ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
火口の北部。暗く染まった崖際にて、僕はリムベルドの外を見る。そこに数えきれないほど、ある物が聳え立っていたからだ。
夜の闇色に染まった、巨大な人影。だが感じられる気配に人らしさは皆無であり、今まで見てきたどんな人型よりも虚ろであった。海から生えたそれは、ゆっくりとこちらへ歩いてきているように見える。
元より、リムベルドの外に見えていた物だ。しかしこうも集まって確認できる場所は珍しいため、恐れが全身を震わせる。
「う、夜渡りさんたち…。あれは、一体何なんだろう?」
「…分からない。だがあれも…夜明けを迎えるときには、消えているだろう。」
追跡者も僕が向いている方を見て、答えてくれる。無頼漢や鉄の目も、あの人影について知らないらしく、怪訝な顔つきで空を見ていた。
彼らにとって、人影の正体を探る余裕はないし、必要もない。夜渡りは夜の王を倒すために集っているからだ。
仕組みを探るというのは、戦士に寄った英雄が為すことではないのかもしれない。だが、探究も夜明けへの手掛かりにはなるだろう。
僕は鞄から記録帳を取り出し、人影の特徴を簡潔かつ見た通りに描いていく。戦いが絡む旅路では、悠長に絵を描くことはできない。この早描きも、僕が磨いてきた技術の一つだ。
「あ…靄が出てきた。よし、頑張る!」
「おう!坊ちゃんの硬さを見せてやれ!」
描き途中で雨の浸食が止まり、暗い靄が降りてきた。僕はすぐさま記録帳をしまい、拳を合わせてから現れようとしている存在に注意を向けた。
靄の中から歩いてきたのは、獣人。鎧と持っている武具からして、『ファルム・アズラの獣人』たちである。
彼らは、かつて竜がエルデの王であった時代、祭司を務めていたという。停滞した時の中で生きたため、武器の扱いを知るだけの獣へ堕ちてしまったが、只人とは違った知性を持っていたそうだ。
相対する彼らは、僕の知る獣人と同じに見えて、生物らしさが無くなっている。彼らも輪郭のみしか残っていない。
僕は飛び掛かってくる大曲剣持ちの獣人の攻撃を受け止め、ぐぐと力を入れて押し戻す。続いて、強化された全身でタックルし、背後から胸部を殴打した。
「重いけど…今の僕は硬いよ!」
「…引き付ける。」
鉄の目の援護射撃が僕の側面を通り、獣人の頭を撃ち抜く。彼が得意とするのは、中距離から遠距離であると今までの戦いから分かっている。虚ろな獣人の敵意を一身に引き受けるのは理にかなっており、卓越した戦闘技能を持つ彼だからこそ成立することだ。
無頼漢と追跡者は、敵の前で背面を晒す獣人の大きな隙を狙って叩き、僕も全身を使って連撃を繰り出していく。
攻撃はほぼ一方的に行われ、ついに最後まで残った体格の良い獣人が、無頼漢の体術で倒れた。
集まった靄から、強敵が姿を見せる。その生物は見上げるほどの巨体に、白と金の体表。二対の翼を持つ、雄大なる存在。古竜であった。
僕は空に向かって低く唸る古竜に、気分を沈ませる。古竜は人よりも優れた知性を持ち、そうでありながら人を愛する個体もいた。王都古竜信仰に名が残るランサクスや、王子ゴッドウィンの友であるフォルサクス、エルデの王に忠誠を捧げたというフローサクスなどが例として挙げられるだろう。
しかしこちらに向けられた、この古竜の瞳には理性の欠片も残っていない。古竜ほどの超常的な種族であっても、夜に狂ってしまった。抗いきれず、精神を委ね切ってしまったのだ。
「…この偉大なる古竜に、太陽があらんことを!」
僕は跳躍し、古竜の顎に拳をぶつける。追跡者の鉄杭によって、爆風が土を巻き込む。戦いが始まった。
――――――――――
古竜と戦士たちはぶつかり合う。古竜の、黄金のさざれ石に覆われた体表は硬く、打撃や斬撃の類は通りにくい。だが岩さえ砕くほどに鍛え上げられた武器と、研ぎ澄まされた技を振るうならば、どうか。その答えは、接近した二人の夜渡りが証明した。
追跡者が爆発的な炎を伴う鉄杭を打ち出し、古竜が体勢を崩した。無頼漢が二刀持ちの特大武器で頭部を叩き、次の瞬間、彼は追跡者からある物を投げ渡される。『竜傷脂』。竜に致命の傷を与えられる効果を、武器に付加する代物だ。
無頼漢は素早く『腐敗した大斧』の刃に竜傷脂を塗ると、横に薙ぎ払う。今度は右前脚だ。少しずつであれど蓄積する朱い腐敗と、竜特攻による傷の拡大が古竜を叫ばせた。
そして鉄の目が鱗の隙間を狙い撃つ。毒が塗られた矢が、朱い腐敗の蝕みと共存し、強大な敵の体力を奪っていく。弱点を刺突し続ける矢は、竜狩りの最善手であった。
小壺旅人は飛び散る竜血を体の中に収めながらも、大きな壺の協力者を三体だけ呼び出し、支援攻撃を続けていた。他の協力者には体力を温存してもらい、来たる夜の王との戦いを待ってもらっているのだ。
小さな腕から繰り出されるかち上げは、有効打にはなりきれていない。彼が今回の探索で得た『スパイクセスタス』の暴力的な棘だけが、損傷の蓄積を担っていた。
古竜が咆哮し、赤い雷を呼んだ。夜渡りたちは各々武器でそれを防ぎ、次に行われる赤雷を帯びた爪撃を、小壺旅人が率先して受け止める。雷は壺の表面を砕かんとするが、鍛えられた特別な体が弾いていく。
翼を広げて突風を起こし、羽ばたいてから炎を吐く。夜渡りたちは方々に散り、体を焼かれないよう避ける。ただ壺のみが、炎の中腕を組んでいた。
肉の身で、焼かれて強くなることはない。だが厳しい修行を積んだ壺であれば割れず、少しの損傷と引き換えに、守る力を高めることができる。
降りてきた古竜へ我先にと壺たちが殴りかかり、前衛を担当する夜渡り二人が斬りかかる。鉄の目は標的から視線を外すことなく、飛び回る中でも矢を撃ち続けていた。
追跡者が左手に持つ武器を、『竜餐の印』へと変え、祈祷『竜炎』を使った。己が姿を竜となし、炎の吐息を放つ技である。
夜渡りは信仰を持たずとも、秘められた技を直接的に行使できる。自身の第六感を戦闘に組み込む追跡者に隙はない。
竜炎を放った後、追跡者が右手に持っている大剣を、竜特攻の禍々しい気迫が覆っていた。
岩のように硬い古竜も、やがて倒れる。古竜は傷を受け、消滅する間際大きく鳴いた。それは夜に囚われた知性ある者が、再び飲まれる前に見せる嘆きであった。
小壺旅人はその悲痛な叫びを聞き、攻撃を止めて駆け寄る。幼げな声で、彼は応えた。きっと夜の中から救い出す。次こそは戦いが終わる前に意識を取り戻させて、夜明けへと羽ばたけるように。
古竜は人語を理解し、かけられるまともな言葉に、最期の瞬間心臓が波打つ。そして一時的な解放感を覚えながら、虚空へと消えた。
古竜はまたリムベルドへ姿を現す。雨に打たれ夜に飲まれた者は、孤独の中繰り返し死に、そして蘇るのだ。
――――――――――
僕は戦いの高揚と共に、会合した時よりも重く沈んだ感情を抱えた。最後の瞬間、古竜は確実に意識を取り戻していた。もう少し早ければ、共に行けたかもしれない。そう考えると、僕は後ろ向きになってしまう。
また古竜は、苦しみから解放されることに安堵しているかのようだった。夜明けを諦め、一時の死を望む。そんな悲しい状況を続かせるなどあっていいものか。
「…大詰めだ。お前の考えは理解できる。しかし…ここまで来た。敗れるわけにはいかない。」
「うん、そうだよね。気を遣わせちゃって、ごめんなさい。…夜の王に会いに行こう。」
僕は壺を振り、気を取り直す。僕は手は小さくて、伸ばしても全てを掴めるわけではない。感傷に浸れば足が止まり、敵に敗れる。まだまだ甘いのだと実感させられた。
追跡者の心遣い、無頼漢、鉄の目の視線に優しさを感じながらも、僕は潜在する力に触れる。そのとき、僕の内に容れた竜血が泡立つように反応した。僕の腕が動き、竜を討つための力を選び取らせる。
残った古竜の一部は望んでいるのだろうか。僕が竜の同族を討ち、壺の中にて共にあることを。
僕は霊樹から垂れる液体に触れ、内部へと入り込んだ。浮かび上がり、気がつけば神授塔の中に立っている。
僕たちは準備を終え、グラディウスと戦う前と全く同じ構造の道を歩いた。道の終わりに構える白い扉を開けた。
――――――――――
灰の上で、戦士たちは異なる夜の王へと相対する。夜の気配を持ちながらも、在り方は全くの別物であった。
盃が上を向き、歪んだ肉体が露になる。それもまた、永劫の苦しみを植え付けられた存在。
王は、飢餓に衝哭する。