ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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旅の始まり

 準備を終えた僕は白化した神授塔の外で、皆を待っていた。知性の蟲が残した力は、膨大なルーンを僕たちに与えたため、商人から必要な物を買っても余りあるほどであった。そのため悩むことはほぼなく、体の強化も終わったため、こうして何もしない時間を享受している。

 

 

「蟲さん…。今回はどうだろう。」

 

 

 段差の上で、伸びている霊樹の枝と、試しに空とを見る。グラディウスと相対する前に見たときは、あの凝固した青色の雲から、気が遠くなるような感覚を覚えた。しかし今はそれがない。寧ろ、強く惹かれてさえいる。ぶるりと僕の体が震える。

 この変化は何故起こったのか。僕は別の意味で危機感を覚え、視線を外す。今は夜の王について考えよう。

 

 僕は『知性の蟲』へと思いを馳せる。彼ら虫は、獣よりも本能に忠実な生命だ。説得などは通じないと考えていいだろう。だが彼らは少ない情報から見ても、夜の中で生を諦めていない。そんな懸命に生を繋いでいる生き物を、夜の王だからと討ち取っていいのか。

 何か方法はないか。僕は考え続けた結果、まず従来の方法を取ることにした。彼らの記憶の断片を詰めることで刺激される感情はあるだろうが、僕の至らない考えも回るはずだ。

 

 神授塔の中から、夜渡り三名と坩堝の騎士が出てきた。今回の夜渡りでここまで辿り着いた者はおらず、不思議な光景に対して首を傾げている。坩堝の騎士は黙って、塔の外装を眺めていた。

 

 

「準備を終えたぞ、壺殿。あの扉を押せば、夜の王への道が開けるのだな。」

「うん、これまではそうだった!扉の先は、すごい暗闇で…どういう仕組みであの場所に向かっているんだろう?お姉ちゃんたちは、何か知ってる?」

「巫女として、この扉が夜渡りの戦士たちを転送することは知っているわ。詳しい原理となると…説明するまでに多くの時間を要するでしょう。」

 

 

 僕の質問に、レディがかちゃりと音を鳴らし頭飾りを整えながら返した。

 円卓の巫女とは、夜の中で起こる事象について誰よりも詳しいのだろう。僕は戦いが終わった後、仕組みについて教えてもらおうと思い、その旨をレディへ伝える。彼女は頷き、短剣を回して一番前に躍り出た。夜の王を倒さんとする意志は、ここにいる誰よりも強い。僕は彼女に続き、ぐっと体重を扉にかけた。

 五名が押す扉は軽く、闇を零しながら開く。僕たちは中へと進んだ。

 

 

 灰の積もる世界。遠くには長く太い何かの残骸が刺さり、地平線の先には赤が灯っている。その終末を連想させる光景に、ふわりと舞う美があった。白を基調とした輝く体毛に、広げられた羽にあらゆる色が混ざった幻想的な模様が見える。あれこそ『空を飛ぶ翅』の本体。

 

 僕は分け身より圧倒的に美しいそれに見惚れながらも、警戒する。出撃前にレディから、もう一個体と合わせて夜の王であると聞いていたからだ。守護者と坩堝の騎士が盾を構え、地面が振動する原因に視線を向ける。

 

 現れたのは巨大な蠍のごとき虫。黒い天然の鎧に身を包んだ『地を這う鋏』が脚を地面に叩きつけた。僕は、彼らの名前を隠者の呟きから知る。

 夜の識、グノスター。二匹はそれぞれの特性を以て、僕たちに攻撃を仕掛けてきた。

 

 

――――――――――

 

 夜の王との戦いが始まる。事前に考えていた対策を、夜渡りたちは実行に移すことにした。

 虫には燃え盛る炎が効く。故に炎を宿した武器や祈祷を使って、こちらに勝利を手繰り寄せるのだ。

 

 小壺旅人は二匹へ交互に壺を傾けた後、五本の岩指を握り祈った。するとすぐに大きな壺の霊体が五体と、三つ首の狼の霊体が出現する。黄金に輝く壺たちは、隣にいる壺と拳を合わせてから高速で回転し、鋏へと接近した。狼は空を見上げて吠え、浮かぶ翅に向かって口から火球を放つ。

 空中へ攻撃する手段を持っている隠者とグラディウスの霊体が翅を相手取り。固く大きな鋏には、守護者や坩堝の騎士、壺の霊体たちが攻撃する。そして戦いの間を小壺旅人とレディが往復し、彼らの支援をする。

 役割は完全に分担され、戦いは最初から夜渡り側が優勢であった。

 

 

 坩堝の騎士は激しい攻防の中、同じ主に仕えた仲間のことを考えていた。夜の雨によって、騎士たちは悉く狂った。もう守るべきものは失せ、追い求めていたであろう物も、雨の中で忘れてしまった。

 ならば己の剣には何があるのか。彼はすぐに答えを出した。

 

 もう騎士たちと共に見ることが叶わなくとも、狭間の地に夜明けを齎す。夜明けの果てに主ゴッドフレイと同じく、戦いを望むのだ。誰にも縛られず、心の赴くままに。それこそが我らの在り方である。

 そして夜明けを実現できるだけの戦士は、すぐ近くにいる。

 騎士は闘争心を掻き立てられながら、坩堝の諸相を背に宿す。次の瞬間彼は旋回し、地を這う鋏へ突進した。地に降り立ち、翼を持つ強き戦士に目配せする。

 守護者と坩堝の騎士は、騎士として心を通じ合わせ、重い一撃を鋏に味わわせる。空は翅だけのものではない。鋏の固い装甲に、小さなひびが入った。

 

 

 翅を相手取る戦士たちは、魔力弾と広範囲に撒かれる宇宙色の鱗粉を避けながら、反撃の機会を伺っていた。痛み分けとばかりに両者の攻撃が当たることもあれば、翅だけが炎に焼かれることもある。一対多の構造では翅側が圧倒的に不利だ。

 ついに行動を見切った隠者が輝石魔術で、翅の追尾弾を相殺する。空中で爆発する魔力の結晶は、見る者を魅力する美しさを放っていた。

 

 そんな状況でも翅は、蟲の知性を以て、ある者を複眼に収めていた。鋏と翅の間を往復し続けている一方、小壺旅人だ。翅は討たれた分け身から、その壺についてを認識していた。

 美味しそうな餌、もしくは苗床に適したもの。グノスターは夜の中で生きるために、条件を満たしたそれを逃すつもりは無かった。翅が自身の損傷を顧みず、急速に夜渡りへと接近する。小さな壺が、それらを必ず庇うと識っていたが故に。

 

 小壺旅人は翅に掴まれ、糸に絡めとられる。そして翅は意味のある刺突を行う。我が子を壺の奥底へと、再び潜ませた。

 

 

――――――――――

 

 僕はゆっくりと翅に降ろされる。壺が自壊するほどの不快感を覚えながら。

 翅から吐かれた糸は僕の全身を、まるで繭のごとく包み込んでいる。僕の中で翅の子が蠢いているのだ。核の近くで脈動する感覚に、僕はひどく怯える。これも、自身の体を過信した結果だ。

 

 岩の腕さえ動かせない状況で、僕は混沌の炎を滾らせる。しかし中の肉が焼ける感覚があっても、不快感は消えない。何とか糸を取り除いて、それで終いだ。グラディウスが僕のことを拾い上げ、翅の攻撃を避けてくれる。

 

 

「ごめん、なさい…。眠くて…。」

 

 

 意識を手放してはいけない状況で、薄れていく。グラディウスが僕の蓋を開き、ぐるると唸るのを聞いて、闇に飲み込まれた。

 

 

 

 暗闇の中で重ねて生まれ、自我を持つ幼子があった。それは本能のままに中を這い、己の糧としていく。もっと丈夫に、命を繋げるようにと。幼子は急速に成長し、餌となるものを全て喰らい蛹になろうとした。

 だが幼子は、突然動きを止める。幼子の知性へ、幾多の濃縮された記憶が吸収されていったからだ。

 何百何千もの生命が生き抜いた証。壺の中に渦巻き、坩堝と化した意識の集合体である。

 

 夜という現象に蝕まれた者を詰め続けた壺の中身は、もはや肉ではなかった。泥のように暗く滴る、闇。旅する前ただの肉塊であった核は、性質を継承し変わった。燻る火さえも飲み、共に行く者を心地良い安堵に浸らせる帳へと。

 坩堝の意識は薄っすら残り、望まぬ夜の傷は癒えて、幼き壺と高みを目指す。

 

 

 幼子はびくびくと痙攣する。絶え間なく入り込む意識を苦しみだと認識したのだ。本能が警鐘を鳴らす。腹の中に収まったものが一体何なのか分からずに。

 濃密な夜という繭に包まれた幼子は、蛹となる。そして蛹の中で、幼子は識った。

 この器の夜こそが、己を育てる。帰るべき巣であると。

 

 幼子は囁かれる声に聴覚を傾けて、幼いまま羽を伸ばす。生みの親と同じような、美しい翅となる。

 暗い闇にも太陽は昇る。器の夜には、確かに陽光が差している。夜の雨から飛び立ち、新たなる夜の内で旅が始まる。

 

 

 

 僕ははっと意識を取り戻す。それと同時にグラディウスが飛びのき、高く鳴いた。狼はそっと僕の頂に脚を乗せた。僕の蓋は、もう一度封が為されたようだ。

 遠くでは、戦士たちが戦っている。隠者やレディが戦闘の合間に、こちらへ視線を向けてくれているようだ。

 

 意識が戻ったなら、戦線に復帰しなくては。わきわきと手を動かし、全身を襲っていた悪寒が無くなっていることに気がつく。感覚がないということはつまり、僕はもう手遅れなのか。もう一度炎を滾らせてみるが、中身が焼かれるような感覚があるのみで、潜んでいるかは未知数だ。

 

 

「え…狼さん?上に…。」

 

 

 グラディウスが鼻面を上に向けて短く鳴いたため、僕は壺を上に向ける。そこには翅が、もう一匹浮かんでいた。白いことは変わらないが少し小さく、模様も違うように見える。

 僕はその模様について、直感が働いた。あれは太陽の紋様だ。

 

 その小さな翅は僕に眼を向けると、ゆっくりと降りてくる。僕は構えるが、グラディウスは唸るのみで攻撃をしない。そのまま翅は僕の体に近づき、ぴたりと前脚だけを触れさせた。

 それからは知性を感じる。同時に柔らかな思念も。

 

 話せない壺から飛んでくる念話と同じように、翅の思念を読み取る。思念からは敵意は感じず、ただ寄り添おうとする意思があった。

 

 

「君が、僕の中から生まれたの?」

 

 

 そのとき僕は思い出す。さきほど意識を失っているとき、僕は夢を見ていた。暗闇の中、幼虫が大きくなっていく様を。やがて蛹になった幼虫は安心したように虚空に身を委ねて、僕と同じように太陽を求めていた。

 小さな翅は触角を前脚で触り、肯定する思念を放つ。そして彼女は、二匹の虫をじっと見つめた。

 

 ふわりと小さな翅が飛ぶ。夜渡りたちの内、隠者とレディがいち早く気付き、構えた。小さな翅は彼女らに見向きもせず、光を放つ。

 想像上の太陽のごとき、眩い光。僕は神々しさに圧倒されながら、小さな翅が作り出した黄色い弾が虫たちに放たれるのを見ていた。

 

 太陽を望む翅。美しい白銀の蛾が、僕に力を貸す。僕は拳を握り、祈りを唱えてから戦線に復帰する。彼ら夜の識が望む在り方を、今度こそ知るために。

 




協力者
太陽の蛾

暗い器の夜を苗床とした、空を飛ぶ翅
幼いままに羽化し、夜という親を求める
夜を識る者は、暗闇の中に陽光を見出した

探索時、潜在する力「知の集約」を得られる代わりに
召喚できる協力者が太陽の蛾のみになる
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