ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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 神授塔の床は、水色の液体で満たされていた。霊樹の根が侵食してきており、出口の傍には祝福と、人の形を取った白い何かが鎮座している。近づき確認しても、灰化した商人であるのか石像の類なのかは分からない。

 

 だがルーンを介した物々交換は出来るようだ。僕は夜渡りたちが所持している道具について尋ね、見せてもらった物品から、追跡者と無頼漢の回復手段が乏しいことが分かった。僕は再び、ぬくもり石と自分用の小さな鍛石を購入する。

 

 

「おじちゃん、お兄ちゃんどうぞ!戦っているとき、これも使って体力を回復してね!」

「ありがとよ!これで正面から殴り合えるぜ。」

「…助かった。小壺、お前も体力には気をつけてくれ。」

 

 

 二人が先に出口へ足をかけるのを見た後、執行者の方を向く。彼はリムベルドで得た武器を強化しようとしているようだ。執行者に強化する順番を譲られたため、僕はいそいそと鍛冶台へと寝転がる。かつかつと鍛石を叩き、僕の体に熱を灯した。

 

 

 窮屈そうに壁を擦りながら出ていく壺二体を待ち、執行者と共に外へ一歩踏み出した。灰のような道の外側には何もなく、進行方向には岩のような扉、空には凝固した青色の雲のごとき物体が浮かび上がっている。

 僕はその雲から気が遠くなるような感覚を覚え、壺を振ってかき消す。あれは、観察していてはいけないものだ。

 

 

「準備万端だよ!」

「よし、坊ちゃんと壺たち、力を貸してくれ!この扉を開けるぞ!」

 

 

 気を取り直して僕が宣言すると、無頼漢が僕たちを手招き、肩を扉へ押し付ける。僕たちは全員で扉に張りつき、体重をかけた。

 個々の腕力が強いからか、見た目に反して扉は難なく開く。すると扉の隙間から霧のような闇が漏れ出す。先は見えない。

 追跡者が一番手を担い、ゆっくりと中へ進んでいく。夜渡り二人が彼に続き、僕は壺たちと最後に入り込んだ。

 少しの警戒心と、夜の王とはどのような存在かと闘争心を刺激されながら。

 

 

 気がつくと、僕たち六名はどこまでも続く灰の地面に立っていた。空も鈍色で、この場所の空虚さが感じ取れる。

 どこにも夜の王らしき存在がおらず、皆で索敵をし続けていると、突如虚空から火の粉が舞った。無頼漢が左手で僕たちを留め、豪快な笑みを浮かべて大斧を担いだ。

 

 現れた巨体は、見た者を畏怖させる外見をしていた。三つの頭に六つの脚、三又の長い尾。背面には巨大な剣を携えている。それぞれの目は黄色に輝き、赤茶色の毛並みは炎を連想させる。ごわごわとした野生の獣。

 

 追跡者が呟く。夜の獣、グラディウス。

 獣としか知り得なかった夜の王の姿が今、明らかになった。

 

 

――――――――――

 

 戦士たちは四方八方に散り、三つ首の獣、グラディウスの出方を伺う。獣は首を自在に動かして戦士たちを捕捉し、まず小壺旅人に狙いを定めた。獣の狩りは、弱く見える者から仕留めるものである。

 

 グラディウスは脚のばねを使って大きく跳躍し、小壺旅人を噛みちぎろうとする。一気に距離を詰められ、回避が間に合わなかった小壺旅人は、岩の腕が千切れ、砕けた。岩は無機物であり、口に含もうと美味ではない。獣は牙に挟まったそれを吐き出し、突進を繰り出した。

 損傷した小壺旅人は、冷静に獣の二撃目を避け、聖杯瓶の中身を残った腕へとかける。再生していく腕を動かし、彼はぽつりと呟く。

 

 

「この狼さん…もしかして。」

「速え!」

 

 

 無頼漢は大斧を叩きつけようとしたが、獣は巨体に見合わぬ身のこなしでひらりとかわし、中央の首に巻かれた鎖で大剣をぐるりと振り回した。鎖鎌のような扱い方だ。追跡者は前転で避け、執行者は刀をぶつけて事なきを得る。

 獣は持久力の概念がないかのように走り回り、戦士たちは翻弄され続ける。無頼漢と追跡者が一時的に合流し、無頼漢が額から垂れる汗を拭って嬉しそうに言う。

 

 

「化物だなこりゃあ…!おもしれえ!」

「楔の装填が終わったら、すぐに撃つ…避けろ!」

「おおお!」

 

 

 無頼漢は、獣の飛び込みを何とか避け、格闘戦を仕掛ける。追跡者は探索の中で得た武器、『フランベルジュ』を左手に持ち、二刀持ちで斬りつけた。

 

 二人が獣に狙いをつけられているとき、執行者が刀をしまい坩堝の性質を解放した。角が背中に生えた巨大な獣はグラディウスの近くで咆哮し、右側の頭部を爪で引き裂いた。いきなり出現した坩堝の獣に反応が追い付かなかったのか、グラディウスの動きが一瞬止まる。

 獣同士取っ組み合いを行い、執行者が握った拳でグラディウスの顎をぶち抜いた。グラディウスは低く唸り、お返しとばかりにマウントを取って、執行者の前脚の付け根を噛みちぎる。

 

 執行者が注意を引き付けている内に壺二体が接近し、獣の尾を掴んで動きを阻害した。夜渡り二人と小壺旅人は獣の腹を攻撃する。

 

 グラディウスが遠吠えし、全身に炎を宿す。皆が離れる中、押さえつけられた執行者と小壺旅人だけが獣から離れず、攻撃を続けていた。

 

 

――――――――――

 

 接敵した獣。僕が獣から感じ取ったのは、悲しみであった。狩りを愉しんでいるのではなく、こちらを排除しようとする意志のみが伝わってくる。

 この時点で僕は理解した。この狼は、何かを守ろうとしている。自身の命ではなく、もっと根源的なものを。

 

 考えがまとまりきらない。しかしグラディウスという名を持つ獣は、大いなる脅威を引き起こすほど混沌とした存在だとは、どうしても思えなかった。何故なら、こんなにも分かりやすく信念を持っているのだから。

 

 攻撃をしているとグラディウスの体が燃え、火の玉のようになった。その熱を直に浴び続けたのがいけなかったようで、執行者の変身が解け、地面へと倒れる。

 火の玉は三つに分かれ、四つ足の獣が三匹出現する。三匹の獣はそれぞれ別の戦士を睨みつけていた。

 

 

「分裂した…!執行者さん、今助けるよ!」

 

 

 夜に蝕まれ這ってくる執行者に僕は近づき、拳を素早くぶつけていく。こびりついていた靄は雲散する。執行者は頭を下げて僕に感謝してくれ、走ってくる獣の牙を刀で防ぐ。大胆に踏み込んで光る刀身で斬りつけ、彼は再び注意を引き付けた。

 

 獣たちはそれぞれ夜渡りを攻撃する。稀に大きな壺へと突進するが、すぐに夜渡りたちがカバーしてくれる。僕は走り回り、いつの間にか半透明の戦旗が立つ灰の上に、ぬくもり石を置いたり、自前の調香瓶で『高揚の香り』をばらまいていく。調香における高揚は、攻撃を受けても大半の衝撃を無効とする効果を持つ。

 これによって盾を持たない無頼漢や壺たち、守りを意図的に無視し攻める追跡者にも効果を発揮した。

 

 僕は背に剣を携えた獣の一体を相手取りながら、考えを巡らせた。この夜の王は何を守ろうとしているのか。

 見たところ獣は、知恵者と呼べるほど、人のような理性を持っているわけではない。番犬のように、ただひたすら攻撃をしてきているだけだ。

 

 僕の手が獣の頭を掠る。しまったと思った瞬間、僕は獣の顎に咥えられていた。

 

 

 グラディウスの顎は強靭であり、僕の表面を押し潰してくる。絶体絶命な状況であるが、獣の口から放たれる炎が、僕の表面を焼き焦がし、すぐに割れ目を修復している。破壊と修復の均衡が、崩れるあと一歩のところで保たれている。

 しかし、これはピンチであるがチャンスでもある。僕はぐぐと腕に力を入れ、グラディウスの牙を掴み、全力で千切った。グラディウスもこれには堪えたようで、きゃんと子犬のごとき悲鳴を上げる。

 僕は飛び退き、グラディウスから得た牙と滴る血を壺の中へ収める。

 

 僕たち壺の性質は、還樹と継承。そして後者の性質こそ、新しい時代を生きる壺の選択した在り方だ。

 戦士を弔い高みを目指す。また、必要に駆られれば己の力を高めるため、自身のために力を詰め込むのだ。

 

 今回はグラディウスの持つ断片的な記憶を。僕は意識を二つに分け、目の前の戦闘と、ぼんやりと見えてくる情景に視線を向けた。

 

 

――――――――――

 

 異形の獣は、ずっと一匹であった。

 生まれながらの性質、三つ首という異形が原因で、群れから迫害された。

 

 命を繋ぐためだけに生きる。獣は空虚であった。

 

 だが獣はある日の出会いによって、在り方を決めた。

 雨の夜。己を異形だと攻撃せず、ただ抱きしめてくれた男。獣はそのときから主を定めた。主さえ傍にいるなら、孤独で冷たい雨でさえも、悪くないと思うようになったのだ。

 

 

 小壺旅人は、三つ首の狼と、顔の見えない人間が身を寄せ合っているのを見、夜の王になるまでの過程を知る。そして気づく。

 獣は夜を守っているのではない。かけがえのない思い出が夜の雨の中にあるから、追い求めているだけなのだと。

 だが今、獣の傍に男はいない。その時点で、獣にとっての夜は孤独に戻ってしまっている。

 

 ならばと、小壺旅人は思う。この主をひたすらに想う獣も、夜から連れ出すべきだ。

 

 

 小壺旅人の意識は一つに統合される。獣を撫でる男の手つきを知りながら。

 

 

――――――――――

 

 僕は聖杯瓶をじっと眺め、グラディウスの抜けた牙目がけて中身を浴びせた。これで口の中は癒えた。

 鼻面に皺を寄せて唸っていたグラディウスは、歯を噛み合わせた後小さく鳴き、一歩下がる。相対する敵が突然傷を治してきたら困惑するのも当然だ。

 

 

「もう、牙を抜いたりしないよ。必ず連れていくからね。」

 

 

 再び獣は火の玉状になって集まり、一匹になる。グラディウスは依然として、僕を最も警戒しているようだ。夜渡りたちに攻撃を仕掛けながらも、何度も視線を僕へ向けてきている。

 合流した無頼漢が、獣へ怪訝な顔を向け僕に尋ねる。

 

 

「あの犬っころ、坊ちゃんをずっと睨んでるぞ。また不思議なことをしたのか?」

「うん。おじちゃん、またさっきみたいに試したいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「がはは!今度は、どんなのを思いついたんだ!」

「あのね…」

 

 

 無頼漢は防御しながら、僕に耳を傾けてくれた。僕は知ったことと、作戦を話す。

 夜の獣が何のために戦っているのか。夜に適応し強大な力を得た獣も、ただの三つ首に戻すことができるかもしれない策を。

 これを話せるのは、この場では無頼漢だけだ。何故なら彼は、夜の討伐を腕試しと考えていて、憎悪を向けているわけではないからだ。使命にひたむきな他の二人では、敵に与していると勘違いをされてしまう。

 

 僕はこの地に夜明けを迎えさせたい。だが自身の拳を、凝り固まった一つの視座で振るいたくはないのだ。高みを目指す強者とは、奪わなくてもいい命を悪戯に刈り取ったりしない。僕はそれを故郷にて英雄たちから見て教わり、自身の信条とした。

 

 彼はひとしきり笑った後、深く頷く。

 

 

「犬っころをぶっ倒して、夜の気配をぶんどる。それで、残ったところを坊ちゃんが連れ帰る。…いいぜ!いっちょ、やってやろうじゃねえか。」

「お、おじちゃん…!」

「要するに、最後の一発を坊ちゃんに譲るだけだろ?それまでに倒れないようにしねえとな!」

 

 

 無頼漢は、僕の作戦を簡潔かつ正確にまとめ、骨の兜を触る。そして近くに寄ってきたグラディウスを、左手に持った『ゴーレムの斧槍』で叩いた。

 彼の背中は広く、頼もしい。僕は心の中で何度も感謝をしながら、戦闘に復帰した。

 

 

 グラディウスの攻撃は機敏で読みづらいが、それでも時間を追うごとに夜渡りたちの動きが追い付いていく。第六感を冴えわたらせた追跡者が、その次に刀で獣の剣を捌く執行者が。無頼漢は動きを読む必要はないばかりに、腕っぷしで勝負を仕掛けている。

 壺たちは戦いの長さから、既に満身創痍だ。僕はぬくもり石と高揚の香りで支援をし、火脂で体を修復させた。

 

 聖杯瓶は残っているが、探索で得た物品は少しずつ減ってきている。じりじりと余力が失われている状況だ。

 だがグラディウスの体も損傷が蓄積している。気を抜かなければ、こちらが夜に蝕まれるより先に、獣が動けなくなるはずだ。

 僕は攻守のバランスを取りながら、再び三匹に分かれた獣に攻撃を続ける。

 

 

 追跡者、無頼漢が一度倒れ、執行者の回復手段が無くなった。傷だらけの体を押さえ、執行者はひたすらに攻撃を受け流して、反撃に転じる。離れてはまとまり、戦士たちがヒットアンドアウェイの戦法を取る中、執行者が坩堝の獣へと姿を変える。変身によって傷が治ったようで、素早く爪撃を繰り出して、獣の一体を押さえ込んだ。

 

 大剣背負いのグラディウスが弱弱しく鳴く。すぐさま火球となろうとした獣の内一匹に、追跡者の鉄杭が撃ち込まれる。無防備なところを狙われた故か、戻る速度も遅く、グラディウスの動きが目に見えて悪くなった。

 二人の夜渡りが追撃をしようとしたところで、無頼漢が声を張り上げる。何事かとばかりに追跡者が振り向いた。

 

 

「坊ちゃんに策があるってよ!…行ってきな。」

 

 

 無頼漢に促されるままに僕は、グラディウスに近づき、頭の前で立ち止まる。何をせずとも力尽きそうなほど弱った獣は、何としてでも僕たちを仕留めようと目を光らせ、ゆっくりと顎を動かした。

 僕はセスタスを手から取り外し、記憶の中で見た手つきでグラディウスの耳を触った。すると獣の唸り声が小さくなり、喉を鳴らすようになった。

 獣は目を大きく開き、信じられないものを見るかのような表情を作った。僕は全身から靄が溢れ出る獣の、頭全てを撫でながら語りかけた。

 この手つきは紛い物である。しかし夜に留まり続ければ、優しい主を見つけることもできはしない。

 

 

「狼さん。夜が明けた先で、君のご主人を探しに行こう…!」

 

 

 獣の体は見る見るうちに縮み、夜に由来する強大な力は抜け落ちていく。獣は三つ首で六脚であること以外、少し体が大きい狼へと戻る。くりくりとした瞳を向ける狼は遠吠えをし、灰の上に座り込んだ。僕はぬくもり石を使って傷ついた狼を癒やしておく。

 

 夜の気配、夜の王が持つ資質が形となって、夜渡りの手に掴み取られる。追跡者は大きく息を吐き、三つ首の狼と僕とを見て大剣を背に収め、片膝立ちになった。

 

 

「こんな、小さくなっちまって…。これじゃ本当に犬っころだな。」

「…これで、夜の王は討った。帰るとしよう。」

「…。」

 

 

 僕たちは、灰の続く地から帰還する。夜を終わらせるための新たな仲間を伴って。

 

 

 そして戻った円卓にて、巫女があることを告げる。それは僕たちを震撼させる事実であった。

 

 夜はまだ深い。

 




小壺旅人

【スキル】集う太陽
一部の敵と協力関係を築くことができます。
戦闘時、協力関係になった存在を、光輝く特別な霊体として一気に召喚します。
(自身の回復効果が共有され、撃破された場合クールタイムあり。)
また協力関係にある存在が使う技を、自身も一時的に使用できます。
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