忘れてなんかやらない   作:アゲアゲ太郎

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第九話 決意と生姜焼き

 神様。それは日本に住んでいれば年に一度は祈る機会のある相手だろう。皆も心の中では思っているだろうが俺も今まで神様が居るだなんて信じてこなかった。

 だって神様がいるならこんな俺を作るわけがないし、もしわざと俺を作ったのならそれはとんでもなく意地が悪い神様だと思うから。

 だが、今起こっているとても現実とは思えない光景を目にし、俺はらしくもなく神様に感謝していた。

 迷走する思考を打ち切り、現状に目を向ける。そして、口から漏れないよう気をつけて、心の中で呟いた。

 

 神様、ありがとう…

 

 時刻は十九時過ぎ、目の前には美味しそうに俺の料理を頬張る喜多が居た。

 

 可愛い…神様ありがとう……!

 

 ちなみに今日の献立はパスタだ。喜多の好きな食べ物がパスタと知ったときからこんな風に振る舞う日がいつかは来るかもしれないと密かに練習していたのである。よく考えたらクソキショいけど実際そんな事が起きたのでギリセーフだろう。多分。

 

「どうだ?結構な自信作だけど」

「凄い美味しいわ。ねぇ、さっき撮った写真イソスタにあげていい?」

 

 手を顎に当て、少し逡巡する。喜多が写真を撮っていたのは料理に手を付ける前、2人分のパスタがテーブルに乗せられた時だ。この机自体大きいとは言えないサイズだが、俺が写っている可能性は低いだろう。喜多でもさすがに無許可で俺の顔を上げる事はしないだろうしな。

 

「…俺が写ってないならいいよ」

「ありがとう!」キターーン!!!

 

 笑顔眩しッッ!!

 

 目が潰れるかと思ったがそれ以上何か目立ったことも無く、ご飯を食べ終わった喜多を家まで送っていってその日を終えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 そしてその翌日。クーラーの効いたリビングでひとり小説を読んでいると「ピンポーン」と来客を知らせる音が家に鳴り響いた。

 

「はぁ…めんどくさ、眠い」

 

 今日は、というか普段、俺は人を自宅に招待することはない。ここ最近は色々と重なって人が上がってくることもあったが、家とは住む人の心が映るもの。そんな場所に人を招待するとは即ち、自分の心に踏み入ることを許可することと同義だ。

 そんなことは許さない。どんな奴とも一定の距離を保つ。それが俺の考え方であり生き方だ。

 

 どうせ宅配とかだろうしそこまで長い時間は取られないだろう。そう考えて小説の読んでいたページを開いたままひっくり返しテーブルに置いた。

 そのまま立ち上がりインターホンを確認する。しかし予想とは裏腹に画面に映っていたのは見慣れた青髪だった。

 どうか違っていてくれ。そんな期待を少し持ちながら玄関の扉を開く。

 

「アクト、ご飯作って」

 

 やはりリョウさんが居た。顔を合わせた瞬間飯を強請るのマナーというか人として大切なものが欠けている気がするんだけど。

 

「なんでですか?」

「なんでって…お金がないからだけど」

「愛しの虹夏さんがいるでしょ」

「先月通いすぎて怒られた…」

「愛しのは否定しないんですね」

「将来は老老介護する予定だからね!」

「そんな自信満々に言われても困るんですけど!?」

 

 めんどくさ。適当に金を渡して虹夏さんに通報しようかな。

 

「う〜ん、土下座すれば流石に虹夏さん飯作ってくれるでしょ」

「わざわざ歩いてここまで来たのにそんなこと言うの?」

「は?歩いていたんすか?」

「電車賃も無くて…」

「は〜…金渡すんで帰ってくれません?」

「…家に入れたくない理由でもあるの?女を家に連れ込んでるとか」

「変なこと言わないでください。歩いて帰らせますよ」

「変なことじゃない。証拠もある」

「?」

 

 そう言い、リョウさんはポケットから無駄に高性能の、確か最新機種のスマホを取り出し1枚の写真を画面に表示してからこちらに見せてきた。

 そこに写っていたのは何の変哲もないパスタの写真。どこか見覚えがあるがそれ以外別には特に特徴のない写真だった。

 

「へぇ…よく撮れてますね。この写真がどうかしたんですか?」

「この写真、ある女子高生のイソスタにあがってた写真なんだけど。このテーブル、アクト見覚えない?」

「確かに…言われてみればウチのリビングにあるテーブルにそっくりな気も……あっ!?」

「そう…この写真があげられたアカウントは郁代のだよ」

「っ!?……だからといって俺の家に女をあげた証拠にはならないでしょ!?」

「このテーブルアクトの家で見たことあるし、その反応はそうですって言ってるようなもんだよ」

 

 それだけで俺から飯をたかれると判断して歩いてきたのか…

 

「はぁ…ちなみにご飯作らなかったらどうします?」

「太宰って子を通じて学校中に言いふらす」

「どうぞ上がってください」

 

 最初から勝ち目のなかった攻防に決着がつき、リョウさんは堂々と俺の家に入っていった。まさかテーブルだけでバレるとは。リョウさんの感の良さにはびっくりだ。

 俺の前で迷いなくリビングへと歩を進めるリョウさんの背中に疑問を投げつける

 

「いつ祐希…太宰と知り合ったんですか?」

「アクトが熱出したとき私たちもアクトの家に来たんだけど、その時に会って連絡先交換した。」

「そうすか…」

 

 じゃあアイツはわざわざバイトの隙間時間を縫って俺の様子を見に来たのか。今度アイス奢ろうかな。コンビニの高いやつ

 

「晩御飯なにがいいですか?ご希望ならその辺で野草でも取ってきますけど」

「肉」

 

 机に伏せてあった小説に栞を挟み、冷凍庫を開き中身を確認する。肉ねぇ…

 

「しょうが焼きでいいすか?」

「うん」ピッ!

 

 リョウさんはリビングでPS4をいじりながら短く返事をした。誰もやっていいなんて言ってないんだけど。

 

「なんのソフト持ってるの?」

「モン◯ンとペ◯ソナ」

「えっちなのは?」

「持ってたとしてもリビングに置くと思います?」

 

 結局料理が完成するまで勝手にやり始めたモン◯ンでリオレウス相手に大苦戦していた。自分より下手なプレイを自分のデータでされるのけっこう腹立つな。

 

「出来ましたよ。」

「うん。でも後ちょっとだけ」

「俺の装備でリオレウスなんて△と✕押すだけで勝てると思うんすけど…」

「なんか攻撃一発でHP半分以上飛ぶ…」

「?……あぁ昨日防具無し縛りしてたからっすね」

「なんでそんなことしてんの…?」

 

 昨日の夜は喜多が家に来た影響で全然寝付けなかったから夜明けまで深夜テンションで変な縛りしてたんだった。四時間の激闘の末残り時間四十秒でボス倒せた時は思わず泣きそうになったしな…

 

「「いただきます」」

 

 リョウさんのゲームが一段落してから手を合わせ味噌汁を口に含む。うん、洋食もいいけどやっぱ和食のほうが落ち着くな。

 リョウさんの方は凄い美味しそうに食べていた。ホントに飯困ってたんだな…

 

 そういえばこうやって誰かにご飯作るのも3日連続か。一昨日酒カスお姉さん拾って介抱したのがきっかけでまさか喜多、リョウさんにご飯を作るとは思ってなかった。人生何が起こるか分からないな。

 

「アクトって意外と可愛いとこあるよね」

「そうですか?まぁあったとしても異性に可愛いと言われるのはかなり恥ずかしいですけど」

「ベッドの周りいっぱいぬいぐるみあったし」

「……やっぱり見られてますよね」

「うん。店長と同じでぬいぐるみ抱かないと眠れないの?」

「眠れないことはないですけど、抱かないと夢見が悪いんすよ」

「へぇ…やっばり子供の頃からのクセ?」

「いや確か中2からっすね。まぁその時期いろいろあって」

「ふぅん…」

 

 色々あった。と聞いたリョウさんは少し申し訳なさそうな顔をしてそれ以上深く聞いてくることはなかった。正直、このリョウさんの気遣いはありがたかった。

 リョウさんに、というか結束バンドのメンバーにその色々を聞かれたら多分断れず話してしまうから。たとえ恥ずべき過去の過ちでも、すべて話してしまう位には結束バンドのメンバーに俺は心を許してしまっている。

 結局リョウさんを家に上げたのもそこが理由なのだろう

 

 リョウさんは何ともなさそうな、だけどどこか真剣な眼差しで俺に問いかけてきた。

 

「アクトは郁代が好きなんだよね?」

「はは、今更ですね」

「じゃあなんでもっとアプローチしないの?」

「どういう事です?アプローチは結構してる気がしますけど」

 

 思わず、言葉が少し早くなり口調が強くなる。俺が喜多にアプローチしていない?何を言っているんだ。どこを見ていたらそんなこと言えるんだ?

 

「いや、アクトはアプローチしてないよ」

「そんなことないです」

「いや、そんなことあるよ」

 

 何度も俺がアプローチできていないと言われ、少しずつだが確実に怒りが降り積もっていく。

 

「なんでそう思うんですか。昨日だって一緒に飯食いましたよ」

「……じゃあなんでアクトは郁代のこと名前で呼ばないの?」

「は?」

 

 は?なに、何いってんだリョウさんは。名前を呼ぶのと呼ばないので何が違うってんだよ。

 

「いや…それは…!喜多は名前にコンプレックスがあるから…!」

「でも最近まではさん付けで呼んでたよね?なんだか壁作ってるみたい」

「……っ…!」

「ほら、図星じゃん」

「…俺が喜多のこと好きじゃないみたいな言い方するんですね」

「そこまでは言ってない…でもアクトもどこかで分かってるんでしょ」

 

 ……あぁ、そうだ分かってる。何で俺が喜多を名前呼びしないのか、一緒にバイトはしてるくせにあんなに勧められた結束バンドのマネージャーにならなかったのか、何で結束バンドの演奏を聴くと頭が痛くなるのかも、全部全部本当は分かってる、

 

「……いつか皆に話しますよ」

「そう」

 

 リョウさんは小さく返事をして少し冷えた味噌汁をすすった。そして晩御飯を食べ終わるまで俺たちの間に会話は一つも生まれなかった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 時計の短針は8を回り、夏真っ只中でももう外は十分暗くなっている。夜空にはよく見えない分厚い雲が広がっており、星の光どころか月明かりすらも届かない。

 

「美味しかった。また食べに来る」

「できれば来ないでください」

 

 少し多めの電車賃を手に握りリョウさんは玄関から出ていく。歩き出そうとしていたリョウさんを引き留めるように俺はリョウさんに声を掛ける

 

「リョウさん、一つ聞いていいですか?」

「なに?」

「今日…なんであんな事聞いたんですか?」

 

 リョウさんは少し考え込むような素振りを見せゆっくりと口を開く。

 

「大事な人が居るのに何もしないアクトが勿体ないと思ったから」

「割とまともな理由なんですね」

「うん。だからそれを虹夏の代わりに言いに来た」

「虹夏さん?…あぁ」

「アクトも察してるよね、虹夏の母親のこと」

「まぁそうですね」

 

 明らかに同年代と比べて多すぎる家事の手伝い、聞いたことのない虹夏さんの母親のはなし、そして今さっきのリョウさんの言葉、それぐらい揃っていれば察することができる。

 

「あとライブが近いのに気になることがあったら集中出来ないから」

「リョウさんらしいですね」

 

「…それにこのままじゃ郁代も報われないしね」

「なんか言いました?」

「いやなんでもない」

「?」

 

 何言ったか聞き取れんかった。まあいいか。

 

「あ、それともう一つ」

「質問は一つだけじゃなかったの?」

「別にいいじゃないですかそれくらい。…また飯食いに来てください。次は10月ぐらいに」

「わかった。じゃあアクトはその日までに郁代をデートに誘いなよ。夏休みどうせどこにも行ってないんでしょ」

「はは、リョウさんには敵いませんね」

「それと…ごめんね今日は」

「気にしてませんよ。あれぐらい」

 

 俺の言葉を聞いてリョウさんは口を少しほころばせ街頭に照らされている道を歩いていった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「…つかれた」

 

 リビングのテーブルに置いたままだった小説を開き、ソファに座ってから続きの文字に目を走らせる。どんな展開だったのかを思い出すために五ページほど遡り、見覚えのあるページから読み始める。

 しかしいつまでたっても目が文字の上を滑り、内容が頭に入ってこない。目を開けても閉じても思い浮かぶのはリョウさんのあの言葉だった。

 

『アクトはアプローチしてないよ』

『なんで郁代のこと名前で呼ばないの?』

 

 自分でも分かっている。本当に喜多の事が好きで付き合いたいと思っているなら、喜多のことは名前で呼んだ方が良いし結束バンドのマネージャーにもなるべきだった。バイトで会う機会もあるのだから夏休みにデートの1つでも誘うことも出来たはずだ。

 

 だけどそれをしなかった。俺がこれ以上喜多と距離を縮めるのに抵抗を持っているから。

 きっと、怖いんだ。俺は、自分の想いが相手に届かないことの悲しみを知っている。相手に拒絶されることの辛さを知っている。だから俺は知らず知らずの内に喜多を遠ざけてしまうのだろう。

 

「いつか皆に話す…か」

 

 約束は守る。それは俺の唯一変わらない自分の中のルールだ。どれだけ生き方を変えようと変わらなかった1つのルール。今さら破るわけには行かない。

 

 壁にかかっているカレンダーに目を向ける。正確に言えばもう一枚隔てた9月のある日付。その日は母が珍しく1日家にいる。

 

「約束を守るためにも、喜多との関係を変えるためにも母さんとは話をしないとな…」

 

 そして脳裏に浮かぶのは俺の生き方を大きく変えたもう一人の人物。もう顔も名前も思い出せない、いや思い出したくないがあの事と向かい合わなければ喜多への気持ちを確かめられてもそれ以上の関係になる事は出来ないだろう。

 

 やる事が一杯だ。そしてその多くは俺の弱さと向かい合わなければ解決出来ないことばかり。

 

「まぁ先ずは俺が喜多のことをどう思ってるか、だな」

 

 少しの決意と未来への展望を胸に留め、もう一度小説に目を落とした。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 カラカラ、窓を開け通話がかかってきたスマホを手に持ちベランダに出る。部屋から漏れ出る光を後ろから受け夜空を見ながらスマホを耳に当てた

 

「どしたの、虹夏」

『いや、どうなったかなって』

「まぁ、すぐには解決しないけど何とかなるんじゃない?」

『そんな適当な…』

 

 画面の向こうで虹夏が呆れた声を出すのがわかった。

 

「虹夏が様子見てきてって言うから行ったのに」

『はは、ごめんごめん。でもアクト君最近…というかオーディションの日から様子がおかしいから』

「だからって郁代への気持ちを聞く必要はなかったんじゃない?」

『だって半ば無理矢理に昔の話聞くわけにはいけないし、喜多ちゃんのことに関してはあんなに焦れったかったらコッチが気になるし』

 

 アクトは過去に人間関係での失敗、トラウマを抱えているのだろう。それぐらいは数カ月一緒にバイトをしてるだけの私たちでも容易に分かることだった。そしてそれは私たちより前からアクトを知っている郁代はより感じていることだろう。

 アクトは明らかに私たちに壁を作っている。郁代曰くそれなりに交友関係は広くても誰かと遊びに行ったという話は聞かないらしい。それ程アクトは人に心を許すことを忌避している。

 

 今回私がアクトの家に行ったのは虹夏からとあるお願いをされたから。

 なんでもアクト君の様子がおかしいから原因を探ってほしい。できれば喜多ちゃんへの想いも具体的に聞いてきて、というもの。

 

 実際私も気になっていた。自覚がないのかもしれないが最近のアクトはオーディション前と比べ少しの変化がある。それは私たちに以前より隙を見せるようになった。

 例えばアクトが眠っているところを目撃したとか、それこそ今日のように家に上がるのだって前なら許されていないと思う。

 それが良い変化なのかは分からない。むしろ前より不安定さも増している気がする。

 

 無理なのかもしれないけどもう少し私たちを頼ってほしい。たった数カ月、だけどアクトは私たちのバイト仲間で友達。そして間違いなく結束バンドの結成に力を貸してくれた。

 カラオケにも行った。アー写も撮りに行った。ぼっちのコミュニケーションの練習相手にもなってくれているらしい。

 郁代のモチベーションにもなっている。前に郁代はこう言っていた。

 

『オーディションの日、アクト君は苦しそうな顔をしてたんです。その原因は分からないですけど…もっといい演奏をしたら、もっと楽しそうな顔をしてくれるかなって思うと、いっぱい練習しなきゃな、って』

 

 正直郁代のギターの上達速度は予想以上だ。郁代はアクトに対して結束バンドに自分を繋ぎ止めてくれた恩も感じているだろうし、それ程アクトは結束バンドに大きな影響を与えている。

 

 私たちは友達なんだ、少しは幸せそうな顔をして欲しい。

 

「今度は虹夏も一緒に食べに行こうよ」

「そうだね」

 

 夜空を覆っていた雲は晴れ始め、大きな月は太陽から受けた光を反射し自らの存在を真っ黒なキャンパスの上で叫ぶように主張していた。




 この小説(小説というのも烏滸がましい完成度ですが)の題名をつけた時は主人公の大まかな設定しか決めてなかったので多分タイトル回収とかはないです。そういうの好みなんでしたいんですけどね。タイトルは慎重に決めよう!

  次回 『男子高校生がえへへはきも…キツイらしい』

   男子高校生がえへへは普通にキモいです
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