ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
戦前の凪
夜の気配を得て、僕たちは円卓へと戻ってくる。円卓はまたしても大きな壺に埋め尽くされ、三つ首の狼が卓の上で寝転がる。待機していた巫女が大きく反応する姿も、既視感を覚えた。
「壺の御仁…。貴方はまた連れてきたのだな…。」
巫女は呟くようにそう言った後、白いフードごしに頭を押さえ、首を振る。そして彼女は掌を外へ向け、僕が設営したテントへと連れていくよう言外に示した。僕に視線を向け、夜渡りたちが頷く。巫女への報告は彼らがやってくれるようだ。
僕はその心遣いに甘え、二体の壺と小さくなったグラディウスを連れて、海岸へと歩いていく。櫛の類はまだ鞄に入っていたかと、記憶を辿りながら。
海岸へ着くと、凪いだ水面と壺の表面を優しく通り過ぎる風が、僕たちを出迎えた。僕はグラディウスの体毛を、獣の記憶の断片通りに触る。この短期間でグラディウスは僕の手に慣れ、機嫌が良さそうに三組の目を細めた。
僕はひとしきり撫でた後、勢いをつけて手を離す。グラディウスは押されるままに駆け、鼻を微細に動かしテントを凝視した。
すると中から三体の壺が現れ、獣との出会いに疑問を示すジェスチャーで返す。
「壺の皆!この狼さんも、一緒に夜明けを目指す仲間だよ!こうやってあげれば喜ぶから、撫でてあげて。」
既に円卓にいた壺たちは腕を組んだ後、不意にテントの中を漁り始め、岩の腕に何かを掲げた。
僕が予備で持ってきていた『ゆでガニ』や『勇者の肉塊』だ。
ゆでたエビやカニは人間にとって美味である。僕の故郷では、この美食を広めたという一人の褪せ人の通称と共に、知られている事実だ。
これらの食料は、旅の途中で会った人が空腹であった場合を想定し、渡そうと思っていた物。
しかし狼に対して、ゆでているとはいえ甲殻類を与えていいものか。僕が見ていると、狼はそれぞれの口に食料を咥え、よく噛んで飲み込んだ。しばらく様子を見たが、特に体調不良になってはいないようである。
僕は壺を撫でおろし、壺たち五体と狼の交流を進めることにした。
穏やかに時は過ぎる。おそらく生命がいないであろう海原に、波が揺れていた。
――――――――――
グラディウスから夜の気配を得た、三人の夜渡りたち。彼らは巫女と話し、認識を擦り合わせていく。
巫女は、夜の王が討たれたことについて、最初声を少し高く話していた。しかし彼女の様子は、右腕を大祝福に翳してすぐに、一変する。眉をしかめ口を一文字に結んだ後、彼女は大きく息を吸い込み、夜渡り全員をこの場に招集する旨を伝えた。
円卓の通路から頭部だけを見せていた召使は、丁寧に一礼し、巫女の意向に従う。すぐに六人の英雄は集まることだろう。そして一名の、夜明けを目指す協力者も。
「夜は退けられた。それは喜ばしいことだ。しかし…。」
「…夜はまだ、明けていない。」
フードと銀の装飾で見えづらくとも、巫女の表情は陰っている。追跡者は壁に寄りかかって、巫女の言葉の続きを読み、呟く。巫女は頷き、円卓の隅にてフードを深く被った。
執行者はただ立ち、無頼漢は木製の椅子へどかりと座った。前者は静謐に、後者は笑顔からぎらぎらとした闘志を振りまく。
鉄の目、隠者、守護者が円卓へ入り、それぞれの位置へと待機する。最後に小さな壺と見知らぬ獣が入り、巫女の言葉は再び紡がれた。
――――――――――
僕は召使に呼ばれ、かの人形の後をついていく。僕の横を見ればグラディウスもついてきていた。背中の剣と鎖を鳴らし、獣は元気よく歩行している。
召使人形は頭部に曲げた指を当て、この獣が何かを尋ねてきた。
「この狼さんは、夜に苦しめられていたんだ。今は僕たちに協力してくれるみたいだよ!」
「…ふうむ。小壺旅人サマ、貴方サマはご友人を作るのがお上手なのですね。申し訳ございません、少しばかり疑念を抱いてしまったことをお詫び申し上げます。」
「人形さんから見て、狼さんはどう見えるの?」
「特に恐ろしい気配はしませんね。見た目は特異でも、とても賢い狼ということだけが見て取れます。」
「…そっか!なら良かったよ!」
「…?」
召使人形は首を傾げた後、案内を続行する。召使人形の見解を聞いて、僕は喜ぶ。グラディウスは一時的にでも夜から逃れられたのだ。
しかし、この喜びが吹き飛ぶほどに僕は驚愕する。
夜渡り全員が集められた円卓で巫女が話したこと、それは『夜の王が複数いる』という事実であった。
「またしても、王が現れた。それどころか、王たちは…大勢だ。だが獣が残した『気配』…これを集め続ければ全貌は暴かれるだろう。」
「どれだけ集まろうと…構わない。追いかけて、すべて殺すだけだ。」
巫女に対し、追跡者は重く鋭い調子で返す。そして背中を預けていた壁から体を起こし、片刃の潰れた大剣を担いで訓練所へと歩いていった。
明らかになった情報に対し、他の夜渡りたちは憶測を重ねていく。鉄の目が口に出した『玉座争い』という単語が、妙に印象に残った。
僕はグラディウスの様子を確認する。獣は知性を持っていようと、弱肉強食の性質を失っている。他の夜の王について反応することは終ぞなかった。
夜渡りたちの考えを聞いて回っていると、隠者が僕に近づいてくる。彼女の視線はグラディウスへと向いていた。
「壺さん、いっしょにいる犬さんはどこで出会ったの?かわいいね。」
「勿論、戦いの中でだよ!少し小さくなったけど、きっと秘めている力はすごいと思う!」
「そうなんだね。ちょっとだけ、脚を見せてほしい。犬さん、いいかしら?」
隠者は柔らかく微笑むと、グラディウスの前脚の一つを触った。獣は警戒していたが、攻撃ではないと判断した故か、脚の裏を好きにさせていた。
屈んだ彼女の表情は、幅広のとんがり帽子で隠れて見れない。顔は見えずとも彼女のふわりとした雰囲気が引き締まっていくのは、感じることが出来た。
僕は緊張しながら隠者の出方を伺う。しかし上げられた隠者の表情は普段通りであった。
この変わりよう。僕には何となく分かった。彼女はグラディウスから何かを知った。夜の王であったという事実か、それとも彼女の求める目的の一部か。
隠者は礼を言って、僕たちから離れていく。彼女は再び神秘的な雰囲気を纏っていた。
円卓は少しの間緊迫した空気に包まれたが、長くは続かず、元の穏やかさを取り戻していった。次の出撃まで夜渡りたちは思い思いの時間を過ごす。
僕はグラディウスの世話を壺たちと分担しながら、夜渡りたちと交流していった。
まず訓練所にて、無頼漢との手合わせをした。出撃前に約束したからだ。この催しは、丁度訓練を行っていた追跡者も加わっての乱闘になった。技量というよりは力のぶつけ合いであり、最後に立っていたのは僅差で無頼漢だった。僕たちは皆の健闘を称え、暖炉の前で休憩をした。
次に追跡者との交流を多くした。彼は何と料理が大変上手く、故郷の伝統食であるピタパンを夜渡り皆や巫女に振舞った。
僕は味覚と呼べるものはないが、壺村の壺師の調理を幾度も手伝ったことがある。料理に関しては雰囲気だけを味わい、素材をこねてオリジナルのパンを作って追跡者に味見してもらった。追跡者は僕のパンに対して一言、美味いと言ってくれた。
無頼漢用に酒のつまみとして加工した肉を盛ることも忘れずに、召使人形が育てている植物から、数々の料理を追跡者と作り時間を過ごした。
その後、執行者や巫女、隠者、守護者、小壺商人とも交流していき、残ったのは鉄の目だった。
鉄の目は弓の手入れをしながら、崖前で座り込んでいる。僕が彼に近づくと、無頼漢が召使人形を伴ってやってきた。彼は崖近くに鎮座している巨大な石碑を指さし、言う。
「これだ!俺の血潮を沸き立たせるやつはよ!」
「無頼漢サマ。確かにこれは戦神グリンの名の下、かつて神事に使われていたという石碑ではございますが…。」
「ほれ!」
無頼漢はぽんと石碑に手を触れさせると、召使人形の方を向いた。不可思議なことに、石碑の上空へひゅうと音を鳴らして火花が散る。召使人形は四つ腕をわななかせると、絞り出したような声で言う。
「…な、なんと…。英雄サマ、今のは始まりを告げる狼煙です…。」
「花火だ…!」
「…何が起こっている?」
口を固く閉ざしていた鉄の目も、困惑の感情が漏れ出たようだ。僕は、召使人形が言った『戦神グリン』という名前に御伽噺の一節、暗い月の物語の主役を思い出しながらも、花火に見惚れる。
召使人形は、確信をもったように突き進んできた無頼漢へ不思議そうに言う。かつての神事は再開され、選ばれた無頼漢と他七名による、勝ち抜き戦が始まると。
狭間杯。この名称に僕はまたしても故郷を思い出した。百年に一度開催されていた戦いの祭りは、僕の在り方に強く影響を残したからだ。
「狭間杯か…。あんたも見るのか?」
「もちろんだよ、鉄の目さん!おじちゃんを一緒に応援しよう!」
鉄の目は立ち上がり、石碑に視線を向ける。その目は鋭くありながら、どこか高揚しているようだった。
僕は彼に仕事人という印象を持っていた。だが人の性質とは、いくつも側面があるものだ。
無頼漢は僕たちに笑いかけ、再び石碑に掌を当てた。無頼漢と共に、僕と鉄の目、召使人形が闘技場のような空間へと飛ばされる。
僕たちは外縁に立ち、広い円の中心で無頼漢が腕を回す。漢と漢のぶつかり合い、熱く激しい闘いが始まった。