ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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追憶は終わる

 石碑から向かえる円形闘技場。その先では既に、闘いが始まっていた。老いた獅子の右前脚に装着された曲剣と、無頼漢の大斧がぶつかり合い、鈍い音を鳴らす。周囲の観客席には円卓の戦士たちが皆おり、両者の一挙一動を見逃すまいと目で追う。

 赤獅子の軍勢にとって、白き鬣の獅子は馴染み深かった。城、砦を守るために、ラダーン将軍の膝元でも飼われていたからだ。今、無頼漢と闘っている個体は、赤獅子の調教を乗り越えた個体と同じくらいに強い。だからこそ戦士たちは、獣にも敬意を持つ。その畏敬の念について、形は違えど無頼漢も同じように抱いていた。

 

 

「がはは、頑丈だなあ!リムベルドでよく見る奴とは、一味違え!」

 

 

 一閃の二つ名を持つ老獅子は唸り、ぐんと前脚をしならせた。しかしその刃は、無頼漢にぶつけようとしたのではなく、本命の噛みつきを成功させるための踏み込みであった。獅子の牙が、漢の剥き出しの胸筋に突き刺さる。

 しかし、その程度で倒れる戦士ではない。嚙み千切ろうとする顎を両腕でぐいとこじ開け、爛々と目を光らせながらにっと笑う。老獅子の顎の筋肉が裂けるのと同時に、無頼漢の左拳が眉間に勢いよくぶち当てられる。

 

 獅子が怯んだその隙に態勢を立て直し、自由になった右手が大斧を掴んだ。掲げられた刃先に、金色が灯る。そして獅子の前脚に向かって振り下ろされた『祈りの一撃』が、漢の傷を癒やした。

 

 

「まだやれるだろ!…お前が近海で見せてきた力、俺にもぶつけてみろ!」

 

 

 無頼漢は目の前の老獅子について、何となく感じていた。元より近海の覇者たちが集い腕を競った神事であるならば、その法則が変わることはないと。つまりこの獅子は、人の魂が姿を変えたのだ。

 曲がった剣の刃は砕け、老獅子の得物は元来持つ肉体のみとなった。お互い間合いを取り、再度引き裂き合う。血と汗を散らしながらも、獣は吠えた。

 

 

 観戦する者たちの中で、狭間の地を知る者、御伽噺を見聞きした者は無頼漢に重ねる存在があった。豪快に立ち回り、傷つくことを恐れない姿。白骨の兜からのぞく乱れた白髪が、かつての巨人戦争で敵を屠っていった最初のエルデの王を思わせたのだ。

 赤獅子や坩堝の騎士は未だ過去におり、死している。闘志の炎は尽きずとも、いつか戦いの中で燃え尽きることを是としていた。

 

 また幼い生き壺は、無頼漢の温かさを強く感じていた。自身の望みのままに拳を振るっていても、独りよがりではない部分に対して。彼は少し前、漢が守護者の兜を作っている姿を見た。炎の傍で槌を振るうのは鍛冶師だ。

 不死の英雄の旅路、始まりと終わりにおいて、背中を見送る鍛冶屋がいた。または、褪せ人の王を支えた鍛冶師ヒューグについても。

 ずっと温かく、仲間の背中を押してくれる無頼漢の力を、小壺旅人は強く意識したのだった。

 

 

 無頼漢の大斧が、獅子の腹に命中する。これが決め手となり、狭間杯二回戦目は無頼漢の勝利に終わった。

 

 戦いの終わりには、豪勢な宴が待つ。無頼漢をはじめとする戦士たちは、追跡者たちが作った料理を食べ、騒がしくする。

 次は決勝戦である。しばらくすれば、石碑は再び光るはずだった。しかし召使人形が疑問を呈する。石碑を見れば文面が追記されており、そこに棄権の文字があったからだ。

 漢の耳に、波のさざめきが聞こえる。音に導かれ、漢は席を立った。彼の様子を伺っていた、弓手も同じように。

 

 

 生き壺たちも離れた浜辺にて、無頼漢と鉄の目は静かに待つ。無頼漢が求めるものについて、近海の古い歴史を辿りながら鉄の目は考える。

 西の海を統べる白角、東の海を駆ける黒爪の戦いを鉄の目は知っている。彼は、その戦いの当事者である無頼漢から詳しくを聞こうとしたが、決着がつかなかったわけについてはぼかされた。

 無頼漢は口が堅い。己の内に留めたいものは、決して語らないのだ。

 

 

「…あんたが、浜辺に来たわけは分かった。見届けさせてくれ。」

「…おう、頼んだぜ。騒がしく送ってやるのもいいけどよ、今回は俺たちの闘いだ。変に辛気臭くなるのも良くねえしな。」

 

 

 浜辺に来てから目を閉じていた漢は、ぐっと足に力を入れる。彼の耳に入ってくる音は尚大きくなり、意識さえも船を走らせていた頃へと飛ばす。無頼漢はずっと預かっている兜に触り、遠くを見つめた。

 

 やがて、彼の意識は再び闘技場へと向かう。相対する暗い人影の表情は分からずとも、無頼漢の間に感情が漂う。かつてを懐かしむ感傷と、約束を果たせる喜びが。

 決勝戦が、神事にふさわしく厳かに始まる。黒爪と呼ばれた男は大斧を振りかぶった。

 

 

―――――

 

 知らない間に行われていた、狭間杯の決勝戦。ただ一人観戦したという鉄の目は、無頼漢が勝利した事実のみを僕たちに教えてくれた。

 戻ってきた無頼漢の頭には、白骨の兜がない。また上半身を覆っていた獣皮の鎧も。それらは石碑の近く、作られた墓石に被せられていた。

 

 宴の時とは打って変わって、無頼漢は静かに酒を飲んでいる。僕はそれだけで理解できた。彼は望む戦いを遂げられたと。祭りの後は淋しさが漂うものだ。

 僕は無頼漢から何も聞かず、小さな墓石に祈りを捧げた。この墓の主は彼の大切な存在で、手厚く弔われたことだけを知っていればいい。

 

 

 それから僕は、ダフネの様子を見に行った。驚くべきことに、彼女も知らない間に変わっていた。

 ダフネの態度についてはこれまで通りだったが、自身の出自を正しく認識していたのだ。彼女は自身の振る舞いを恥だと思い、行き場の無い怒りを募らせていた。

 

 

「気に入らないが…あれ以上無様を晒し続けることが無くなったのは、お前の力も要因の一つだ。」

「うん…。」

「まさか、気づいていないとでも言うつもりか。ふざけるなよ…!」

 

 

 聞いてみると記憶の欠落が埋められたのは、僕が商人のお守りを詰めたときのようだ。副産物ではあったが、僕の見出した太陽がダフネに良い影響を与えられたのは、喜ばしいことである。更に憤ったダフネに訓練場へ引っ張られながらも、僕は太陽の素晴らしさを感じていた。

 

 その後、ダフネと三名のファミリーと共に模擬戦をして、もう一つ違いを見つけた。人形の体から飛ぶ血液のようなものが深い青ではなく、赤みがかった橙色になっていたのだ。それにダフネを含めた四名に加えて、気配がした。それはダフネの記憶の中で見た、愛情深い少女のものによく似ていた。

 

 ダフネは記憶と共に復讐の意味を思い出し、模擬戦の中で僕に語った。ダフネの主、嵐の夜に命を落とした少女の無念を晴らすために、彼女は夜の王を屠るのだと。

 僕は、人形の中にある気配を見つめて、そこに恨みや憎しみがないことを感じ取る。夜に恐怖を感じていても他者を憎まない、どこまでも優しい魂だ。

 だがダフネの中に宿る魂について話しても、響かないだろう。復讐とは被害を受けた者だけでなく、己の感情に整理をつけるための行為でもあるのだから。止めようとは思わない。

 

 ダフネは、運動することで一時の鬱憤を発散した。相手を務め終わった僕は、出撃の合図が為されるまで円卓のあちこちを散策する。そして最後に行き着く先はいつも通り、同胞たちの過ごすテントであった。

 

 

―――――

 

 守護者は、一時師事した魔女について、目上に置くのを止めただ群れの一員とした。無頼漢は友との約束を果たし、黒爪と戻った。そして追跡者と復讐者は、夜の王を曇りなき眼で狙う。巫女、鉄の目、執行者の決意は既に定まっており、ただ隠者だけが夢見心地から覚めて惑う。

 夜渡りたちの殆どは脅威に挑むためのきっかけに決着をつけ、戦いに注力する。

 

 次の出撃が決まる前のこと。巫女は円卓からリムベルドを観測し、絶句した。外縁以外、馴染みのある形状が見当たらないのだ。この変わりようは、火口や朱い腐敗に侵された森、吹雪く山嶺など「地変」と呼べる規模ではない。土地ごと入れ替わったといっても過言ではなかった。

 巫女は頭を抱えた後、細部を観た。徘徊する騎士の亡霊や、ゴーレムの類に焦点を当てた瞬間、はっと息をのむ。多くいる兵士、胴鎧の前面には、あばら骨を思わせる放射状の凹凸があしらわれている。巫女はそれを召使人形から見せられた。

 幼子の言葉が頭の中で反芻される。空洞の巨人と没落した王国の話。リムベルドに迫っている巨人の幻影を想起させる、彼女にとって興味深い物語であった。

 

 

「…火継ぎの物語のそれか。」

 

 

 中央にあるはずの城砦は、より大きな城の残骸へと置き換わり、地下では闇が蠢いていた。それが魂の一部であっても、リムベルドに存在しなくとも、火を簒奪せんと画策している。

 

 王城ドラングレイグ。夜により凝縮され、より歪んだ亡国が表層に現れた。

 余興が始まった。悪魔により、饗宴が催される。

 

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