、椅子から身を乗り出す。
「ミィシャ、落ち着け! 何だ、その慌てぶりは! セラフィス・ファミリアの拷問部隊だと? 話せ!」
彼の声が室内の静けさを切り裂く。
ミィシャがゼハゼハと息を整え、髪をかき上げながら口頭で報告する。
「監視員からの緊急連絡です! 中央通りで、セラフィス・ファミリアの部隊が…市民が怖がって家に閉じこもって、街中が大騒ぎです! 誰も目的を知らないんです!」
黒いローブに仮面を着けた団員たちが、馬車の荷台に罪人鎖や棘の鞭を積み、血の匂いを漂わせながら進む、まるで死神のような行進だった。
馬車の車輪が軋み、鉄鎖がカチャリと響く音が、市民を怯えさせ、扉をバタバタ閉める騒ぎを引き起こしていた。
ロイマンが立ち上がり、目を細める。
「市民が家に閉じこもる騒ぎ…ただの行進じゃないな。セラフィス・ファミリアめ、事前通告なしでこんな派手な動きを…何を企んでるんだ?」
ミィシャが慌てて続ける。
「監視員によると、部隊は市場裏かダンジョン入口に向かってる可能性があるって! でも、セラフィスからの連絡は一切なし! 市民は『何か大規模な裁きだ』って囁いてて…私、市場の報告も確認したけど、何も出てません!」
ロイマンが拳で机を叩く。
「事前通告なしだと? あの正義ヅラの連中、盗難や迷子の報告は律儀に寄越すくせに、今回は黙って動くのか!」
彼は室内を歩き回り、顎を撫でる。
「市民が怯えるのも無理はない。ミィシャ、可能性を挙げろ。誰を、なぜ裁く?」
ミィシャが声を震わせ、続ける。
「最近の噂だと、ソーマ・ファミリアのソーマ酒の密売や、団員への虐待が…でも、ギルドの調査じゃ証拠が不十分で…」
ロイマンが目を細める。
「ソーマ・ファミリアか…帳簿の不一致、ダンジョン素材の異常な取引量…セラフィスが証拠を握ったなら、この派手な動きも納得がいく。だが、市民が知らないなら、なぜこんな恐怖を煽る? 大規模な処刑を計画しているのか?」
ミィシャが慌てて付け加える。
「監視員が部隊の進路を追ってます! まだ目的は不明だけど、市場裏かダンジョン入口に向かってる可能性が…ロイマン様、ギルドとしてどうします?」
ロイマンが低く唸る。
「セラフィスの動向を追え。証拠、進路、標的…全て洗い出せ。オラリオが絡むなら、ギルドが後手に回るわけにはいかん!」
ロキ・ファミリアの本拠地、夕暮れ
ロキ・ファミリアの広間では、暖炉の火がパチパチと燃え、剣や鎧が壁に並ぶ。
中央のテーブルには地図が広げられ、ロキが椅子に深く腰掛け、眉を寄せて考え込む。
彼女の赤い髪が揺れ、いつもは軽薄な目が、今は鋭く光る。
報告を持ってきたティオネを前に、フィン、ガレス、アイズが地図を囲む。
「セラフィス・ファミリアの拷問部隊が現れたゆう話や…」
ロキが手を組んで顎を支え、目を細め、低く唸る。
「オラリオで何やねん、この騒ぎ? ただ事ちゃうで、ティオネ、詳しく話してみ。」
ティオネが腕を組み、声を張り上げて報告する。
「市場近くの団員から連絡よ! セラフィス・ファミリアの拷問部隊が中央通りを進んでたらしいわ! 誰も目的を知らないけど、『何かヤバい裁き』って噂が広がってるわ!」
セラフィス・ファミリアの行進が市民を恐怖に陥れ、街中に緊張が走っていた。
フィンが地図に手を置き、冷静に言う。
「拷問部隊…セラフィスの裏の顔だな。普段は市民の味方だが、こんな派手な動きは組織的な標的を狙ってる証拠だ。。」
ガレスが低く落ち着いた口調で言う。
「ふむ、でかい動きじゃな。ティオネ、若造が騒ぐ前に、まず状況を整理せんとな。ダンジョンか、
街のどこかか? セラフィスが何を狙っとるのか、はっきりせんぞ。」
ロキがテーブルに手を叩き、身を乗り出す。
「セラフィスがこんな派手に動くんやったら、よっぽどの大事やで。」
彼女の声は低く、関西弁特有の軽快さを抑え、真剣だ。
「何かデカい犯罪を嗅ぎつけたんちゃうか? ギルドが知らんような証拠でも握っとるんやろか?」
アイズが静かに口を開く。
「セラフィス…最近色々なところで、何か…調査してるみたいだった…」
フィンが鋭く反応。
「調査か。セラフィスが証拠を集めてるなら、組織的な犯罪を追ってるとしか思えない。標的はファミリアか、それともダンジョン絡みの何かか? 。」
ティオネが拳を握り、声を荒げる。
「 誰かでっかい奴を締め上げる気でしょ! 噂もないのに、この動きは異常だわ!」
ガレスがティオネを窘めるように、言う。
「落ち着かんか、ティオネ。熱うなっても、わしらにゃ何の得もないぞ。
派手に動くなら、でかい標的を確実に潰す気じゃ。わしらも慌てず、情報で固めんとな。」
ロキが地図に目を落とし、指で市場裏を叩く。
「オラリオでこんな動き、ただの犯罪やったら済まんわ。セラフィスが動くんやったら、他のファミリアにも波及するで。ダンジョンでの動きも変わるかもしれん。
フェミリア全員で情報集めるん急げや。何かが起きる前に動かなあかん。」
フィンが頷く。
「ロキの言う通りだ。セラフィスの進路を追う。標的がわからない以上、情報が全てだ。アイズ、市場周辺の動きを再確認だ。」