シャーレの新任先生:ディメトリアン・タイタス   作:ブラックヴァイパー候補者

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最後に用語解説コーナーがあります。最初ということもあって多めです。


プロローグ
疑問と消失


虚空の闇の中、一隻の白いUの字の紋章―――誉あるウルトラマリーンの紋章が刻まれた打撃巡洋艦(ストライククルーザー)『プライマーク・ソード』が次なる戦地へ向けて通常宇宙を突き進んでいた。本来はワープドライブを使い歪み(ワープ)の中を航行するはずだが、彼らの父であるウルトラマリーンの総主長(プライマーク)ロブート・グィリマンの命によりこの宙域に留まるように通常動力で航行していた。そして、その艦内フライトデッキではグィリマンが今しがた到着したサンダーホークガンシップに搭乗していた息子たちを出迎えていた。

 

「グィリマン閣下。カルガー、レアンドロス、タイタスが参上しました」

 

「うむ。皆、よく来てくれた」

 

「はい、閣下」

 

グィリマンの前で片膝をつき答えるのは重厚にして威厳あるマークXグラヴィス型機動装甲服(パワー・アーマー)『ヘラクルスの鎧』を身に纏い、戦団(チャプター)の至宝たるマスタークラフト・パワーフィスト『ウルトラマールの籠手』で武装したウルトラマリーン戦団長(チャプター・マスター)マルネウス・カルガーその人である。カルガーを守護するように左右を固めるヴィクトリウス・オナーガードも同じく跪き、グィリマンへの敬意を示している。

そして彼らの後ろでは他の同胞たちとは一線を画す漆黒のアーマーと髑髏のヘルメットを抱える教戒官(チャプレイン)レアンドロスと先日渾沌の勢力の進行を食い止めた立役者の副官(レフテナント)タイタスもまた跪いていた。

 

「君たちの聖務は終えたばかりだが、最優先しなければならない事態が起きてしまった。付いて来てくれ」 

 

「分かりました、閣下」

 

くるりとその身を翻したグィリマンの背を追うようにカルガーらは立ち上がり続いていく。

 

「君たちが強襲戦艦(バトルパージ)レジリエントを飛び立つ数日前、私たちは一つのスペース・ハルクを制圧した。当然ながら残された遺物は全て回収し、残されたスペース・ハルクも再利用されないために爆破した。それだけならば君たちに緊急要請を送ることなどなかったのだが……」

 

グィリマンが足を止めて言い淀む。それは不可解な存在が多いこの宇宙において一際受け入れがたい存在を目にしてしまったかのような雰囲気を醸し出していた。

 

「その遺物が問題なのですね」

 

「……そうだ」

 

カルガーの答えに数拍おいてグィリマンが応じながら振り返る。そこには威厳はなく純粋な困惑の表情を浮かべたグィリマンがいた。

 

「タイタス、君の名が表示された未知のデータスレートと今は亡き兄弟、サングィニウス直筆の私宛の手紙だ」

 

 

 

 

戦団蔵書院(チャプター・ライブラリウス)は本来、戦団の歴史を記録・編纂を行い、スペースマリーンを志す志願者(アスピラント)を審査し、歪み(ワープ)の力を行使する異能者(サイカ―)を鍛え上げる戦団(チャプター)の一部署である。しかし今、戦団蔵書院は普段とは違う空気に包まれていた。それは偏に総主長たるグィリマンがこの場にいるというものだけではなかった。

 

「これらが件のデータスレートと手紙だ。既に歪み(ワープ)の汚染の精査を行い、問題ないと判断された」

 

グィリマンと三名のスペースマリーンが取り囲む台の上には封が切られた封筒と中に入っていたであろう三つ折りにされていた数枚の紙と色鮮やかな数枚の写真、そして帝国で普及しているものよりも薄型かつ滑らかでスマートな外装で作られた板状の機械―――データスレートが置かれていた。そのデータスレートの画面には『For Demetrian Titus』と表示されていた。

 

「データスレートはタイタスの名が最初に表示されてから全く応答がない。艦内の技術司祭(テック・プリースト)たちとテックマリーンが総出で調べたが、機械精霊(マシン・スピリット)が全く反応しないと報告されている。タイタス、表示通りに今すぐ君にこれを手渡せば何か解るかもしれないが……過去の人類が作り上げたらしいということ以外理解できない以上、どのような事態が起こるかも予測できない。またデータスレートから歪みとは異なる未知のエネルギーが検知された。周囲への影響は出てない」

 

とグィリマンが説明する。その顔は未だに晴れていない。

 

「そのデータスレートは解りました。しかし、その手紙は本当にサングィニウス閣下が記した物なのですか?」

 

とカルガーがもっともな質問で返す。サングィニウスは一万年以上前に勃発したホルスの大逆で戦死したと記録され、その遺体も故郷たる惑星バアルへと埋葬されたのが確認されている。その彼が新たに手紙を記すというのはあり得ないのだ。

そのことにグィリマンは一つ唸りを上げてから口を開いた。

 

「……文字と文体に私が幾度となく見てきたサングィニウスの癖があった。更にマグラーグに残る手記を使い筆跡鑑定を行ったが、本人であると証明された。これは彼がどこからか送ってきた物で間違いないだろう。信じ難いことだがそう信じるしかあるまい」

 

「……閣下が信じるのであれば私たちも信じましょう。ではその手紙の内容は何と?」

 

カルガーの二度目の質問に応じるように手紙を手に取り、同封されていたらしい写真をカルガー、レアンドロス、タイタスへと手渡していく。

 

「私に宛てた手紙だが、その写真に写る『キヴォトス』という地で齢16歳ほどの女子の学生として生活している、というものだ。今渡した写真はその地でできたという友人が撮影したものだと記されている」

 

タイタスが視線を落とし手にした写真へと目を向けると、白い制服らしきものを着こなし白き翼が生えブラッドエンジェルの紋章から翼の部分をそのまま伸ばしたような光輪らしき物が頭上に浮かび、均衡のとれた美しい金髪の女子が笑顔で菓子を食べようとしている場面だった。タイタスはサングィニウスについては彼の息子らであるブラッドエンジェルほど詳しくはないが、それでもこの金髪の女子がサングィニウスであると思わざるを得なかった。

 

「閣下、手渡された写真にはサングィニウス閣下らしき人物が角が生え、謎の光輪のようなものが頭上に浮かぶ異形(ミュータント)の手を引いています。彼は堕落し、異形(ミュータント)と友になったというのですか!?」

 

手に持つ写真を台に叩きつけながら声を荒げるレアンドロス。彼は教戒官(チャプレイン)になるほどグィリマンが書き記した戦いの聖典(子デックス・アスタルテス)を重要視している。それ故に思想を汚染された異端者はもとより肉体が汚染されし異形(ミュータント)にも容赦しない。だがグィリマンはレアンドロスの考えに理解を示しながらも落ち着かせるように手紙の続きを要約する。

 

「我々の常識から考えればその通りだ、レアンドロス。しかし、彼……いや、彼女がいるキヴォトスではそのような者は珍しくなく、人種の一つの特徴として受け入れられている。それ以外にアエルダリのような先端が鋭い耳を持つ者、悪魔のような翼や尾をもつ者、獣人(ビーストマン)を思わせる動物のような耳と尾をもつ者、更にサングィニウスと同じ翼を持つ者もいると記されている。当然それらを持たぬ者たちもいるが、総じてこの頭上にある『ヘイロー』と呼ばれる光輪らしきものを持っているそうだ」

 

「閣下、そのヘイローというのは全住民が持つものなのですか?」

 

とカルガーが手にした写真を見せながら訊ねる。それにはサングィニウスらしき女子とレアンドロスが持っていた写真にも写っていた女子がどこかの屋内で食事を楽しんでいる場面であった。だがその写真にはその二人以外に後姿で毛むくじゃらの『何か』も入っていた。

 

「いや、ヘイローがあるのは『生徒』と言われる者たちのみらしい。それ以外の住民にはヘイローはないそうだ。そしてその住民にはヘイローの有無が不明のより幼き子もいるようだが、『大人』とされる者たちは動物が二足歩行しているような存在かどう見ても自立行動している人型ロボットだとされている」

 

邪狡知能(アボミナブル・インテリジェンス)がいても問題ないと?閣下が信じていなければありえないと思える情報ばかりです」

 

「私とて筆跡鑑定と癖が無ければ信じられんぞ、カルガー」

 

ようやくこの困惑を共有したからなのかカルガーにグィリマンは軽口を交えて返す。しかし、依然としてその表情は陰りが見えていた。

するとここで今まで口を閉ざしていたタイタスがようやく話し始めた。

 

「閣下。今ここにある写真を見渡して気づいたのですが、彼女とその友人を含め、ヘイローを持つ者は必ず装飾された銃器を持っています。このキヴォトスというのは過密惑星(ハイブ・ワールド)中層・下層未満の治安なのではないでしょうか?」

 

タイタスの指摘にカルガーとレアンドロスは今一度台に置かれた写真を見渡す。確かにそれらには白を基調に豹柄のような模様が入ったハンドガードと『赤い雫と翼の印』がストックに刻まれたオートガンらしき銃器が映っていた。いや、それだけではない。サングィヌスの友人も、サングィニウスと同じ制服を着た者たちも、偶然映り込んだらしい者たちも、総じて『ヘイロー』が頭上に浮かぶ生徒は全員大なり小なりの銃器を持っていた。

 

「そのことに関してだが、この地の原住民は軒並み銃撃・爆破・衝撃への耐性が異常に高いと記されている。故に銃撃戦への抵抗感か薄く、武力衝突が頻発しているそうだ。しかしこの争いは日常的な揉め事の解決策の一つであるらしい。銃器を日常的に持ち歩く理由も抗争へ即座に対応する為のようだ」

 

「銃器の方は分かりました。では治安の方は?」

 

とタイタスが再度訊ね、グィリマンがまた答える。

 

「この手紙によればキヴォトスはある程度の自治区毎に別れており、それぞれの自治区に治安維持組織が存在しているとある。それらにより治安と秩序が保たれているが自治区毎に規模・政治・歴史が異なり、人員不足で存在しない例もあるようだ。それ以外に組織の政治性が強く動きが悪い、組織構成が歪など問題がないと言えん自治区もあるらしい」

 

「組織である以上問題は避けられぬ、ということですか。他人事ではありませんね」

 

タイタスが呟き視線を下す。勘違いした部分もあるが、彼自身も組織が抱える問題に振り回された側ということもあってか思うところがあるようだった。

そのまま押し黙るかに思えたがまた何かに気付いたらしくグィリマンへと顔を向ける。

 

「……閣下、キヴォトスの子細と我々の常識との差異は理解しました。しかしサングィニウス閣下に繋がる情報は現状2つしかありません。他にはないのでしょうか」

 

「それは私も感じたことだ。この手紙はサングィニウスが書き記したはずだが、あまりにも彼女自身の情報がない」

 

ギィリマンが手にしていた手紙を顔の横まで掲げる。

 

「私は最初、あのサングィニウスの手紙という衝撃が大きく、真贋を精査しようと躍起になっていた。だが読み直す度にその異常性に徐々に気付かされた。この手紙は最初に近状報告から入り、キヴォトスの説明へ自然と変化している。それは久しい相手に送る手紙としてはごく自然なことだ。だが言葉巧みに隠されているが、近状報告で得られる情報はタイタスが指摘した通り2つだけだ。それ以外は全てキヴォトスへの説明ばかりとなっている。まるで彼女自身を知りたければこちらに来い、と言わんばかりだ」

 

彼はそう言って腕を組む。その顔の陰りは消えておらず、眉間に刻まれていた皺がより深くなっていた。

 

「サングィニウス閣下が戦闘でもないのに罠を張るのような行為を?記録では総主長の中で最も高貴で慈悲深き御方ではなかったのですか?」

 

レアンドロスが訊ねた。彼の中のサングィヌスの人物像は今に残る伝記と記録を基に多分に色眼鏡が入っている。しかし本質は正しく捉えており、それ故に回りくどいともとれる方法をとることに『らしくない』と認識したのだ。内心、『その手のやり方はアルファレギオンが得意としているのでは?』とも思ったが、流石におくびにも出さなかった。

 

「私もサングィヌスらしいとは思えないと考えた。しかし、件のデータスレートがあれば話が変わってくる。あくまで『最良の可能性』であるが……タイタスとデータスレートが接触すれば、データスレートの未知のエネルギーがサングィニウスの元へ私たちを導くかもしれん。それを促すためにあえて誘い込むようにしたのだろう」

 

グィリマンは腕組みを解き最悪の事態に備えて自分たちと戦団蔵書院(チャプター・ライブラリウス)を守るために残った司書官(ライブラリアン)を含めた、この場にいる息子たち全員を視界に入れるように顔を上げる。そこには陰りが残りながらも強い決意と意思が込められたギィリマンがいた。

 

「私はこれを救援要請と捉えた。彼女だけでは太刀打ちできない問題が発生し、私たちを必要としているのだと。ブラッドエンジェルには悪いが、緊急を要する案件であり早急な解決が必要とされるだろう」

 

 

プライマークソードの艦橋にてグィリマン、カルガー、レアンドロス、そして人員が必要ということで集まった数名の労奴(ヘロット)は設置された巨大なホロテーブルから空中に浮かび上がるように投影された映像を射抜くように凝視していた。彼らが凝視する映像には物資搬出入口、その隔壁の前でコンテナの上に置かれたあのデータスレートの前に佇むタイタスとそれを見守るように周囲を取り囲む数体の奉仕者(サーヴィター)がいた。

当初は戦団蔵書院(チャプター・ライブラリウス)内で司書官(ライブラリアン)が展開したフォースドームで隔離した上で接触する予定だったが、未知であるからこそ内包されたエネルギーがサイキックによる防護や物理的な封印すら突破する可能性があった。当然、歪み(ワープ)と同じく人間や周囲の物質に与える影響も計り知れない。その影響をその場しのぎであったとしても最小限に抑える為にここにいるのだ。何もなければそれで良し、最悪は隔壁を開いて宇宙に投棄すればいいのだから。

 

「さて、準備はいいか」

 

《はい、グィリマン閣下。これより接触します》

 

音声通信(ヴォクス)装置越しの声が響き、月桂冠のついたヘルメットを被ったタイタスが手を伸ばす。データスレートとの距離が1インチずつ近づく度にタイタスは時間が引き延ばされているような錯覚を感じていた。自身のこの手に、この双肩に、この背に帝国を揺るがす事態を背負うかもしれない未確定の責任感を彼は無意識ながら感じていたのだ。

 

やがてタイタスの指先がデータスレートに触れる。未知なる存在に警戒したこともあり即座に手を引っ込めるが、触れただけでは何も反応しなかったことを確認しまた手を伸ばす。そして見た目が華奢なデータスレートを壊してしまわぬよう慎重に掴み、見やすいように胸元まで引き寄せる。その画面には依然として『For Demetrian Titus』と表示されていた。

 

「タイタス、何か変化があれば報告せよ」

 

《はい。しかし現状では何も変化していません。画面に表示されている文も……待ってください》

 

一度は変化がないという報告に互いを見つめるように視線を逸らしたグィリマンたちだったが、声色が変わったタイタスに反応し即座に向き直る。その緑色のホログラム映像には例のデータスレートを両手でしっかりと保持し、食い入るように画面を睨んでいた。

 

「どうした。報告を」

 

《文が―――変更されました。Titus, I've been waiting for youタイタス、あなたを待っていた……ウッ!?》

 

新たに出力された分を読み終えるや否や、発光するような素材で作られているはずのないデータスレートから閃光が放たれ、ヘルメットに搭載された保護機能を突破しタイタスの視界を塗りつぶす。それは周囲にいる奉仕者(サーヴィター)も、艦橋にてホロ映像越しに監視していたグィリマンらも同じであった。

 

「なんだこの光は!?」

 

「あのデータスレートから放たれていること以外わからん!」

 

「映像を切り替えてもダメだ!」

 

招集された労奴(ヘロット)たちがホロテーブルと複数の考算機(コジテーター)へルーンコマンドを入力し、映像を切り替えていく。しかし、どれもこれも変わらず閃光で埋め尽くされた映像だけだった。

そして10秒ほど―――艦橋から監視していた者たちからは酷く長く感じた時間が経過し光がいきなり消えた。タイタスと件のデータスレートも共に。

 

「馬鹿な。タイタスは、タイタスはどこへ消えた!奉仕者(サーヴィター)、何か感知したものはあるか!」

 

周囲の喧騒をかき消すようにカルガーが叫ぶ。タイタスが痕跡も残さずに消えたというのは理解しているが、それでもという思いと共に叫ばずにはいられなかった。だが帰ってきた報告はその思いを正面から砕いた。

 

《未知のエネルギーを検知。空間の異常と修復を検知。状況からテレポートによる空間転移の可能性アリ。副官タイタスの行方は不明》

 

その報告にカルガーが低く唸る。彼もスペースマリーンの一員であり、同胞の戦死も消息不明も幾度となく見てきた。しかし悲しみや困惑を感じないということはない。そのためにも訊いたのだがやはりショックを受けざるを得なかった。その一部始終を見届けたレアンドロスが今度は自分が、という雰囲気で疑問を投じる。

 

「あり得ない。あんな短時間でピンポイントでタイタスのみテレポートしたと?テレポート装置などの準備も奉仕者(サーヴィター)への被害もなしに?」

 

彼の言う通りテレポートを行うには時間も、準備も、何もかもが足りない。彼らが帰属する『帝国』のテレポート装置は祭壇のように巨大であり、即座の使用は不可能など使い勝手が非常に悪い。そしてテレポートの前後―――厳密にいえば『する前』にいた地点、『した後』の地点には衝撃波や氷結が発生する為に周囲に被害が出るという欠点もある。そのような実態を知っているが故にレアンドロスは『あり得ない』と否定したのだ。

その疑問にグィリマンは己の憶測を交えて答えて見せた。

 

「あのデータスレートが関係しているのだろう。あれには我々の今の理解できぬ要素が多く、あり得ぬ事象が起きてもおかしくはあるまい。その証拠にタイタスだけでなくデータスレートも消えている。一種のビーコンとして機能したと考えれば消えるのも当然だ」

 

「では、彼はどこに?」

 

今度はカルガーが尋ねる。それにグィリマンは己の推論を交えて答える。

 

「データスレートから検知された未知のエネルギー。それに表示されたタイタスの名が入った2つの文。そしてサングイニウスの手紙。それらを顧みての状況証拠でしかないが……タイタスだけが送り込まれたかもしれん。このキヴォトスという地に、そしてサングィニウスの許に」

 

自分がただの傍観者にしかなれない苛立ちを自覚し、心を鎮めながらグィリマンがそう呟いた。

 

 

自動感知器(オートセンス)の防護を突破し、突き刺すような光に潰された視界が徐々に戻ってくる。それと同時に僅かな振動と規則的な揺れをアーマー越しに感じた。ゆっくりと周囲を見回すと白い壁と大きな窓に、壁に沿うように備え付けられた横幅が長い椅子、両開きのスライドドア、大量の金属パイプに天井付近の金属パイプから吊り下げられた取手があった。窓から外を覗くと白み始めた『空と雲』が見えた。タイタスは乗ったことはないが、一部の過密惑星(ハイブ・ワールド)の帝国臣民が使っていると聞く『通勤型列車』に今搭乗していると理解した。定命の者が使う乗り物にしては、プライマリススペースマリーンたるタイタスが立っていても問題ないほど高い天井に違和感があったが。

だがなぜ現在地がプライマークソードの艦内ではないのか、宇宙ではなく『空と雲』が見えるどこかの惑星の地上にいるのか。払拭できない疑問が頭の中を駆け巡り、さらなる疑問を呼び起こす。もはや混乱にもなりそうな疑問の嵐を鎮めるため一度大きく息を吐き両手を握りしめる。と、ここで気が付く。あのデータスレートが消えていた。

 

(一体どこに。簡単に落とさぬように持っていたが……声が!?)

 

今度は声が出ないことに気付く。体は確かに動かせるのだが、声だけが全く出せないことに困惑せざるを得なかった。

 

「……私たちのミスでした」

 

うら若い女性の声による独白。反射的に振り返ると、写真で見た女子学生になったサングィニウスが着ていた物とは違うデザインの白い制服を着込んだ少女が座っていた。その顔は自動感知器(オートセンス)が働いているはずだというのに、彼女の背後から降り注ぐ逆光で顔の下半分程度しか確認できない。だがその頬には血痕がついており、よくよく見ると制服の影だと思った部分も血で汚れていた。誰かの返り血ならば全身に激しく飛び散ってもおかしくないが、制服の一部だけ血に染まっている―――つまり目の前の少女が負ったケガということ他ならない。

 

(お前は一体、そしてそのケガは……!?)

 

少女に向かい合うように向き直ってから一歩踏み出そうとして体が動かなくなる。工業惑星(フォージ・ワールド)グライアで戦った大逆者(ヘレティック・アスタルテス)の一人、妖術師ネメロスの攻撃で似たようなものはあったが、あの時のような重圧はなかった。純粋に動くことができないだけだった。

 

「私たちの選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るなんて……」

 

(待て、何の話だ!結果も何も俺は初対面だぞ!)

 

またタイタスの脳内に疑問が駆け巡る。先ほどの疑問は手にしていたはずのデータスレートが関係していると考えれば理解はできずとも納得はできた。過去にも何かしらの遺物が原因で空間転移をした、という話は存在するからだ。

しかし今は違う。断片的な内容も、口調も、声色も、初対面の相手に向けるようなものではない。だというのにそれが当然という態度で会話しているこの少女には混乱と困惑と警戒、それらが折り重なった疑問しかなかった。

 

「……今更図々しいですが、お願いします。ディメトリアン・タイタス先生」

 

(なぜ俺の名を……いや、名前だけなら知る術はある。だが教官ならまだしも『先生』とはどういうことだ?)

 

過去にも名乗っていない大逆者(ヘレティック・アスタルテス)異種族(ゼノ)から己の名を呼ばれたことはある。タイタスの経歴は異色すぎるが、彼が積み上げて武勇も決して少なくない。それらが合わされば敵や無関係な相手にも名が知られているのは自然だろうと受け止められた。だが目の前の少女から親しみの込められた『先生』という呼び方については理解できなかった。込められた感情もそうだが、見ず知らずの相手から指導者・教育者としての総称で呼ばれるという疑問が追加されていく。

 

「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で同じ選択をされるでしょうから……。ですから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々」

 

(同じ状況?同じ選択?さっきの話といい、まるで時を遡り同じ場を一度は経験しているのか?その経験よりも俺の選択が大事……?)

 

「責任を負う者について話したことがありましたね。あの方はともかく、あの時の私には分かりませんでしたが……。今なら理解できます。大人としての責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心構えも」

 

逆光で見えないはずの彼女の瞳が一瞬タイタスの視線を合わさった、気がした。一瞬であっても読み取れたその眼に宿った希望と何かに懸ける決意が勘違いではないと語っていた。

未だにタイタスの脳内では疑問が渦巻いている。更にこの短時間で起き続けた異常も相まって、目の前の少女が人間なのかという疑惑すら湧いてくる。だが彼女の眼が過去の自分や同胞が名誉を懸けたあの眼と同じであると認識した時、疑惑も疑問も抱えたまま信じてみたいという感情もまた湧いてきた。

 

「ですから、先生。あの方が信じて、私が信じられる大人である、あなたになら、この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。だから先生、どうか……」

 

そこまで聞いたタイタスの視界が急にぶれる。ガシャン、とアーマーが床にぶつかる音と共に体勢を崩していく。そうして彼は意識を失った。

 

 

真っ暗な視界。ガンガンと衝撃が頭の中で反芻しているような錯覚と酷い耳鳴りに疎ましさを感じながらゆっくりと意識が浮上する。体にかかる重量感、四肢の末端辺りだけが地に触れている感覚、背中が押し上げられる―――バックパックに支えられるような形で仰向けに倒れていると理解した。

 

「……し…………丈……」

 

ペチペチと柔らかくもある程度の重量のある『何か』がヘルメットを叩く。同時に耳鳴りから回復しつつある聴覚が自動感知器(オートセンス)越しに誰かの声を拾った。

 

「……しき……ありま……」

 

聞こえる言葉は単語にもならない途切れ途切れなもの。だがその声色はこちらを、タイタスを心配しているように聞こえた。その声に呼応するようにタイタスの意識は一気に覚醒し、双眼が開かれた。

まず目に入ったのはタイタスが知る中ではシンプルな白い天井。帝国で好まれるゴシック様式のようなアーチ構造などはなく強度確保を兼ねているらしい最低限のデザインのみ。その上、やけに低く見えた。

 

「もしもし、起きてください!」

 

誰かが大声で呼びかけた。無意識に、既に意識が覚醒していることを示すように首を動かして声がした方へと顔を向ける。そこには四つん這いになってこちらを心配そうな表情で見下ろす大人びた少女―――サングィニウスと思われる少女が着ていたものとは全く違うデザインの白を基調とした制服を着込み、えらく長い紺色の頭髪と眼鏡の奥にある切れ長の目元、アエルダリを思わせる先端が尖った細長い耳が特徴的で光輪のようなものが頭上に浮かぶ―――が居た。




用語解説コーナー

Warhammer40000(以後WH40k)
イギリスのミニチュアゲーム会社『ゲームズワークショップ』が販売・展開しているミニチュアボードゲームであり遠未来の銀河を舞台にした戦争を描いたSFファンタジー作品である。暗く退廃的な世界だが尊き犠牲を払う数多の英雄譚やSF要素とファンタジー要素が融合した世界観は一度知れば抜け出せなくなる魅力が存在している。
帝国インペリウム
WH40k作中に登場する架空の国家で人類唯一にして銀河最大勢力の超巨大国家である。あまりにも巨大ということで把握できていない部分も多い。
この世界における人類は銀河全土に勢力を一度広げたが天災、AIの反乱、異種族の襲撃などで当時の政府が崩壊し、勢力も分断されてしまう。このままでは人類の滅亡を確信した『皇帝』は自身を君主とする帝国を興し、自身の居た地球の平定から始まり総主長とスペースマリーンの創生、銀河に散らばる人類を統合する大征戦(グレート・クルセイド)を開始する。
しかし大征戦(グレート・クルセイド)の終わりに後述の『ホルスの大逆』が勃発。最終的に皇帝は瀕死の重体となり、生命維持装置黄金の玉座に繋がれて一命を取り留めたが植物人間状態になり一万年以上生かされている。その後、帝国の政治は寡頭制となり運営されたが一万年の年月が権力の腐敗と組織の複雑化を招いている。また数々の偉業もあって皇帝を神格化する宗教が国教となり、皇帝を信じなければ人類の敵と認識される宗教国家となってしまっている。
それらもあって現在の帝国における社会性は中世ヨーロッパの暗黒期並みに迷信や宗教を重要視している。
歪みワープ
WH40kに登場する架空のエネルギーであり異次元そのもの。この世界の人類を含めた様々な種族や勢力が超能力や魔術の行使や恒星間航行に必要な存在となっている。生物の感情や魂からなる世界で現実宇宙の時間も空間も物理法則も通用しない。
そして歪みの空間には暗黒の四大神を中心とする渾沌(ケイオス)の勢力が存在している。四柱の邪神と配下の悪魔以外に恩恵を望む信奉者で構成されており、銀河を手中に収めようと暗躍している。
総主長プライマーク
皇帝が銀河統一の補佐として生み出した人造人間で皇帝本人の遺伝子が組み込まれているため『皇帝の息子』『皇帝の子』としても知られている。全部で20人いて各々が自身の遺伝子を基にしたスペースマリーンの兵団(レギオン)を率いていたが、その内の2人は『居た』という事実以外のありとあらゆる情報が消されている。
彼らは生まれてすぐに暗黒の四大神によって誘拐されるが皇帝の加護を受けた保育カプセルが彼らを守り、暗黒の四大神の手を逃れて銀河に散らばる人類が居住する惑星へと降り立った。その後はそれぞれ異なる経験を積み、大征戦でそれぞれの惑星に降り立った皇帝と再会し、自分たちの遺伝子情報を使って生み出されたスペースマリーン兵団(レギオン)を率いて大征戦(グレート・クルセイド)へ参加していった。
ロブート・グィリマン
惑星マグラーグに降り立った総主長(プライマーク)の一人で、現在の帝国でも活動している。
彼はホルスの大逆後に戦いの聖典(コデックス・アスタルテス)という軍法書を執筆し、兵団(レギオン)を分割し戦団(チャプター)へ再編するなど現在のスペースマリーンの基礎を生み出している。
しかし帝国を裏切り悪魔となった総主長(プライマーク)の一人、フリグリムの凶刃に斃れ物質の時間経過を止める『ステイシスフィールド』に一万年間保存されていた。だが一万年間続けられた治療を始めとする複数の要因が重なり復活する。現在は腐敗と迷信が蔓延した帝国を立て直すために奮戦している。
スペースマリーン
この作品を代表する主人公ポジションで顔役となる超人兵士。総主長の遺伝子情報を基にした超人器官という人工臓器が埋め込まれている。適性のある男児が数十年かけて強化改造手術と過酷な訓練、様々な試練を突破することで一人前のスペースマリーンとなるため、その数は銀河全土に行き渡らないほど少ない。その代わりに一人一人の戦闘能力は高く、白兵戦から射撃戦まで対応し多種多様な武器を扱える万能性を持つ。
現在は新たな超人器官を追加しより大きく、よりタフで、より強くなり専用のアーマーを持つ『プライマリススペースマリーン』が主流となりつつある。既存のスペースマリーンでも再手術を行えばプライマリス化が可能となっているが、手術には激痛を伴い術中に死亡する例も少なくない。だが成功すれば高い能力と豊富な経験を持つ『ルビコン・プライマリス』となり強力なスペースマリーンとして活躍が見込まれている。
兵団レギオン戦団チャプター
スペースマリーンの最大単位の部隊。ホルスの大逆までは数万人のスペースマリーンで作られた兵団(レギオン)だったが、一人の人間が数万人のスペースマリーンを動かす危険性から兵団(レギオン)を分割し千人のスペースマリーンにで構成される戦団(チャプター)へと再編成された。
兵団の名を受け継ぐ戦団(チャプター)創始戦団(ファースト・ファウンディング・チャプター)と呼ばれ、そこから再編成で分化した戦団(チャプター)後継戦団(サクセッサー・チャプター)と呼ばれている。現在の戦団(チャプター)の総数は千を超えるとされているが帝国は全てを把握できていない。
ウルトラマリーン戦団チャプター
かつてのウルトラマリーン兵団(レギオン)の名称、紋章、軍装色を受け継いだスペースマリーン戦団(チャプター)。WH40kの顔役であるスペースマリーンの中でも作例として作られることが多く、ルールやユニット性能が基本的なものであるため登場する作品が非常に多い。
超人器官を生み出すのに必要な遺伝種子(ジーンシード)が生体変異を起こしにくく非常に安定しており、多くの後継戦団を生み出しており現在の全戦団の3/5はウルトラマリーンが由来とされている。
戦い方は戦いの聖典(コデックス・アスタルテス)に忠実で、これといった特長がない代わりに弱みとなる面もない環境や戦況問わず戦える高い順応性を持つ。
マルネウス・カルガー
ウルトラマリーン戦団(チャプター)を統括する現戦団長(チャプター・マスター)で三百年以上ウルトラマリーンを率いている古参兵。スペースマリーンでも太刀打ちできない強敵を一騎打ちで勝利する武勲を多く持ち、優れた指揮能力で数多くの艦隊を打ち破り、味方を指揮してきた優秀な戦士で指揮官として知られている。
彼は元々通常のスペースマリーンである『ファーストボーン』だったが、プライマリス移行手術を最初に受けてルビコン・プライマリスとして生まれ変わった。
レアンドロス
かつてタイタスに助けられ、後に同じ分隊に所属し、今は教戒官(チャプレイン)となった戦士。戦いの聖典(コデックス・アスタルテス)を絶対視しており、当時の上官だったタイタスの戦いの聖典(コデックス・アスタルテス)を無視した破天荒な作戦や対応に不満を持ったほど。現在はその熱意が認められたのか修練を積んで教戒官(チャプレイン)となった。
教戒官(チャプレイン)はスペースマリーンの規律と信仰を正す精神的指導者で、皇帝の厳しい面持ちを模したデスマスクの髑髏型ヘルメットを被るのが全ての戦団で共通している。
ディメトリアン・タイタス
デジタルゲームWarhammer40k:Space Marineと続編のSpace Marine2の主人公。模範的な戦士かつ戦略家であるスペースマリーンだが時には戦いの聖典(コデックス・アスタルテス)にはない型破りな作戦をとることもある柔軟性と決断力を持っている。また歪みに対して異常な耐性を持っており、スペースマリーンでも死んでしまう歪み(ワープ)エネルギーに晒されても生きているなど歪み(ワープ)の力を使う敵対勢力に対抗できる存在となっている。だがその耐性を説明できないこともあって味方()からあらぬ疑いをかけられることも珍しくない。
ホルスの大逆
WH40kの本編時間軸から一万年前に起きた大規模な反乱で18のスペースマリーン兵団(レギオン)の半数、9つの兵団(レギオン)が帝国を裏切り渾沌の四大神へと忠誠を誓った。彼らは人類の領土内で様々な戦乱を引き起こし今なお癒えない傷跡を残している。
最後は大逆派のリーダー『ホルス』が皇帝を重体にしたが皇帝から致命の一撃を食らい死亡。ホルスの大逆は終結し、生き残った大逆者(ヘレティック・アスタルテス)たちは恐怖の眼(アイ・オブ・テラー)と呼ばれる宙域へと逃げ落ち、今なお帝国への復讐を狙っている。
奉仕者サーヴィタ―
WH40kではよく見かかけるサイボーグ化された奴隷。専用にクローン培養されることもあるが多くの場合、帝国の犯罪者や裏切り者、スペースマリーンの試練に耐えられなかった者の末路である。自我を消される手術が行われ、作業に特化した腕へと機械化改造が施されることで製造される。
AI搭載のロボットで十分と判断されそうだが帝国では宗教上の理由でAIの開発・発展が禁止されており、それらの代用として奉仕者が存在している
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