ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
霊樹まで浮かんでいく戦士たちを見送った後、僕も粘性を帯びた液体に触れる。こぽりと壺の表面を水音が鳴り、気がつけば水色の液体に浸った神授塔まで来ていた。
二十以上の戦士が集まれば、この空間も窮屈だ。赤獅子の軍勢が豪快に笑い合う故に、頼もしさと戦への昂りの両方を感じる。
僕の想像通り、門の先で待つ夜の王が誇り高き戦士なのであれば。きっとこの熱に、感じ入るものがあるはずだ。
僕は拳を振り上げ、宣言した。
「夜渡りさんたちに、赤獅子の皆さん!この先にいる夜の王は、皆さんと同じ戦士だよ!きっと強いだろうけど、必ず勝とう!」
「小僧め、熱にのせられおって。…夜の王に、必ず報いを受けさせるぞ!」
ダフネはそっぽを向いたまま、拳を力強く天に掲げる。赤獅子の軍勢は雄々しく歓声を上げ、ダフネに続き拳を上げた。彼女が乗ってくれるとは。やはりダフネは令嬢ではなく、勇ましき戦士なのではないか。
その様子を見る鉄の目から、狭間杯を観戦していた時のような熱を感じる。執行者も静かに高ぶっているようだ。
「面白い…ここでも祭りが始まるとはな。」
「…。」
これも、赤獅子の性質が為せること。僕はぐんぐんと高まる気持ちのまま、神授塔を出る。そして戦士たちと共に扉を押した。闇が僕たちを包み込み、灰の世界へと連れていく。空が赤く染まった地を、僕たちは駆けた。
走った先で何者かが、灰を周囲に勢いよく吹き飛ばし、降りてくる。
胴体から上は人であるが、下にある脚は獣の人馬。筋肉質でよく鍛え上げられた四脚だ。右手には幅広の剣を持ち、左腕は根元から無くなっている。
鉄の目は言う。目の前の戦士こそが夜の王。『夜光の騎士、フルゴール』だと。
人馬の戦士からは、途方もなく沈んだ虚無感が伝わってくる。瞬く暇もなく戦士は突進し、剣を赤獅子騎士の一人に叩きつけた。赤獅子騎士の兜の奥から、唸り声に加え、喜色を含んだ笑いが漏れる。
これこそが戦士。挑むべき強敵である。赤獅子の軍勢は互いを鼓舞し合い、夜渡りたちと小隊を組む。
僕は一瞬の内に冷静さを取り戻し、協力者たちを召喚した。壺たち三体が拳を合わせ、坩堝の騎士とグラディウスが構える。
物量で大きく勝る四つの塊は、夜の王へ突貫した。
彼は本当に神聖な力を振るうのか。僕はそれを知りたいと願う。
――――――――――
赤獅子騎士一人に雑兵と兵士がニ、三人ずつ付き、夜渡り三人はそれに紛れる。攻守を併せ持つ完成された布陣である。
対する夜光の騎士、フルゴールは剣に嵐を纏い、薙ぎ払う。灰を巻き込む突発的な暴風に、ラダーン兵たちは足を踏ん張り防ぎきる。
だがそれは、フルゴールの技の一つでしかない。四つ脚を力ませて飛び掛かる剣技や力強い突き、出の早い前脚での地ならしなど、体躯を最大限活用した攻撃が、戦士の集団に襲いかかる。
守っていても、勝ち目はない。そう判断した赤獅子騎士たちは大盾を捨て、各々大剣や大弓を使って果敢に攻め始める。
夜渡りたちの戦いについて。鉄の目は刃にて弱点となる場所に傷をつけ、狙い撃つ。執行者はフルゴールの斬撃を弾き、隙を見て斬りかかる。復讐者はファミリーを召喚した後、赤獅子たちと肩を並べて前衛を張り続けていた。
小壺旅人は戦いの中、フルゴールが秘めたる想いを感じ取る。それは神々への変わらぬ信仰心。小壺旅人は、知らぬ太陽を信奉している身である。だからこそ想いの性質に気がつくことができた。
そうして小さな壺は混乱する。彼は何を思って、夜の中にいるのか更に分からなくなったからだ。
フルゴールが前傾姿勢を取った後、疾走する。通った場には金色が残され、すぐさま光の柱となる。
光を纏った疾走の最後、立ち止まったフルゴールは前脚を地面に叩きつけた。人馬の前方に神聖な光柱が生え、翻弄された戦士の集団に少なからずダメージを与えた。
「すごい…。」
小壺旅人は拳を交差させて身を守った後、遠く離れたフルゴールに向かって呟いた。フルゴールの戦いと、神聖な力を振るっている事実に対し、幼き壺は感嘆したのだ。
フルゴールの動きには隙が無い。激戦によって飛び散った血を拾う暇もなく。真意は覆い隠されている。
小壺旅人はめげずに動き回る。金色の壺の霊体が一体また一体と減り、赤獅子の雑兵の中にも限界が近い者が現れた。しかし、物量の差は大きい。剣で、大槌で、はたまた雷の力によって。戦士たちは、フルゴールの力を着実に削いでいった。
やがて、フルゴールに大きな隙ができた。倒れ込んだフルゴールに執行者の刀が勢いよく刺され、傷口を広げる。小壺旅人の手に濃密なフルゴールの一部が渡った。
だが想定外の出来事が起こる。フルゴールが呻いた後。びしゃびしゃと音を鳴らして紺色が灰を濡らしたのだ。それは失われている左腕の根元から噴射されていた。
飛び出してきたのは、繊維がもつれたような歪んだ腕。夜の闇から作られた紛い物であった。
フルゴールの兜の奥。瞳が更に暗くなる。そう成り果ててようと、神々への信仰は尽きず残っていた。
小壺旅人は焦燥感にかられながら、掌に濡れた血を己の泥濘へ流し込む。グラディウスは小壺旅人の様子に気づき、彼を背に乗せて走った。
――――――――――
フルゴールの記憶の断片には、ある出来事が深く根を張っていた。
同じ神々を信奉する仲間たちから裏切られ、背後から左腕を切断された瞬間である。暗く淀んだ仲間の目が、脳裏に焼きついて離れない。
僕は、消えては現れる同じ場面を視界に入れ続ける。これほどまでに絶望しても、神々の僕であることを放棄しないのは何故か。浮かび上がってくる記憶の中に、一片の想いが見えた。
そして僕は納得する。彼は愚直なまでに、信仰心を持ち続けていただけだ。仲間が離れても、いつの間にか夜に体が取り込まれても、信じ続ける。
狂信などではない。フルゴールは己を貫くことで高みを目指す、どこまでも強い騎士なのだ。
だがこの信仰は、体から闇が漏れ出したことで台無しにされようとしている。そんな結末、僕は黙って見ていられない。
フルゴールの心を、夜の闇から救い出す。そうしてこそ、彼の献身は報われるのだから。
僕は意識を取り戻した。今回もグラディウスが助けてくれたようだ。霊体ではあるが、狼のふかふかの毛並みを感じる。僕はグラディウスの背にて、フルゴールの様子を伺う。
闇を零しながら広範囲を薙ぎ払うフルゴールは、先ほどよりも厄介だ。時に地面に衝撃をぶつけるフルゴールは多数を一網打尽にする。
重い一撃を受けて、赤獅子の戦士たちは次々に戦線を離脱している。ただ一体残った同胞の霊体は死に体であり、今坩堝の騎士が執行者と兵士の一人を庇って還った。
僕はグラディウスと共に、『ゆでカニ』の持つ効果を散布しながら駆け回る。フルゴールの注意がこちらに向けられる前に、僕は体に力を込めて祈った。
体を蝕む夜が離れ、僕の中に集約されるように。気高い騎士にもう一度、神聖な光を。
すると僕の体に、途轍もない量の紺色が飛んできた。赤獅子の戦士や、砦の兵士と同じだ。
それらはフルゴールの右腕から、煙のように僕の蓋へと入っていく。時間が経つほどに、体がずんと重くなっていくようだった。僕は苦しくなり、グラディウスの体から転げ落ちる。
「はあ…はあ…。フルゴール…さん!見てよ、僕たちを…!」
フルゴールの剣をグラディウスが受け止めてくれる。僕は右手を人馬に伸ばし、更に祈りを込めた。
夜の蝕みを吸い込む勢いが更に上がる。僕は核が水面で溺れるような感覚を覚えながら、続ける。
勢いが落ちた頃。フルゴールの動きが鈍くなる。彼の紛い物の腕が薄れ、ついには呻きながら剣を取り落とした。それを認めた僕は、鈍痛から壺の正面を押さえて、よろよろと右手を下ろす。
戦士たちは僕と夜の王とを交互に見て、フルゴールへの警戒を強めながら構えた。それはフルゴールが戦意を失っていないからでもあるだろう。大胆さを持っていても、歴戦の戦士は油断しない。
彼らが様子見したのは、結果を見れば正解であった。フルゴールは僕たち一人一人を見た後、高速で離れ、拾い直した剣で不可思議な行動に出たからだ。
フルゴールは、左肩にこびりついていた闇を削ぎ落としたのである。
僕にはわかった。彼は強き意志を取り戻したのだ。現にフルゴールからは、今まで以上のプレッシャーが飛んできている。
僕たちが様子見を続けていると、赤と紺が混ざった空から金色の光が射しこむ。まるでフルゴールを祝福するかのように。
ダフネが眉間に皺を寄せながら、僕に言い捨てる。彼女の視線は空に向けられていた。
「おい小僧…。責任持てよ。」
「あはは…。うん…。」
光の中に、人影が見えた。フルゴールと同じ、青銅の防具を身に着けている戦士たち。薄金色の霊体だ。
理解不可能な状況が目の前で起こっている。逆境を跳ね除けたといっても、限度があるだろう。僕は壺を震わせ、ダフネの言葉を噛み締めた。
――――――――――
フルゴールは次々に降り立つ金色の霊体へ視線を向けた後、拳を胸の前で握る。光がフルゴールを強く照らし、失われた左腕が再生していく。
孤独の中で信仰を絶やさなかった騎士に、神々は応えた。
正気を取り戻したフルゴールは思う。好敵手たちへの感謝を。戦いの熱は冷え切った裏切りの前、仲間から感じていた温かさを再び思い出すきっかけとなった。だからこそ己は夜を克服できたと。
全盛期を取り戻した騎士は、内から湧き上がる試練への喜びを胸に、再び駆ける。かつての仲間、裏切りで隠れていた真の信奉者たちと共に。
赤獅子の軍勢もまた歓喜し、立ち上がった。この場にいる彼らは皆、戦いを信じる者へと捧げる。
両者見合っている間に、復讐者が怨念を解き放ち、戦闘不能になっていた者を呼び戻す。万全の戦士がここに揃う。
こうして、強者同士の乱戦が始まった。
神々の騎士、フルゴール…
神々に祝福された、古き人馬
愚かな裏切りにより腕を失う前、彼は剣と弓に秀でていた
狩人は今でも神々の僕である
彼はただそう在り、信じ続け
想いは報われた
(フルゴールの特殊形態。夜渡りの数に合わせ、神々の騎士たちが敵に加わる。)