ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
リムベルドは雨が降り、夜が訪れることを繰り返す。完全に狭間の地を雨雲が覆う前に、それぞれの目的を果たす必要がある。
僕たちは霊鷹から降り立った後、地図を眺めた。ルート構築をしている間に、詳しく話してもらえていなかった、鉄の目の目標について共有してもらった。
彼が依頼されたのは『罪人殺し』であった。
「夜に飲まれた罪人…別世界の俺たちも混ざっているらしい。これを殺し、依頼を達成する。」
「別の世界の夜渡りさんたち…。そんな…元に戻せないのかな…?」
「小壺。あんたのしてきたことは例外だ。今回は気にするな。」
鉄の目は僕に感情を抑え込んだように言い、情報共有を終える。他二人は、鉄の目の仕事について大まかに知っているようで、彼に対して特に言及しなかった。
今いるのが南西であるため、区分けして探していくのが良さそうだ。守護者が自身の地図をじっと見た後、尖った爪を更に南西方向へ指し示した。
「貴殿ら。私の求めている物は、どうやらこちらの方角にあるようだ。加勢を頼む。」
「了解だ。」
「すぐに見つかって、嬉しいね。行きましょう。」
守護者を先頭に僕たちはついていき、崖際まで辿り着く。まだ雨の降っていない海原からは心地よい風が吹いている。
近くに、ある像が倒れ込んでいた。騎士のような見た目の巨像、『ガーディアン・ゴーレム』である。古遺跡の文明で作られた兵器であり、斧槍か大弓を得物とするのを知っている。僕の故郷のあちこちで稼働していたからだ。
「鷹のお兄ちゃん、このゴーレムが持ってるの?」
「うむ、そのようだ。だが鍵は、ゴーレムに組み込まれている。倒す必要があるな。」
そのゴーレムはとても古い個体のようで、ひび割れている。僕たちが近付いても動き出さず、動力の炎も燃えることはなかった。守護者は嘴近くに拳を持ってくると、おもむろにゴーレムの腹部に触れた。
確かにそこは動力源であった。守護者の策が功を為したのか、ひび割れたゴーレムは通常の個体より鈍い動作で立ち上がる。そして、ゴーレムは外敵を排除するため、斧槍を地面に叩きつけた。
隠者と鉄の目が、遠距離からそれぞれ魔術と矢を放ち、僕と守護者はガーディアン・ゴーレムを引き付けることになった。守護者の守りはやはり固く、巨大な斧槍の衝撃を受けても危なげなく対処している。
ゴーレムの弱点である脚部や腹部へ、一方的に遠距離攻撃が刺さり、体勢を崩して倒れ込む。土埃が僕の体についたときには、守護者の斧槍がゴーレムの腹部を抉っていた。
消滅するゴーレム。守護者はただ一つ残った小さな物品を拾い、確認してから懐にしまった。守護者曰く、この白い石の杭には、古い魔力が宿っているという。この魔力と対応している封じられた錠を開くことができるそうだ。
「私の用は済んだ。では、どちらから探そうか。」
「俺は後でいい。すぐに終わらせよう。」
鉄の目は隠者に機会を譲り、軽やかに駆ける彼女の後を追う。北東にある次の目標地点。そこには分かりやすく、夜の闇が漂っていた。
隠者の目標地点は、岩に囲まれた水場であった。水場から生えた木が夜の靄に包まれており、枯れ木のごとくやせ細っている。
木々に近づくと靄が集まり、虚空から巨大な生物が現れた。見た目は、良く知っている。僕が影の地を旅した時に見たことのある『黄金カバ』だ。
黄金カバは坩堝の諸相が色濃く残った生物である。巨体に対して小さな角が隆起しているのが特徴的だ。
また、影の地で居を構える女王マリカの子、串刺し公メスメルが飼育していることでも知られている。城の見学に行った際に見たその個体は、野生よりだいぶ大きく育っていた。あれほどの恵体、彼が注いだ愛情の賜物だろう。
それと黄金カバは、狭間の外にいるカバとは外見が大きく違うらしい。厳密な違いについては、外から持ち込まれた文献でしか比較したことがないので分からない。いつか旅の中で、外のカバと出会うのも願望の一つだ。
「大きな口…!夜渡りさんたち、食べられないように気を付けて!」
「よく動くな。今回も私が盾となろう。壺殿の言う通り、用心せねば。」
守護者は側面へ回り込むようにステップを踏み、大盾を構えながら前衛をこなす。僕は鞄から調香瓶を取り出して、高揚の香りを撒いた。これで守りは万全である。
黄金カバの突進を守護者と僕が食い止め、無数の輝石と矢が、巨体の頭や側面を撃ち抜いていく。さほど時間も経たない内に、夜に飲まれた黄金カバは粒子となって消えた。
隠者が黄金カバのいた場所から何かを拾う。夜の力が結晶化したものらしく『夜の欠片』だと隠者は言った。
「これで、納得してくれそうね…。最後は、弓手さんの用事。」
「…ああ。ついてきてくれ。向こうだ。」
鉄の目が北西を示し、走り出した。空を見るが、まだまだ雨が降る兆候はない。
てきぱきと目的を果たしていく夜渡りたちの後を追いながら、僕は改めて思う。やはり夜渡りたちの力はすさまじい。彼ら一人一人が英雄であると。
最後の目標地点、鉄の目の討つ対象がいる細道には、黄金カバがいた場所と同じく夜の靄が部分的に漂っていた。僕たちが近づくと靄の中から、人影が現れる。それは闇色に体を染めた、もう一人の鉄の目であった。
人影は『夜の狩人』と呼称され、鉄の目という通称さえ失っていた。接近した彼の顔は、何の感情の無い虚ろなものであり、体は輪郭でしかなかった。僕の呼びかけは意味をなさず、ただ夜に飲まれる前、かつての動きを模倣している。
隠者と守護者は、その似姿を見て一瞬だけ怯んでいたが、戦闘へスムーズに入っていった。
僕はその切り替えができることに、夜渡りの戦士としての経験を感じ取り、『夜の狩人』の攻撃を弾いていく。鉄の目の大技を模倣される前に、畳みかけなければ。
軽鎧である『夜の狩人』単独では、距離を詰められれば何もできないのと同義だ。例え元々別の世界にいた鉄の目であったとしても、彼の方が上手く矢を放つ。
夜の狩人は、防ぎ得ぬ夜渡りたちの攻撃の前に倒れる。それは、死を恐れる感情もこちらに対する憎しみもなく、無機質な殺意のみを最後まで宿していた。
――――――――――
僕たちは雨が降る前に探索を終え、円卓へと戻ってきた。その直後、解散しようとしていた僕たちの近くに、追跡者と執行者の二人が現れた。
驚きながらも聞いたところ、彼らも探索に向かっていたらしく、召使人形から頼まれた物を取りに行っていたのだそうだ。二人はそれぞれ、武具の手入れ用の『にび色の砥石』、円卓を彩るための『祝福された花』を見せてくれた。
「二人とも見せてくれてありがとう!執行者さんの持っている花、僕の故郷でも見たことがあるよ!アルター高原にいっぱい咲いてたな。リムベルドにも残っていたんだね…!」
「…。」
「どうしたの、執行者さん?」
アルタスの花。黄金樹の前の時代は、死を送る花であったと僕は知っている。
僕がアルター高原の景色を思い浮かべながら話すと、執行者はぴくりと首を震わせ、僕と花とを交互に見比べた。その後、僕の言葉についてもう一度繰り返してほしいとばかりにジェスチャーをした。
執行者が望む通りに繰り返すと、『アルター高原』という呼称に引っかかったことが判明する。すると追跡者が花を見て、この花はかつてアルタス高原で咲いていた物だと読み取った。
「ありがとう、お兄ちゃん!そういう呼ばれ方もしていたって、聞いたことある…。僕、故郷の地名も旅の中でいっぱい調べたんだ!執行者さん、久しぶりに狭間の地についてお話ししようよ!」
すると執行者は深く頷き、追跡者に綺麗に腰を曲げて感謝すると、絵が置かれている場所へと歩いていった。彼は話すことはないが、鎧の外側に感情が漏れ出ているのが分かる。喜びの念だ。
彼は、黄金樹と狭間の地を誰よりも愛している。僕は彼の後をついていき、色々な話をする。
そして出撃までの間、七人の夜渡りたちと交流を深め、刹那に思える柔らかな時間を過ごした。
――――――――――
小壺旅人が場を離れたのを確認した後、鉄の目は円卓の地下へと足を運ぶ。彼はこの短い期間、小壺旅人を見てきて考えていた。
初めて話したときは、小壺商人と同じ奇天烈な見た目でありながら無垢な子どもという印象であった。しかし、共に戦ったことで、場合によっては非情になりきれ、戦わずして勝つこともできる不思議な戦士だという認識へと変わっていた。
特に夜の王に対して取った手段は、鉄の目を震撼させた。不可能だと考えていたことを現実とし、ただ死ぬだけである夜の王の運命さえも捻じ曲げる。受けた仕事、つまり暗殺をそのまま遂行するだけの鉄の目とは正反対であり、故に彼は柄にもなく想像していた。
自分が望めば、『施設』の理さえも捻じ曲げることができるのだろうかと。
だが彼に、この話を持ち込むつもりはない。施設の人間として、任務を遂行するだけだ。
円卓の下には、白いフードを被った巫女が立っていた。今は夜渡りではなく、巫女としての立場を選んでいるようである。
巫女と鉄の目は、協力関係にある。巫女は『円卓の裏切り者』を排除しようとしており、その人物は鉄の目が追ってきた『施設の裏切者』と同一人物であるからだ。
その人物もまた、鉄の目と同じように、施設の申し子であった『怪物』。故に厄介であり、施設が排除したがるのも頷ける話である。
「不思議なことだ。貴方が仕事を、夜渡りの戦士たちと行うとは。」
「…この円卓の人間は口が固い。問題ないと判断した。」
「なるほど。では謝礼を受け取ってくれ。して、進展のほどはどうだ?」
「…そちらも順調だ。これを。」
鉄の目は収納袋から取り出した物品を、巫女に見せる。それは夜の狩人を討ったとき、見つけていた手紙であった。手紙には、裏切者からの誘いの言葉が記されている。巫女は考え込むようにしばし黙った後、重々しい口ぶりで言う。
「手紙を潜ませたか。…あちら側から足を運んでくれるとは、願ってもない。機を待とう。」
「ああ。話は変わるが、夜の王について…あんたはどうする?」
「随分と話してくれるな。…導きは、私に夜の気配を追うよう伝えてくる。次の出撃は、私も向かうことになるな。」
「…そうか。何かあれば言ってくれ。」
巫女は頷くと、密談を終える旨を鉄の目へ伝える。裏切り者が円卓へ潜む時を、彼らは待つ。
日が経ち、しばらくして次の戦いが始まる。導きは陰ることなく、夜の気配を映し出している。