シャーレの新任先生:ディメトリアン・タイタス 作:ブラックヴァイパー候補者
「ふぅ~……やっと落ち着いてきた」
見た目がほとんどロボットとなっているキヴォトスの一般アルバイターがレジ前で一息つく。
D.U.の中心から離れているこのコンビニエンスストアは普段からそこそこ繁盛しており、日がほとんど沈んだ帰宅ラッシュの時間帯ともなればその日の食事や調味料などを求める客で溢れるのが普通だ。しかし今日はあの『ヴァルキューレの問題児たち』を中心に、やけに客の出入りが多かった。だが、この込み具合の理由は何となく理解していた。
昼間の戦闘の後始末を終えたヴァルキューレの生徒たちが、最寄りのコンビニエンスストアの一つであるこの店舗へと押し寄せていたためだ。商品の数や値段で見れば少し離れたスーパーマーケットの方が上だが、手軽に立ち寄れるということで集まりやすかったらしい。とはいえ客足と売り上げが増えれば給料に色を付けると店長が約束していたので、アルバイターにとって客入りが良いのは忙しくとも賃金が増えるから気にすることはなかった。
しかしちらほらと気になる言葉は聞こえていた。
曰く、青くて巨体のオートマタがいた。曰く、見たことがない武器を使っていた。曰く、そのオートマタは見るからに恐ろしかった、などなど……。
普段は客の会話に聞き耳など立てないが、ヴァルキューレ生から聞ける最新情報ということもあってつい関心を持ってしまった。
それでも仕事より優先できる訳などなく、ピークを過ぎたこの時間までレジ前で接客を続けてきた。ちらりと時計を見るとシフトの終わりまではまだ時間がある。すぐにでも調べたいという気持ちがあるが、仕事をサボってまで調べるものではないと理性がブレーキをかける。そんな関心と理性の板挟みで悶々としていると入店のチャイムが鳴った。とりあえず悶々としたものは頭の隅へと追いやって、仕事の思考へと切り替える。
「いらっしゃいませぇぇぇえええっ!?」
客の入店に合わせた挨拶が素っ頓狂な叫びへと変化する。その叫びを聞いて何事かと店内に残る客から視線を向けられるがそれを気にする余裕なんてない。入口に異様に背が高い青い人型が立っていたのだ。
天井よりも背丈があるのか少しばかり身を屈めているが、その体格と胸の煌めく翼付き髑髏が圧倒的な威圧感を生み出す。ふと腰元へと視線を動かすと、この人型でもないと釣り合わないサイズの拳銃らしき銃がホルスターに収まっていた。
そこで気付いてしまった。ヴァルキューレの生徒たちが言っていたオートマタがこいつなのだと。
「ヒュッ……」
そのオートマタらしい存在への畏怖を感じ取ってしまい無意識に息を飲み込んでしまう。背中に冷や汗が伝い、手足の感覚が徐々に失われていく。
だがストレスで異常が発生しているアルバイターのことなど気に留めず、そのオートマタはレジ前を通過していった。
*
弁当や惣菜、そのほか冷蔵保存されている食品が並ぶ冷蔵ショーケースの前でタイタスは立ち尽くす。
幼少期―――スペースマリーンとなる前、生まれ故郷たる
(まく、ない、弁当?どこに幕があるんだ?そもそも幕の内側の弁当とは何だ?それがなぜこのような中身になるんだ?)
偶然にも真っ先に目についた幕内弁当への突っ込みがタイタスの脳内を埋め尽くす。『弁当』という形で食事した経験がほとんどない彼にとってこの弁当は未知の存在であった。憶測と考察が駆け巡るが結局分からないことは変わらず、幕内弁当から視線を外してショーケースに並ぶ他の商品を眺める。
パッケージや様々な容器に包まれた見たことがあるような、ないような料理が視界に入るが、具体的にどういうものなのか分からないが故に手を出すのに躊躇っていた。だがその中に見覚えがある、しかも
アロナ曰く、連邦生徒会長はタイタス用にと口座と預金を用意していたとのことで、娯楽などに出費しすぎなければそこそこ残る金額があるらしい。それが正しければ娯楽に使う趣味など持ち合わせていないタイタスの資金はそこそこあり、この買い物で少しばかり多めに買っても影響は少ないだろう。
そう推測したタイタスは『高級品』を二つ三つほど追加して抱え、ギリギリ見覚えがある料理が詰め込まれた弁当なども追加してレジへと向かって行った。
*
意気揚々とシャーレに帰還したタイタスは自身に合わせられたデスクに購入した商品を並べる。
よく分からないが売っているということは安全だろうと判断したミネラルウォーター、とりあえずよく見えただけで判断したサラダチキン、デスウォッチに所属していた時に出された珍しい食べ方をするかき揚げそば、そして『帝国』においては『高級品』たる生野菜が詰め込まれたサラダ数点が丁寧に陳列された。
「さて、どれから食べようか」
《先生、質問していいですか?》
タイタスが並べた商品から一品目を選定しようととしたその時、アロナが訊ねてくる。何事かと思いながら彼女と対面するようにシッテムの箱を壊さぬように持ち上げる。
《先程買われた商品ではサラダだけがいくつもありますけど、そんなに野菜が好きなんですか?明日の朝の分もあるとしても多いと思いますけど……》
「確かに多いかもしれないな。要塞院にいた時にもこれだけの量が出されることはなかった。だが……こういう生野菜というのは中々食べる機会がなくてな、つい多めに購入してしまった」
《な、なるほど……》
タイタスの説明でアロナは一応納得する。シッテムの箱にある資料はタイタス本人にまつわる物ばかりで『帝国』の食糧事情など何一つ記されていない。彼の説明でしかその仔細を知ることはできないがそういうものなのだろう、と受け入れた。
そのアロナを尻目にまずはとシッテムの箱を手が届く範囲―――偶然にもアロナからタイタスの様子が見えるようにデスクの端へと追いやられた書類の山に立てかけてから、タイタスは買ってきたサラダの一つを開封し、体格故に相対的に小さく見える標準サイズのフォークを器用に使って一口分を口へと運んだ。調味料を一切入れていない瑞々しい植物の食感が口内から伝わり、新鮮な青臭さが鼻へと抜ける。口腔内に移植された超人器官の一つ『ベッチェル線』の影響で味覚が感じ取った味は変質しているが、それでも新鮮な野菜特有の味を感じ取っていた。
ほとんどの帝国臣民が―――特に
「……アロナよ、このサラダはどこにでもあるのか?」
《はい。スーパーでもコンビニでも、お弁当を売っているお店ならどこにでも置かれていますね》
「そうか、どこにでもあるのか」
アロナの回答にタイタスは秘かに一つの我が儘を通すことを決めた。それは『サラダを毎食2パッケージ以上食べる』というキヴォトスではささやかな、『帝国』においては豪華すぎる願いだった。
用語解説コーナー
コンビニエンスストア
ブルーアーカイブでは多くのプレイヤーがお世話になっているエンジェル24 が有名だが、この話では別の店舗が出てきている。この時点ではまだシャーレに併設されているエンジェル24が開店していないので、外部にあるこの店舗が選ばれた。
真面目な解説?悪いがWikipediaなどで調べてほしい。
ベッチェル腺
スペースマリーンに移植される超人器官の一種で一対の腺で構成される。これを唾液腺や上あごの内側である硬口蓋などに埋め込まれる。この器官によりスペースマリーンの唾液は毒性を持つようになり、目つぶしなどに使える毒として吐き出せるようになる。またこの毒には腐食性があり、時間をかけて噛み続ければ金属ですら溶かしてしまう。また、マリーン自身は毒の耐性を持つので毒に侵されることはない。
ただしこの器官は常に機能しているため、常に毒の味を感じ取っており、料理なども毒が混じった味が基本となっている。
農耕惑星
『帝国』に属する惑星の一分類で惑星全体で農業を行い、『帝国』の各地へと食糧を供給する台所。惑星によっては漁業、畜産業、酪農といった食料品を生産している。
しかし総人口数がとんでもない帝国臣民全員を賄うには食料が少ない上に惑星を飛び立ってから襲撃で奪われる、
過密惑星
『帝国』に属する惑星の一分類で人口が非常に多いのが特徴。惑星環境は過去の乱開発や環境汚染で汚染されており、人々は自己完結型の多層構造都市である『ハイブシティ』に住むことで安全を確保している。このハイヴシティでは工業製品や様々な製品を帝国へ提供している。
ごく一部の貴族や高官を除くハイヴシティの住民は日の光が届かず、新鮮な食糧や清潔な水と空気が入ってこないハイヴシティ中層以下に住んでいる。
『帝国』の食糧事情
多くの臣民が暮らすハイヴシティが顕著だが、帝国において新鮮な食材、特に生野菜というのは高級品に位置付けられている。供給が追い付かず、流通も途中で止まったり襲撃で奪われるためだ。
こういった事情があるため、長期保存がしやすい加工食品が普遍的となっている。またハイヴシティのように農業や畜産業ができない場所では人間の死体すら貴重な食糧で、死体を回収・加工して生産される