ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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雨中の出会い

 道中、僕は更に多くの既知と出会うことになる。

 エルデンリングが王によって修復される前、各地を彷徨っていた狭間の地の貴人たちや、故郷を失った失地騎士、かつて雪深い山嶺にいたというカイデン騎士などだ。装備で判断しているが、装飾の一つ一つを観察しても別の存在だとは思えない。

 貴人については言わずもがな、彼らは正気ではなくなっているようで、程度の差はあれど散った殺気や虚ろさのみが感じ取れた。

 

 僕はそれらには出来る限り近づかず、記録に残していく。気づかれれば拳を交えることになるだろう。修行にはなるが、今はこの地の状況を把握することこそ優先すべき事項だ。

 

 

「まるで、時間が混ざっているみたいだ…。」

 

 

 破砕戦争時代の赤獅子の軍勢と、壊れた時代に生きた人間らしき集団。あまりにも大きな時間の隔たりがある。同じ空間に存在できるはずがないのだ。

 

 ふと僕の頭に浮かぶものがあった。何十何百回も繰り返し聞いた、御伽噺の一節である。

 作中において、後世までその温かさを残したという英雄が言った台詞。『時の流れが淀み、世界にずれが生じている。』

 今のこの地の状況は、これに似てはいないかと思ったのだ。

 

 

「うーん…困ったな。また、話せる人がいたらいいんだけど…。」

 

 

 中心の城のような砦に向かってはいるが、あまり近づけている感じがしない。それに大きめの砦だからといって

言葉が通じる人がいるかは確かでない。僕は壺の縁を触り、マッピングした紙を眺める。

 

 紙をペンでなぞろうとしたそのとき、紙に垂れてくるものがあった。

 

 

「…雨?」

 

 

 僕は、紙に少しの間残った青白い光に壺を傾げる。ぽつりぽつりと、不思議な水滴は紙と鞄、僕の体まで濡らそうとしてくる。

 瞬間、ぐんと体へ重みを感じた。まるで旅の中で戦闘を行っている最中のような、倦怠感。

 すぐさま僕は空を見上げた。落ちてきた水滴と同じ紫がかった青白い炎と、暗雲が見えた。

 

 まずい!僕の頭に浮かんだのはその一言だけだった。この雨が僕の体力を急速に奪っていることは、分かり切っていることだからだ。

 僕は抜けそうになる力を振り絞り、雨を避けられる場所へと脇目も振らず走った。

 

――――――――――

 

 

 何度これを繰り返したか。今、地面を踏みしめて走る戦士は数えておらず、そもそも忘れてしまった。

 夜は余りにも長く、雨の中で何度も力尽きる彼は、死体と共に自身の記憶を次々と置き去りにしている。

 

 だが、変わらず残るものもある。夜を追いかけ続け、立ち塞がる敵を叩き、潰し、抉る。そして遂には『夜の王』を屠るという執念が。

 そのためには力がいる。戦士『追跡者』と呼ばれる男は雨から逃れながら、フルフェイスの兜の中から瞳をぎらつかせ、倒せる敵を探していた。

 

 追跡者にとってこれはただ、繰り返される戦いのうちの一つでしかなかった。何者かの息遣い、それに注意を惹きつけられるまでは。

 

 

 彼が、空中に出現した霊樹を目指して走っていると、背後に幼い声が聞こえた。その声は追跡者に近づいてきて、幻聴ではないとはっきりと認識できるほど大きくなった。

 追跡者は左腕に付けた得物、鉄杭を構え後ろを見る。視界の外から攻撃されれば、それだけで戦闘は不利になるからだ。

 

 

「はあ、はあ…何とか出られた…。」

「…小さい、壺か?」

 

 

 彼の視界に入ってきたのは、奇妙な存在だった。人間の足の長さほどある大きさの壺に、手足が生えている。表面はつるりとしていて文様の類はない。ただその上部に樹を模した封がなされているのみだ。

 

 彼は雨の迫る速さ、目の前の存在どちらもを意識しながら、一旦様子見をする。追跡者は自身の拠点にいる協力者を知っているからだ。

 しかし夜の中で、これよりも大きな壺とは幾度も交戦している。敵意があるかないか、それでしか判別できないのだ。

 

 小さな壺は、追跡者の呟きを耳聡く聞きつけたようで、ぐいと体を正面に向ける。

 

 

「…あなたはもしかして、まともな人?」

 

 

 追跡者はじっと壺を見、大剣の柄を強く握った状態で、小さく縦に首を振る。

 油断を誘って、いきなり巨大化するかもしれない。何が起こるか分からないのが、リムベルドにおける夜だ。

 

 

「よかった、やっと会えた!僕は、旅の途中の壺だよ。それで、騎士のお兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど…。」

 

 

 すると小さな壺は手を叩き、胸を撫でおろすような仕草をした。追跡者はその時点で衝撃を受ける。円卓の仲間たちならまだしも、この土地にまともな命など存在しなかったからだ。言葉は通じず、理性を失った獣のごとき人間と化物だけが跋扈するものだと、彼は思っていた。

 壺は彼に尋ねる。雨とリムベルドのことを。

 

 雨は降り続け、侵食を続けている。

 追跡者は手招くように左腕を動かし、場所を変えることを言外に伝えた。

 

――――――――――

 

 

 必死で謎の雨から逃げていたら、思いがけない出会いがあった。藍色のサーコートに、翼のような意匠が施された兜の騎士だ。彼は片刃がぼろぼろになった大剣を担いでおり、小盾の裏、左腕に付けられた武装からはひりつくような感覚を呼び覚まされる。

 見たことの無い装備だ。全身鎧の状態と隙の無い立ち振る舞いから、彼が歴戦の戦士であることはよく分かる。それだけで冷たい外気と対照的に、僕の心は燃えるように熱くなった。

 

 騎士は口数こそ少なかったが、誠実な性格だった。素性もよく分からない僕の質問に答えてくれるのだ。

 まず騎士について。彼は追跡者と呼ばれているらしい。彼は彼自身の敵を討ち倒すために、この土地を走り回っているそうだ。

 またこの土地は、リムベルドというそうだ。僕は似た地名について、彼に尋ねる。

 

 

「お兄ちゃんは、リムグレイブって場所を知ってる?僕はそこから来たんだ。」

「…知らないな。俺はリムベルドの外から来た。詳しくはない。」

 

 

 僕は続いて聞き、彼が答える。あの雨は、夜の到来を示すものだという。晒され続ければ夜に飲まれ、記憶や正気さえも失うとのことだ。

 他、追跡者の説明の中で『夜』という単語が頻繁に出てくる。聞くほどに分かる。僕の知る普遍的な夜とは違う。これは樹や月のような、大きな意味を持つものだ。

 

 追跡者の目的も大まかにだが聞き、息をつく。僕は近づいている暗雲と、空に浮かんでいる半透明の樹を見た。

 

 

「なるほど。お兄ちゃんは、これから強い敵と戦うつもりなんだね。あの、樹の根っこの下にその敵がいるんだ。」

「ああ。」

「…他に、雨から逃れる方法はないんだよね?」

「ここも飲み込まれる。逃げ場はない。」

 

 

 僕は少し考えた後、拳を握り締めた。ほぼ確実に、赤獅子の人たちも雨へ飲まれてしまっただろう。

 力を奪い取られる雨の中で旅路が途切れるわけにはいかない。僕はまだ多くを知りたいのだ。

 

 ならば、選択すべき道は一つだ。僕は追跡者に拳を見せ、頷く。彼は戸惑った様子で僕の手を見た。

 

 

「なら、僕も行く。追跡者のお兄ちゃんの力になるよ。」

「…分かった。」

 

 

 追跡者もまた頷き、周囲の様子を伺った後走り出す。彼の首は少しだけ僕に傾けられ、ふいと前へ向けられた。

 彼の足はとても速く、すぐさま追いかけなければ見失いそうだ。僕は鞄を背負い直し、時に回転を駆使しながら追跡者の後ろをついていった。

 

 

 雨は更に激しくなり、あっという間に元いた場所も侵食された。疲れを知らずに進み続ける追跡者に距離を離されそうになるが、全力で追い縋る。

 

 突然、追跡者が森の中で立ち止まった。そして彼は立ったまま大剣を振ったり、左腕の仕掛けを調整したりし始める。その仕草はあまりにも自然で手慣れていた。

 彼は静かだが芯の入った声で、ただ一言隣までやってきた僕に言う。

 

 

「…来るぞ。」

 

 

 次の瞬間、僕は見た。船に覆いかぶさってきた濃霧、暗い闇のようなそれが複数地上に降りかかるのを。

 濃霧の中から、人の輪郭が出現し、それは鮮明になった。ケトルと布鎧を装備した兵士に、えんじのフードを被った、鎖帷子の兵士たち。

 

 彼らは僕と追跡者に向けて得物を振り回した。

 

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