ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
リムベルドに降り立ち、僕は夜渡りたちと基本的なルートを沿っていく。
僕の前で、装束を義賊のものとした巫女が走っている。服装を変えたときは、素に戻るようにしているようで、どこへ向かうか小会議した際には、違和感を覚えるほどだった。
だがやはり、建前を捨て去った巫女、いやレディの方が心置きなく話せて良い。僕はレディの戦法を見て、自身の戦いに取り入れられるか学ぶことにした。
教会に向かう途中、最初に接敵したのは『亜人の女王』であった。小さな亜人たちを引き連れ、僕たちに向かって群れの者たちをけしかける。このような命令は下せるのに、亜人の女王の瞳は夜に濁り、獣と呼ぶ他なかった。
「先生、巫女殿。私が引き付ける。」
「僕は亜人たちを!」
僕は守護者が女王に張りつくのを見届けると、隠者やレディに奇襲をかけようとする亜人を殴りに行く。彼らも漏れなく、夜に飲まれて存在さえ不確かになっている。このように自我も無くし、死に続けるリムベルドの民達を、どのようにして解放すればいいのか。
僕ができることは、己の中に彼らの断片を詰めるか、リムベルドに夜明けを齎すため戦う事のみである。少しずつであっても、いつか実を結ぶと信じるしかない。
僕が亜人たちを倒し終えたとき、レディからカチカチと音が聞こえた。彼女が手に持っている懐中時計が鳴ったのだ。秒針は左回りに巻き戻り、半透明な亜人の女王が付近に現れる。
二体に増えたことに警戒して構えていると、その半透明な女王はすぐに消え失せ、元からいた亜人の女王が低く唸ってから地面に倒れ込む。粒子となって消えたため、討伐に成功したようだ。
「巫女殿の技は、相も変わらず凄まじいな。またその力に頼らせてもらうぞ。」
「ええ。貴方たちが畳みかけているときに、追い打ちをかけましょう。」
「ああ…あの透明なのは、お姉ちゃんが出したものだったんだね!鷹のお兄ちゃんも魔法使いのお姉ちゃんも知ってたんだ。」
「巫女殿が術を失う前に、幾度か共に戦ったのだ。こうして戦線に戻れたのも、あの剣士の功績だな。」
守護者と隠者は頷き、以前レディが夜渡りとして戦っていた時のことを教えてくれる。彼女は軽い身のこなしで、敵の攻撃を次々に避け、致命の一撃を食らわせていたそうだ。見た目通りというべきか、レディは技量に長けているようである。
教会を回り、いくつかの廃墟を探索する。老獅子が徘徊する野営地に、ガーディアン・ゴーレムが倒れ込んでいた大教会。前者の拠点内での戦闘は激しかったが、守護者が語った通りレディは紙一重で老獅子の重い一撃を避け続け、出血効果を纏った短剣で斬りつけていた。
移動中、合間合間でレディが自身の技について説明してくれる。直前の出来事を再演し、二度損傷を与えることができる技と、ヴェールを振りまくことで仲間を敵から隠せる隠密の技。
どちらも探索、戦闘において有用である。また全体を支援する点は、円卓の管理を行い、戦士たちを労う彼女らしい技だと思った。
レディがいることで探索の効率は目に見えて上がり、それからもう一つ封牢を攻略した。石肌の王たち、隕鉄で作られた剣を持つ、呼び名の通り石の肌を持った種族である。
狭間の地において、隕石の落下とは大きな意味を持っている。彼らのような種族を生み出す事にも繋がり、降る星の獣たちを到来させもした。重力の魔術や技は、ここから着想を得ているのだ。
僕にとっても重力の技の数々は、あの偉大なる将軍を思い起こさせる特別なものだ。だからこそ、封牢に閉じ込められたまま夜に飲まれた彼らには、心を痛めた。
夜が訪れそうになった頃、僕たちは疾走して、迫る雨を霊樹の下でやり過ごす。細部は変われど、リムベルドに出現する建造物はほとんどが見覚えのある物だ。探索に段々と慣れてきてしまっていることを感じ、僕は気を引き締める。これに慣れてしまえば、正気を保っている人間を探す事さえ、淡々とした作業となってしまうだろう。諦観に蝕まれることは、未知を求める旅人として失格だ。
霊樹の下から、靄が噴出する。現れたのはユビムシたちであった。巨大な掌のような形をしていて、その指は十本ほど生えている。この外見で、神人や褪せ人の戦士たちを導いていた『二本指』と同一の種族だというのだから、驚きだ。
大小様々なユビムシたちは、かさかさとこちらに近づいてきて、タックルを仕掛けてくる。理性があるかないか以前に、野生動物に近しい知能である。リエーニエを旅した時、カーリアの城館から離れて野生化したという個体も、このような感じだった。問答無用で襲ってくるのだ。
ユビムシ愛好家が世話をしている個体を見習って、賢くなってほしい。
「…やっぱり、懐いていないユビムシはよく分からないや…。皆、一緒に戦って!」
「あら…これが話に聞いていた技ね。」
レディが僕の近くで、ユビムシを倒しながら呟く。
僕は五本の岩指に祈り、今回の探索で初めて協力者の召喚を行う。大きな壺たちで戦術を考えたのか、今回は二体だけ黄金の霊体として現れ、グラディウスが続く。大きめのユビムシは壺たちが相手取ってくれ、湧いてくる小さな個体は、難なく倒すことができた。
全てのユビムシを倒し終えた後、大きな靄が降り注ぐ。出てきたのは蟲のような異形であった。僕の心が急速に興奮で満たされる。昨日、円卓で召使人形と話したばかりの存在が現れたからだ。
こんなにも早く会えるだなんて。僕は感激していた。
「む、百足のデーモンだ…!ひゃあ…格好いい!」
「ふふ…愛らしさもあるね。」
「…どちらも理解できぬな…。」
隠者が興奮が止まらない僕に同調してくれ、守護者は険しい表情で盾を構える。
それは二本の脚で巨体を支え、複数ある不揃いな頭部を動かしている。背中や中央の頭部から炎を燃え盛らせている『百足のデーモン』は、僕たちの存在を認め、キチキチと口から音を鳴らし跳ぶ。そして地面に頭部を叩きつけたとき、戦いは始まった。
―――――――――
守護者が正面から攻撃を受け止めている間、小壺旅人は迷うことなく回り込む。そして、百足のデーモンの尻尾のような長い頭部が側面に陣取り、グラディウスと共に斬撃を繰り出した。そして戦いながら、炎の攻撃は有効打にならない旨を、夜渡りたちに伝えた。
小壺旅人の拳に装着されているのは、鉤爪である。得意とする武具ではないが拳武器の要領で振るい、グラディウスの剣と併せて、デーモンの内から血のごとき炎を吹き出させていく。
「む…壺殿!奴の頭が分裂したぞ!」
「こっちも切れた!お姉ちゃんたち、気を付けて!」
戦士たちが、百足のデーモンの側面の頭を伸ばしたり、尻尾のような頭を振り回したりする攻撃を避けながら反撃していると、異変が起こる。攻撃に使用していた百足のデーモンの頭部二つが千切れ、単体の生物に変わったのだ。
体に見合わぬ短い節で、分離したそれらは動き、後方から支援している隠者や、守りの薄いレディへ飛びかかる。隠者は輝石魔術をぶつけ、レディは回避を繰り返して短剣で切る。そのときレディが相手取っている首に、小壺旅人が加勢しにいった。火力は低くとも二人で殴られれば、百足の首は何もできずに消滅する。
レディは礼を言い、本体へリステージを使う。百足のデーモンに蓄積したダメージが再び刻まれ、異形は叫んだ。
百足のデーモンが再び跳んで、地面へ爆風を起こす。その後、千切れた部分がめきめきと音を鳴らして再生した。生まれた瞬間から罪を背負い、存在を望まれなかったデーモン。特に呪われた生まれのそれは、灯火が消されるまで生き足掻く。
――――――――――
僕はデーモンから放たれる叫びに、一瞬動きが止まる。
御伽噺において、百足のデーモンとは、王の封印が施された四つの場所の内一つで戦う敵であり、太陽の戦士の明暗を分けた存在でもある。
『最初の火を模倣しようとした、魔女たちの罪
デーモンたちは、魔女たちの炎から生まれ出で、時代の終わりにて燻りを宿したまま滅びた
不死の英雄と、太陽の戦士はそれらの全盛期に立ち向かい、打ち勝つ
だがどこに向かおうと見つからなかった太陽に打ちひしがれ、太陽の戦士は絶望の淵にいた
太陽は狂いかけた それは可能性のうちの一つ
繰り返しの中で、百足と戦った後、太陽の戦士は足を止めずに己の太陽がため戦い抜いた』
このように、不死の英雄が太陽の戦士と会合できたのは、この話が実質的な最後なのである。語ってくれたあの方は二つの行く末を示した。だが狂ってしまった末路のことを、僕はただの可能性でしかないと考えた。何故なら、その太陽の戦士の考えは、話の中で後の世にも伝わっていたからだ。
太陽は陰らず、ずっと輝き続ける。僕は、不死の英雄と太陽の戦士、二人の友情も太陽であると思っている。
それはそれとして、百足のデーモンは単体でも重要なデーモンだ。時代の終わりにも生き続けた痕跡があったと、描写が入れられるほどである。
このデーモンは神々の時代を築いた一角、魔女たちが愛していた弟に、贈られた指輪そのものである。デーモンを生み出す炎に触れて、指輪がデーモンと化したのだ。
その指輪自体も特別製で、魔女たちの弟は、生まれながらに溶岩に苛まれる『爛れ』であったため、炎を防ぐ魔力が込められていた。
だからその特別な指輪さえ見つかれば、このデーモンが本物であるという証明になる。そして御伽噺が真実であるという証拠にも。
だが、僕は踏みとどまってしまう。デーモンとは時代が終わる時まで化物として扱われ、生みの親の魔女たちにさえ疎まれた種族だ。程度の違いはあれど彼らには確かに知性があり、魔女たちにとっては失敗作であった炎も愛した。
ここでなら、誰にも疎まれないというのに。再び夜に還すことが果たして正しいことなのだろうか。
客観的に見て僕の判断力は、伝説の存在に会えたことで落ちているだろう。僕は決断し、自身の判断を信じることとした。
少しでも詰め、指輪が見つかればそれも詰める。そしてデーモンが差別されない世界へと、共に旅立つのだ。
「当たれ!」
僕は製作した『雷壺』二つを両手に持ち、百足のデーモンの背中目がけてぶん投げる。どちらも壺は命中し、デーモンは怯む。その隙を突いて、他の六名の戦士たちも一気に畳みかけた。
腹部で喰らおうとする掴みかかりを、つむじ風を起こして回避し、斧槍をデーモンに突き刺す守護者。隠者は聖印を手に持ち、『雷の槍』を放った。壺たちと狼は側面から、拳や牙で急襲する。その最後に、レディの懐中時計からかちかちと音が鳴った。
倒れ込むデーモンに、レディの一撃が突き刺さる。百足のデーモンはぎるると鳴いて、半透明な粒子を撒き散らしながら消えようとする。僕は完全に消える前に、粒子を掴んで中へ詰めた。
そして粒子の中で何やら小さなものが光り、地面へと落下する。夜渡りたちも気づけないほどの一瞬の輝き。僕は予感がしたため、跳躍してそれを掴み取ると、左掌を開いた。
「ああ、指輪だ…。こんなにもそっくりな…。」
「それも、壺殿が知っている代物か?」
「うん。これは、誰かにとって大切なものだよ。」
僕はぎゅっと、黒焦げていてところどころに橙色が見える指輪を握り締める。間違いなくこれは、百足のデーモンの元になった、魔女たちの指輪である。
思えば、ユビムシたちが現れたのもこの指輪に関連していたからか。異なる世界であるのに、不思議な縁がある。僕は百足のデーモンの欠片と共に、指輪も体の中へと詰める。
瞬間、僕の意識がぐわんと揺れた。それは収まることなく、意識を二つに切り離していく。僕は夜渡りたちの心配する声、グラディウスの霊体が向けるつぶらな瞳を認識しながら、記憶の断片へと引っ張られた。
――――――――――
気がつけば僕は、近くで溶岩が滾る遺跡に立っていた。今まで感じたことが無いほどの熱。ゲルミア火山の溶岩よりも熱いかもしれない。触れれば、一瞬で焦げてしまいそうだ。
僕の視線の先には、百足のデーモンがいた。それはじっと溶岩の中で佇み、石のように固まった首の一つは、上に立つ巨大な異形の方を向いている。
僕は理解する。あれが『爛れ続けるもの』。指輪の落とし主であると。
長い時が過ぎ、爛れ続けるものが倒れた。寿命などではなく、小さな人間の手によって。
溶岩は流れ、隠された遺跡は露になる。百足のデーモンが動いた。
僕はその後のことを、鮮明に記憶へ刻み付けた。百足のデーモンと、二人の騎士が戦う様を。
あれこそ僕が目標とした、御伽噺の英雄たち。それぞれの世界で時代を繋いだ、王の姿だ。
僕は、壺の身では流れない感涙をこぼし、彼らとデーモンの勇姿を見守る。そしてデーモンが討たれたとき、黄金に輝いた戦士は消えた。もう一方の英雄はこちらに向かって歩いてくる。進むべき道は僕の立っていた場所の先にあったのだろう。
記憶の中であり、言葉は届かなくても僕は祈る。彼の旅路が祝福されますように。そして僕も貴方たちのごとく強くなれるようにと。
そして百足のデーモンに、この戦いを見せてくれたことへ感謝し、共に行くことを望む。きちきちという鳴き声が、この溶岩地帯に再び響いた気がした。
――――――――――
意識が戻る。僕は、壺たちの蓋やグラディウスの背中に、交互に乗せられて運搬してもらっていたことに気づいた。
「壺さん、大丈夫?いきなりぼんやりして、心配したよ?」
「ありがとう、魔法使いのお姉ちゃん。それに皆さん。僕は、大切な物をもらってきたよ。」
「どのような物かは分からないけれど、それは良かったわ。もう戦えそうかしら?」
「うん!いけるよ。」
僕は壺の蓋から降りて、拳を握ることで返事とする。中身が熱い。魔女の炎で焼かれているかのようだ。
だが僕はこの熱を心地よく思った。デーモンが僕に味方をしてくれているのを感じたからだ。
刹那の会合で、敵同士であったが、今彼は僕の内で一つになった。誰も僕たちを止めることはできない。
僕は背面に炎を灯して、腕までそれを伸ばし、目の前の夜に飲まれた者たちへ拳をぶつけた。
タリスマン
黒焦げた橙の指輪
魔女の魔力が込められた橙の指輪
溶岩からのダメージを軽減する効果を持っていた
イザリスの焼き尽くす炎を、武器へと纏わせる
恐ろしい百足のデーモンが生まれた特別な指輪であり
夜に飲まれかけていた
だがそれは拾い上げられ、再び混沌を灯した