ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
焦った口からはぼろが出る。だがこの状況でなくても、男は話していただろう。元より隠し事や企みに向いていないのが、この短い間でも分かる。霊体の商人は、僕が少しかまをかけるだけで、彼は黒衣の悪魔について情報を漏らした。
霊体の商人が言うには、彼と悪魔は何度も取引をしてきたという。商材が欲しいと持ち掛ければ、男が持つ価値のある物を譲渡することを条件に、『景色の欠片』を悪魔は渡した。運や呪術的な力を得ようとすれば、内なる精気を。悪魔は誰に対しても、公平さを以て取引をしたがる。
やがて商人は身を窶した。渡せる物が少なくなれば、取引の規模は相応に下がる。だが人の欲望は、崖っぷちでこそ燃え上がるもの。最後にこの商人は、己にとって最も価値があるものと交換した。肉体、魂だけでなく。商いによって豊かにならんとする欲望さえも、リブラへ差し出したのだ。
「あっしは幸せ者でさあ。もう救世主様方のお力になれたんで…やっぱり、取引をし続けて正解でしたぜ。」
「…商人さんは良い人だね。きっと夜渡りさんたちも、貴方の想いを聞けば奮い立てるよ。それじゃあ商人さん…貴方の経験を活かしてみない?」
「…いいんですかい?あれがあっしのとっておきで、これ以上となるとこの景色しかありませんぜ。」
「商品だけじゃなくて、気持ちが大事だから!今はそれだけでも、円卓にいれば良い商材が手に入ると思うよ!」
僕は声を明るく努め、返す。霊体の商人の気配がひどく希薄であることを感じ取る。取引によって身を削り過ぎた弊害だ。
彼には商人としての才能、時に利益のため人を騙せる狡猾さがない。商い人の見本とは、狭間の地のいたるところを旅していたという、風来人パッチのような人物を指すのだ。
小壺商人も、僕と同じくらいの大きさでありながら、抜け目がない。商品はどれも、夜渡りの探索を有利にするものである。また売っている物の中に、研磨されていない景色を入れていることからも分かるだろう。
追跡者がたまに項垂れているとき。理由の半分は、小壺商人のおすすめ、絶妙に高い『景色の原石』のせいである。
だからこそ霊体の商人の有り様に、僕は悲しみを覚えた。このまま、悪魔との取引に溺れて消失するほど、彼は業を背負っていない。
僕はぼろ布から夜を吸収し、リブラと霊体の商人の取引について、記憶を詰め込む。そしてリブラだけの記憶も。
リブラは取引を嘲笑うことなく、ただ規則性を求めていた。その遠くを視る姿は、学者のように理性的で、無機質でさえあった。
先の戦いにて、出会ったときと同じ。僕はリブラに別の公平を見せたい。
僕の故郷では、かつて虐げられた混種や角付き、しろがねなども対等であれた。このような時代を迎えられたのは、褪せ人の王の戴冠が大きな要因であったが、それ以外は狭間の地に生きる者が各々動いたからだ。時代が始まって時間が経ってから生まれた僕でも、この証は至る所で見つけられた。
良き時代のために、民が力を尽くす。他者を虐げず高めていく姿は、リブラの望む公平ではないだろうか。
時代を作るには、象徴が必要だ。月や黄金樹のような偉大なる支えが。
ならば、僕がそれに近づく。夜の中で輝き始めた太陽を、一時でも象徴の一つにしてみせると。
僕は旅人であっても、無責任にはならない。それにリムベルドの復興を見届けてからでも、旅の再開は遅くない。
僕の視界が、更に彩度を増す。線状の夜たちが中へ注がれ、僕の一部となった。微かにあるリブラの力を我が物として。
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守護者に呼ばれた隠者が、お守りの状態を調べ説明する。聞けば聞くほどに危険な代物であり、守護者の怒りは高まりかける。しかし彼の怒りはあることにより、鎮火する。
置かれたぼろ布の山から、気配が消えていったのだ。気配は戦士たちの横を通り、化粧台の部屋、小壺旅人へと入っていく。目に見えないそれらは、まるで導かれているかのようであった。
集まった内の一人である追跡者は、少し離れていたが第六感にてそれを感じ取る。そしてスリット越しの眼光は、遠くの小壺旅人へと向けられていた。
「これが、小壺が得た力か…。」
先ほどまで追跡者は、しびれをきらしそうになっていた。目標数、夜の気配を集めたというのに。巫女が読み取る円卓の導きは止まり、探索に向かおうと夜の王へは辿り着けない現状。
巫女は、後もう少しが足りないと言った。執行者に大祝福の補強を願ったようだが変わらなかった。何が機かも分からないままでは、対策のしようがない。
だが追跡者には理解できたような気がした。巫女の抽象的な話、再び動き出すためのきっかけは今見つかったのだと。
円卓のいたるところから、夜が集約していく。追跡者の体からも、それは抜け落ちていった。そして追跡者の擦り減った肉体と記憶は、変容した力によって補完されていく。夜の可能性によって生まれた太陽の力。
円卓は薄っすらと橙に染まった。朝焼けのごとく。少しずつ奪われていた生命力が維持され、追跡者は再び奮い立つ。
残された時間は多くなくとも、道半ばで倒れることは無いように。今までの戦に見合った価値の一部を渡すため、公平に陽だまりが包み込んだ。
その後小壺旅人の力強い説得により、亡霊の商人は消滅を免れた。小壺商人や見習いの生き壺と共に商いを学びながら、更に夜渡りたちへ貢献したいと、亡霊は望んだのだ。
円卓の導きは戻り、巫女は厳かに宣言する。夜の気配をもう一度集め、大いなる脅威を討つための道を照らすことを。
巫女は目標を定めた。調律の悪魔、商人から知り得た手がかりを基に。
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夜を観測している者たちがあった。それは、特に強大な力を持つ二体である。
一方は山のように大きく、しかし姿を隠して世界を眺めている。もう一方は積極的に姿を見せ、己の望みを果たさんとしていた。
在り方は違くとも、共通している部分がある。どちらも己を持ったうえで、夜へ向き合った個であること。
ただ一つを除き、王は夜を渡る者である。夜明けを望むか、夜を受け入れているか、それだけの違いしかない。
そんな、異なる世界に居を構える巨竜と悪魔は会合し、ある取引を交わした。リムベルドの夜を渡る者、その内の一つに興味を持ったがために。重なった夜はあまりにも濃く、一時灯火さえ覆い隠していた。
夜を克服し昇華させ、真逆の性質を持った。新たな夜は、大いなる脅威へどう立ち回るか。
永く生きた巨竜は生物として最上位に立ち、思考もまた、知的生命体としての位階を凌駕している。それでも彼女は凍った心を僅かに震わせていた。
余興として、試練を。再び氷の中に姿を消した夜の王は、夜渡りたちに予期しない出来事を贈る。そして夜の中で揺蕩う王も、濃密な夜を求めて泳ぐ。
一つの取引から始まり、戦いは激しさと混沌に惑おうとしていた。