ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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醜い獣

 霊樹に入り、白い石化した扉の前まできた。僕は皆が揃うのを待っている間、考えを巡らせていた。

 今回追ってきた夜の王について、僕は何も知らない。だがおそらく、ここにいる夜渡りたちは情報を持っているのだろう。巫女は地変についての情報を、夜渡りたちだけに話した。そのタイミングで標的について伝えていても不思議ではない。

 それは僕が客人だからか。僕と六人の夜渡りには立場の違いがあり、力量も彼ら英雄たちには及ばない。やはり支援だけでは、彼らの意志に届かないのだろうか。

 

 僕が考え込んでいると、傍に立っていた無頼漢が、そのごつごつとした温かな手で壺の淵に触れた。

 

 

「あのデカブツのことを気にしてるのか?いや…そうじゃねえか。夜の王についてだな。」

「うん。おじちゃんたちは、竜に立ち向かっているみたいだから。」

「俺らの頼れる巫女さまも、人間だからな。今回も坊ちゃんを戦士として送り出す決心が、最後までつかなかったってことだ。」

 

 

 僕が壺を横に振ると、無頼漢は穏やかな調子で話す。そして僕から手を離すと、彼はこう続けた。ここに来た夜渡りたちも僕にあえて話さなかったのだと。

 

 

「坊ちゃんは不思議な策を考えるよな。だがよ…今回の化物は、犬っころのようにはいかねえ。それを早々に伝えても、気分を下げるだけだと思ったんだ。」

「ありがとう、おじちゃん。…でも僕は、諦めないよ!夜の気配を手に入れて、夜の王のことも知るんだ!」

「…ああ、そう言うと思ったぜ。やっぱり、杞憂だったみてえだな!」

 

 

 無頼漢はばしりと僕の背面を叩くと、豪快に笑いながら巫女の辿った気配について話してくれた。

 歪んだ体の獣。『喰らいつく顎』のことを。

 

 その夜の王は、肥大した顎を持った巨体であるという。雷を宿しており、巨大な口があらゆるものに喰らいつき、磨り潰す。おぼろげな気配からは、歪んだ体の背面に破けたコートのごとき翼が垂れ下がっているのを見たそうだ。

 

 僕は語りを聞き、確かに無頼漢が『化物』というのも頷けると思った。夜に飲まれた者と同じように、理性がないようだ。言葉が通じるかどうかを判断する前に、激しい戦闘が起こることだろう。

 しかしと、僕は頭の中で反論する。先ほど相対した古竜は、意識を取り戻したではないか。ならば、どれだけ形が崩れようと、可能性はある。戦いの手を緩めずとも、最後まで諦めてはならない。

 

 僕は熱を込めた文言で、彼に返す。無頼漢はその意気だと再び笑い、ぐっと握った拳を僕の拳に軽くぶつける。

 

 

「…待たせたな。」

「準備はできた。後は討つだけだ。」

 

 

 鉄の目と追跡者が並んでやってくる。僕と無頼漢は彼らに合図し、扉の側面へと陣取った。

 そして全員で押した扉から、闇が漏れ出す。僕と夜渡りたち三人は、開いた扉の隙間から順に入っていった。

 

 

 暗闇の先はまた、一面に灰が広がる空間であった。鉄の目はこの空間に来るのは初めてであるためか、刺すような殺気を潜ませて矢を番えている。

 僕は、姿を隠している夜の王に接近するため、一歩また一歩と踏み出していく。左手に五本の岩指を握り締めながら。

 理性を失いし夜の王に、一時でも祝福よあれ。僕は念じる。大きな壺二体と、三つ首の狼の霊体を召喚し、すぐさま聖杯瓶の中身と『星光の欠片』を自身の体に使った。

 

 この戦いで、協力者は再召喚出来ない。数の有利がある内に、僕は夜の王から断片を得て、識る。

 

 

「…来たな。」

 

 

 僕たちが進んでいくと地面が大きく揺れる。次の瞬間、灰の中から傷ましき異形が跳び上がった。

 鉄の目は鋭い眼を向けて、異形の名前を呟いた。

 

 『夜の爵、エデレ』。首の捻じれた黒き巨体は、白濁した目と残った感覚でこちらを捕捉し、灰の上に顎を滑らせる。

 僕は震えた後、恐ろしさを振り払う。そして夜渡りたち、黄金の協力者たちと共に、走った。

 

 

――――――――――

 

 エデレを形容する『爵』。怪物は上を向いて鳴くとき、その有り様が(さかずき)のように見えるのである。

 エデレは貪欲に狂っている。凶悪な顎を閉じては開き、夜渡りたちに向かってすさまじい速度で突進する。目の前の獲物を喰らいたいという本能が、化物を無理矢理に動かしていた。

 

 この突進を受け止めようとすれば最後。エデレの口に咀嚼され、全身から多量の血を流して夜に蝕まれるだろう。エデレの掬い取るような動きを、瞬時に理解した戦士たちは散り、側面から殴りつける。

 追跡者はいち早く祈祷『竜炎』を放ち、大剣に竜を屠る力を帯びさせた。無頼漢は『竜王の大斧』を右手に持ち替え、鈍器のごとき刃先でエデレの両足を薙ぎ払った。

 

 鉄の目は毒矢で素早く狙撃し、先情報で得ていた弱点をつく。『歩みを止めたくば、毒を食らわせるべきである。』毒の効果は顕著に表れ、エデレは口から汚泥を吐き出した。

 

 小壺旅人はグラディウスや壺たちと連携しながら、近接攻撃をぶつけていく。戦いの最中、狼が吠えた。そして小壺旅人の近くへと走り、口から洩れる火炎を岩の腕へと灯す。

 小壺旅人は頷いた後跳躍し、炎を纏った拳をエデレの腹部へ連続で繰り出す。狼の火は、身を焦がす煉獄の炎。夜の王たる素質を手放しても、グラディウスは強者であった。

 

 

 叩きつけに噛みつき。戦術などなく暴れ回ったエデレが急に大人しくなる。否、それは肉体が限界を迎えたわけではない。歪んだ頭部から悍ましい低音を響かせ、強靭な脚で地を揺らす。弾けるような音が断続的にエデレの周囲で鳴った後、化物の肉体を紫電が覆う。

 

 巨体から広範囲に紫電が巡らされ、ばちりと不吉な音が鳴り響いた後、放出される。二刀持ちの追跡者が咄嗟の判断で、鉤爪を使い離れるも無頼漢は間に合わない。感電した無頼漢は体を押さえて、受けた傷の深さを物語った。

 

 

「…矢を放つ。畳みかけるぞ。」

「…おうよ。俺も呼び出せる!」

 

 

 鉄の目は冷静にそう言い放つと、音速の一矢をエデレの頭部に貫通させた。怯んだエデレに対し、無頼漢は更に距離を詰め、雄たけびを上げて墓守の鏨を地面に打ちつける。巨大な墓石が呼び出され、重い二撃目がエデレの顎に損傷を与えた。

 

 歯が砕け、少なからず血を流していても、エデレは痛覚を感じていないように激しく動く。雷を纏い、紫に染まった空から、はたまた地面から電撃を繰り出すエデレは、徐々に夜渡りたちを追いつめていく。

 この怪物は死ぬまで動き続ける。各々が思っていた戦士たちの予感は、今現実となろうとしていた。

 

 雷が散らばる戦場を、ある一名と一匹が駆ける。グラディウスが自ら、小壺旅人を背に乗せて高速で移動しているのだ。攻防の末、円卓へ精神が還っていく壺たちに敬意を払いながら、小壺旅人はグラディウスの背から跳ぶ。そして彼は、『スパイクセスタス』をエデレの血で染め、己の内に鎮めた。途端に小壺旅人はふらつき、それをグラディウスが背中で受け止める。

 

 

 小壺旅人は朦朧とした意識の中、エデレから致命傷をもらわないように立ち回る。二つに分かれた意識の一方は、灰の山でなく、在りし日の栄光を眺めていた。

 

 

――――――――――

 

 エデレと呼ばれる異形。その過去は、現在の姿からは考えられないほどに穏やかだった。

 

 古い島の生態系において、エデレという竜は高みにあった。だが有り余る力を悪戯に行使せず、頂点として悠然と構えていた。

 生命の神秘と呼ぶにふさわしく、その在り方は『公爵』のごとき気高さであった。

 

 しかし夜は竜を醜く変えた。飢えが誇りさえ擦り減らし、貶めたのだ。

 

 

 小壺旅人は、青々とした自然の中、口元を上げるかつてのエデレを見た。そして強い憤りを覚える。夜の雨が、これほどまでに雄大な存在を堕とすことに。

 

 必ずや、エデレの尊厳を取り戻してみせる。小壺旅人の手は固く握られ、あの一度きりの会合にて賜った品を思い浮かべていた。

 純然な戦士でないからこそ、伸ばせる手がある。

 

 

――――――――――

 

 分裂していた意識が戻る。僕はエデレの猛攻を間近で回避しながら、グラディウスに感謝を述べた。

 この狼が共に夜明けを望んでくれていなければ、記憶の断片を識るまでの時間は稼げていなかっただろう。僕はグラディウスの背を撫でてから回転し、灰の上に立つ。

 

 エデレは変わらず損傷を負いながらも、おどろおどろしく鳴いている。低くともそれは、竜が苦しみもがき絞り出す悲鳴のように聞こえた。

 

 僕は戦いの祭りからずっと、覚えていることがある。エルデの王から賜ったのは言葉だけではなく、行く路を開けるほどのきっかけであった。

 彼は言っていた。どのような手段を使ってでも、自身の信じる道で勝利を掴めと。

 

 僕にとっての勝利とは、試練に打ち勝つこと。強き者を、敬意を持ちながら自身を鍛えるための炎とし。尊厳を奪われた者には、再びの誇りを。

 脅威を鎮め、納得のいく僕だけの答えを見つけ出すことだ。

 

 

 僕はエルデの王の戯れで受け取った、『擬態のヴェール』を鞄の奥底から取り出す。これは『女王マリカの戯れ』と呼ばれていた。だから彼も遊び心で渡してくれたのだろう。有効的な活用法を期待されたのだから。

 だが僕はこれを、ただ擬態するのみには使わない。今こそが最も、この物品の輝くときだ。

 

 僕は体にヴェールをかけ、まだ記憶に新しいエデレの姿を思い浮かべる。気高い竜よ、かつての雄大さを似姿によって思い出せ。

 僕の視界がぼやけ、高い位置に来る。エデレの首と同じ高さだ。

 

 

「…うおおっ!どうなってんだ、坊ちゃん!?」

「竜か…?」

 

 

 漢の驚きながらも喜色が混じった声、青年が呟く声の両方が聞こえる。

 少しでも動けば、擬態は解ける。だから祈るしかなかった。エデレが少しでも己を取り戻せることを。

 

 暴力的に顎を動かしていたエデレは、そのまま僕の擬態姿へ噛みつこうとした。だがその攻撃は直前で止められる。

 ぐると低く唸り、エデレはもはや麻痺してほとんど動かなくなった鼻をひくつかせた。最後に、眼窩に少しだけ残った、白濁した眼がぴくりと僕を見定めた。

 

 

――――――――――

 

 鉄の目は中距離で弓を構えながらも、二つの巨体に圧倒されていた。突如出現した黒い竜に、化物があからさまに反応している。

 

 次の瞬間、鉄の目は信じがたい光景を目にした。エデレが唸りながら竜に近づき、大きく鳴いた後のことだ。

 エデレの内から、段々と狂気とは別の性質が浮かび上がってくる。捻じれた首が、ぐちぐちとグロテスクな音を立てながら戻され、ぼろぼろの翼が大きく広げられたのだ。

 

 鉄の目は、その変わりようを見て気づく。ところどころ歪み、傷ついていても、その姿は黒い竜によく似ていることに。

 

 

 醜い獣は再び竜となり、狂気と理性の狭間で不安定に鳴く。鉄の目は、びりびりと体に突き刺さる威圧感に汗を垂らす。

 

 そして彼は隠された口元を吊り上げた。強き者と戦う。彼が心の内に潜ませていた望みが、高揚と共に引き出されたのである。

 




竜の公爵、エデレ

かつて、捕食者の頂点に立っていた竜
その名残が一時的に戻った姿

夜は長く、飢餓と狂いに塗り潰されようと
竜は誇り高い


(体力を半分以上削った後、食欲を忘れさせるほどの衝撃を与えることで戦える、特殊な形態。)
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