ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
僕の体より大きなネズミは倒され、集まった靄から何かが現れる。これまでの密度の濃い経験を思い返せば、鉄茨のエレメールや、接ぎ木のゴドリック、祝福王モーゴットなど名立たる実力者が、僕たちを全滅させようとしているかの如く現れた。今回現れるのもきっと、僕一人では敵わないような強大な存在だろう。
僕は夜渡りたちと共に構え、その存在について精神を集中した。僕に協力してくれる霊体たちは、一度倒れれば再び召喚するまでに時間がかかり、それでいて僕の魔力込みの集中力を限界まで削ることになる。まだ彼ら全員が力を失っているわけではないが、呼び出すタイミングについては作戦を練らなくてはならない。
そのこともあり、接敵する瞬間は最も緊張感が高まるのである。
そして僕は見て、聞く。靄から出てきた、巨大な何とも形容しがたい怪物。それが咆哮するのを。
その怪物の正面には、鋭く大きい棘のようなものが無数に並んでいる。二対の翼を伸ばし、尾は非常に長い。体表には毛が生えておらず、四つ脚と二本の腕がその青灰色の巨体を支えている。
僕は怪物の全身を視界に収めた後、無意識に壺がぶるぶると震え出すのを感じていた。
この感情は恐怖か。いや、違う。これは驚愕だ。僕の心は、目の前の光景に対し信じられないと叫んでいる。
だって、あれは。
震える体を何とか押さえながら、僕は近くで攻撃を開始しようと屈んでいる鉄の目へと話しかける。僕は早く、夜渡りに確認したかった。あの怪物の名を。
「…鉄の目さん、あの…あの大きなのは、なんていう名前?」
「…奴から読み取れる名は、『貪食ドラゴン』。…あの口のような胸部が、貪食の罪を背負っているのか?」
鉄の目は冷静に状況を観察しながら、怪物の出方を伺っている。前衛を無頼漢と追跡者が担うため、駆けていく。しかし僕には今の戦いに集中できないほどに、目の前の光景に心を動かしていた。
壺たちが生きる村、最も大きい場所で、聞いてきたお話。狭間の地ではなく、狭間の外の世界でもない舞台にて、数々の神と英雄が紡いだ伝説。多くが御伽噺、娯楽だと思っていたそれが、今僕の認識にかちりとはまった。
「ありがとう。貪食、ドラゴン…。そうなんだ…おじちゃんが言ってたことは、本当だったんだ…!」
「…どうした?」
僕は装備を整え終わり、頭の中に残っている物語の一節を語る。僕たち子どもの壺に語ってくれたあの方は、語りだけでなく絵も上手かった。描かれた絵画の額縁から、本当に幾多の怪物が飛び出してくるのではないかと信じたほどに。同じ絵に描かれた、貪食ドラゴンに挑む戦士たちの背中もまた、光り輝いて見えたのを覚えている。
『古い王たちの地
その最下層にて、戦士たちが古竜の子孫へと挑んだ
人として初めて世界を繋いだ不死の英雄と、鍛え抜かれた太陽の戦士
そして女神の愛のため生涯を全うした騎士が
目的は違くとも、彼ら三人はこの時、力を一つにしていた』
この部分は僕が大好きな一節だ。何故なら、後々道を違える女神の騎士と、僕の信じる太陽の一つである戦士、そして不死の英雄が手を取り合って古の残り香を討ち倒すという、熱い部分だけを抽出したような戦いだからだ。
またこの話は不死の英雄譚における序盤であったため、小さな壺たちも覚えが良く、皆この話を聞いて英雄を目指したものである。
鉄の目は矢を放ちながら、ちらと僕を見る。彼の様子からして、この物語と、目の前の怪物の関わりを理解してくれたようだ。
「…僕が好きなお話の一節だよ。でも不思議なんだ。これは御伽噺なのに、お話と同じ姿をした竜が目の前にいる。」
「…このリムベルドなら、理解しがたいことも起こり得る。竜殺し…その物語では、奴をどう倒したかも語られていたか?」
鉄の目は僕の話を信じて、続きを促してくれた。僕は彼のために、伝え聞く戦いの展開を言葉にする。
「うん!かの竜は、雷によって討たれたんだって。それで切られた尾から、強い神秘の力を帯びた武器を落としたんだ。」
「そうか。ならば…この弓を使うとしよう。…あんたたちを援護する。行け。」
「行ってくるよ!…皆!」
既に交戦している二人の夜渡りたちは、暴れ回る貪食ドラゴンの周囲で回避し、竜の巨体に得物をぶつけている。今こそ、協力者を呼び出すときだ。
僕は手に握った『烈火の岩指』に念じ、協力者へ想いを伝えた。そして激しく昂る気持ちを抑えることなく、祈る。太陽を信奉する者として、この戦いを捧げることを。
グラディウスと大きな壺二体の霊体が姿を現し、僕と一緒に駆ける。
「貪食ドラゴン、貴方と戦えることへ感謝を…!太陽よ、我が内にあれ!」
――――――――――
追跡者は大剣を振り降ろし、無頼漢と交互に貪食ドラゴンの注意を引き続けていた。彼は鋭い観察眼で、牙だらけの巨体、その頂に小さな頭部が付いているのを見つける。その頭部は、まるで蛇のようであった。
貪食ドラゴンは小回りが利かない分、どんな攻撃にもびくともしないタフさを持っている。追跡者は、一方的に攻撃をしていて傷を幾つもつけられているというのに、物言わぬ岩を殴っているかのような錯覚を覚えた。
戦闘が開始して、少し経った。二人の夜渡りの背後から、小壺旅人とその協力者たちが走ってくる。追跡者は、注意を引ける味方が増えたことで少し安堵の息を漏らし、貪食ドラゴンの前脚を斬りつけた。
黄金の霊体が貪食ドラゴンの爪撃を受け止め、反撃する。追跡者は一旦下がり、声音が弾んでいる小壺旅人の様子を見た。
「わ、わああ…!本当の本当に貪食ドラゴンだ!」
「…嬉しそうだな。」
「お兄ちゃん!うん。夢みたいだよ…!」
小壺旅人は戦場だとは思えない呑気さで、追跡者の言葉に返す。攻撃はしっかりと避けながら、小壺旅人は鉄の目に話したことと同じ事情を語る。そして追跡者は、小壺旅人の喜びのわけをよく理解した。子どもらしい無邪気を彼から感じ取りながら。
追跡者は小壺旅人と行動を共にし、貪食ドラゴンの尾近くまで走る。その過程で追跡者は無頼漢に対し、正面から相手取ってもらいたい旨を合図した。漢がサムズアップを返したのを見て、追跡者と小壺旅人、大剣を鎖にて振り回すグラディウスの霊体は尾への攻撃を開始する。
後方から正確に射貫く鉄の目の技が、貪食ドラゴンの体を貫く。出来た隙を狙い、小壺旅人は探索の際得ていた武器を拳に取り付けた。
『カタール』。異国の刀剣であり、付けられた刃は拳と共に振るうことが出来る武器だ。雷を帯びたカタール、その一撃は微々たる損傷しか与えられなくとも、連続すれば深く傷つける。
根元近くに斬撃は飛び、その間に貪食ドラゴンは様々な攻撃を戦士たちに仕掛けた。
翼の大きさと巨体からは考えられぬほど高き跳躍、続く叩きつけ。背面に折り曲げた体を戻し、六脚を全力で使って行う突進。巨大な胸部の口から吐き出される、粘り気のある酸。特に酸に関しては、触れた戦士たちの体力を著しく減らし、貪食ドラゴンからの重い攻撃を、致命傷となるまでに至らせた。
そして苛烈な戦いは、ある転換点を以て、夜渡り側の優勢に傾く。貪食ドラゴンの太く長い尾がついに切り離されたのだ。その衝撃で、小さな頭部を地面につける貪食ドラゴン。鉄の目が近づき、無頼漢の致命攻撃に合わせて雷の矢を連続で射撃した。
尻尾は地に転がり、その断面から貴重な武器が見つかる。小壺旅人は戦闘に参加しながらも、感動に打ち震えていた。彼と追跡者は機を見て、そっと尾に触れる。
「これって…!お兄ちゃん、この武器の名前分かる!?」
「…ああ。」
追跡者は、小壺旅人が両手で持ち上げる武器を見て、その銘を明らかにする。『竜王の大斧』。小壺旅人が知る伝説のドラゴンウェポンと同じ名を持つ武器が、そこにはあった。
そして小壺旅人は少しでも多く、貪食ドラゴンの尾から肉を得て、己の中に詰め込む。
彼は証明したかったのだ。御伽噺の中の存在は本当にあり、貪食ドラゴンの強大さを身を以て知り得たのだと。
勢いを失った貪食ドラゴンは、戦士たちに重い攻撃をぶつけ続けた。壺二体の霊体は戻ることになったが、陣形が壊滅するまではいかず。貪食ドラゴンは、六本脚を投げ出すようにして動かなくなった。
異なる世界から来た竜が、粒子となって夜に融ける。小壺旅人は、奇跡的な会合と戦いの余韻に浸っていた。
――――――――――
貪食ドラゴンは倒された後、尾さえも残さず消滅する。竜のいたところから潜在する力と祝福が出現し、青白い炎が次第に強風に吹かれて、掻き消えていった。
僕は無頼漢に近づき、やっとのことで持ち運んだ『竜王の大斧』を渡す。この特別な武器は、彼が最も上手く使える。
「おじちゃん、この斧をどうぞ!これはすごい武器だから、きっとおじちゃんの役に立つよ!」
「ありがとよ!…やっぱり重くてデカい武器が一番だな!」
無頼漢は笑って左手で『竜王の大斧』を持つと、素振りをし始めた。
壺の正面に手を当てると、僕の中身が鼓動しているのを感じる。貪食ドラゴンの一部が蠢き、僕と共存する感覚も。僕は心地良さを味わいながら、伝説のドラゴンと一部でも共に行けることへ歓喜した。
この地の夜は、僕に様々な感情をくれる。悲しみも驚きも、喜びさえも。全ての情動を内包しているかのようだ。
僕は期待せずにはいられない。
古竜の子孫がいたのだ。相対する夜の中に、僕が知る英雄譚の一部が浮かび上がるかもしれないではないか。
高揚の中、この地を旅するもう一つの目的を定めた。僕は夜明けを目指しながら、憧れた御伽噺の断片と再び会合する。
夜の雨の中に、差異を作った火はまだ燃えている。僕の思考には、御伽噺の最後に陰った火種がはっきりと映し出されていた。