ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
現在僕たちは、これまで通り巫女の導きを待っている。赤獅子の軍勢が奇跡的にも加わってくれたことで、円卓は更に賑やかになった。特に活気づいたのが訓練所と食卓だ。そこでは無頼漢や赤獅子、坩堝の騎士、時偶に刃を研いだ執行者が手合わせをするため集まっている。執行者の絵描き以外の部分が刺激されたようだ。
観戦者として守護者と鉄の目が来ることも多く、試合をしているときはどこにいても熱気が伝わってくる。
僕は、ダフネの容態を時折遠くから確認する。そしてそれ以外の時間は、目的のため、海岸や控室で作業に没頭した。
それは、御伽噺の断片と僕自身の中身、夜の王についてなどの調査である。リムベルドの単独での探索は、一旦中止だ。調査している事象は別々に見えて、『夜』という現象を深く掘り下げていく。
夜を維持している何者かを倒せば、この現象は終わると巫女は話した。だが、それは真実なのかと僕は疑問を持ち始めた。
僕は貪食ドラゴンと百足のデーモンに会合した。または、狭間の地とは明らかに違う世界からやってきた、夜の王たちと。このことから、夜が呑み込める別世界の範囲は、果てしなく広いのだと推測できる。リムベルドを探索すればするほど、別世界の断片を見つけ出せるだろう。
これだけの脅威は、ただ一つでは維持できないだろう。故郷で信奉されていた、外なる神たちと同等の業だ。物理的に討伐して、解決できるとはどうしても思えなかった。
それで再び思い返したのが、別の世界にいる夜渡りの英雄についてだ。鉄の目が依頼されて倒した、彼の同一存在は姿が全く同じであった。ならば、ここに集う夜渡りの同一存在もいる可能性は高く、円卓以外、別のリムベルドもある可能性だって見えてくる。つまり巫女が追っている元凶を倒したところで、それと同じ存在が複数いて、本質的な夜明けは訪れないのではないかと考えたのだ。
そう、本質的な夜明けだ。まやかしで終わったと錯覚すれば、リムベルドを安心して再興できないではないか。
「んん…魔法使いのお姉ちゃん、お時間もらってもいい?僕の中身について、ちょっとまとまってきたんだ。」
「うん。これを使っていいよ。」
僕は、控室の椅子に座っている隠者へ話しかけた。彼女は読書しながらも、僕に意識を向けていたようで、僕の頼みを快諾してくれる。
隠者が『夜の欠片』を机に置いた。この欠片は、隠者の探し人に繋がる手がかりであるはずだ。
こんな大切なもので検証してもいいのかと僕が聞くと、隠者はゆったりとした口調で応じる。僕の力の検証が更なる手がかりを手繰り寄せられるのではと、彼女は持ちかけてくれた。それに、召使人形が調べ出した逸話と、隠者自身が円卓内で見つけ出したぼろ布によって『かじりやさん』の痕跡は追うことができているらしい。
つまり、この欠片の役目は終わったも当然。なるほど、貸してくれた理由は明白だ。
話の流れで、隠者から『かじりやさん』の外見特徴と、生態についてを深く聞いた。影に潜み、人間大を喰らう魔法生物。僕の想像と概ね同じ、恐ろしい存在だった。続けて隠者が、これくらいと手で空を囲い、おおよその大きさを教えてくれる。
「へえ…。お姉ちゃんが言ってたかじりやさんって、結構小さいんだ。」
「最後に見たときの大きさ…今はもっと、成長しているかもしれないわ。」
「あはは…。」
僕は『かじりやさん』の想像しやすい脅威に戦きながらも、何とか笑って返す。隠者の語り口からは、その魔法生物に対する恐怖は感じ取れなかったからだ。どちらかと言えば、その生物との再会は穏便に済むと思っているようであった。
僕は気を取り直して、体内に意識を向ける。
ダフネの体から漏れ出た汚濁や、夜の王たちの血肉は蝕まれていた。てっきり僕は、体の一部から記憶を継承していると思っていたのだが、他ならぬ同胞からその考えは否定された。僕のように、鮮明な過去の記録を追体験することは、血肉を詰める段階で起こりえない事象であると。小壺商人も、生き壺の絵を描いて、僕の話した内容について疑問を示した。
これは、僕がリムベルドの人々を詰め続けてきた結果だ。どろりとした暗色の中身が、僕と同胞たちを決定的に分けたのだと直視することになった。
認識を合わせたことで隠者は僕が、夜の蝕みから記憶の断片を継承できることは分かっている。人馬の英雄との戦いの中で見出した僕の陽光も。
両手を組んで祈った。リムベルドの夜明けに、太陽が輝かんことをと。欠片から線状の靄が僕の方へ勢いよく飛んでくる。
「…壺さんの力、どんどん高まってきているみたい。欠片から、夜が抜け落ちていってる。」
隠者はその特異な状況に驚いているようであったが、冷静に欠片と僕の様子を見定めた。
欠片から色素が抜けていく。それと比例するように、僕の体にずんと重しが乗せられていく感覚が襲ってくる。倦怠感とは違う、水に溺れるような心地。
僕は苦しさから祈りを止め、控室の床に手をつく。
「ううっ…。」
「横になって…。壺の人たちって、さすれば良くなる?」
「ありがとう、お姉ちゃん。おさまってきたよ。」
隠者が僕の背面に手を当ててくれたのを感じる。僕は彼女の言葉に返事をすると、取り込んだ夜の先を見た。
ぐらりと揺れる視界に、何か映る。
影に潜み、戦場で兵士を喰らい尽くす不可視の獣。ああ、確かに隠者の言った通り小さい。善悪を知らぬ幼子のように。
僕は控室のベッドに乗っかり、ぼんやりとした意識で蹂躙されていく記憶の戦場を眺める。
そして、ふと思う。この戦いを見ているのは、誰なのかと。
僕は息を落ち着けると、隠者に感謝と、もう背面を擦らなくても大丈夫だという旨を伝えた。
「お姉ちゃん…なんでその布は、円卓にあったんだろう…。」
「心当たりはある…懐かしい魔力を感じたの。壺さん、調子が戻ったら私を見つけて。円卓のどこか、貴方が違和感を覚えたところにいると思う。」
「…? うん…少ししたらお姉ちゃんに合流するね。」
隠者の優しげな瞳が凛々しくなったように感じる。僕に言い残すと、隠者はただの石のようになった欠片を懐にしまい、控室から去っていった。おそらく、心当たりの源へと向かったのだろう。
隠者を視界から外すと、不明瞭な戦いの記憶を見続ける。この戦いに名誉はなく、どこにいるかも分からぬ獣に怯える兵士たちのみがある。
―――
僕は、鉄の目との会話のことを考えていた。
鉄の目のかつての同族『怪物』が消滅した後、僕は鉄の目と岸辺にて海を眺めた。彼はそのとき身の上話に加え、自身の望みについてひっそりと僕に話した。
『俺は、あんたたちに感化されたようだ。…戦い続けたい。命続く限り。しかし夜を終わらせ任務が達成されれば…役割を終えた俺は、何れ除籍される定めにある。』
『だから、頼みがある。定めに抗うために助力してくれないか。』
鉄の目は、間接的に夜を終わらせたくないと望んだのだ。僕は鉄の目から信頼を寄せてもらっていることを嬉しく思いながらも、大いに悩んだ。
一歩間違えれば、夜渡りたちが集った目的に、真っ向から対立する考えになってしまう。僕もリムベルドから人々を助け出すか弔って、苦しみから解放してあげたい。だが彼の望みを切り捨てるなど、僕にはできない。
結局のところ夜渡りの戦士の大部分は、外から集められている。追跡者、ダフネ、巫女の三人は明確に夜を敵視しているが、他の戦士は、夜という事象が不都合であるから排除しようとしているだけだ。二つの在り方は、似て非なるものである。
もし、夜の影響を限りなく縮小できるなら。鉄の目は『怪物』のように生きる活力を失わず、同胞に狙われることもない。脅威が脅威で無くなれば、夜はただ光を一時隠すだけの事象に戻れると。
ただの言葉遊びではない。僕は得た力と、これまで出会った者に希望を見出したのだ。
特に人馬の英雄、フルゴールは最期まで戦いを望み、信仰の極致へと至った。彼は夜をほぼ自力で克服していた。
エデレもそうだ。僕一人の働きかけだけで、夜を克服しかけた。グラディウス、商人のふりをしたリブラも、己の内の夜を無力化している。
夜をただの事象に戻す、もしくは飲み込む力を無力化することにまで辿り着ける。
『鉄の目さん。僕は、探し続けてみるよ。』
元凶が複数存在するという仮説が正しければ、尚更鉄の目の望みは、別の形ではあるが叶えられる。僕は熟考した結果、秘密の約束を交わした。
陽光と夜を共存させるという、新たな路を目指す。その果てに、鉄の目の望みも共立してみせると。
―――
僕は、誰のものかも分からない断片を記憶し終えると、ベッドを降りる。
隠者が先ほど話したように、僕の得体の知れない力は増しているようだ。故郷を旅立った直後には持ち合わせていなかった、鋭い触覚と視覚。薄く夜の帳が、円卓に漂っているのを感じる。
そのヴェールの中でも、一際色濃い部分がある。訓練所の一点だ。僕は芽生えた第六感とも呼べるそれに導かれるように、進んでいく。
いたのは隠者と、召使人形らしき何かの二名。そして隠者は、僕の姿を認めるとおもむろに杖の先端を召使人形の見た目のそれへと向けた。
「何をなさるおつもりですか、英雄サマ!」
「壺さん、違和感に気づけた?」
「うん。姿を真似るのが得意なんだね。…お姉ちゃん、僕もお話しさせて。」
僕は二名の近くへ寄る。円卓の空をふわりと飛び、太陽の蛾が合流した。彼女は空の見える場所に僕がいれば、すぐ近くにいようとする。触角を前脚で整えると、太陽の蛾は複眼をじっと、召使人形のようなそれに向けた。
しばらくして、それは震え始める。擬態が解かれた姿は、隠者に瓜二つであった。
「連なるものたちが…何故、王の歩みを阻もうとする…。」
白髪に、暗い肌をした女性は僕と太陽の蛾を睨みつけた。隠者は硬い口調の女性に対し、言葉なくとも目を見張る。
漂う夜の幕は更に濃くなる。僕は女性の怒りに推測しながらも、対話するため声をあげた。