忘れてなんかやらない   作:アゲアゲ太郎

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第十一話 三者面談 曇りのち嵐

 

「現在、台風は勢力を増しつつ……」

 

 昼のニュースに耳を傾けながら2週間ほど着ていなかった制服に身を包む。後藤家訪問から3日、ライブを明後日に控えた俺は三者面談の為に学校へ向かう準備をしていた。

 うちの高校は7月末から2週間、それから土日を除き10日かけて三者面談を行う。今日は8月12日金曜日、俺が1の5最後の面談だった。

 

 シャツのボタンをとめズボンのベルトを締め、洗面台にある鏡で最後のチェック。うん。これで良し

 

「今日は夜から弱い雨が降ります。これから用事のある方は念の為折り畳み傘を持つようにしましょう」

 

 面談は昼過ぎからだが心配だし一応傘を持っていこう

 

 俺に傘を持っていけなんて言ってくれる人はいない。その事実を噛み締めながら靴を履き、特徴のないビニール傘を片手に持って玄関の扉を開けた

 鍵を閉める。俺以外の家族が鍵を閉めたのはいつが最後だろうか。そんな事を考えながら駅まで歩く

 

 曇りのためか夏にしては涼しい風が頬をくすぐり髪を乱す。分厚い雲が覆う空には太陽は見えずどこか淋しくなった

 

 

 俺の家から秀華高校は、二駅分電車に揺られ、駅から歩いて十分、合計二十分ほどで辿り着く。

 上履きに履き替え傘を傘立てにさし、左腕に巻いてある腕時計を確認する。現在時刻は午後1時35分。なんと面談から十分以上早く着いてしまったようだ

 

 小中と毎年この時期に行われる三者面談で毎回思うことだが、長期休暇中の学校というものは思ったより静かだ。勿論特別教室棟やグラウンドからは元気に、そして一生懸命活動する生徒の声や楽器の音色が遠くに聞こえる。

 

 だがそれも耳を澄ませば聞こえるぐらいで、いつも授業を受ける教室が並ぶ一般棟からはそれこそ面談をする声が扉越しに聞こえてくるだけだ。そして俺はこの静けさが好きだった

 

 さてどうしようか

 

 各教室は面談で埋まっており、一応ポケットに文庫本を仕込んではいるが今から図書室へと向かえば行きと戻りの時間でろくに本を読む時間もないだろう。流石に面談中の教室に入っていくわけには行かないし、どうしたものか

 

「アクト、ここに居たの」

「……母さん」

 

 取り敢えず喉の渇きを癒すため自販機に向かおうとした時、唐突に後ろから話し掛けられた。弾かれるように振り返る

 聞き覚えのある声、腰まで伸びた艶のある黒髪、そこに居たのは俺の母親である芥川 (しずく)だった

 仕事の合間を抜けてきたからか、見慣れた白衣は着ていないがスーツに身を包んでいた

 

 母さんは左手首の内側にある小さな文字盤を一瞥して言った

 

「あと3分。行きましょう」

「…教室の場所分かるの?」

「既に場所は把握してあるわ」

 

 先程まで心地の良かった静けさは消えてなくなった。今この廊下を支配しているのは耳が痛くなるような無音

 階段を登るときも、廊下を歩いているときにも会話は生まれなかった

 

 程なくして教室へとたどり着き、中から担任の先生が出てきた

 

「芥川さん時間通りですね。コチラへどうぞ」

 

 促されるまま教室と廊下を区切る境界線を踏み越える。中はクーラーが効いており涼しかった。クーラーの風が届き体を壊してしまいそうなほど急速に体が冷えていった。その時初めて気づいたが俺は汗をかいているらしかった

 

「ではそこの席にお座りください」

 

 座るよう言われたのは担任の斜め前の席だった。

 教室の中央には机が四つ向かい合うように並べられておりセットで椅子も置いてある

 

「では始めていきますね」

「お願いします」

 

 俺は緊張していた。体はこれ以上ないぐらい冷えているはずなのに額には汗が流れている。気の所為では済ませないレベルで速く、大きくなった鼓動は耳の内側でドンドンと鳴り響いている

 

「こちら一学期の成績です」

 

 見せられたのはA4サイズの上に載せられた俺の一学期の成績。教科は上から言語文化、現代文、数1、数A、歴史、生物、物理、英語論理、英語C、情報、体育、家庭科、音楽。

 全ての評点が80以上、評定にするとオール5だった。

 

 チラリと母さんの横顔を覗き見る。クラスどころか学年でも上の方の成績を取った筈だが母さんの顔に変化はない。まるで自分の息子なのだから当たり前と言わんばかりだ

 

「このまま行けば大学は〜━━━━━━━」

 

 聞こえない。聞く必要もない。興味のない自分の進学先の話なんか心底どうでもよかった

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 限界まで引き伸ばされて、薄まって、苦痛で満たされていた二十分が終わったのか気付けば俺たちは椅子から立ち上がり教室のドアに向かって歩いていた。

 

「芥川さん、夏休み明けで会いましょう。さよなら」

「さよなら」

「ありがとうございました」

 

 ぴしゃん。控えめな音を立てて教室の扉は閉じられ再び2人きりで静かな世界に放り出される

 また降りてくる静寂。そしてどちらからともなく生徒用昇降口へと歩いていった

 靴を履き替える時に壁に掛かっている時計を見る。午後に2時過ぎ、今日はシフトも入ってない。何して過ごそうかな

 傘を片手に外へ出る。車で来た母さんを見送るため駐車場へ向かう。いつも母さんから3歩後ろ、何時までも大人になれず母親に囚われている俺らしい立ち位置だ

 

 母さんが車に乗り込み窓を開け俺に話しかけてきた

 

「貴方将来何になるの?」

 

 短い、たった一言の質問。でもそれだけで何も言えなくなってしまった。オトナになれる気が全くしないのにオトナになったあとのことを聞かれても何もいえない。

 

「まぁ何でもいいけど。勉強はしときなさい。将来なりたいものができても学力が足りないんじゃ話にならないから」

「分かってる」

 

 いっそのこと科学者になれとでも言ってくれれば楽になれるのに。そしたら期待されてるって思えるのに。

 将来の自由を保護されていることは俺への興味がないことの裏返しだ

 

「……っ母さん、話したいことがあるんだけど」

「ごめんもう時間ないから、また今度ね。いってきます」

「…うん、いってらっしゃい」

 

 エンジン音が鳴り響き母さんを乗せた車は正門から道路へと合流していく

 

「ふー…」

 

 深く、深く息を吐きだし空を仰いだ。家を出た時より黒みが増してきた雲は今にも雨を吐きだしそうで、俺は少し早足で駅への道のりを歩き出した

 

 

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 自動改札にスマホをタッチし駅のホームへと向かう。帰りの電車は3番ホーム。着いた時にちょうどやって来た普通電車に乗り込んだ。

 まだ3時にも到達していない時間の電車は、平日なのも相まって空いており簡単に座ることができた。

 

「……将来の夢」

 

 そんなものはない。だって俺の夢は小さい頃から母さんと父さんに褒めてもらうことだったから。それも達成できてないのに他の夢なんて抱けるわけがない

 

 今回も、母さんに褒められることはなかった

 

「頑張ったのにな……」

 

 ガタンゴトン。電車とともに体が揺れる

 

 この前リョウさんと話して母さんと向き合うって決めたのに、今日は目を合わせることもできなかった。結局俺は何も変わってない口だけの子供だ。

 

 ブーブー、そのバイブ音はポケットの中にあるスマホにメッセージが届いたことを教えてくれた。

 スマホの横に付いているボタンを押すと液晶に光が灯る。メッセージの送信者は喜多だった。

 

『アクト君まだバンドTシャツ貰ってないわよね?今からスターリー来ない?』

 

                 『おっけー今から向かう』

 

 なんで俺の分まで用意してあるんだ、という疑問はわざわざロインで聞く必要はないか。どうせこの後行くし。電車も乗り換えないといけないな

 

 電車の車窓から外を眺める。台風は関東には当たらない筈だがこのままでは今夜は雨が降るだろう。嵐の前の静けさなんてことわざは嘘なのかもしれない

 

「ライブ…大丈夫かな…」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「こんにちは〜」

「あれ?お前今日シフト入ってなかったろ」

「喜多に呼ばれて、なんでもバンドTが出来たとかなんとか」

「へぇ」

 

 スターリーの中を見回す。見慣れた景色が並ぶが視界には赤も青も黄色もピンクも映らない。あっちから呼んだくせにいないとか舐めてんのか

 

「あの子たちならスタジオ入ってますよ〜」

「PAさん、ありがとございます」

「いえいえ〜」

 

 スタジオに向けて歩を進める。一分もしない内に目的地であるスタジオの前まで着いた。すりガラス越しにピンクのジャージが見える。一応ノックして部屋に入った

 

「アクト君!見てみてこれバンドTシャツ!可愛くない?」

「確かに…後藤の案が採用されなくてほんと良かった」

「ゔぅっ!」

「あ、ごめん」

 

 部屋に入るなり喜多が裾を持ち上げながらこちらに近づいて来た。なんだこの生き物可愛いな

 

「ふふん、私がデザインしたんだから可愛くてとーぜんだよ」

「へぇ、これ虹夏さんが作ったんすか」

 

 ……ならわざわざ後藤の家に行かなくても最初から虹夏さんが作ればよかったのでは?……とか思ってるよね?」

「えっ、はっ?なんで分かったんスか」

「いやもう何となくアクト君が考えること分かってきたよ…」

「ちなみに私から見てもバレバレだったよ、アクト」

「リョウさんにもバレるレベルだったのか…」

 

 そんなにわかりやすい顔してるか?俺…

 

「あ、そうそう。これアクト君の分!」

 

 そうして虹夏さんが取り出したのは、結束バンドと書かれた4人がいま着ているものと同じバンドTだった

 

「なんで俺の分まで?」

「アクト君も結束バンドの仲間でしょ?」

 

 バイト仲間であってバンド仲間じゃないってどっかで言った気がするんだけど…

 

「もしかしていらなかった?」

「いや…ありがとうございます。ライブの日はこれ着てきますね」

 

 もう一度広げてみる。4人とお揃いのバンドTシャツ。俺にはこんなにしてもらう価値なんてないのに

 

「そういえばなんでアクト君制服着てるの?」

「三者面談ですよ伊地知先輩。あ!ねぇアクト君、評定いくつだった?」

「オール5。ま、本気出せばこんくらいヨユーよヨユー」

「すご!アクト君結構勉強できるんだね」

「ふっ…流石私の専属料理人」

「なんでリョウが得意げなの!」

「得意気なリョウ先輩も素敵!」

 

 その後はスタジオ練習まで付き合うわけにはいかないのでそそくさと退散した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ん……あ゛〜やべぇ寝てた…」

 

 しょぼしょぼの目を擦り体を起こす。いつの間にか寝ていたようだ。椅子に座りテーブルに突っ伏す形で寝ていたので体が痛い。

 

 チラリ、壁に掛かっている時計に目を向けた。短針は8、長針は10と11の間を指し示していた。

 もう高校生の夕食には遅い時間だがそれでも腹は減る。このままじゃ空腹で寝直すこともできないので財布だけをポケットに押し込み家から出た

 

 俺の家から最寄りのコンビニまでは歩いて5分ほど、やはりコンビニが近くにあると便利だ

 勝手に開く自動ドアをくぐり店内に入る。まだ雨は降っていないが外の空気は暑くジメッとしており、空調が効いた店内は癒しの空間と呼べる代物だった

 

 適当におにぎりとホットスナックをいくつか見繕い、レジにて支払いを済ませる

 

「ありあと〜ございやした〜」

 

 俺以外客が居なかったからって気が抜けすぎな挨拶をスルーし店の外に出た。取り敢えず冷めない内にホットスナックを齧る

 

「うま」

 

 自分が思っていたよりも腹が減っていたようで気付けばなくなっていた。おにぎりを外で食べる気にはならないのでホットスナックのゴミをコンビニのゴミ箱に捨てさっきより軽くなったレジ袋を右腕にかける

 

 こうして歩いていると今日の出来事を今でも思い出してしまう。

 

『アクト、ここに居たの』

『この学力だと国公立も狙えますね』

『ごめん時間ないから』

 

 

『貴方将来何になるの?』

 

 

「分かんないよ…そんなの…」

 

 気付けば知らない道に出ていた。この近くに16年以上住んでいるはずなのにこんな近くに知らない場所があるのが不思議な気分だった

 

 目を向けた先に光を発しているものがある。自販機だ。

 俺はそれに吸い寄せられるように近づいていった。まるで誘蛾灯におびき寄せられ周りを舞う蛾のように

 

 近づいて分かったが自販機は自販機でもタバコを売っている自販機だった。

 なんだか好奇心をくすぐられ観察する。値段の欄に視線を向ければ五百円を超える値段がずらりと並んでいた。

 百円玉2個とほんのちょっとでタバコが買える時代はとっくのとうに過ぎ去ってしまったらしい。少しだけその時代の人が羨ましく感じた。

 雨が降ってきた。あれだけニュースを確認したのに今になって傘を忘れるなんて、ホントに馬鹿げてる。

 

 家には誰もいない、なら少しぐらい吸ってもいいんじゃないか?別にバレないだろう。そんな囁きが何処かから聞こえてくる。

 思わず財布の中身を確認した。所持金は1000円と少し、少し葛藤して、俺は千円札を自販機に挿し……

 

「何してるのアクト君!」

 

 込もうとした手は思わぬ声に止められた。

 

「……喜多?なんでいんの」

「そんな事より早くお金しまって!」

「あ、ああうん」

 

 鬼気迫るとはまさにこの事、と言える表情で迫られたので反射的に千円札を財布に戻した

 俺が千円札を財布に戻したのを確認した喜多はさらにまくし立てるように話しかけて来る

 

「この前保険の授業で喫煙の危険性やったじゃない!なんで買おうとしてるの!?」

「いや、別に買う気はなかったぞ?こういうのは免許証か何か提示しなきゃ買えないし。悪い事してる気分になりたかっただけだよ」

 

 俺の言葉を聞いて喜多は安心したような、それでも何処かに焦りを滲ませた表情をしていた

 喜多も俺も現在進行系で雨に降られ続けている。近くには明るい色合いの傘が開いたまま落ちていておそらく喜多は急いで止めた故に傘を放り出したのだろうと考えられた

 

「ほら、喜多も濡れてるからさ?ライブも近いし風邪引く前に帰ろうぜ。家まで送るよ」

 

 喜多はそうやって傘を差し出した俺の腕を掴み、下に向けていた顔を上げ俺の目を真っ直ぐ見つめて言った

 

「アクト君何か悩んでるんでしょ」

「……んなわけねぇだろ。さっきも言ったけどタバコ買おうとしたのは振りだって。悪いことする気分を味わいたかっただけだって」

「そんなわけない」

「そんなわけあるよ」

「じゃあなんで今日スターリーに来た時顔色が悪かったの?なんでいつもより元気がなかったの?三者面談で何か言われたからじゃないの?」

「……よく分かったね」

「アクト君のことはよく見てるから……そんな事より!何か悩んでるなら私にも相談してほしい。何もしてあげられないと思うけど、話し相手ぐらいにはなれると思うから…」

 

 それだけ喜多から寄り添ってこられても、俺の口から出たのは淡い拒絶を含んだ言葉だった

 

「別に…将来の夢について考えてただけだよ」

「……そう」

 

 それからは何も言わなかった。いや、どちらも言える言葉を持ってなかった

 俺が持つ傘に2人で入り、喜多の家への道を歩き出した。こんなに気不味い相合傘がこの世に存在するだろうか。

 

「アクト君もっとこっち寄って、肩濡れてる」

「ああ、ごめん」

「いや、こっちこそ。ゴメンね勘違いして」

「いやアレは俺が悪いよ、喜多は社会的規範に則って学友が未成年喫煙に洒落込もうとしたところを止めただけだし」

「ふふ、なにそれ」

 

 一歩、さっきよりも喜多に近づく。俺とは逆の斜め前を向いている喜多の耳は少し赤く染まっていた

 

 そこからはまた会話はなく、気づけば喜多の家の前に着いていた

 

「ごめんなさい、わざわざ家まで送ってもらっちゃって」

「大丈夫、此処からなら走れば5分ぐらいだし」

「えっと…傘!この傘持っていって!」

「…いいの?そりゃ助かるけどさ」

「うん、アクト君が風邪引かないが心配だし、明後日にでも返してくれればいいから」

「じゃお言葉に甘えて」

「……最後に言いたいんだけど」

「どしたの?」

 

 喜多は緊張してるのか深呼吸をしている。何を言うつもりなんだ?思わず身構える。

 

「私も、将来の夢はまだ決まってないわ。結束バンドの活動はしてるけどそれが将来につながるかは全然分からないし…」

「……うん」

「えっと…何が言いたかっていうと…その!高1で将来の夢が決まってる人なんて多くないと思う!むしろ決まってない人のほうが多いぐらいだと思う!」

「う…うん」

「だから…三者面談で何言われたか分からないけど、私も不安だから!だから…あんまり考えすぎないで、もし辛かったら私に相談して?」

「……ありがとう。じゃあな」

「うん、ばいばい!」

 

 そのまま喜多に背を向け家に向かって歩き始める。問題は何も変わっていないし、何も解決していない。だけど今日はそれでもいいと思った。

 

 傘があれば、雨も悪くないかもしれない




次回!やっとライブ!!

 次回 『劈く音色と初ライブ』

  ホントにやっとライブ!
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