ジェネリック小壺 in リムベルド   作:棘棘生命(一旦再考中)

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混沌よ来たれ

 次の標的が決まった。僕と共に戦ってくれるのは、追跡者と鉄の目の二人である。どちらも僕と約束を交わした夜渡りだ。二人に挨拶した後、巫女から告げられた言葉に、僕はリムベルドに向かう前から高揚する。

 王城ドラングレイグ。マリスと戦う前、追跡者に語った物語の舞台が、リムベルド全体に現れたというのだから。

 まさか英雄や彼らに相対してきた生物だけでなく、土地までも飲み込んでいるとは。可能性としては考えていたが、幸運続きで心配になってくる。僕は壺の表面をこつこつと叩いて、その刺激によって夢ではないと再確認しておく。

 

 巫女からの説明が終わり、それぞれの組が話し合うのが聴覚に入ってくる。追跡者と鉄の目はどう準備するのか伺うため壺を傾けると、彼らは僕を姿見のある部屋へと手招いた。僕は両腕に力を込めて、早歩きでついていく。

 

 

「鉄の目さんも防具を変えてみるの?」

「ああ。この装束は仕込みやすいが、確かめてみるのも悪くない。それに剣士から聞いたこともある。別世界の衣を纏えば、その由来をあんたが話してくれるんだろ?」

「もちろんだよ!どんな装束なんだろう…!」

「…異質な意匠の鎧が、もう一式ある。おそらく小壺の知るものだろう。そちらの話も頼む。」

 

 

 軽い調子で、鉄の目が衣装替えをする目的を話してくれた。僕の話に期待してくれているのを噛み締めながら、僕は二人の方を交互に向いた。

 

 僕は二人の厚意に甘え、姿見に背面を向けてわくわくしながら待つ。そして二人の装備が切り替わった後、僕は何度目かも分からない、心地の良い衝撃を受けることになる。

 

 

 鉄の目が身に纏った防具は、黒を基調とした軽鎧であった。胸部の丸い鉄輪に留め具の革が括り付けられ、肩を羽飾りが覆っている。

 僕は確かにあの方が描いた絵画にて、この防具を見た。時代を経て名前は曖昧になったが、これはドラングレイグを象徴する鎧だ。だが僕は、鉄の目が被る兜について知らない。新たな知見、物語には登場しなかったそれを名工リンドは作っていたのか。

 

 追跡者へ壺を傾けた。彼が着こんでいるのは、差異の世界において四騎士と称された王の剣。『深淵歩きアルトリウス』の似姿であった。物語の中で一二を争うほどに英雄視されており、彼の末路の悲惨さ、後の世に彼の意志を継ぐ者たちが現れたことで人気を博していた。だが、僕にとっては物語だからこそ辛うじて耐えられるほどに、喪失感を生む話だった。特に、彼の友であった狼の話は何度も可能性を考えるほど。

 鉄の目が、固まる僕に声をかけてくれた。僕は彼を見上げて回答する。

 

 

「この鎧は…あんたの様子を見るに知っているみたいだな。」

「うん。その鎧は、ドラングレイグに深く関わりがあるんだ。お兄ちゃんの鎧についても説明するね!」

 

 

 僕は全体像を話してから、まず鉄の目の着る鎧の由来について説明する。希少なグラン鋼で強化された装備であり、王の宰相ベラガーの象徴であったこと。時代を経てリンドとドランの名が入れ替わり、最後の火継ぎの旅路にて深淵に堕ちた傭兵が立ちふさがったことについて。

 そう、深淵だ。次に追跡者に焦点を当てる。深淵歩きアルトリウスの物語と、相対した深淵の主マヌスについて。そして不死の英雄がマヌスを討つまでの旅路を。

 僕に舌はないが、要点を絞っているのに幾らでも話せてしまう。僕は何とか留め、説明を終えた。

 

 

「物語の通りなら、ドラングレイグの底にはマヌスの子が潜んでいるはずなんだ。お二人の鎧は少しだけ不吉だけど…意趣返しになると思う。」

「なら、この鎧で行くとしよう。深淵も夜も同じ…呑まれるつもりはない。」

 

 

 追跡者は躊躇うこともなく、狼騎士の鎧を着こんでいくことを決めた。鉄の目は眼を大きく開き、驚いたような表情を作る。

 

 

「あんた変わったな。前までは、いつ吞まれてもおかしくないと言っていた。」

「…最悪を知れば、抗う気力も湧いてくる。」

「そうか。」

 

 

 鉄の目の言葉に、少し間を置いてから追跡者が返す。追跡者の言う『最悪』とは、彼自身が夜の王になってしまうことだろう。曖昧な言葉であるためか、鉄の目は首を捻っていたがそれ以上詮索はしなかった。

 

 それから、夜渡りの二人が景色の石を吟味している間に、僕は浜辺へと向かう。そして集まっている協力者たちと、誰が僕の組に霊体を飛ばすかを話し合った。

 元々狭間の地にはいない、別世界の強者を相手取ることができるのは、戦士にとって魅力的すぎたようだ。赤獅子の面々は、自分たちの力だけでどこまで行けるか試したいと口々に言った。坩堝の騎士も同じで、単独にてドラングレイグに挑戦するという。

 残ったのは、同胞とグラディウス、太陽の蛾だ。太陽の蛾は生まれたばかり故か、マリスとの戦いで体力が戻り切っていない。話し合いというよりは、消去法のような形で今回の協力者が決まった。

 

 このような決まり方でなくとも、個人的にグラディウスを連れていきたいと思っていた。追跡者の鎧を見て、ふと考えがよぎったのだ。初めて出会った夜の王は、今もずっと主に忠実だ。あの狼騎士の墓を守り続けた狼と同じように。

 僕は、生き壺たちと共に崖までついてきてくれる、グラディウスの背中を撫でた。彼からは、逸る気持ちが伝わってくる。

 

 

「狼さん。リムベルドに着いたら、お兄ちゃんを気にかけてほしい。まだ危ういんだ…夜の王じゃなくても、別の道を一人で行ってしまいそうな気がして。」

 

 

 僕が呟いた後、グラディウスは短く吠えた。そして狼は僕の背面を鼻で押し、霊鷹がやってくるのを目で追う。

 こうして僕たちの組はリムベルドへと飛んだ。当たる風の温度さえ今までとは違う。混沌を体現しているかのようだった。

 

―――

 

 夜渡りたちと加わった何十人もの戦士が皆出撃し、円卓は静けさを取り戻す。かつての姿を取った三つ首の獣は、最後の戦士が飛び立つのを見送ると、ゆっくり浜辺へ戻っていく。狼の一部がかの地に飛ぶまで、猶予はあまりない。

 

 狼は高い知性を持ち、直感をも兼ね備えている。そのために絶望した。この世界が繰り返しに囚われていること、その元凶である王から主が消えていくことに。

 主の一部が器と成り果てていたとしても、忠義を貫いた。深き夜では炎の兜を被り、幾度も夜渡りたちの道を阻んできた。そうすることが己に課した使命であったからだ。

 どれだけ存在が擦り切れようと、剣を振るった。しかし主へその奮闘は届かなかった。

 

 名を亡くした夜の王は倒され続け、時に追跡者が紛い物として成り代わる。三つ腕の器が継承され続け、それでも戦いは終わらない。狼は、僅かに残った主の意志さえ夜に溶けていくのを感じとっていた。

 別れの苦しみを二度も味わう。狼は場を守ることしかできず、終わりが見えない戦いに擦り切れ、哀しみを抱くことすらできなかった。

 

 そうして、己の目的さえ忘れかけていた時。狼は突如現れた希望に縋った。

 これまでの戦いで見たことの無い、不可思議な戦士。己の目を覚ますほどの劇薬である。

 

 他の夜の王が次々に動いているのを、狼はその目で見て知り、確信している。このさざ波は大きな波紋となり、やがて大波が夜の繰り返しごと押し流す。その先に、復讐からも夜の呪いからも解放された、主の魂があるのだと。

 だから三つ首の獣は、この円卓に座する。雨の夜が再び、己の良き思い出に戻るまで。

 

―――

 

 

 上空から見えるリムベルドの地形は、巫女の話の通り、全く原型をとどめていなかった。代わりに、僕が絵画で見たことのある建造物が無造作に生えている。それも完全ではなく、倒壊していたり一部が切り取られていたりで、無理にリムベルドへ押し込んだような感じだ。

 

 

「地形はぐちゃぐちゃだけど、本当にドラングレイグそっくりだ。月まで出てるなんて…!」

 

 

 僕は霊鷹に掴まっている内に、素早く土地と地図とを交互に確認しておく。王城ドラングレイグそっくりな建造物が中心から北部にかけてを埋めている。南に溶岩、東は森。西は一部分だけ月に照らされた建物がある。極所を繋げる隙間には、それぞれの土地を徘徊していた敵が散らばっているようだ。

 北部以外には大きめの建物があることから、どの土地がリムベルドに出現したのか推測できる。僕は記憶の中にある物語を隅々まで思い出し、計画を練った。

 

 霊鷹の脚から手を放し、東側に降り立つ。追跡者、鉄の目とすぐさま合流し、計画を話した。取り込まれた差異の世界の戦士たちにも弔いを。狭間の地の人々とは違い、彼らには魂の循環さえ許されなかったのだから。

 

 

「亡者になってしまったら、他のものに呪いを移さないといけないんだ。それで完全に正気を失ったらもう、元には戻れない。だから倒した人たちは、僕の中に詰めこむよ。夜明けの先なら、別の人生を歩むことだってできるはず。」

「法則が違っても、宿る魂は似たようなものか。…それで、まずどこを落とす?慣れない相手ばかりだ、目標は詳しいあんたが決めてくれ。」

「うん。このまま東へ向かおう。『朽ちた巨人の森』にいる敵なら、他の場所より道中が苦しくないと思う。」

「よく絵画を見た記憶だけで分かるな。…回復手段は限られている。慎重に行くとしよう。」

 

 

 鉄の目が促してくれたため、僕は地図の東部を示しながら言う。追跡者は、僕の決定に間髪入れず同じ地点を指し、僕たちに合わせて走った。鉄の目も同調し、僕の後ろをついてくる。

 川のせせらぎと湿った地面の感触が、夢にまで見たドラングレイグを実感させる。追跡者が相対する兵士が正気か、一度確かめてから斬りかかった。

 

 僕は、水辺の奥から現れる巨大な怪物を見つけ、歓喜した。一つ目のカバのような生物、オーガだ。

 オーガはこちらに気づくと地面を揺らし、緩慢だが重い拳を放つ。僕はそれを腕で受け、お返しに火炎壺を頭部目がけて投げつける。

 

 もう差異の世界は、御伽噺ではない。夜に呑みこまれているならば、同じく手を伸ばすことができる。僕は水場に脚を取られないよう動き、魂を掬い取るため、倒れる亡者から夜を取り込み続けた。

 

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