ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
冷たい風が壺の表面を叩く。靄がかった意識の中、僕は目覚める。
そしてすぐに気がついた。ここは船の中ではない。
「…霧の向こうに辿り着けたのかな?それにしては、おかしなことが多すぎるけど…。」
僕が放り出されているのは、明らかに海岸だ。陸側には切り立った崖と木々があり、乗ってきた船は見当たらない。僕は起き上がった後、背負い鞄から古い手鏡を取り出し、手足や壺の状態を確認する。
良かった、どこもキズはないみたいだ。
続いて、意識を失う前の状況を整理する。
暗く、濃い霧のようなものが船に覆いかぶさったのが最後の記憶だ。まるで、狭間の地で知られている神人の半身、聖女トリーナの睡眠の力を帯びているように見えた。感じた性質は魔術街サリアにおける夜の魔術にもよく似ていた。
船を降りればすぐ海だ。だから僕は、それを受け止めるしかなかった。
あの濃霧は何で、ここはどのような場所なのか。頭の中で考えをこねくり回すのは好きなことだが、情報が全く無い状態なら意味を為さない。遭難したという判断を暫定的に下した後、僕は拳を握り、辺りの状況を探りながら歩いていく。
これまでの旅も、土地の多くを知らずに進んできた。今回もそれの応用をすればいいのだ。
海岸を沿って、ぐるりと回っていく。見知らぬ場所において、紙とペンは必需品だ。マッピングこそが状況を改善する。
歩いていく内に、僕にはある感覚が呼び覚まされた。強烈な既視感だ。
僕の視線の先には、ある廃墟があった。積まれた石レンガはところどころ崩れ、しかしその建物における象徴は失われていない。
「え…。あれは、マリカ教会…。」
それは、狭間の地のあちこちに建造されている、女王マリカの教会であった。各地を回っていた僕にとってなじみ深いものであり、故にこの場にそれがあることが不可思議であった。
驚きから、吸い寄せられるように教会の廃墟へと入っていく。
もしや僕は、狭間の地に戻ってきたのではないか。脳裏によぎった仮説は、すぐさま間違いだと結論付けられる。
僕は、細心の注意をはらいながら、まだ倒壊していない壁の上を昇っていき、高いところから地形を眺める。
吹き抜けの教会から見える景色。空の色は黄金ではなく、どこか淀んでいる。そして僕らが生まれた理由とも言える、偉大なる大樹の姿が無い。
しかもこの場所は狭間の地と比べると、随分と小さいようだ。教会以外にも塔のようなものや、簡易的なバリケードが張られた野営地など、中心には砦が見える。
「外の世界にも、女王マリカの威光は広く伝わっているんだ。でも、ここまで構造が似ているなんて。不思議だな。」
僕は辺りの警戒をしながらも、少しばかり呑気に考えていた。ここは僕にとっての新天地なのだと、歓びの念も相まって。
この地を知り、己の力も高める。己の中に経験を詰めて、重ねることで僕は旅の中で大成し、やがて英雄に並び立つのだ。
まずは探索をしよう。僕は背負い鞄を揺らし、人がいそうな中心へと進むことにした。
進めば進むほどに、僕の中の疑問は増えていく。僕が次に見つけたのは細長く魔術で結界が張られている、魔術師塔だ。
狭間の地における体系的な魔術とは、レアルカリア魔術学院の星見に由来すると、僕は知っている。狭間の地を追放された魔術師がいることは知っているが、黄金樹と女王マリカの威光が伝わっている地に、魔術までもが併せて伝来しているものだろうか。
これはただの疑問でしかない。次に僕が見たものこそ、疑問を強く抱くようになった決定的な事象である。
バリケードと見張り塔で構成された野営地。そこには僕がよく知る集団がいた。彼らは赤いサーコートを炎の象徴とした、豪傑と呼ぶにふさわしい戦士たちであった。
「赤獅子の戦士たちだ…!そんな、外の世界まで遠征することなんてなかったはずなのに。どういうことなんだろう…。」
僕は草むらから崖下にある野営地を観察し、見張りをしている兵士の状態も見る。彼らは背を伸ばして入口を守っており、射すようなプレッシャーと武を感じる。この時点で、彼らは廃人となっていないことが感じ取れた。
僕はしばらく考え、彼らに対してどう出るか選択肢を作り上げていく。正面から行くか、それとも干渉せず脇を通り抜けるか。
広く言えば同郷の戦士たちだ。どういう事情で黄金樹から離れたのか、祝福さえ無い地でどう生きているのか、僕は興味が湧いた。
この地について詳しく知るために、僕は勇気を出して一歩前へと踏み込む。
僕は岩でできた自然の段差を降りたり昇ったりと繰り返し、野営地の入口に辿り着いた。じっと前を見ている兵士二人に対し、僕は声を張り上げる。
「こんにちは、赤獅子の皆さん!えっと、僕はしがない旅人で…知らない場所で同郷のあなた方を見つけて、少しここのことを聞きたくて来ました…!」
僕は言葉が尻すぼみになりそうなところを何とか、近付いた目的まで言い切った。僕は兵士二人の顔を見る。
槍を縦に構えた彼らは、じっと僕を見返してきていた。その瞳には、祝福を奪われ正気を失った者特有の錯乱ではなく、疲れ切ったような諦観の色が浮かんでいた。
兵士の二人は僕たち生き壺のことを知っているようで、僕に対してこのまま去るように言う。
我らは終わらない戦を続けている。近くにいれば巻き込まれることになると。
「赤獅子の皆さんでも苦戦することがあるんだ…。兵士さんたち、それはどんな敵なの?」
図々しいかもしれないが、言葉の通じる武人たちの話を聞かずに離れるなんて勿体ないことだ。
立ち去らず質問を続けると、一方の赤獅子の兵士は兜を触り、遠くを見て呟くように言う。
不敗のマレニア、そしてデミゴッドに続く貴腐騎士たちである。
僕は一瞬思考が止まる。ありえないことだ。
デミゴッドたちが王の座をかけて戦った破砕戦争は、ミケラの刃マレニアと赤獅子の軍勢の将軍ラダーンという二人の相打ちによって終わっている。そしてその戦いはずっと昔のこと。
だが疲弊している目の前の兵士たちからは、冗談を言っているようには見えない。僕は状況を整理するために、更に質問を重ねることにした。
疲れで話す事さえ億劫そうであった兵士たちは、僕の質問に答え続けてくれた。そして時間を追うごとに彼らの様子は元気になっていった。赤獅子の戦士は皆熟練の戦士でありながら、豪快でもあると僕は旅の中で知っている。やはり彼らこそ、戦士の鑑だ。
僕は、初めてこの地で出会ったのが彼らでよかったと思い始めていた。僕はこれ幸いと、彼ら自身が経験してきた武勲を聞き続ける。
すると更に気を良くしてくれたようで、彼らの武勇伝を紙に記す中で、野営地の中へと案内された。そこにいる赤獅子の兵や騎士にも会うことが出来た。
皆憔悴しきっているようで、鍛錬や戦いの中で体に染みついた武のみでもっているような状態だった。
小隊長のような分類であろう、野営地にいる赤獅子騎士三人の内一人に話を聞く。
一旦座り込んだ騎士の彼は、大弓をいつでも矢が番えられる位置に立てかけ、僕の質問に答えてくれた。
ここは赤獅子の軍勢がおさえた場所であり、マレニアたちを迎え撃つための陣取りなのだと。加えて騎士はここをケイリッドだと思っているようだ。僕は彼らが狭間の地の外に遠征したのではないということを理解する。
なら、ここはどこなんだ?
それから僕は、騎士たちから話を聞き続け、その武勲を記し終えた。どのような状況であれ、彼らの強さは本物だ。貴重な話を聞かせてもらった。僕は鞄の奥底を探し、旅の途中で拾ったお気に入りの一つを手に取った。
「…ありがとう、赤獅子の騎士さん!僕はまた旅に戻ろうと思うよ。返せる物はこれくらいしかないけど…どうぞ。ラダーン将軍や赤獅子は、きっと勝てるよ。」
僕は足をぐいとできる限り伸ばして、一人の赤獅子騎士の手に、三本の鉄矢を象った「硬矢のタリスマン」を置く。
赤獅子の面々は誇り高く、僕に対してただ戦地から離れるように言い、見送ってくれた。
僕は纏まろうとしていた仮説が覆ることにも知的好奇心を高めながら、次の建造物を目指して歩みを進めた。
――――――――――
夜が近づき、暗い雨が降ろうとしている。
駆ける一人の戦士が、この地の中心へと向かっている。