ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
霊樹は、雨が引く前出現した場所とは全く違う位置にあった。つまり霊樹は、リムベルドの上空を移動し続けているのだろうか。それとも、霊樹も夜に飲まれ揺蕩っているのか。
蔓が巻きついたような構造の霊樹を見て、僕は少し考えた。夜という現象はやはり、不可思議な法則の下動いている。
夜渡りや壺と構えていると、根元に現れたのは二人の角付きだった。
僕が文献で知る姿とよく似ている。彼らもまた、長らく苦しんでいるのだ。
角付きはかつて狭間の地にて、忌み子と呼ばれていた。忌み子とは坩堝の諸相、曲がり角が身体全体に生えた者たちであり、黄金樹信仰が根強い時代は、その通称の通り祝福無き者とされ疎まれていた。
僕は旅路の中で背景を探り、女王マリカの生い立ちが深く関わっているのを知った。女王マリカは偉大だが、きっと神となっても無機質にはなれず、憎しみという人間性を捨てられなかったのだ。
歪んだ大斧を持った個体と、巨大な曲刀を軽々と振り回す個体。どちらも巨体でありながら、動きは軽快だ。口から呪霊の性質が入り込んだ息吹を吐き、僕たちを攻撃してくる。
一度たりとも安寧は得られず、終いには夜に輪郭だけ残されている。夜が飲み込んだ範囲を考えれば、彼らがいることも推測は出来ていた。僕は壺の正面で拳を握り、太刀持ちの蹴りを避ける。
「執行者さん、やろう!」
僕と執行者は並んで、太刀持ちを相手取る。こちらは実体のある壺たちも合わせて四名だ。大斧持ちの方は五名で相手をしている。そのため、余裕を持った状態で攻撃を捌くことが出来ていた。
忌み子たちを見て、かの祝福王を思い出す。女王マリカの子でありながら角付きとして生まれた彼は、忌み王とも呼ばれた。しかし王はローデイルの主となり、祝福を得られずとも黄金樹を愛した。
僕は祝福王のことも尊敬している。報われるかも分からないのに苦難の道を行った、慈悲深き王だからである。
忌み子の攻撃は大振りで、体が小さい僕には当たりづらい。僕は強化した拳に力を溜めて腕を撃ち抜き、執行者が光る刃で一閃する。膝をつき、呻きながら消える太刀持ちの忌み子。
少し離れたところで、無頼漢の気迫に満ちたかけ声が聞こえる。追跡者の腕から重い音と火花が散って、もう一方の忌み子も倒れ、消えていった。
またしても降りる靄の中から、唸り声が聞こえる。僕はその姿を見た瞬間、視界を背けたくなった。僕がつい先ほど思い浮かべていた人物が現れたからだ。
『見つけたぞ…黄金の地を踏み荒らす、略奪者どもめ…。』
「ああ…。」
薄茶色のローブに、特徴的な尾と右手の太刀。記憶にある形相とは全く違う。しかし僕は良く知っている。彼こそがデミゴッドの一人、祝福のモーゴットだ。
彼はこの場にいる全員を一人一人睨みつけ、光り輝くダガーを絶え間なく投げつけてくる。どれだけ狂い荒んでいようと、黄金樹が無くなっていようとも、モーゴットは守人であった。
僕の動揺に気づいたのか、執行者がこちらに視線を投げかけてくる。僕は鞄から取り出し、彼へ見せた。
「…執行者さん。一つ試してみたいことがあるんだ。モーゴット様に、この種子を。」
きっとこの地にも、黄金樹は蘇る。僕はモーゴットにそれを伝えたいのだ。
執行者は僕の言葉に反応し、少ししてから頷いた。そして彼は刀を構え、隙を作る旨を仕草で僕に示してくれる。
壺たちと夜渡り二人は既に前衛を張り、モーゴットの攻撃を避け、あるいは受け止めている。僕は執行者と共に戦線へと走った。
――――――――――
坩堝の諸相。刀の達人である夜渡り、『執行者』の通称で覚えられている彼は、原初の生命のごとく二人と一振りで出来ている。故に彼の記憶には、坩堝の騎士としての記憶、絵描きとしての記憶が混ざり共存している。
執行者は夜の中で薄れつつも残る、主君へ仕えた頃の記憶を思い起こす。そして主君の子についての思い出も。
誕生を祝福されるはずの子どもは幽囚となり、今夜に飲まれた敵として対峙している。
執行者にとってはそれがひどく物悲しく、しかし共に戦う者の中に希望を見た。
黄金樹を知る小さな壺。異なる狭間の地からの来訪者。小壺旅人は、この地の再びの栄華をまだ諦めていないように、執行者は感じていた。
血塗られたこの身も、夜を屠るには役立てる。だがその後は、どうか。
きっとあの小さな壺は、夜明けを迎えたこの地のことも考えている。この地の一助に、なれるのであれば。
執行者は刀に妖気を纏わせ、忌み鬼の太刀を弾いた。鎧と一体になっても尚、彼の瞳は板金を越えて懐かしい顔を眺めていた。
夜渡り三人を守るため、霊体の壺三体が回転しながら忌み鬼へぶつかり、注意を逸らす。壺の一体が光の槍で突き刺され、そのまま引きずられて木に叩きつけられる。限界を迎えた壺は消え、一体また一体と集中的に狙われていく。
無頼漢が雄叫びをあげながら、地面へ墓守の鏨を打ちつけて、巨大な墓石を召喚した。トーテム・ステラ、無頼漢の秘策である。忌み鬼は墓石に顎を打ち付け、次に墓石へと登っていた夜渡りたち三人に強襲された。
忌み鬼が苦しみ悶える。忌み鬼の怨嗟は更に強まり、低くしわがれた声で呟く。
『逃さんぞ…』
よろよろと立ち上がった忌み鬼は、宙に血炎の刃を張り巡らせる。大斧で防御する無頼漢の体勢を崩し、全身を刻んだ。執行者は、夜に蝕まれた無頼漢と忌み鬼を交互に確認し、無頼漢の救助に向かう。
執行者の刀がすぐさま、蝕むそれを雲散させた。地面に腕を押し当てて立ち上がった後、無頼漢は息をつく。
「すまねえな、達人。それで、あの坊ちゃんは何をしようってんだ?攻撃はしてるけどよ、今までの戦いと比べてキレがねぇぜ。」
「…。」
「…随分と光ってやがるな。それをあのデカブツに?」
執行者は、察しの良い無頼漢へ肯定の意を示す。無頼漢はほうと呟きを漏らすと、自身の胸筋を叩き笑った。悪戯めいた漢の表情は、好奇心旺盛な少年のようだった。
無頼漢は再び大斧を担ぎ、走る。屈強な彼の肉体が、戦士たちの壁となるのだ。
――――――――――
僕は夜渡りたちや壺たちに隙を作ってもらいながら、モーゴットへと肉薄する。彼の瞳は虚ろではあるが、今までリムベルドで戦ってきた戦士たちとは、違う部分がある。雨の中奮闘していた赤獅子の騎士達のように、まだ完全に狂ってはいないのを感じるのだ。
戦闘は激化し、殺すか殺されるかの二択が迫っていた。僕はタイミングを見計らい、左掌に握った黄金の種子をモーゴットの眼前へ見せつける。そして声を張り上げ言った。忌み鬼ではない、彼の本当の名前を。
「モーゴット様…祝福王!これを見て!今、夜に包まれていても、狭間の地には絶対夜明けが来る!この黄金が、皆を祝福溢れる地へと連れていくんだ!」
『…!黄金樹…。』
僕は種子を手放し、モーゴットの空いている左手にねじ込む。彼の果敢な攻めはぴたりと止まり、片膝を折って左掌を見た。
急に動きを止めたモーゴットに対し、追跡者や壺たちは困惑したようで、身を守りながら距離を取っていく。
モーゴットの落ちくぼんだ瞳が僕を捉えた。彼は先ほどの怨嗟が嘘であるかのように落ち着いた様子で、一言呟く。
『お前は…この地が再び祝福されると思うのか…?」
「うん、モーゴット様。だって貴方は、僕の故郷で報われたんだ。だから夜明けの先は、絶対に祝福されるよ。」
僕は証拠になっていなくとも、モーゴットの気持ちを静めるためにそう伝える。すると彼は乾いた声で笑い、種子を僕の手に返してくる。
やはりこのモーゴットは、ただの輪郭などではなかった。
「…小さな生き壺よ、お前は愚かだ…。だが、夜明けこそがただ一つの道…。」
モーゴットは立ち、淀んだ空を見上げる。そして暗い闇が漏れる胸部を押さえながらも、太刀を構える。彼の眼が語っていた。これは試練であると。
彼は再び正気を取り戻した。僕はモーゴットの意志に応えるため、夜渡りたちに合流し、仕切り直す。
「夜渡りさんたち、ありがとう。モーゴット様に伝えられたよ。」
「…もう少しだ。気を抜くなよ。」
追跡者は大剣に雷脂を塗り、盾を構えながら突貫した。無頼漢の武骨な手が僕を撫で、追跡者に続く。僕の横にいた執行者はモーゴットを見て、どこか穏やかな感情を発していた。
霊体の壺三体は既に戻り、僕たちは計六名で立ち向かう。実体の壺二体には無理をさせないように中距離を保ってもらい、夜渡りたちが回復する際の壁として行動してもらっていた。
体力を大きく失っているはずなのに動きが良くなったモーゴットに、無頼漢は嬉しそうな声を上げる。彼にとっては、強者とぶつかり合うのが歓びであるからだろう。
夜渡りたちの実力あって、やがてモーゴットの猛攻は止まる。彼は口元を少しだけ上げ、粒子となって消えていった。
モーゴットは潜在していた力以外にも力を残していった。『祝福王の余光』。消えかけているリムベルドの祝福から力を得る秘技である。追跡者は大きく息をつくと、今まで探索中にモーゴットから襲撃されてきた旨を話した。そして残していった力が、名前は同じでも更に高い効果を秘めていることも。
「モーゴット様は、僕たちの背を押してくれた。だから残してくれた力も大きいのかな?」
「太っ腹な親父だったな!大剣の兄ちゃん、俺も思うことはあるが、力は力だ。使ってやろうぜ。」
「…そうだな。俺たちは、夜の王を倒す。それだけだ。」
追跡者は無頼漢の言葉に同意し、力を体へ取り込む。その後僕たちは揃って、草むらの中心を見た。半透明な液体が大量に地面へ垂れている。重力を無視するかのように、液体の上部は空へと浮かんでいた。
「…おそらくこの先だ。」
「夜の王、獣かあ。どんな見た目なんだろう…!」
「この変なの、どうすりゃいいんだ?…うおっ!?」
「確かに…おじちゃん?」
無頼漢が液体へ触れると、彼の全身が液体に包まれ空中へと浮かんでいく。どんどん小さくなる無頼漢の顔は、驚愕のまま固まっていた。僕と同じく壺たちは、腕を動かして困惑を隠さずにいた。
追跡者と執行者はじっと液体を眺め、無頼漢と同様に触れた。そして彼らも霊樹に向かって浮かんでいく。
壺は人のような呼吸をしない。僕は思い切り、壺二体と共に夜渡りたちの後を追った。
不思議な浮遊感を味わい、しばらく。僕は霊樹の全貌をしかと見た。
白く、灰のようになった神授塔へ、樹が巻き付いている。僕たちは吸い込まれるようにして、塔の内部へと入り込んだ。