ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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ぼやけた導き

 円卓を橙が包んで、しばらく経ったときのことである。

 人形の少女、復讐者は己の内から力を失いかけていた。夜を屠るための原動力、憎悪の念が薄れていくのだ。嵐の夜の中から生まれた彼女は、自身のルーツさえも蝕みによって忘れていた。

 蝕みがすべて取り除かれ、更に陽光という別の性質を持った夜を浴び続ければどうなるか。それは器から魂が解放されていくことに繋がった。

 

 

「…お嬢様…。」

 

 

 復讐者はベンチに座ったまま頭を押さえ、作り物の脳裏に映るものを見る。血に塗れ生気を失った少女の顔。復讐者は彼女を良く知っている。自身が作られてからずっと、傍にいたのだから。

 少女は雨の降りしきる冷たい夜、無念の内に命を落とした。ノーザン家の令嬢、人形の少女にとっての全てである。

 

 復讐者は陽光を浴び、思い出した。混濁した記憶がまとまり、自身が夜を渡ることになったわけを理解したのだ。

 後もう少し早く、この手を伸ばせば。お嬢様を助けることができたはずなのに。忘れていた後悔の念が表層に浮かんでくる。

 

 

「くっ…こんなところで終わりはしない…。お前たちも、そうだろう…!」

 

 

 人形の顔は、体から抜けていく怨嗟のために割れ始めていた。割れた顔の半分から、青ざめた髑髏が覗く。

 復讐者は声を荒く、仲間であるファミリーの三体へと言い放った。霊体たちは復讐者の近くに姿を現し、じっと彼女を見た。視線には、ようやく思い出したかと呆れの色が含まれているようであった。

 

 ファミリーは思念を飛ばす。お嬢様が生きたいと願ったからこそ、我らがここに在るのだと。

 情けなくも、無念は必ず晴らす。贖罪こそが、我らに課せられた使命である。

 

 

「…ふん。覚えていたならば、早く伝えろ。…お嬢様を愚弄し続けるなど、あってはならないことだ。」

 

 

 復讐者は自身への怒りと羞恥心を同時に覚え、叱責した。主の出自を自分の物のように名乗っていたのだ。復讐者にとって、考えられる限り、最も礼儀にかける行為であった。髑髏の霊体はカタカタと歯を鳴らし、戻ってきた同志を祝福する。

 ただ夜を恨むだけの弱き魂は飛び去り、一部の魂のみが器に留まる。憎しみだけでなく、他者を想う気持ちがあるからこそ、彼女たちは動くのだ。

 復讐者は、誰も知らぬところで己の意味を取り戻す。主が願った生きたいという想いのため、嵐の夜に置いて来た主の魂を探すために、再び歩み始めた。

 

 

 だが彼女らファミリーは知り得ない。残った魂の中に、最も大切な存在があることを。幾多の魂に埋もれ、隠れていた。人形に顔立ちの似た幼き魂は、家族の旅路を見守る。その存在は今も、家族を愛している。

 

 

――――――――――

 

 霊体の商人の考えを、夜渡りの戦士たちに伝えてから少し。巫女から、導きを見つけ出したと報告があった。しかし、これまでの標と比べ極めて微弱であるという。その原因は、現在進行形で夜の王が増えているからだと、巫女は話した。

 

 

「貴方たちに小隊を組んでもらうのは、これまで通りだ。だが、三度夜が訪れた後に戦う王は、複数になるだろう。夜渡りの戦士は皆、灰の玉座へと辿り着く。」

「…好都合だ。それで、導きは何を示している。」

「調律の魔物…いや、そのようだが不明瞭だ。気配が希薄で、誰を示しているかは分からずじまいだ。すまない。」

「そうか。…構わない。」

 

 

 集められた夜渡りの内、追跡者は巫女に質問し、返ってきた要領を得ない答えに頷いた。追跡者はどのような状況でも対応できる、戦闘技能と第六感を持ち合わせている。それでも同じ組になったら、不利を埋められるよう積極的に動こうと、僕は思った。

 

 それからすぐに組み合わせが発表される。一組目は執行者、レディ、復讐者。次の組は守護者、隠者、鉄の目。そして最後の組は僕、追跡者、無頼漢であった。これから更に夜の王が増えるのならば、単独か二人ずつでの出撃も視野に入ってくると巫女は言った。

 また赤獅子や坩堝の騎士も複数小隊を作り、別行動ではあるが、夜渡りたちの援護をしてくれるようだ。二十以上の手練れが一気に協力してくれるならば心強い。

 

 

 話し合いが終わって、準備時間になった。その時間中僕は、グラディウスと太陽の蛾に声をかけ、後者についてきてもらうことにする。そして、一緒に戦う二名の夜渡りへ、改めて挨拶することにした。

 追跡者、無頼漢共に、エデレと戦ってから時間が空いている。その間、雑談したり、彼らの探索を手伝ったりすることはあったが、肩を並べるのは久しぶりであるからだ。

 

 二名は化粧台がある小部屋にいるようだ。談笑する声が聞こえる。珍しいこともあるなと思いながら歩いていき、壺をのぞかせる。その直後、僕の思考に衝撃が走った。

 

 

「…あれって、御伽噺の…。」

「おっ、坊ちゃん!見てみろよ、この鎧!丸っこくて面白え見た目をしてるが、中々着心地が良いぜ!」

「おじちゃん!?それにお兄ちゃんも!どこでその鎧を見つけたの…!?」

 

 

 無頼漢の雄々しい声が、白っぽい鎧の隙間から聞こえてくる。追跡者の装いも普段とは変わっており、鉄杭の調子を確かめている。追跡者の着る鎧についても、僕は覚えがあった。

 一方は物語の始まりと終わりに、不死の英雄たちの助けとなった重装騎士。もう一方は世界の探究者として時代を跨いだ主なる英雄。

 まるで御伽噺の英雄が、そのまま目の前に現れたかのようだ。僕は二人に尋ねた後、鎧姿に見惚れた。

 

 

「小壺の商人が用立ててくれた。まだ馴染まないが、悪くない。」

「がはは!そういや坊ちゃん、今御伽噺って言ったよな?この鎧について知ってるのか!」

「…うん!どっちも、すごい英雄が着こんでいた鎧なんだ!二人にぴったりな鎧だよ!」

「聞かせてくれ。」

 

 

 驚いたが、少なからず納得がいった。物語の中の重装騎士たちは、行く先々で悩みこそしていたが、豪快であった。巨大な武器を振るい、どこでも眠れるほどの胆力を見せていたのだから。そして、時代の終わりに目覚めた方の騎士は酒を好み、最期の祝杯を、古き友と戦友のためにあげた。人情味あふれる部分は、無頼漢にそっくりだ。

 

 また時代を跨いだ不死の英雄、世界の探究者もまた、友のことを生涯語り継ぐほどに熱き心を持っていた。孤独な旅の中で、探究者は友の大剣を振るい続けたのだ。亡者たちの脳裏へ、恐怖の記憶を刻むほどに。ただひたすらに折れず戦い続けている追跡者は、考えれば考えるほどに鎧の持ち主としてふさわしい。

 

 

 僕は訓練所にて、英雄たちの物語を話した。旅の終わりに、古竜の佇む湖まで自力で辿り着いた騎士。古い友との約束を守り、嵐にて大樹を倒した騎士。四つの冠を戴冠し、原罪を探究する者として各地を巡った騎士。輝かしい三名の話を。

 座りながら僕の話を聞いてくれた無頼漢は、こつこつと兜を叩くと豪快に笑う。追跡者は小さく頷くと、胴鎧を触った。

 

 

「がはは!ありがとうよ、坊ちゃん!話を聞いたら、更にこの鎧が気に入ったぜ!」

「俺も感謝する。…他にも、小壺の商人は装備を揃えていた。また聞かせてくれ。」

「こちらこそ、聞いてくれてありがとう!今回の出撃も力になれるように頑張るね!」

 

 

 僕は、彼らの姿にどきどきしながら挨拶を終えた。鎧によって、英雄が二倍になったような心地であるからだ。こんなにも頼もしいことがあるだろうか。

 その後、出撃するまで僕は、無頼漢からフルゴールとの戦いについてたくさん聞かれた。無頼漢は戦いに参加できなかったことを悔しがっていたが、それも束の間。次に相対する謎の王へ、意識を傾けていた。

 

 僕は意気揚々と、円卓の崖際へ向かう。落ち込みかけていた心が、一気に晴れやかになっている。標的が分からずとも、関係ない。その王の、夜への向き合い方を知るため全力を尽くすだけだ。

 霊鷹が鳴く。僕たち三名は鳥脚を掴み、他の戦士と同じようにリムベルドへと飛ぶ。

 

 

――――――――――

 

 夜渡りの戦士たちの小隊はそれぞれ、位相のずれた場所に辿り着いた。

 レディ、執行者、復讐者の小隊について。復讐者が小言を言い、レディが彼女の相手をするのが基本であった。また執行者はフルゴールとの戦いで、本来の感情が刺激されたためか、絵描きの人格面も出るようになっていた。そのため緊張状態が緩み、抜けた言動も見せる。この三人の探索は使命の中にありながら、どこか笑いを誘うようなやり取りが続いた。

 

 次に、守護者、隠者、鉄の目の小隊についてである。戦いに関して鋭い観察眼を持つ鉄の目と守護者が率先して作戦を立て、効率的な探索を行っていた。隠者と守護者は、疑似的な師弟として特別息が合っていたが、ある出来事をきっかけに乱れる。当事者たちも感じ取れないほどに、微弱な乱れ。しかしそれは、後に大きな不和となる可能性を秘めていた。

 

 その出来事とは、黒衣を被った悪魔との会合である。守護者は、亡霊の商人から悪魔との取引内容を知り、自身の探している書物が記されていることを発見していた。かつての群れを壊滅させた、呪いの武器イクタルスについての書物だ。

 危険は在れど、物を手に入れる必要がある。秤を持った商人と相対した時、交渉を仕掛けなくてはならない。守護者はそう決意していた。

 

 

「…呪いを振りまくつもりはないのか?あんたたち、警戒は怠るなよ。」

 

 

 そして機会は訪れる。黒衣の商人は何をするわけでもなく、教会近くの崖に佇んでいた。

 夜渡りの戦士たちは、標的である調律の魔物と、黒衣の商人を半ば同一視している。小壺旅人が行った取引を、夜渡りに共有したためだ。

 ならば、出会ってすぐに倒してしまえばいい。この発想へ至る夜渡りもいた。だが、『知性の蟲』の例がある。三日目の夜に討たねば、完全に倒すことはできないと意見が一致したのだ。

 守護者は斧槍を地面に立て、悪魔の手元を警戒しながらも言葉を紡ぐ。

 

 

「…単刀直入に言う。ある商人から、このような書物を譲渡されているはずだ。その書物と私のルーンを交換しないか。」

『決まりだ』

「む…。これは確かに、私の求める史録だな…。」

 

 

 鉄の目は、守護者の持ちかけた取引が成立したのを見、隠者の様子が微細に変化したのを感じ取った。負い目を感じているかのような、尻すぼみな声。鉄の目の視線に、隠者は帽子を目深に被ることで逃れた。

 それから、隠者と鉄の目も黒衣の商人に交渉する。悪魔が提示したのは三つだけ。どれも探索中にのみ効力を発揮する選択肢であった。

 

 鉄の目は守護者、隠者と示し合わせ、弓の弦を弾く。意見は一致する。無防備に立っている夜の王をそのままにしておくつもりはないと。

 

 

「討たせてもらう。」

『浅はかな』

「夜の王である以上、見逃すことは出来ぬのだ。…対価は払った。覚悟してもらおう。」

 

 

 一気に空気が張りつめる。黒衣がぼこぼこと膨らみ、その下の姿をさらけ出した。秤を持った商人改め、調律の魔物は、杖を地面に突き刺し攻撃を開始する。

 

 凹凸のある場所で、三名の夜渡りは苦戦を強いられる。暴には暴を返す。これも公平な取引の一つであると、悪魔は心中にて嘯く。

 

 

――――――――――

 

 悪魔の分け身は各地に散らばり、交わした取引の下、リムベルドへ溶け込んだ断片に仕込んでいく。必然とばかりに会合した古生物は、悪魔へ同調した。

 

 深海を体現するそれは楽しげに、何十何百と重なるリムベルドを泳ぐ。三度目の夜を待つ。

 

 夜の孤独を癒やせる者が、リムベルドを辿り、己の世界にやってくるまで。

 

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