ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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Chapter1
小壺旅人の素性


 霧の彼方、狭間の地。

 そこには黄金に輝く大樹があった。かつてその地に生きる大部分の生命は死なず、全盛期を謳歌していた。正しくそれは祝福であった。

 いつの世も盛者必衰の理は変わらず。破砕戦争という、力ある者たち同士の戦いによって祝福は呪いとなった。

 

 しかしそれは再び祝福となり、新しい時代が齎された。一人の、褪せた瞳の戦士によって。

 

 彼もしくは彼女の性質は、如何様にも変化できる可能性を秘めていた。また同様に、かの戦士が選んだ道の数だけ、訪れた時代の在り方も変化する。

 緩やかな滅びを受け入れる王。神の不完全さを除き、人の時代の黎明を見る王。冷たい月の夜に去った王。黄色い火で全てを溶かした混沌の王。

 王らは、互いが互いを観測することなくとも、確かに存在している。

 

 

 その数ある可能性の中に、神さえも人となる時代を辿った狭間の地があった。そこでは、いつまでも風化せず、物語が謳われ続けていた。

 

 祝福無き戦士が、半神、果てには神に打ち勝つ冒険譚。

 加えて真か嘘かも分からない、差異によって分かたれた火と暗闇の神話、世界を繋いだ英雄たちの旅路。

 成熟した者は後者のことをただの御伽噺であると思い、反対に無垢なる者は純粋な憧憬を胸に抱く。

 

 英雄に憧れ、そうなることを望む者が一人。

 その者は小さく丸い、おおよそ人間と呼べるような外見をしていない。

 生きている壺。黄金の樹に生命を還元するために生まれ、今は意思を以てその在り方を自らで決める種族。その子どもであった。

 

――――――――――

 

 

 暖かい風が開いた窓を通り、体を撫でる。空は今日という日を祝うように澄み渡っていて、僕の気持ちは時間を追うごとに高揚していく。

 今日は僕にとって一二を争うほどに大切で、記念すべき日である。何故なら、この慣れ親しんだ故郷を旅立つ日だからだ。

 

 僕がもっと幼かった頃から、望んでいたことがある。やがて英雄になりたいという願いである。壺たちや壺師、それ以外の一部が知る物語に、僕は心を焦がされた。

 物語は沢山あるが、語られる主人公は全て同じ特徴を持っていた。絶望や苦痛の中でも決して諦めず、己の望む結末のために歩み続けるという部分だ。

 僕に物語を聞かせてくれたあの人は、ただ一人この話を、本当にあったことだと言ってくれた。

 

 没入した僕は、他の小さな壺たちと共に物語をわくわくしながら聞き、そして思った。物語の中の英雄のように、はたまた壺村の英雄であるアレキサンダー、ホスローの名と共に語られる何回りも年上の壺のように、僕も強くなりたい。ただの願望で終わらないように。

 

 

 そのために僕は、英雄たちの旅路を追った。リムグレイブやケイリッド、リエーニエまで旅したり、焼きを入れるために炎で体を炙ったり。ゲルミア火山を上り、溶岩で体を鍛えるブートキャンプに参加したりもしたのだ。

 だが道をなぞる過程で理解した。僕はぬるま湯の中にいるのだと。

 

 新しい時代を迎えた狭間の地は、僕たち壺にとっても生きやすい場所に変わった。王の計らいで、密猟者に怯えながらひっそりと暮らす必要は無くなり、壊れることが珍しいほどになったのだ。

 戦士とは、勇ましく皆を守れる存在だ。鍛錬をし続けていれば強くはなれるが、安寧の中では凡百の戦士にしかなれない。

 そして僕は気がついた。僕が鍛錬のための旅を行っているとき、英雄の強さだけでなく伝承そのものにも心動かされていることに。

 僕は戦士ではなく、真の旅人になりたい。だからこそ、僕は狭間の地を飛びだすことにしたのだ。

 

 必要な物を、背負い鞄に詰めていく。鞄は僕の背とぴったり同じで、僕にとっては大きすぎるくらいだ。

 大人の壺からすれば心細くなるほどに小さいだろう。しかし僕がいつか大きい壺になったとしても、この鞄の中身だけで十分だと思っている。

 食事を必要としない僕には、英雄たちに憧れる気持ち。それと見聞を記すための紙とペンさえあればいいと。

 

 最後に家の中を、体を傾けて眺める。戻ることはないであろう内装を記憶に焼き付け、ドアを押す。僕は物の無くなった家へ、心の中で別れを告げた。

 

 

「ありがとう、皆!僕はきっと、強くなるよ!」

 

 

 外で待機してくれていた壺たち、言葉を出せる壺にも出さない壺にも言葉を返し、村の砦を通り抜ける。

 しばらく歩いた後振り返る。村の皆はずっと、見えなくなるまで岩のごつごつした腕を振ってくれていた。

 

 僕は歩き続ける。目指すのは、海岸だ。

 旅から戻ってきて、僕は真っ先に船へ乗るための手段を探した。狭間の地の外へ向かおうとする人は多くいる。僕はそういった船乗りたちや旅人に頼み込んだことで、海を渡り切れる丈夫な船に乗れるようにできたのだ。

 

 重心を前に倒す、壺たちの基本的な歩き方では時間がかかる。僕は方向を確認した後、回転しながら坂を下っていった。木々の間を通り、時には回転を止めて獣道を慎重に抜けながらも、岸辺へと進んだ。

 

 

 そして森を抜けた頃。村を出たとき沈みかけていた光は完全に見えなくなり、大きな月が存在を主張し始めていた。

 岸辺で輝く星空を眺め、次に船着場の小型船に壺を向けた。人の声はあれど、静かな水面が光を反射している。僕は、身なりを整えた亜人の船乗りの元に向かう。

 彼は言った。霧の向こうの土地に辿り着けるかは未知数であると。

 

 

 承知の上だと返すと、背の高い亜人の船乗りは、僕をしばらく見下ろし踵を返した。僕は彼に続いて船へ入り込む。待っていると、亜人たちがかけ声を上げるのを聞いた。乗員は全てそろったようだ。

 船の帆が広げられる。錨は上げられ、風が少しずつ船体を動かしていく。

 

 僕は航海と未知への冒険に対して心躍らせながら、船員の手伝いをし穏やかに時を過ごすことにした。

 

 

 そしてしばらく。霧の中へと船が入り込んだ頃。僕は、ふと空を見上げた。夜空がいつも見る景色より深く、星が急速に動いているように思えた。

 

 霧の中であるのに、なぜこんなにも綺麗な空が見えるのか。

 

 僕が違和感を覚えた瞬間、空からどろりとした闇が落ちる。僕は拳を構えたが、それは意味を為さなかった。

 

――――――――――

 

 ある、世界があった。

 歴史や人、全てを擦り減らす夜の雨が降る世界が。

 

 褪せ人の王に関わりはなく、狭間の地の象徴たる黄金樹は既にない。ただ暗い青だけが佇む。

 

 夜は全てを飲み込み、決して交わるはずのない世界をも内包する。

 

 それは原初の生命のごとく。

 この大いなる脅威のため、夜渡る英雄たちは立ち上がり続け、夜明けのために戦うのだ。

 

 

 また一つ、異なる法則の下動く世界へ、異物が入り込んだ。

 




小壺旅人の中身
まだ幼く、自身が何者であるか定められぬ 小壺旅人の中身
器と同じく無垢でありながら、霊体や死に生きる者へ同調する

生きている壺の、特に人を媒介とした壺へ稀に見られる傾向
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