ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
予兆
戻ってきてすぐ。僕は、地下廟へと向かうことにした。人馬の英雄に思いを馳せたい気持ちもある。だが鉄の目と、彼によく似た姿の男がした取引の方が優先事項が高い。
鉄の目は『聖律の刃』と呼べるであろう、フルゴールの得物を円卓に持ってきた。巫女に対し、夜渡りたちが王を討ったことを報告し終われば、取引が再開されるだろう。その前に考えを聞かなくては。
「…壺さん。彼らは坩堝の騎士殿と同じく、貴方が連れてきたのか。」
「うん、赤獅子の皆さんだよ!夜の王と戦うとき、この方たちも協力してくれたんだ!」
「そうか…詳しく聞いても?」
しかし解放されるには、時間がかかりそうだ。巫女が、円卓を埋める赤獅子の軍勢に視線をやった後、ぴくぴくと頬を引きつらせている。
二十人以上を受け入れるには、相応の説得が必要になる。僕は赤獅子の軍勢がどれだけ強く、夜明けの一助になってくれるかを説明しはじめた。鉄の目の様子に気を配ることを忘れずに。
そして巫女への説明が終わり、赤獅子の軍勢を案内した後。まだ夜渡りたちが話しているのを視認してから地下廟へ降りた。そして、倒れ込んでいる『施設』の人間らしき彼に近づく。その弓手は力無く、起き上がる気力すらなく項垂れているように見えた。
「…お前は、何者だ。」
「僕は、旅の生き壺だよ。貴方と、鉄の目さんが来る前に、お話ししておきたかったんだ。」
「生き壺…リムベルドで見たな。…お前も、円卓の戦士として俺を殺すつもりか。」
「ううん。でも、貴方が死を望んでいるのは分かるよ。こういうのには敏感なんだ…。」
鉄の目によく似た人物、出撃前の話の中で聞いたのは『怪物』の異名であったと思う。『怪物』は、少しだけ首を上げると、どんよりとした口調で尋ねてきた。生気を感じない、諦観に満ちた喋りだ。
僕は『怪物』とゆっくり、しかし無駄を省いて対話することにした。意味ある戦いを持たず、かつ確固たる意思で死を望む人間というのは、何もかも投げやりで、言葉をするすると零す。だから僕は、怪物と鉄の目の関係性が、目標と暗殺者であることも、怪物が『昏き地の寄宿舎』を壊滅させ、裏切者となったことも知ることができた。何故裏切者になろうとしたのかも。
僕はこの時点で、怪物が共に夜明けを目指せる人間ではないことを理解する。
彼ら施設の人間は、何と僕の推測通り『死に生きる者』であった。彼らは目的を達成すれば消される定めにあり、死に生きているのに、破滅からは逃れられない。そのことに感情が動いた『怪物』は、同胞を殺すことに決めたのだ。報われぬ破滅を迎えるより、理不尽な死の方がまだ虚無感に支配されないと。
犠牲者は最期まで『怪物』を憎むだろう。施設が彼を危険視するのも当然だ。しかし僕は思う。
暗殺者を育成する『施設』に正義はないと。『施設』は少数を切り捨てることで、世界の安定を図るだけである。暗がりで生きることを決められ、終わりには密かに始末される生涯なんてあんまりだ。
「貴方は…運命に、夜に飲まれて、苦しんでいたんだね。今も辛い?」
「戦いは愉しかった…だがそれも、永遠には高鳴れん…。この、呪いは…俺たちを蝕み続けるんだよ。」
「…そっか。なら少しでも、蝕みをもらうよ。ずっと苦しんだままじゃ、貴方が報われないもの。」
「何を…。…体が。」
僕は祈り、怪物から線状の夜を流れ込ませる。怪物は目を見開き、僕に驚いているようであった。
その過程で、僕の中に『怪物』の記憶の多くが入り込んでくる。彼の生涯は血に塗れ、冷たい。そしていつしか追手に殺されることを望むようになっていた。無機物のようで、血に濡れることこそを自身の存在証明とした、哀しい在り方であった。
僕は彼の生涯を記憶し続ける。施設の人間が何も残せず死ぬのなら、僕の中に残そうと思ったのだ。
怪物は目を瞑り、己の状態を呟いた。彼は更に脱力していく。弛緩しきった足はもう、立ち上がる気すら無くなっているようだった。
「くくっ…まるで、生まれたばかりのような心地だ…。ああ、温かい闇が…。」
「怪物さん…具合はどう?」
「…生き壺とやら。俺の同輩が…俺に死を与えに来てくれた。」
「あ…鉄の目さん…。それにお姉ちゃん。」
僕は祈りを止めると、背後に視界を向ける。そこには鉄の目と、巫女が立っていた。音もなく、階段を下りてきていたのだ。鉄の目は元より気配を消すことに長けていて、巫女も義賊として隠密が得意であった。僕は誤魔化すために両手を振り、『怪物』から離れる。
だが鉄の目は何でもないように振舞い、フルゴールの巨大な剣を床に突き刺す。幅広の剣は聖性を獲得しているが故に、鈍く光り続けている。
「あんたが先に来ているとはな。怪物から何か聞いたのか。」
「…うん。施設の人間は死に生きる者だってこととか、寄宿舎を壊滅させた理由とか…それだけを聞いたよ。」
「口を割らせるのが上手いな。なら、俺がこれを持ってきたのも、あまり意味を為さなかった。」
「…大きいじゃないか。くく…まるごと持ってくるとは、思わなかったぜ。」
鉄の目は、脱力して座り込む怪物を見下ろすと、フルゴールの剣を光の弓へと変化させた。戦いの中で人馬の英雄が扱っていた技だ。鉄の目は怪物に狙いをすませると、一言尋ねる。伝えたいことはあるかと。
すると怪物は歓迎するかのように、両腕を開いた。そしてそのまま声を大きく返す。
「…そこの、生き壺が言った通りだ。言い残すことはない。さあ、やれ!」
「ああ。…小壺旅人、巫女、離れろ。」
「壺さん、こちらに寄ってくれ。」
巫女が僕の背を押し、屈んで壺の正面を服で隠す。だが僕は『怪物』を視界に入れ続けた。
神聖な力によって彼の体が終えるとしても、冷たい生のまま行かせたくはない。鉄の目が矢を放った後、僕は怪物の座り込んでいた場所から粒子を全て掴み取った。
鉄の目は、光の弓をフルゴールの剣に戻すと僕に向かって呟く。冷静かつ頭が回る彼は、僕の意図を読み取ってくれたようだ。
「見ず知らずにも、望む生を。それが、あんたの選択か。」
「うん。さっきまで知らなくても、会えたことが縁になるから。」
「…小壺旅人、後で話したいことがある。聞いてくれるか。」
「勿論だよ、鉄の目さん。…二人とも、僕は先に上へ行くね。」
僕は巫女と鉄の目の方を向いた後、地下廟を去った。同じ方向を見れずとも知りたい。この感情は僕の中で、深く根付いている。
――――――――――
少し前。小壺旅人の説明と、夜光の騎士から得た『夜の気配』について報告が終わった後。
巫女は、夜渡りの掌にある灯を受け取り、その先にあるものを見つけ出さんとする。原初の夜の王、大いなる脅威の源を。
既に獣のものと合わせ、四つの気配が集められた。導きは朧気ではあるが、巫女の瞳に映し出そうとし、しかしふと途切れる。
強い光によって遮られたかのような感覚であった。彼女は一人、思考を巡らせる。
「まだ足りないということなのか…それとも。」
その後、巫女は夜渡り全員に向けて、今起こった現象を知らせ示す。導きは眩い光によって足踏みをしている。今まで通り、気配を集めなければならないことを巫女は宣言する。
明けかけていた夜は、再び暗中に帰す。まるで、まだ見落としがあることを知らせるかのように。
また四体目の王を討ってから、夜渡りの戦士たちは、各々の目的へと急速に近づいていく。ある者は真実を知り、ある者は別れを予感させる。夜に身を投じていた理由が、断片が見つかっていく。
兆しはある商人の来訪によって、みえる。その前に、件の幼き壺が深層へと潜り込んだ。