ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
黒い渦の爆発を避け、虫たちが戻っていくのを視認しながら、僕たちは走り抜ける。また僕たちと共に来てくれる坩堝の騎士については、夜の蝕みから戻ってきたばかりであるのに、それを感じさせないタフネスを発揮していた。流石はゴッドフレイに仕えた精鋭である。意識を取り戻してさえいれば、彼らは何倍もの練度を誇るのだ。
僕は聖杯瓶を坩堝の騎士に分け、治癒を優先しながら先へと進む。
草原を越え、崖に張りついた墓石を登り、一日目に立ち寄った教会近くまで来る。ここは水場であり、リムグレイブのアギール湖を連想させる地形だ。
近くに屯していた夜に飲まれた者たちは、次々に倒れている。老獅子の一際大きな粒子が空に融け、すぐに黒い渦に吸収されるのを僕は見た。つまり虫たちが民達の僅かな体力を奪い、ルーンを我が物としているということだ。
守護者が鋭い猛禽類の眼で観察し、斧槍で前を示す。明らかに、黒い渦が集まっていっているのが分かる。
「こうも簡単に力を奪っていくとは…。まこと恐ろしい虫たちよ。…本体はあそこだ。騎士殿も無理せず立ち回ってくれ。」
「坩堝の騎士さん!僕の協力者と一緒に、お姉ちゃんたちを守っていてほしいな。お願い!」
坩堝の騎士は、僕たちに視線を一度ずつ向けた後、頷く。僕は祈り、協力者の再召喚を行った。今回の探索では誰も倒れていないため、体力魔力共に持っていかれることはなかった。
金色の大きな壺の霊体が二体現われ、腕を組んでから虚空へジェスチャーを行う。すると追加でもう一体の壺が現れ、ファイティングポーズを取った。やはり彼らは、状況に合わせて戦力を分散しているようだ。
「皆、爆発には気を付けて!僕が先陣を切るよ!」
壺の霊体たちと坩堝の騎士が守りを固めたのを確認し、僕は守護者の先を走る。的が小さい僕の方が、接敵するのに適しているからである。守護者は水場を滑るようにステップを踏みながら、じりじりと中心部へ近づいている。
黒い渦の向こう。見えてきたのは、想像を絶するほどの美であった。
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虫たちを統べていたのは、半透明の巨大な蟲であった。丸みを帯びた、繭のごとき体。柔らかな体毛が哺乳類のように隈なく生えており、虫のグロテスクな肢体を覆い隠している。広げられた羽は、夜渡り全員を包み込んでもまだ余るほどの大きさである。
その『知性の蟲』の片割れ、『空を飛ぶ翅』と呼ばれる存在の分け身は、近寄ってきた戦士たちに向かって魔力の弾を発射する。弾は追尾し、先陣を切った小壺旅人と、その後ろの守護者へ向かう。
攻撃に対し、小壺旅人は高揚の香りをばら撒いて押しきり、守護者は盾を構えて威力を軽減した。続いて、混沌の炎を宿した小壺旅人の拳が当たる。翅の分け身は炎に弱く、一時的に高く飛ぶことで難を逃れようとした。
そこに隠者が交互に放った祈祷『火投げ』と、魔術『輝石のつぶて』が刺さる。どちらも遠距離まで届く術であり、翅の分け身は力を失ってゆっくりと降りてくる。
翅の分け身の危機に、本能的な混乱を起こしたのが小さな虫たちである。そこかしこを飛び回り、黒い渦の爆発の頻度が高くなる。やがて、避ける隙間もないほどに連続して起こり、戦士たちの力はまたしても一段階分奪われてしまった。
だが、ここで引いては今までの戦闘が全て無駄になる。隠者が、魔力と炎を混成した魔法にて、翅の分け身をあぶり、レディがこれまでの動きを再演する。そして、翅の分け身が低空飛行に戻った隙を見逃さず、小壺旅人の拳と守護者のつむじ風が同時にぶつけられる。
元々体が固くなかった翅は、戦士たちの凄まじい波状攻撃に敗れ、消滅まであと一歩のところに追いつめられる。だが蟲の生存本能は、翅の分け身に適応されない。翅は追尾弾を放ちながらも、ゆっくりと距離を詰め、戦士たちの一人を掴んだ。
分け身では意味をなさなくとも、その者がとても美味しそうに見えたために。
「うわっ…!?」
翅の分け身はくるくると、糸は出ずとも小壺旅人の体を回す。その行動の最後に、小壺旅人の蓋へ産卵管を突き刺した。蓋の隙間に差しこまれても、損傷はない。
度重なって攻撃を受けた翅の分け身は、小壺旅人を掴んだまま粒子となって消滅する。それによって戦士たちの力が戻り、小さな虫たちが集めたルーンまでもが彼らに分配された。
また潜在する力『知の集約』が、夜渡りたちの力となる。
地面へ降りてきた幼き壺は傷が全くないことを確かめ、疑問で思考をいっぱいにしながらも、戦士たちと共に二日目の夜を迎える。霊樹が空に浮かび上がり、夜の王への道が見えた。
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消えていった美しい蟲の名前を、戦いの後、夜渡りたちから聞く。そして、あの蟲こそが『知性の蟲』であったと僕は知った。今回僕たちが倒そうとしている夜の王の名称だ。
粒子を掴むことは叶わず、意思を継承することは出来なかった。しかし、僕個人が受けた印象はずっとしこりのように残っている。
あの蟲は、リムベルドの民達とは明確に違っていた。加えて、グラディウスやエデレのような夜の王たちとも。
知性の蟲は、夜の中で懸命に生きていた。死んだように存在するのでもなく、苦しい生が続けられているのでもなく、順応し生を繋ぎ続けていたのだ。でなければ、積極的にルーンを奪って糧にするわけがないし、小さな虫たちが焦ったように飛び回ることもない。
この印象通り、夜に順応しているのであれば。この環境を壊すことで、彼らは今後も生き残ることができるだろうか。
僕が考え込んでいると、夜渡りたちが地図を見て北東を指す。気づかぬ間に雨雲は迫ってきており、夜が訪れようとしている。
「騎士殿は…無事なようだな。では、霊樹の元に向かうぞ。手強い夜の者が現れても、私たちなら打ち勝てよう。」
「壺さん…また考え事してたね。もう、大丈夫?」
隠者が腰を屈め、僕の調子を心配してくれた。僕は壺を振り、問題ない旨を返す。
この二日目の夜において、どのような試練が立ちふさがるのか。まずは、そちらに意識を持っていかなければ。
協力者たちに一旦戻ってもらい、僕たちは迫る雨から逃れるため走った。道中動く者には遭遇せず、雨と吹く風の音だけが聞こえる。やけに静かなリムベルドに、僕は沈む感覚を味わった。
霊樹の下に辿り着いた僕たちは、靄から現れる者へ挑むことになる。不定形で、僕と同じくらいの大きさをした水銀と。古い時代の人間、永遠の都の二人であった。
彼らノクスの人間は、星の世紀を望んでいた。そして銀の雫という生命を模倣する物を造り出し、王を創らんとした。そして彼らが望んでいたのが『夜の王』であると、僕は知っている。この『夜の王』と、僕たちが追っている存在は被らない。名称の一致は偶然ではあるが、運命的なものを感じた。
戦闘が始まる前に、レディがヴェールを取り出す。彼女の隠密の技だ。出現した銀の雫と夜巫女、ノクスの僧を気づかれないままに手際よく倒していく。僕はノクスの二人の顔を見たが、やはり夜に包まれていた。彼らは輪郭しか残っていない。
帯電した銀の雫は倒される間際爆発し、ノクスの二人は地面に倒れ込みながら消える。坩堝の騎士が繰り出す重い攻撃の数々は、強靭度の低い彼らに有利であった。
そして大きな靄から、永遠の都由来の存在が現れる。竜人兵。竜たる者として産まれ、そうなることはできずに老いた竜擬きとして滅びの一途をたどった存在。それは氷雷を放ちながら、咆哮した。
巨大な竜擬きに対して、守護者と坩堝の騎士が並び、前衛を張った。僕も協力者の壺二体とグラディウスを呼んだ後近づき、側面に陣取る。
旅路の中で、朽ちかけても尚残存していた竜人兵を相手取ったことがあり、戦いから学んだことがある。それは、腹部がぽっかり空いている敵に、正面から殴りかかってはいけないということだ。
竜人兵は頭部を下げることがなく、拳が届きにくい。また胴体を狙うにしても、損傷を与えられるはずの場所がないため、押し潰されるだけになってしまう。だからこそ爪撃を受けるリスクがあっても、確実にダメージを蓄積できる側面に立つのが最適解なのだ。
前衛の二人が攻撃を受け止めてくれている間に、僕はグラディウスと共に炎を纏わせた『鉄球拳』で脚を殴りつける。隠者の魔術はタイミングよく竜人兵の頭部を穿っているようで、彼女へ注意が引き付けられているようだ。
注意が分散されることで、戦いはスムーズに進む。僕たちの反対側にレディがやってきて、両手で持った短剣から血刃を飛ばしていく。彼女が持っているのは血の君主に仕える戦士たちが使っていた、『レドゥビア』だろう。
血の君主モーグは、あらゆる種族を差別せず受け入れる人格者だ。仕える者についても、戦の際は苛烈かつ血に酔うが、貴族精神を持つ者ばかりであった。
リムベルドに偉大なるモーグはいなくとも、その名残は武器として現れる。僕にはそれが嬉しく思えた。
竜人兵は再び咆哮して、氷雷を爆発させた。透き通るような水色をした雷の槍は、地面に向けて放たれる。大盾を持った二人は後退し、飛びのいた竜人兵に向かって距離を詰めに行った。レディ、隠者も自身の得意とする距離で、攻撃を当て続ける。
夜渡り三人と僕の協力者たちに加えて、万全の坩堝の騎士がいる集団に、隙の大きな竜人兵が逆転する余地はない。
造られた意義を果たすために最後まで戦い、竜人兵は大きな粒子を空に溶かした。
試練を乗り越えた僕たちは、霊樹の中へと入る。粘性を帯びた霊液に包まれて浮かぶ中、僕は考える。知性の蟲のことと、夜への在り方について、考えを巡らせる。
蟲の記憶を得れば、僕は直視することになるだろう。夜とは、万物に対して大いなる脅威になり得るのかどうかを。僕はそれがどうも恐ろしく、しかし歓迎していた。
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小さな壺の内で、蠢く。肉が、生き壺の核が、または一つだけ紛れ込んだ可能性が。
短い間に、夜に飲まれた者を取り入れ続けた中身は、暗く滴っていた。