ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
上空から見えるリムベルドは、一部分が様変わりしていた。南東部に、毒々しい朱色の霧が漂っているのだ。その場所について、巫女は『腐れ森』と呼んだ。以前出現した火口と同じ、地変である。
腐って変容した樹木が不規則に生えており、森から感じる気配は強き者ばかり。僕は戦々恐々としながら降り、三人の夜渡りと考えを共有する。
ダフネは実質初陣であるため、鉄の目が仕切ってくれるようだ。教会を巡りながら敵を倒し、一時的な力を高めてから、強敵へと挑む。ダフネは腕を組みながら聞き、鉄の目の作戦へ賛同した。やはり彼女は、復讐一辺倒な戦闘狂ではない。
「…それで、あの森をどう対処するかだ。」
「…。」
「好きにしろ。今回は、お前たちの動きを見させてもらう。」
「鉄の目さん。火口に行ったとき、話せた人がいたよね。危険そうだけど…その分行く価値はあると思う!」
執行者は、無言ながら指さし、向かおうと意思表示をする。鉄の目は拳を口元に持ってきて頷くと、僕たちの意見を取りまとめた。つまり腐れ森を探索すると決定したのだ。
「あんたと同じく、俺も気配を感じた。…力を蓄えてから、慎重に行くぞ。」
彼はそう言うと、近くの教会や廃墟に向かって走った。執行者と僕が続き、ダフネが少し遅れてついてくる。夜の王へまみえるための、短い旅路がまた始まった。
道具を拾い集め、敵となる夜の者たちを倒していく。その戦いの内で、ダフネはどの夜渡りよりも苛烈な攻撃を仕掛けていた。
リラを奏でた後、三人の霊体の内誰かと共に前衛を張り、自身の武具である呪爪で引き裂きに向かうのだ。手持ちの聖印を使うこともあったが、攻撃の手を緩めることはなく、倒れた敵に祈祷『雷の槍』で追い打ちをかけていた。
これがダフネの実力。僕は彼女に圧倒され、夜に飲まれていた時は全くの別物だと、無い舌を巻いた。
「すごい!僕も見習わないと…!」
「やかましいぞ、壺の小僧。次を倒しに行け。」
ダフネは眉間に皺を寄せ、掌で僕を追い払うと、残る敵へ再び睨みを効かせた。その荒くれのような姿から、彼女が名乗ったような貴族の娘には、全く以て見えなかった。
今いるのは、三つ目の廃墟。インプと石の番犬が徘徊する無機質な場所だ。鉄の目や執行者は優れた技量にて、硬いそれらを素早く掃討していく。僕も協力者として、同族二体と坩堝の騎士の霊体を召喚し、加勢してもらう。
来てくれた坩堝の騎士は、最初から坩堝の諸相を顕現させ、広範囲を大技で薙ぎ払った。剣術もそうだが、騎士の持つ技は一つ一つが重く、脅威的だ。味方になってくれたことで、より戦闘の展開は早く進むようになった。
執行者の一振りが最後の一撃となり、還樹の番犬たちを倒し終える。僕たちは示し合わせた通り、封牢を目指すことにした。
そのときだった。僕の視界いっぱいに、黄土色の靄と異形が浮かび上がったのは。
次に、僕の横に立っていたダフネが苦しげに呻いた。執行者もがくりと体を揺らす。
「…!」
「うう…一瞬、何か見えたような…。」
「…ああ。上を見ろ。」
鉄の目は鋭く崖上を見つめた。彼は言う。僕たちの力を奪った存在は、あれに違いないと。
僕も続いて崖上に視線を向ける。全身をすっぽりと黒い布で覆った、不気味な人影が立っていた。
僕たちは人影が逃げる前に、急ぎ突き出た墓石を登る。手足を全力で動かし土を踏みしめた僕は、その黒衣の人物が先ほどの位置から、一歩も動いていないことに気がついた。
何を目的として、僕たちを狙ったのか。ダフネは、怒りのままにその存在に襲い掛かろうとする。振りかぶった拳を執行者が止めた。黒衣の人物から漂う異様な雰囲気に、まずは様子見をするつもりなのだ。
黒衣の人物は、頭部があるであろう場所が大きく膨らんでいる。そのため、衣を脱いだ姿が想像できない。右手には秤を持っており、意味ありげに水平を保つ。
僕たちが様子を伺っていると、黄土色の靄を発し始めた黒衣の人物は、不気味な声で一言呟く。僕は未だ怒りを向けているダフネを手で宥めながら、一歩前に出た。
『取引だ』
「待ってて。僕が行くよ。」
「…頼んだ。」
彼は正体を隠し、明らかにそうとは見えないのに商人を騙る。『秤を持った商人』は僕に、呪いを解きたいならば持っている力を差し出すように促した。これこそが取引の内容。何をしてくるか未知数の相手に、僕は恐る恐る集めたルーンを見せる。
商人は僕の手に首を傾けると、僕の手からルーンを取り、秤へと置いた。その瞬間、僕の体に活力が戻っていき、特殊な力を得る。感じるそれは『悪魔の鍍金』。持っているルーンによって力を増すことができるようだ。
「…面妖な。あんたもそろそろ落ち着け。呪いは消えた。」
「ふん…!舐めるなよ、悪魔めが。」
ダフネが睨み続けるも、黒衣の商人から動揺の類は一切感じない。彼はまたも取引を持ち掛ける。僕が渡したルーンの対価として、願いを選択するようにと。
彼は、物だけでなく事象をも商売道具にするようだ。提示する選択肢は、ルーンや聖杯瓶を増やす方法や、身体能力の向上などである。どれも、これからの探索に有利になりそうなものばかりだ。
怪しさしか感じない。彼は同じ言葉を呟き続ける。僕は試しに、こちらから取引を持ち掛けてみることにした。
『選択せよ』
「…ねえ、商人の悪魔さん。これ以外のお願いって聞いてくれる?赤獅子の戦士に会いたいとか…夜の王たちや商人さんについての情報とか。」
『…決まりだ』
「えっ…!?」
「まともに応じるとはな。」
鉄の目が、僕と黒衣の商人を交互に見て、呟くのが遠くに聞こえる。商人が言葉を発した瞬間、僕の意識はぼやけていたからだ。
商人の表情は分からない。しかし僕には、それが衣の下でにたりと笑っているように思えた。意識は暗転する。
――――――――――
小壺旅人は闇の中に沈み、商人を騙る『調律の魔物』が対価として払った物を見る。
未だ相対していない夜の王たちと、商人の真の姿だ。もこもこと黒衣が盛り上がり、山羊の悪魔が現れる。角には瞳孔が横に広がった巨大な眼があり、額には虚ろな目が並ぶ。
魔物の一部は、小壺旅人を見据える。いや、壺の内にある温かな夜を。
小壺旅人と魔物は見合い、互いの意思を交換する。その過程で、幼き壺は知った。
魔物は夜に公平を見出し、その内にて、あらゆるものが高次元へ押し上がる術を求めていると。小壺旅人の望みを知った魔物は、訴えかける。高みを目指す者ならば、夜の有用性が分かるはずだ。心の隙間を狙うように、そう力を込めて伝える。
対する小さな壺は魔物の考えを把握し、思念を飛ばし返す。リムベルドの夜は万物を飲み込むが、高みへと至らしめることはない。正気を失わせ、ずっと低迷するままだと。
『リブラさん、あなたのような方もいるんだね…。知れて良かった。でも!リブラさんの望んでいる公平には、別のやり方がきっとある!皆を苦しませる夜じゃなくても、方法はあるんだ!』
魔物は、悪魔らしい無機質な視線を向ける。徐々に薄れていく魔物の断片に、小壺旅人は叫び続けた。何故なら、目の前の彼もまた夜の王で、夜に飲まれたものであるからだ。
望みなら共に探せる。そんな甘言を、小壺旅人は本気で叶えようとする。その想いは取引の終わり際、微かにではあるが、魔物の考えに雑音を走らせた。
戦士たちの願いを全て叶えるのに、ルーンのみでは不十分だ。魔物は姿を消す前、追加で対価を徴収し、多くの時間を奪い取った。
急速に日は回り、戦士たちの力は完成されないまま、夜は明ける。
――――――――――
僕が目を覚ましたとき、執行者と鉄の目は深刻そうな表情をして、地面に片膝立ちをしていた。近くに黒衣の商人、いや夜の王であるリブラはもう、いなくなっている。
「…。」
「あんた、目が覚めたか。…聞いてくれ。」
鉄の目は空を見上げながら、説明する。雨雲は一切なく、まだ余裕がありそうだ。
だが彼の次の言葉で、一気に気分が変わる。何と、今はもう夜が遠のいた二日目だというのだ。リブラはすさまじく大きな置き土産を残していったようだ。このままでは、この出撃は失敗に終わる。
僕たちが焦っている中、ダフネは何が問題なのかと首を傾げ、地図を開く。次に彼女が示したのは、炎のような赤で塗られた地点であった。
こんな印はさっきまでなかったはずだ。僕たちが考える間もなく、ダフネは強い口調で諭した。
「おい。立ち止まっていても時間の無駄だ。この印の元に行くぞ。」
「…。」
「ああ。…変則的な探索にも対応すべきだ。間に合わせるぞ。後で、あんたが得た物も共有してくれ。」
鉄の目は最後、僕に向かってそう言い、崖上から飛んだ。そのまま霊鷹の止まり木へと走っていく。
まだ見ぬ夜たち。僕はそれらの影を確かに見た。今回の出撃にはそれだけでも価値があるだろう。
だがまだ諦めるときではない。僕は夜渡り二人の後を追って、急降下した。