ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
伝説との奇跡的な会合に、今も夢見心地な僕は、夜渡りたちの小会議を聞く。
彼らが地図を広げて指し示すのは、リムベルドにおける北部であった。彼らは赤く染まったその部分について『地変』という単語で表した。
話し合いの様子からして、リムベルドを数えきれないほど探索している夜渡りでも、この地変という現象は初めて遭遇したものであるようだ。
鉄の目が二人に尋ね、追跡者が頷き言葉を返す。
「…向かうか?」
「ああ。だが、どう転ぶかは分からない。慎重に行くぞ。」
「…坊ちゃんは聞き逃しちまったが、巫女さまはこの場所を火口と言ってたな。壺は焼いて強くなるんだろ?坊ちゃんにはうってつけじゃねえか。」
話し合いの際、無頼漢が僕に軽く情報共有をしてくれた。僕は、彼の気遣いに心から感謝する。地図の見た目だけではどうしても把握しきるのは難しい。
追跡者と鉄の目も僕の様子に気づき、詳細を話してくれる。夜渡りは皆良い人だ。どのような事象が明らかになろうと、これだけは変わることはないだろうと、僕は思った。
火口。溶岩が湧き出ており、取り囲むように古い遺跡が露になっているという。巫女の視野の情報を基に、隠者や召使人形が文献を調査した結果、鍛冶術を神事と奉っていた神殿であると判明したようだ。そして最も古い鍛冶術の一つが残されているとも。
僕はその話を聞いて、狭間の地の裏側、『影の地』を旅した時のことを思い起こす。岩のゴーレムが守っている鍛冶遺跡も古い時代のもので、奥部には鍛冶の祭壇が鎮座していた。鍛冶遺跡と同じ時代のものであっても、そうでなくても、探究心がくすぐられることは間違いない。現に、まだ実物を視界に収めてさえいないのに、僕の内から情熱が湧き上がってくる。
それに鍛冶遺跡の溶岩は、ゲルミア火山に負けず劣らずの火力であった。修行を一時共にした壺たちにも教えたいほどに。
「夜渡りさんたち、おしえてくれてありがとう!古い鍛冶術が使えるなら、夜渡りさんたちの装備は更に整いそうだね!僕も行きたい。おじちゃんの言う通り、少しでも焼いて体を鍛えたいな。」
「…決まりだ。ここからは遠い。霊鷹を使おう。」
僕は無頼漢の言葉に頷き、二人の夜渡りにお礼を伝える。すると追跡者は地図をしまってから小会議の終了を言い、僕に視線を合わせて霊鷹の止まり木に向かうと話した。僕は理解したことをサムズアップで返し、走り出す夜渡りたちへついていく。
火口はどれだけ熱く、僕を鍛えてくれるのだろう。次から次へと正の感情が刺激される探索に、僕はすっかり魅了されていた。
向かった先、半透明の止まり木にて、夜渡りたちは左腕を横に伸ばす。僕もそれを真似すると、猛禽類の劈くような鳴き声が迫り、霊鷹が飛んできた。霊鷹は僕たちの腕を掴んで羽ばたき、リムベルドの上空から地を見せる。
探索してきた南東から、まだ知らない北西へと。大教会や野営地の上を通過し、僕はその中に雨に耐え続けている人がいないか探す。
皆ぼんやりと虚空を見つめているか凶暴性を露にしているかの二択であり、感じられる性質も希薄だ。初めて会った赤獅子の戦士たちも見つかることはなかった。
しかし、リムベルドの現状を考えれば、初めが上手く行き過ぎていたのだ。迫る雨から逃れるため、夜を終わらせるための時間は限られていても、根気よく探し続ければまた見つけられるはず。僕はそう強く信じている。
「…今回立ち向かえるかもしれない夜の王も、狼さんみたいに…。」
僕は、夜の影響を逃れられたグラディウスについて考える。夜の気配を持つ『王』は、獣以外にも複数いる。そしてまだ一例しかないが、夜の王は正気を保っている可能性が十分にある。グラディウスのように孤独を抱えながら生きているなら、僕は何としてでも逃してあげたい。
だが僕はまだ分かっていない。夜の王とは何か。狼の記憶の断片を見ても尚、本質を掴めてはいなかった。
考えていると、溶岩の輝く赤が視界に入ってくる。火口まで辿り着いたようだ。夜渡りが霊鷹から腕を放し降りていくのを確認し、僕も地面へと着地した。
――――――――――
火口付近には崩れた柱が並び立ち、咎人たちや火の僧兵が周囲を監視している。そこにあるものが巨人の火であるかのように。
地変が起きた場所とそれ以外では地形が全く違い、虚空から突如現れたような不自然さがあった。
夜渡りたちは、それぞれの移動方法で地面を駆け抜け、強敵の位置を確認していく。全身が岩で覆われたような見た目で、頭部にある二本の虫のような大顎が特徴的な『降る星の獣』。巨大な両刃剣を持ち石の翼を取り付けられた『英雄のガーゴイル』。亜人たちの群れの長、『亜人の女王』。それらは互いに干渉することなく、悠々と溶岩付近を闊歩している。
崖上の教会に足を運び、聖杯瓶の強化を行った後戦士たちは見定める。どの敵を相手取り、力を得るか。あるいは先を急ぐか。
そのとき、小壺旅人が下を指さした。指の先には焼け焦げた地面ではなく、灰色の石レンガが積まれている。壺の表面に眼はないが、観察眼を発揮し、遺跡の入口を見つけたようだ。
「あ、お兄ちゃん!あれ見て!」
「…入口か。神殿内部はどれだけ深いか分からない。お前たち、こちらから探索するぞ。」
「おう。溶岩だらけで相手するのもいいが、どいつも固そうだからなあ。急ぐのも悪くねえ選択だ。」
無頼漢が同意し、鉄の目も横で頷く。意見がまとまったところで、追跡者は崖下へと鉤爪を伸ばし飛び降りた。戦士たちは、追跡者に続く。石レンガの足場から、倒れて橋のようになった柱へと降りていき、神殿内部へと侵入した。
神殿内部にも、杖の先端に炎を灯した咎人と火の僧兵がおり、その者たちを指導する、でっぷりと太った大槌持ちの『火の司教』までが戦士たちを攻撃する。神殿を守らんとばかりに、容赦なくそれぞれの得物を振り回し、術を使う。しかし監視者たちの瞳の奥に光はない。夜に飲まれ、人間性を喪失した者の末路。
火球と血の茨が飛び交う戦いの内でも、小壺旅人は洞察し、まだ微かでも意識のある人間を探し続けた。
ところどころ床が崩れた遺跡には、無論梯子の類はない。戦闘を終え、下へ跳び、また戦闘が行われる。
そして転機は訪れる。封じられた通路の前に立つ、火の僧兵二人と火の司教。彼ら三人は半ば精神が擦れながらも、確固たる意志を以て、武器を構えた。
――――――――――
溶岩の熱さを全身で感じながら神殿を進んできた。
僕は気づく。接近した監視者たちは、今まで戦ってきた者と違い、意識を保っている。フードが影を作っているが、火の僧兵の二人の眉間には皺が寄っている。火の司教に至っては、監視者の中で共有されている仕草を行っていた。胸部を片方の拳で叩き、我が内に炎あれと。
僕は夜渡りたちが武器を握るのを見てから、声を張り上げる。そして僕は前に出て、故郷の監視者たちに教わったジェスチャーを、相対する彼らに見せた。
「監視者さんたち!僕たちは、この地を飲み込む夜を越えるため、力を尽くしている!ここにも夜が来る、その前に力を得なくちゃならないんだ!どうか矛をおさめて、僕たちを通してほしい!」
すると監視者たちは武器を構えたまま動きを止め、しばらく僕を見つめる。そして火の僧兵の一人が、僕が行った仕草のことを、ぽつりと呟くように尋ねてきた。何故拍子の速さと動きまで知っているのか。
やはりまだ意識が残っている。僕は伝えたいことを選び、声を大きく答えた。旅路の中で友誼を結んだ監視者のことを。そして火の恐れを忘れることなく、長きに渡って任を果たし続ける彼らの誇り高さについても。
ただ観察して覚えたわけではないことを、力を入れて説明する。
緊張状態が続き、そして解かれた。僕の話した『夜』について、彼らは聞いてくる。
彼らは、狭間の地に訪れている夜を知らない。状況の擦り合わせをすべきだ。僕は代表として彼らと交渉を始めた。
夜渡りたちはしばらく待ってくれており、その間に僕は監視者たちと認識を合わせる。
話を聞いたところ、彼らは古い時代の人間らしく、黄金樹を知っていた。山嶺で任を受け、この神殿に配置されたという。そして時間の流れさえ曖昧になり、終わらない責務を果たし続けていたと。
彼らの話を聞いた時点で、僕はある仮説が思い浮かぶ。夜に土地ごと飲まれた者は、停滞した時の中を繰り返しているのではないかと。
狭間の地の上空に位置する、ファルム・アズラのごとき状態だ。夜に飲まれる前の状態を保存するが、雨によって徐々に擦り減っていく。最終的には土地の構造のみが残り、その場にいる人間は虚ろに変わる。
彼らが夜と雨の脅威を理解していない以上、厳密な仕組みについては分からない。だがこのままここにいれば、まだ正気を保てている監視者たちも擦り減ることは間違いないだろう。彼らには避難をしてもらうべきだ。
僕が火口を離れないかと提案する。しかし監視者たちは、僕たちと共に行くことはないと言った。我らには使命がある。危機が迫ろうと、最後まで任を解くことはないという旨を。
「そっか…。それならせめて、監視者さんたちが擦り減る前に、夜明けを迎えられるように頑張る!約束する。」
僕は、火の監視者たちの信念に心を打たれる。続いて行った約束に監視者たちは頷くと、封じられた通路の先を示す。虚ろになっても尚、彼らと同じ使命を持つ者たちは任を果たし続けている。
三人の監視者は言う。狂った者は、神狩りの黒炎に魅入られた者と同じ。火を畏れるからこそ、我らは監視者たり得る。
「お墨付きももらったことだ。先へ進もうぜ!」
「…なるほど。これが、旅を続けられた理由か。」
無頼漢が小さく会釈して通路へ進み、鉄の目、追跡者も続く。僕は夜の謎に対する一つの仮説を立てられたこと、彼らが通してくれたことに壺を下げて感謝し、後を追った。
監視者の尊厳のため、弔う。その気持ちが僕の中で一層強まった。
――――――――――
戦士たちが進んだ先には、巨人の顔を模した戦車隊が並んでいた。彼らももう精神が擦り減っており、夜渡りに向かって火炎を放つ。四名は裏に回り込んで、戦車隊の頂、つまり弱点を突いていった。爆発する戦車。戦士たちは急いだ。
点在する祝福で傷を癒やし、神殿の下へ進んでいく。やがて溶岩が固まり、黒くなった地面に着地した。
煉瓦で天井が覆われた、広い空間。火口の最深部、古い鍛冶術の残る場所へと辿り着いたのだ。
そして神殿の床を割り、潜んでいた巨体が目を覚ます。溶岩土竜、度重なる竜餐によって人間をやめた戦士が咆哮した。
夜渡りたちと小壺旅人は、溶岩土竜に対し攻撃を開始する。鉄の目が開幕、大弓を放った。何にも阻まれぬ、音速の一矢。暴風を撒き散らして飛んだ矢は、溶岩土竜の固い鱗をめくり、貫いた。
追跡者はそれに乗じて、傷口に鉤爪を引っ掛け、炎を纏った大剣で一閃する。大剣の二刀持ちで、溶岩土竜が口が放ったマグマを避けながら、果敢に攻める。
無頼漢は両腕に持った二本の大斧で力任せに殴りつけると、『竜王の大斧』を両手で持つ。そして頭上に掲げ、溶岩土竜の背中目がけて思い切り叩きつけた。解放された神秘の力が叩きつけた場所を中心に広がり、灰色の衝撃波を作り出す。無頼漢は何度も竜王の大斧を振り降ろし、溶岩土竜の動きを封じた。
その間鉄の目は、溶岩土竜の頭部めがけて目印となる傷をつけていた。雷を帯びた矢と、毒が練られた矢を交互に、高速で放ち続ける。一発の威力は重い武器に敵わずとも、正確な射撃は弱点を穿ち続け、やがて致命傷へと変わる。
小壺旅人は、時間をかけて再び戦えるようになった大きな壺三体を、集中力と体力を使って呼び出した。自身も己の拳と技術で支援する。リムベルドで拾った『ゆでエビ』に高揚の香りを混ぜて守りを更に堅牢にしたり、持参した『抗炎の干し肝』を術を応用して広域に散布したりなど、夜渡りたちが夜に蝕まれる可能性を減らしていく。
溶岩土竜の肉体と鱗がいくら分厚かろうと、夜渡りたちを全滅させることはできない。溶岩土竜の頭に無頼漢の重い一撃が放たれ、竜は粒子となって消えていった。
潜在していた力を得、彼らは奉られていた鍛冶台へと足を運んだ。一度きりしか扱えないその技術の一端を、自身の武器へと振り下ろす。夜渡りたちは、己の手に馴染んだ得物を伝説の武器へと昇華させた。
そして最後に小壺旅人が、鍛冶台に体を乗せる。彼が選択した武器は、己の体であった。物理的に鍛えることができるならば、壺の身を武器と見立てることもできる。
かつかつと断続的な音を立てて、小壺旅人が身を叩く。彼はこの夜のみ、一時的に、考え得る最高の体を手に入れた。
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槌を振るい終わり、僕は手鏡で自身の体を見る。ぴかぴかに輝いていて、キズ一つ見当たらない。僕はくるりと回転してから、壺の表面を叩いた。重厚で安心できる、僕の目指す器がここにはあった。召喚した大きな壺たちからも感嘆の念が飛んでくる。
作戦会議をしていた無頼漢が僕を見て、髭を触りながら神妙に言う。夜渡り二人も僕を見ていた。
「すごいすごい!とっても硬いよ!」
「壺ってのは、鍛えると光るんだなあ。磁器みてえだ…。」
「小壺、溶岩はどうする。…更に鍛えるなら、浸かっていても問題ない。」
「大丈夫!もう夜渡りさんたちと、一緒に行けるよ!」
火口を観察し、溶岩は神殿の外にも流れていることが確認できている。温度は少し低くとも、仕上げをするなら戦いながらが一番だろう。僕は準備ができたことを伝え、近くの霊鷹の止まり木へと向かった。
それから僕たちは、火口の上を歩いていた三つの強敵を相手取った。
武器の性能とは、僕たちの力を底上げする。鍛える前と後では、攻撃の重みが違うのだ。
どんな敵が現れようと、負ける気がしない。浮かれているわけではなく、はっきりと感じられるのだ。僕は夜渡りたちの更に良くなった動きを見ながら、体を溶岩で焼き続け『英雄のガーゴイル』の攻撃を受け止めた。
そして強敵を倒し終えて少し経ち、夜が訪れようとしていた。霊樹がはっきりと見える。
充分に力を得た僕たちは根元に集まり、強敵を待った。
――――――――――
捻じれ、夜に苦しむ化物。
塗りつぶされた欲求を満たそうとするため、灰の上で鳴く。