ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
夜は一度明け、二日目がやってきた。次に霊樹が現れたとき、夜の王へ相対するための試練が待っているだろう。
僕は夜渡りたちについていき、力を振るう。デーモンから継承した炎を、我が物とするために。
また夜に飲まれた者が消える前に、粒子を詰めていく。微弱でもかつて夜に飲まれる前の意識の断片が、僕へと継承されていく。
このリムベルドでは、探索から戻れば、得たルーンや武器などは定着せず消える法則が働いている。しかし詰めてきた者たちはそのまま、僕の中に残っているようだ。グラディウスの血やエデレの牙といった夜の王の一部。しろがね人や亜人、古竜など狭間の地で生きていた者たち。別の世界から迷い込んだ貪食ドラゴンや百足のデーモンの一部についても。
僕は小さいため、一度に多くを詰めることは叶わなかったが、継承の儀は無効になっていない。皆の混ざりあった記憶と意志が、僕の中で離れ、一体になることを繰り返しているのだ。その実感を得たとき、僕は安堵し壺の表面をなでた。
そして現在。僕たちはリムベルドの中央にある、城砦の攻略を行おうとしていた。前衛の役割を担う僕と守護者が、城砦の様子を偵察しに行く。そこには二種の鎧を着た坩堝の騎士たちが立っていた。鎧の中がどうなっているかは分からずとも、立ち姿は堂々たるものである。
守護者は僕を横目で見て、言った。
「見てくれ。黄昏色の騎士たちが、砦のあらゆる場を守っている。あの堅牢さ、分散して対処すれば落とすことはできまい。…して、壺殿。彼らに言葉は通じると思うか?」
「坩堝の騎士さんたち…。まだ分からないけど…諦めちゃだめだ。ここでも今まで通り、伝えてみるよ!」
「うむ。ならば私も、声をかけ続けよう。」
今回の探索において守護者は、僕の目的に寄り添う形で行動してくれている。仲間を守ることを第一にしながらも、正気を取り戻せそうな者へ一緒に言葉を届けてくれているのだ。
彼が高潔な騎士であることは、疑いようのない事実である。僕は守護者が考えを同じにしてくれるだけで、この実りの少ない行動にも価値があると思った。
夜に飲まれる前、どれだけ豪胆であったであろう戦士も、意思の無い獣へ成り果てている。これは時が経つほどに悪化し、最後には残った肉体すら夜の輪郭へと変わるだろう。死したまま出現と消滅を繰り返し、擦り減るほどに人ではなくなっていくのだ。
僕と守護者は、レディと隠者に合流し、坩堝の騎士たちへ接近してから言葉をかけていく。共に夜明けを見たい。もし言葉が届いているならば、夜から逃れようと。
僕たちへの返答は、斬撃か刺突である。僕はぐっと感情をこらえ、大剣を持った坩堝の騎士へ突貫した。
――――――――――
鳥人騎士の守護者は、二名の坩堝の騎士と乱戦中、小壺旅人へ視線を向けていた。守護者は彼の印象についてこう感じた。初めて出会ったときよりも、戦士としての決断力や、振るう拳の重さが増している。
「混沌の炎よ、滾れ!」
小壺旅人は後方へ跳躍しながら、火球を投げる。デーモンを生み出した混沌の炎、それを継承し扱えるようになった技。
その炎は、隠者が時折扱う機会があった祈祷『火投げ』よりも暗い色であり、灼熱の溶岩溜まりを作り出す。守護者は、横で魔術を当てる隠者と視線を合わせ、あの技を知っているかと首を動かして疑問を投げかける。隠者の返答は知らないの一言であった。
「百足さんが…きっかけだと思う。あの炎…同志たちの魔法に、少しだけ似ているわ。」
「先生の“群れ”の魔女たちですね。戦いが終わった後、聞いてみましょう。持てる力について、共有しておきたいですから。」
「ええ。」
隠者はゆっくりと頷くと、魔術『輝剣の円陣』を展開してから、輝石のつぶてを放っていく。相対した坩堝の騎士たちは最後まで、体に染みついた動きのみを繰り返していた。
熟達した各々の動きで、外にいる坩堝の騎士を倒し終えた後。レディが先導し、戦士たちは城砦の地下へと向かう。小さなカニたちが地下の泥に鋏を差しこみ、霊クラゲたちが佇む場所だ。
どちらの種も静かに時を過ごしており、夜に飲まれているとは思えないほどだ。だがそれらは、先天的か後天的かの違いはあれど、原始的な知性である。故に苦しみを伝える術がないのだ。
小壺旅人は、戦士としての感情を切り替える前に、霊クラゲの近くへ向かう。触れ、想いを読み取る。
「夜に飲まれたとき、ずっと苦しかったよね。…霊クラゲさんたち、僕と一緒に行こう。」
彼が語りかけると、まだ人であったときの精神が残っていた極少数が壺の蓋へと触手を呼ばした。そして霊クラゲたちは、遺灰となって彼の鞄へと入り込む。小壺旅人に顔はないが、彼の体は第三者から見ても脱力していた。
レディは小壺旅人の近くに行き、喜びを伝える。
「壺さん、あなたの望みが一つが叶って良かったわ。私も協力する。少しでも夜の脅威から逃がしてあげましょう。」
「巫女のお姉ちゃん…。うん…ありがとう…!少しでも多く、連れ出してみせるよ!」
幼い壺は気持ちが入った言葉で返し、地下へと入っていく。
砦下の空間には、何もいない。だが夜渡りたちが近づくと地面に潜んでいた『王族の幽鬼』が姿を現した。化生の叫びをあげて襲い掛かってくる、王族の成れの果て。
これに対しレディと隠者が構え、それぞれ祈祷『王たる回復』と『大回復』を交互に使った。王族の幽鬼は怯み続け、炎を纏った小壺旅人の拳と守護者の斧槍が刺さる。瞬く間に体力を減らした亡霊は、地面に逃げ込む間もなく、消滅した。小壺旅人はその粒子さえも掴み取り、詰める。砦の攻略は進んでいき、残すところ上のみになろうとしていた。
――――――――――
王族の幽鬼を倒し終えた後、開けた道の先で、一人の坩堝の騎士と相対することになった。地下からの侵入者を排除するために守っていたのだろう騎士は、僕たちに大剣を振るってくる。
だが様子がおかしい。剣を振ろうとするたびに動きが止まりかけるのだ。もしや、僕たちが声をかけ続けているのが功を為しているのか。
つい先ほど、霊クラゲを遺灰として連れていけたことが、僕の中で追い風となっている。この異変は言葉が届いている証かもしれない。そう思えば、言葉にも力が籠る。
しばらくして坩堝の騎士は、武器をぶつけていないのにも関わらず、片膝をつく。そして斧の形状をした兜を押さえ、夜渡りたちを見た。
「貴殿、私たちの言葉は聞こえるか。む…!?」
片膝をついた坩堝の騎士は盾を置いて、掌を僕たちに見せる。この時点で、目の前の騎士が再び意識を取り戻したのを理解した。続いて弱っていても威厳のある口調で、その騎士は聞いてくる。此度の戦争が始まってから、何度夜がやってきたのかと。
「坩堝の騎士さん。それは分からないけど、もう何百何千回も夜は訪れているみたい。それで僕たちは、夜を終わらせるために頑張っているんだ。」
「戦争…。狭間の地に、夜が訪れ始めた頃の出来事ね。あなたは文献で知っているかしら?」
「残存してるリムベルドの歴史は、調べたわ。飲まれる前だから、とても古い時代のお話。」
レディと隠者が話し合い、それを坩堝の騎士が聞いてびくりと体を動かす。過ぎた年月について、理解が及んだようだ。座り込んでいた騎士は立ちあがり、頭を振ってから僕たちについて聞いてきた。敵意は全く感じられない。
僕たちはその坩堝の騎士と話し、認識を擦り合わせる。この間も僕は心を弾ませていた。赤獅子の戦士たちや。火口の神殿にいた監視者たちのように通じ合い、一時的にでも味方になれている。やはり虚ろでない古い時代の戦士は、偉大だ。僕たちは坩堝の戦士と共に、階段を登っていった。
話を聞きながら、考える。この騎士と、外で構えていた騎士との違いについてである。そして僕はこのような仮説を立てた。
夜の雨とは、建造物の中にさえも侵食するのが分かっている。時間が経てば、それだけ正気に戻れる可能性がある者は減る。だが擦り減り方は一律ではなく、障害物に守られていた方が影響が少なく済むのではないか。
事実坩堝の騎士は、時間を追うごとに意識がはっきりとしてきている。記憶の殆どは失われているが、肉体だけが残っている状態の騎士たちと比較すれば、信じがたいほどの状態の良さだ。
坩堝の騎士は言った。元よりゴッドフレイに仕えていた我らは、自由を言い渡された身である。戦争自体が無くなっており、勝敗さえ不確かになっているのならば、この砦に留まる意味はないと。彼は使命に殉じるわけではなく、僕たちに協力してもいいという立場であるようだ。
願っても無いことだ。僕は夜渡りたちに了承の意をもらってから、坩堝の騎士に協力を願った。彼は頷き、大剣と大盾を軽々と持ち上げる。
もう一名、心強い協力者を得て、僕たちは探索を続けようとする。その時、空に蠢くものが見えた。
次の瞬間、地面に黒い渦が出現し爆発する。断続的にその渦は現れ、僕たちの進路をふさぐ。僕はそれに絡めとられ、爆発に巻き込まれてしまった。急速に体から力が抜けていく。珍しく驚きの表情を作った隠者が、僕の腕を引き渦から離してくれた。
「うう…何だか、力が…。」
「く…貴殿ら。この黒に触れてはならん!これは…蟲だ!」
守護者が全員に向かって警告する。僕は彼に言われて初めて、黒い渦の正体に気づく。小さな虫が寄り集まり、夜に飲まれた者たちや僕たちから、力を吸い取っているのだ。爆発に巻き込まれたリムベルドの民は倒れ込み、粒子となって消えていく。
僕は黒い渦が消えていく空を眺める。虫たちは奪った力を、どこかへ運んでいるように見える。そして霊樹の位置に近しい方向へ、虫が飛んでいるのも確認できた。
砦上へ向かう予定を変更し、僕たちは虫たちの後を追う。夜が訪れるまでに時間はない。奪われた力を取り戻すために、僕たちは急いだ。