ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
僕と追跡者が、今まで以上に結束を強めた後のことだ。円卓を歓声に包む出来事が起こった。
反応を見せなかった石碑が、ついに無頼漢を呼んだのだ。狭間杯の再開である。
一回戦の観客であった、鉄の目や召使人形は勿論のこと、後々加わった赤獅子の面々が大盛り上がりを見せた。闘いに高ぶるのが、誇り高き戦士の在り方だ。その熱気に影響され、あの復讐者も浮足立っている。
僕も、無頼漢の豪快な戦いを観るのが楽しみだ。だがその前に、皆の分の食事を作ろうと思い立った。観戦だけでも力は入って消耗するだろうし、無頼漢が、闘いから戻ってきた後宴がしたいと言ったからだ。
無頼漢は石碑を通って、舞台にて準備運動をしに行った。それに戦士たちはついていき、ざわざわとしていた円卓はうってかわって、静かになる。
僕はすっかり料理の上手くなった生き壺たちに混じり、追跡者とパン生地をこねる。召使人形も僕たちを手伝ってくれており、忙しなく皆が動いている。小さくなったグラディウスと太陽の蛾はいつの間にか仲を深めたようで、庭園で共に体を休めていた。
こういうとき、腕がごつごつしていなければ、柔らかく作れるのだろう。僕は、追跡者の横顔、つまり兜の側面を視界に入れながら想像する。
「…良い調子だ、小壺。お前たちも上手くなった。併せて肉を焼いておくか。」
「ありがとう!うん、そうだね。火加減は僕に任せて!壺作りをしてたから、丁度いい温度にするのは自信あるんだ!」
「小壺旅人サマに、そのようなご経験が。では私は、野菜の盛り付けを行いましょう。庭園で瑞々しく育ったのですよ。」
いそいそと召使人形が、大量の木の皿を並べる。その上に緑の葉っぱや野菜の類を乗せていく。綺麗な盛り付け方で、食べることがない僕でも気分が良くなる。
巫女が僕たちを影から覗き、近付いてきた。彼女の足取りから嬉しさが感じられ、追跡者がふと小さく笑う。
静かだが、温かい光景。揺らめく炎と、柔らかいパン生地の感触。これほど穏やかな時間が過ごせるとは思っていなかった。
追跡者は今作っているピタパンを、故郷の味付けだと話してくれた。僕の思考に、故郷が浮かんでくる。
啜り泣きの半島にある家、いつもしっとりとした木陰と。同胞たちの第二の故郷とも呼べる、狭間の地の裏側。ずっと美しい花々が咲く村のこと。
―――
旅人を志して、数年の月日が経った頃。僕は影の地のあちこちを歩き回って、その休憩としていつも村に立ち寄っていた。見上げるほどに大きな同胞がいて、大小様々な壺もいる。いつも賑わっているけれど、煩わしさはなく、いる人皆がゆったりとした時間を過ごしている場所。
それに、村にはいつも面白い話をしてくれる方がいた。戦の祭りではすさまじく強かったのに、普段はそれを感じさせないほど穏やかだった。
エルデの王をよく知っていて、不思議な御伽噺を広めた方。王の話については理解できても、どうやったらそんな物語を思いつくのか気になってしょうがなかった。
彼は言った。これは受け売りで、本当にあった英雄譚をまとめたものなのだと。
それだけで十分だったが、僕は粘った。言葉だけでなく、証拠を見せてほしいと。絵空事だと思いながらも、証明してくれたらいいなと軽い願いだった。
『幾十も来てくれる子は中々いない。だから、特別だぞ?』
僕は彼に手招かれ、ついていった。その後見たものは、僕の心を強く揺さぶり圧倒した。物語の最後に作られた、輪廻を思わせる絵がそこにあったからだ。
家屋の中。そこにはもう一つの世界がある。今となっては、錯覚であったのか定かでないが、僕はあの時絵画の中に小さな橙の光を見た。
寒色で、ほとんどが黒と灰色で構成された絵画。寂しい絵であるはずなのに、じんわりと温かさを感じたのだ。
『この画の名は、灰。ただの模倣でしかないが、それでも俺は望んだ。かつての憧れが、誰かの糧になってほしいと。』
『灰…。おじさんも、あこがれている人がいたの?』
『そうだ。燃える闘志、不屈の精神…物語の彼らこそが、俺を支え続けてくれた。』
絵は力を持っていた。これが模倣だというのなら、物語は真実味を帯びる。僕は信じたい方を信じることにしたのだ。
その後、僕の気が済むまで彼は、絵画に布を被さないでいてくれた。僕は何度も質問した。
普段のお芝居では聞けないような、御伽噺の細かな部分。彼は、すぐに答えてくれた。英雄がその地で得た武具や魔法、親交を深めた戦士との会話についてを。まるで、実際に見てきたかのようだった。
『黒い森の庭でのお話、もっとおしえて!「狩猟者たちを、ちぎっては投げちぎっては投げ」ってところが聞きたいです!』
『ううん…。子ども向けに柔らかくしたのだが…。そうだな。二つ話があるのだが、どちらにしようか。』
『どっちも!』
『後から思っていた話と違うと、文句を言うのは無しだ。いいな。』
僕が激しく壺を傾けると、彼は二つの話をしてくれた。英雄譚にふさわしい一節と、もう一つ。おどろおどろしい語り口だったが、想像してみれば思わず笑ってしまうような話だった。彼が見せてくれた写実的な絵も相まって、気持ちがほぐれた。
僕は後者の方が気に入った。何故なら、そちらの主人公の方が、生き生きとしているように思えたからだ。
『いいや、見た目に惑わされてはいけない。奴らの打撃や剣術は、一撃で英雄の生命力を奪い取るのだ。そして何人もの英雄が、この森に呑まれていった…。再び姿を見せるときには、この三種の仮面を携えてな…。』
『怖い…!』
『これも話してしまおう。時代は飛び、深淵に呑まれたウーラシールの街だ――』
僕は彼から幾つも重なる、火継ぎの物語を聞いた。血みどろを愉しむ戦闘狂や、反対に別の世界の英雄を助ける者。青き戦士は敵味方入り乱れる戦場において、復讐を為す者から秩序となった。そしていつの時代も輝く橙色の戦士たちについても。
不死の英雄たちは一人だったわけではなく、世界の数だけ使命を果たしたのだと。
旅路は決められたものではなく、自らの脚で行く末を変えるものだ。彼はそう僕に教えてくれた。
『君は…いや貴殿は、旅人を志しているのだったな。それに英雄になりたいと。』
『ありがとう!おじさんとかデミゴッド様たちとか、あのアレキサンダーとか…皆みたいな英雄になりたいと思ってるんだ。』
『良い目標だ!旅とは素晴らしいもの。俺も短い間だったが旅をした。だから分かるよ。険しい道もあるが、旅路の果てにはかけがえのない物を得られると。英雄という異名だけでなく、それ以上に価値あるものだ。』
『…僕も、そういうものが見つかるかな?』
『見つかるとも。貴殿は、善良で勇敢な生き壺であるのだから。』
彼は、戦の祭りで僕たち壺を見ていたと話した。懸命に戦い抜く姿は心を打ったと。
勢いで握手し、僕は彼の掌を感じた。あの繊細な絵を描いているとは思えないほどに大きかった。
『貴殿はきっと、すぐに旅立つだろう。一つ覚えていてほしい。旅の途中で感じる郷愁は苦しい。だが、己を強く持つのだ。遠いところまで来ても必ず縁は繋がり、新たに根を伸ばす。見えずとも辿れば、その端に故郷がある。俺が、そうだったように。』
『…うん。いつかその端を、貴方や村の皆に届けるよ。』
『おお、貴殿の活躍を楽しみにしているぞ!…しかしこうは言ったが、疲れたら戻ってくればいい。この村を、第二の故郷と思ってな。』
それから彼は僕の蓋を撫でて、絵画に布を被せた。家屋の窓から、和やかな笑い声が聞こえていた。かの偉大なる女王の始まりの地にて、僕も始まった。決意を固めたのは、そんな特別な日だった。
僕は故郷で、温かさをもらった。壺師の母や同胞たち、出会った全ての人々に。だからもらった分を、旅路の中で僕が渡したい。今、夜に苦しむリムベルドと、戦い続ける夜渡りの英雄たちへ。
この想いは変わらずずっと、心の中にある。
―――
肉を焼いた後に、こねたパン生地も焼いて、ふかふかのピタパンが出来上がった。これは観客席に行った皆に配るためのパンだが、巫女や執行者が味見とばかりに、ひょいひょいと口に運んでいく。執行者は珍しく小さな声で、満足げに唸った。
またこねて、次は皆に配ろう。僕は追跡者の頷きに同調し、召使人形と同胞に皿を渡していく。追跡者から外れた視界の先に、守護者と隠者が見えた。彼らは二人で示し合わせてから、こちらへ歩いて来る。
守護者の手には兜があった。前に無頼漢が打った銀色の兜だ。彼はこちらに来るなり、目を閉じてふうと息をつく。調子が良くないのだろうか。
「鷹のお兄ちゃん、お姉ちゃんと何かあったの?」
「うむ…だがもう過ぎたことだ。壺殿たちが作る、この香ばしさの前にはな。…戦士殿、パンを頂いても良いだろうか。」
守護者は僕に答えた後、隠者を一瞥すると追跡者に尋ねた。追跡者はぶっきらぼうだが、普段よりも優しい調子で言った。
「好きなだけ持っていけばいい。まだ作る。」
「感謝する。…貴殿にも一つ。」
「…うん…ありがとう。」
守護者はもう一つパンを取り、隠者に手渡す。おずおずと手を出した隠者と、彼女に対してかしこまっていない守護者の間の空気は悪い。だがそれも時間が解決する。口調は戻らないが二人の会話は続くようになった。
この円卓を包むような追跡者の温かさを、曇らせてはならない。僕は改めて決意する。彼が話したように、追跡者の選択に冷たい夜を入り込ませない。
狭間杯前の一時は、ゆっくりと過ぎていった。