店長さんに怒鳴られてから正気に戻った俺たちはバイトに励んでいた。さっきの虹夏さんの指示通りに俺は受付を虹夏さん、喜多さんはドリンクを後藤さんに教わっていた。
「溢れてる溢れてる!!」
突然の大声を聞き虹夏さんからの指導に耳を傾けながらもドリンクの方に目を向けると、喜多さんが熱湯で火傷した後藤さんの手にハンカチを当てていた。女子力高ぇ〜
「後藤さんはなんでバンド始めようと思ったの?」
処置が終わったのか喜多さんはバンドを始めた理由を聞いている。俺も数時間一緒に居るだけで分かるレベルのクソ陰キャであるあの後藤さんがバンドを始めた理由はちょっと気になっていた。絶対そんなタイプじゃないと思うんだよな
「あ、えっと…世界平和…世界平和を伝えたくて…」
「意識高いのね〜」(意識高いな)
結構長い間考えたのにそんなことしか思いつかなかったのか?絶対嘘だろ。どうせインドア趣味なのに派手でカッコよくて人気者になれるとかだろ
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」
「あぁ、ゴメンゴメンちゃんと聞いてるますから」
俺が喜多さんたちに意識を向けている事がバレてしまったのか虹夏さんは少し怒ったような表情を浮かべている。そんな虹夏さんの機嫌を取りながらも初バイトの時間は過ぎていった。
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「じゃ、お疲れ。今日はもう終わりだから帰っていいよ」
「お疲れ様でしたー」
店長さんの一言で今日のバイトは終わりを告げ皆は各々帰りの準備を始めた。バッグからワイヤレスイヤホンを取り出しかけて辞める。いつもひとりで帰っているためついた癖だがどうせ喜多さんと一緒に帰るので要らないだろうと取り出したイヤホンの片方をケースに戻しポケットに入れた。
一番早くに帰り始めたのは喜多さんだった。
「今日はありがとうございました。これからもバンド活動頑張ってください。陰ながら応援してます。それじゃ」
いつもの明るさが何処に言ったのか気になるほど暗い表情と低い声でそう告げそそくさと帰ろうとしていた。
「それじゃ俺も今日はこれで、お疲れっした」
置いてかれないように喜多さんを早足で追いかける。本当に今日で終わりならばこうやって一緒に帰る機会も無くなるだろう。ならばこの一回は絶対に逃してはならない。
「きっ喜多さん!」
「?」
後藤さんに呼び止められたことで二人とも動きを止め振り返る。するとそこには
「あっ、チョッ、まっ、まっ、か…帰らないで」
グッチャグチャに顔面が崩壊していてもはや人間とは思えない(今更だが)姿の後藤さんがこちらに駆け寄ってきていた。
「待ってあげるから落ち着け」
「しっ深呼吸!取り敢えず深呼吸!」
なんで呼び止められた側の俺たちがこんなに後藤さんを心配してるんだよ
後藤さんはその小さな唇を震わせ普段の後藤さんからは考えられないほど力強い声で喜多さんに話かけた
「あっ…このまま帰って、ほっ本当にそれでいいんですか?」
後藤さんの言葉でスターリーは静寂に包まれる
(…俺は口を挟まない方が良いな)
それを聞いた喜多さんは顔を下に向け目線を地面に這わせながら心の内で抱えていた感情を吐き出していく
「私は結束バンドに入れない。皆真剣にやってるし、私は一度逃げ出した人間だもの」
「あっあのあのっ、さっき手当てしてもらったとき、きき喜多さんの手の先の皮が固くなっていました。かっかなりギターの練習をしてないとならないはずです」
「逃げ出したって言ってたけど練習してたんですよね?本当はバンド続けたかったんじゃ…?」
「楽器を引くのは苦手でも喜多さんには努力する才能が人一倍あるので大丈夫です」
「そうだよ!私も喜多ちゃんにこのバンド盛り上げるの手伝ってほしいな」
「伊地知先輩…」
結束バンドの皆がどんどん言葉を掛けていく。そしてそれら全てが慰めでも何でもない、正面から喜多さんを結束バンドに勧誘するための物だった。
「ギターが増えたら音が賑やかになるしノルマも4分割」
「素直な言い方しなよ!」
「先輩分のノルマ…貢ぎたい!」
「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど!」
「喜多さん絶対に将来悪い男に捕まるぞ…」
やっぱり喜多さんってネジ飛んでるな。
「あっあの私も喜多さんと一緒にバンドしたいです。絶対皆で弾いたほうがたのしいですよ」
「うん…頑張る。結束バンドのギターとして!」
…一件落着かな?というか女子高生バンドの結成の瞬間を見たのは別にいいんだけどなんというか凄くいたたまれない。なんかここにいちゃいけない感を感じてる。
「じゃっ、じゃあ私はこれで…」
まさか後藤さんと同じ考えをしていたとは。…なんか嫌だな。
「今度こそ俺も上がりま〜す」
「ちょっと二人とも待ってよ!特にぼっちちゃんは今日1番の功労者なんだから!」
「そうそう、ぼっちのおかげで復活できた」「後藤さんありがとう」
皆口々に後藤さんを呼び止めていく。やっぱり俺帰ってよくね?そそくさと息を殺しドアノブに手を掛けたとき
「芥川くんも帰っちゃダメよ?」
マジでびっくりした…どれぐらいびっくりしたかというとアニメみたいにちょっと飛び上がったくらいだ。
別にやましいことはしていないのだが気配を消していたのに急に呼び止められるのは心臓に悪い。
「…バレた?でもなんで?」
「なんでって…だって一緒に帰るでしょう?」
「?……っ!?」
その答えの意味を理解し一瞬で顔に熱が集まるのを感じる。なんだ、なんなんだ今日一日で凄い寿命が縮んだ気がするぞ。
「へぇ~アクト君へぇ~?」「…やるね」
恥ずかしくて思わず下げていた目線を上げると先輩二人が変な笑みを浮かべながら俺たち二人を見ていることに気がついた…嫌な予感がする。
「どうかしましたか虹夏さん、リョウさん」
「いやぁ〜?なんでも?」
絶対バレたなこれ。なんで昔から俺の片思いはすぐバレるのだろう。だが当事者の喜多さんはあまり良く分かってなさそうな顔をしている。ならギリセーフか?
「ごほん、取り敢えず!喜多さんこれからギター頑張って」
かなり無理矢理に話題を変えたが虹夏さん達はそれ以上追求してこなかった。流石に喜多さんが目の前にいる状態で聞こうとするほど非常識ではないみたいだ。
いつかこの話題について掘り下げられることを予感しているが別に本人にバレなければどうということはない。なにせ中学の時この噂が学年中に広まっていたこともあるからな。
「あっでも今のパリピバンド路線やめたほうがいいですよ」
「私も思ってました。毎晩踊り狂ってるんですよね」
「どこ情報!?」
唯一気にしていたパリピバンド路線も嘘と分かりこれなら喜多さんもやっていけるだろう。そんな事を考えていると喜多さんはいくら練習しても弾けるようにならなかった、と言いながら肩にかけていたギターケースを下ろし蓋を開けていた。
「なんかボンボンって低い音がするのよね」
「いやそんなわけ無いだろ」
音楽に詳しくない俺でも父親がギターを弾いている場面を見たことがあるのでわかる。ギターからそんな音はしない。
「そっそれってベースじゃ」
後藤さんも同じ事を考えてたのか弱々しい声で指摘する。指摘を受けた喜多さんは
「いやベースって弦が四本のやつでしょ?私もそこまで無知じゃないって」とか言ってる。
必然的に皆の視線は喜多さんが床に置いたギターケース、正確にはギターケースの中のものを覗き込んだ。
「弦が六本とかのやつもあります…」後藤さんの楽器知識に感心していると結束バンドのベーシストであるリョウさんがギターケースの中を見て一言
「それ多弦ベース」
その言葉を聞き顔を真っ青にした喜多さんは口から魂のようなものを出しながらユラユラと地面に倒れていった。
「ローンあと30回残ってるのに…あひゅう…」
「喜多ちゃぁぁん!!」
「……このバンドホントに大丈夫か?」
こうして喜多さんの正式な結束バンドへの加入が決まりやっと、本当に長い一日が終わるのだった。
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ピコンッ!!
喜多さんが結束バンドに正式に加入して2日が経ったある日の昼休み。いつものように祐希とお昼ご飯を食べていると、もはや現代人には手放せなくなってしまったスマホの液晶が律儀にたった今メッセージが送られてきたのをお知らせしてくれた。
祐希に一言断りを入れてからさっき来たメッセージを確認する。送り主は…誰だコレ?
ただ名前とアイコンの黄色いアホ毛で大体見当がついた。多分虹夏さんだろう。でも俺ID教えてなかったよな…?何で知ってるだろう。
肝心のメッセージの内容は先日の件の感謝と1枚の画像だった。反射的にタップし画像を詳しく見てみる。
「なにこれ?」
「どしたの?」
パックのコーヒー牛乳をストローで飲みながら祐希が俺の画面を覗き込んできた。日付と時間、名前が書いてあるが何かは微塵も分からなかったので正直助かる。
「あ〜コレ、シフト表だよ」
「え?シフト表?」
「うん」
……?確かにあの日バイトの手伝いはしたがスターリーで働くとは言ってなかったはずなんだけど。既読がついても返信が返ってこないからか虹夏さんからさらにメッセージが送られてきた
『なんか予定ある日にシフト入ってた?』
『いや大丈夫です』
簡単に返信をし画面を暗転させる。さっき見た通りなのであれば今日スターリーでバイトがあるはずだ。もう昼休みも終わりそうだし気になっている点はスターリーで聞こう。
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴り皆が次の授業の準備をゆっくりとし始める。俺はおにぎりの最後の一口を口に放り込み、次の授業は何なのか確認するため体をねじり後ろの黒板に目を向けるのだった。
終礼が終わり教室にいた40ほどの人々が各自部活や勉強のため荷物の整理をし始めた。俺も帰りの準備が整った所で喜多さんに話し掛ける。
「喜多さんも今日バイトだったよな、一緒に行こうよ」
「後藤さんも一緒だから呼びに行きましょうか!」
そうして俺らは違うクラスの教室で後藤さんを回収しスターリーへと向かっていった。
バイトが始まる時刻よりもかなり早くスターリーについた俺たちは各々好きなやり方で時間を潰していたが、虹夏さんとリョウさんがスターリーに到着し、結束バンドが揃った所で俺は口を開いた。
「ねぇ喜多さん、虹夏さん。俺ここでバイトするなんて一言も言ってないのになんでシフト表に俺の名前が入ってるの?」
まぁ犯人は見当がついてるのでほぼ確認作業みたいなもんだが一応虹夏さんにも聞いてみる
「あれっそうだったっけ?ゴメン!勝手に入れちゃって!」
口を開いたのは虹夏さんだった。まぁこれは想定内。そもそも虹夏さんは常識的で良識のある人だから本人の許可を取らずにバイトとして採用するなんてことはしない。
そして俺は最初から犯人と疑っていた人の方へ体ごと視線を向ける。
「なぁ喜多さんどうしたんだ?そんな目ぇ逸らして。いやまあ最初からそうと思っとったぜ?虹夏さんには俺のID教えてないのにメッセ来るし。こんなかじゃ喜多さんしか俺の連絡先持ってないもん」
「…ゴメンなさぁい!」
ちょっとした仕返しのつもりで方言を混ぜてみたのだが想像以上にダメージがあったらしく目に涙をためながら謝ってきた。罪の意識があったのがビックリだ。喜多さんの事だから100%善意でやってると思ってた。
「……で、勝手にバイトするって言っちゃったんだ。」
「ロックだね」「ロック便利すぎるだろ」
リョウさんへのツッコミもこなしながら事情聴取を進めていくといくつか分かったことがあった。なんでも喜多さんが結束バンドに正式に加入した次の日、喜多さんは虹夏さんからライブをする時のノルマ代をスターリーのバイトで稼ぐという提案をされたらしい。
そしてその提案を受け入れた喜多さんはバイトを始めようとしていた俺の存在を思い出し、勝手に俺をねじ込んだ……
「なんというか…いつも通りで安心した」
「コレ通常運転だったんだ」
喜多さんも後藤さんも関わる時間がながければ長いほどヤバい面がどんどん見えてくるからな。
「で、今回の目的は達成できたんだけど」
チラッと時計に目線を向ける。かなり早く来たおかげで準備の時間を除いても三十分は時間が取れるだろう。それだけあれば少しは進むかな?
「なぁ喜多さん、ギターの練習ってしてる?」
さっきまでとは変わり急に意味が分からない質問をされたから少し答えるまで間があったがすぐに答えてくれる
「え、ええ昼休みも放課後もスタジオに入って後藤さんに教えてもらってるけど…」
「うん、別にそれはいいんだけど。今って5月だよね?」
「そ、そうね」 「約10日後に何があるか分かる?」 「え、えっと」 「あっ…」
後藤さんはもう気づいたらしかった。陰キャだから学年通信とかちゃんと読んでそうだし想像通りかな
「ちゅ、中間考査……」
俺が最後まで言う前に後藤さんが答えを言ってしまった。別に俺が言わないといけないものでもないし全然いいけどチョット悔しい。
「ということで今からはギターの練習時間を少し削ってテスト対策の勉強をします。うちの学校は教科によっては追試あるみたいだしね」
「ギターの練習時間削っちゃうの?」
「大丈夫ですよ、虹夏さん。事前に俺がノートやテストに出そうな問題をまとめてバイトが始まるまで解き方とか教えるだけなんで。場所は学校でもいいですし」
「伊地知先輩に教えてもらうじゃダメなのかしら?」
「むしろ喜多さんは俺たちより学年が上で偏差値も上な虹夏さんの時間を削ってまで教えて貰おうと思ってるの?」
投げかけられる2人の疑問について一つずつ答えていく。バイトの件は怒ってはいないが気にしてないわけじゃない。普通に個人情報の漏洩だし。それもあってか喜多さんにはかなり強い言い方になってしまった。
「取り敢えずこの前の小テストの結果を見せてもらおうかな」
「私も気になる〜!」
興味を惹かれたのか虹夏さんが、その後ろからリョウさんもついてきた。そして2人がクリアファイルから今日の終礼前に返却された数学と古文の小テストを取り出した。その結果は
「まぁ喜多さんは予想通りなんだけど…」「ぼっちちゃん結構ひくいね」
喜多さんの結果はそこそこ良い方だった。この調子なら赤点を取る心配はない程の点数だ。だが、後藤さんは酷かった。それはもうホントに。なんで同じ高校に入れたのか疑問なほどに。
「後藤さん、ノート取ってるよね?今あるなら見せてほしいんだけど。」
「あっ、はい…どうぞ…」
後藤さんに一言礼を言い小テストもあった言語文化のノートを見せてもらった。凄い綺麗にとってあるな
「ぼっち、綺麗にノートとってるね」
俺の気持ちを代弁するかのようにいつの間にか背後に回っていたリョウさんが口を開く。
「うん…だけど綺麗すぎるかな」
「綺麗すぎるとダメなのかしら?」
「いや別に悪いわけじゃない」
「これは受験期の時に流れてきたときの動画の受け売りなんだけど、ノートって見直さなきゃいけないんだよ。ノートをきれいに取ることが勉強じゃないからね」
「あっあの…私ちゃんとノートみ、見返してます…」
「……俺の名にかけて後藤さんには絶対赤点なんて取らせないから!」
後藤さんの発言を聞きオレは覚悟を決めた。後藤さんが赤点を取って喜多さんのギターの練習時間が減れば結束バンド全体の損失になり得る。それだけは阻止せねばならない。
「いやまあ前期中間ってのもあって教科数少なくてよかったぜ。全部教えるから分からないとこあったら言ってな」
そう、前期中間ということもあり今回のテストは授業時間にして3時間分しかないのだ。ならばまだカバーが効く。
「そう言う芥川君はどうだったの?まさか私より低いなんてないわよね〜?」
さっきの強い言い方を根に持ってるのか少し煽るような口調で喜多さんが点数を聞いてきた。
「当たり前じゃん。小テストなんて勉強しなくても8割超える」
「なんか凄いムカつくねこの子」「そうですね伊地知先輩」
「なんで!?」
そうしてバイトの時間まで俺と虹夏さんの2人体制で喜多さんと後藤さんに勉強を教えるのだった。
あの日から2人はギターの練習をしながらもテスト勉強を進めていき(後藤さんはバイトや昼休みなどの空き時間を何とか工夫し俺が教えていた)なんと、なんと〜
「全員赤点回避〜!!」
「頑張ったわね!後藤さん!」
「あっ、はい。そ、そうですね」
疲れた。まさか後藤さんの勉強の面倒を見るのがここまで重労働とは思いもしなかった。お昼ご飯を食べたあとということもあってチラリと時計を見ると次の授業まで十分程だった。ここはギターの練習もしている空き教室なので戻るまで時間がかかる。早くここからでなければ。
「もうこんな時間だし教室戻ろっか」
「チョット待って芥川君!」
「?」
ガラガラと音を立てて半分ほど扉を開けていた所で喜多さんに呼び止められる。もうこんなことしたくないな
「ありがとう!!」「あっ、あ、ありがとうございまひゅ!!」
「……ふっ、ふふっあはははは!」
「えどうしたの!?芥川君!?」「あっえっと、大丈夫ですか?」
急に笑い出した俺のことが不気味だったのだろう。喜多さんと後藤さんが心配しながらこちらに駆け寄ってきた。
「何でもない!ほら早く出ないと5限遅刻するぞ!」
半分開いていた教室のドアを一気に開け放ち廊下を走って行き、廊下にいる生徒から変な目で見られる。バタバタと後ろから足跡が追い付いてきた
「ちょっと、なんで急に走るの?」「ろ、廊下は走っちゃダメですぅ…」
クソクソクソさっきまで二度とやりたく無いって思ってたのに!お礼言われた時またやってもいいかななんて思ってしまったのが悔しい!
「廊下走るんじゃなぁーい!!」
「「「すみません!」」」
昼休み終了後〜〜
「何でそんなニヤニヤしてんの?」
「いや…何でもない」
「そ、まあ良いことあったんならいいよ」
学校についての描写は捏造モリモリです。解像度が低い!
次回 『パンチとパンツって似てるよね』
アー写を撮りに行きます