トネリコとアルトリアの田舎日和   作:イモ

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【田舎暮らしはじめました】


トネリコとアルトリアの田舎日和

 半袖シャツに麦わら帽子といういでたちは、まるで絵に描いたような少女――のはずである。

 

「お姉ちゃーんっ! 土の中からカブトムシの幼虫、出てきたよっ!」

 

 裏庭の畑の一角で、土まみれの手を高々と掲げるアルトリアの声が、朝の空気に弾む。

 

 一方その頃、物干し竿の下で洗濯物を干していたトネリコは、その声にぴくりと肩を震わせた。

 

「い、言わないでください……そういうのは……っ」

 

 彼女は顔を引きつらせながら、干しかけのシャツをそっと庇うようにしながら距離をとる。日除けの帽子を被り、割烹着姿のトネリコは、妹の勢いにやや押され気味であった。

 

「こ、ここは虫の楽園ではありません……! 畑は生活の糧ですから、土は大事に――」

 

「でもさ、すっごい元気だったよ? ぷりっぷり! まさに、虫界のアイドルって感じ!」

 

「だからそれを“子”として扱うのはやめなさいってばーっ!」

 

 トネリコの声が、どこか情けなさと必死さの混じったものになる。

 

 妹の奔放な好奇心と、姉の繊細で真面目な気質。

 

 正反対ともいえる二人の性格は、日々の生活のなかで絶妙なバランスを保ちながらも、時にこうして噛み合わない。

 

 だけど――

 

 そんなふうに騒がしくも、温かい朝が、今日も始まっていた。

 

ふたりがこの村にやって来て、もうすぐひと季節が巡ろうとしていた。

両親は医療支援の仕事でしばらく海外に赴任中。その間、祖父母が残した田舎の家で姉妹だけの生活が始まったのだ。

 

最寄りのコンビニまで徒歩二十分。夜になるとカエルの声が合唱のように鳴り響き、下手をすれば人口よりもカエルの方が多いのではと思ってしまう。

けれど――星は澄み切ってよく見えるし、採れたての野菜はとびきり甘くて美味しい。

そんな小さな取り柄を、姉妹はふたりだけの宝物のように抱きしめていた。

 

「お姉ちゃん、あたし今日の晩ごはんはオムライスがいいなー! ふわとろで、ケチャップびゅーびゅーで!」

 

アルトリアの声が、午後の日差しに溶けるように響く。麦わら帽子を揺らしながら振り返るその顔は、土まみれでも笑顔が眩しい。

 

「……わかりました。ですが、ケチャップで“顔面ホラーショー”みたいな落書きは禁止です」

 

トネリコは微苦笑を浮かべながらも、どこか嬉しそうに返した。妹のリクエストに弱いのは、今も昔も変わらない。

 

「えーっ! じゃあ、『お姉ちゃん大好き』って書くのもダメ? ハートマークつきで!」

 

「…………許可します。ただし、卵は神の如く丁寧に包みましょう。崩れたら作り直しですからね」

 

口調こそ厳しめだが、その頬にはかすかに紅が差す。

こそばゆさと、くすぐったい幸せが、ほんの少しだけトネリコの胸を温めた。

 

性格は正反対――元気で天真爛漫な妹と、几帳面で口うるさい姉。

だけど、不思議と喧嘩は少なく、言葉よりもずっと自然なリズムで日々を共にしている。

 

畑仕事を終える頃には、午後の陽射しもやわらぎ始めていた。

ふたりは井戸端に並び、泥だらけの足を洗う。トネリコがぎこちなく水を汲む隣で、アルトリアは靴下を片手に土をぱたぱたとはたいていた。

 

そんな何気ない風景が、ふたりの日常。

 

「お姉ちゃんってさ、ほんとに何でもできるよね」

 

井戸の水で顔を洗いながら、アルトリアはぽつりと呟いた。

その声には、素直な賞賛と、少しだけの悔しさが混じっていた。

 

「そんなことはありません。ただ……あなたが“できなさすぎる”だけでは?」

 

タオルで手を拭いていたトネリコが、淡々とした調子で返す。

けれど、口調ほどには突き放していない。むしろ、それは姉なりの甘やかしの形だった。

 

「ひどーい! あたしだって、ほら、この前、卵、ひとりで割れたよ! しかも、ちゃんと殻も入った!」

 

「床に落としましたけれど。しかも、殻ごと、ですね」

 

「ううっ……そ、それでもっ、進歩は進歩だもんっ……!」

 

タオルを頭にかぶったまま項垂れる妹に、トネリコは小さくため息をついた。

それでも、どこか楽しげな表情を隠せない。こうして毎日少しずつできることを増やしていく妹を、心の底では誇らしく思っていた。

 

昼前。

少し蒸し始めた台所には、ふたりの足音と、野菜を刻む包丁の音が響いていた。

トネリコは、まな板の上の夏野菜を手際よくさばいていく。

 

その背中を見て、アルトリアは腕を組みながらなぜか偉そうに見守っていた。

 

「お姉ちゃんっ、玉ねぎ切るときはゴーグルつけると涙出ないらしいよ! あと水泳のゴーグルとかでもいけるって!」

 

「それは都市伝説です。というか、そんな格好で料理されたら、私が泣きます。純粋に」

 

「えーっ、じゃあおしゃれなサングラスにすればいいじゃん! ハリウッド風で!」

 

「もう、黙っていてください……包丁に集中できませんから。あなたの発言は、妙にツッコミ所が多くて……」

 

トネリコの眉がほんの少しだけ寄る。けれど、口元は緩んでいた。

相変わらずの妹に手を焼きつつも、そんな日常こそが愛おしい。

 

やがて出来上がったのは、冷やしそうめんと、カラリと揚がった夏野菜のかき揚げ。

 

食卓につくと、アルトリアは箸を手に、きらきらした目でかき揚げを見つめた。

 

「おいしっ! お姉ちゃんの料理、地球代表~! いや、銀河代表~!」

 

「あなたの世界、壮大なようで狭すぎです……」

 

苦笑混じりに返すその声に、少しだけ照れの色が滲む。

けれど――言葉とは裏腹に、トネリコの頬には、ほのかな紅が差していた。

 

夕方になれば、また虫騒動が起こるかもしれないし、夜にはアルトリアの読書感想文をめぐる攻防戦が始まるだろう。

 

――けれど。

 

「お姉ちゃん、ずっと一緒にいられたらいいね」

 

収穫を終えて並んで腰かけた縁側で、アルトリアがぽつりと呟いた。

 

その声は、夏の夕暮れに溶け込むように、どこか儚げで、あたたかかった。

 

「……はい。田舎暮らしも、悪くありませんから」

 

トネリコは一拍置いて、静かに応じた。

ほんのり色づいた空を見上げながら、唇に柔らかな笑みを浮かべる。

 

笑い声と虫の音が溶け合う中、夏の日は、ゆっくりと、静かに暮れていった。

 

 

 

朝露の残る庭に、柔らかな陽射しが差し込み始める。

 

網戸越しに漂う味噌汁の香りと、遠くから聞こえる鶏の鳴き声、ジリジリとしたセミの声――

それらが、田舎の夏の朝を告げる合図だ。

 

 

 

「お姉ちゃ〜ん、トースト焦げてる〜! ……あと、あたしの顔も少し焦げたかも〜!」

 

ぼさぼさの寝癖を引き連れて、アルトリアが勢いよくリビングに駆け込んできた。

「あら……申し訳ありません、少々手元に集中しすぎました」

 

キッチンに立つトネリコは、焼き色のつきすぎたトーストを見て眉をひそめると、手慣れた動作でそれを皿に乗せ直した。

エプロンのポケットに手を差し込み、ふっとため息をつく仕草は、どこか“慣れている”。

 

「大丈夫大丈夫! これくらいなら“香ばしい”って言っていいレベル! バターモリモリで無限回復だよ!」

 

無邪気な笑顔でトーストにかぶりつくアルトリア。

その口元にバターが少しついてしまっているのに気づかず、幸せそうに目を細めていた。

 

「……本当に、あなたは朝から元気ですね。というか、強いですね……胃袋が」

 

呆れたように言いながらも、トネリコの声はどこか緩やかだった。

頬に浮かぶ微笑みは、焦がしたパンさえも許してしまうような優しさを含んでいる。

 

「うんっ! だって今日は畑の日でしょ? 収穫して、汗かいて、ごはんが最高においしくなる日!」

 

「はい。キュウリとナスの収穫をして、それから……雑草抜きもあります」

 

「うへぇぇえ……雑草……うちの天敵……」

 

スプーンをくるくると回しながら、アルトリアは眉をへの字に曲げて、ソファの背にもたれた。

その様子は、今日の作業に対する抗議というより、単なる甘えだ。

 

「やっぱりお姉ちゃんはマジメすぎるんだよ〜。お庭なんてちょっとくらい草ボーボーでも自然派ってことでさぁ〜」

 

「……でも、あなたがその“草ボーボー”の中に全力でダイブして虫を騒がせるたびに、私が叫ぶ羽目になるのですよ」

 

「あ、それは……ごめんね? でも虫が跳ねるの、めっちゃ楽しいんだよ。バサァって! わーっ! って!」

 

アルトリアは小さくぺこりと頭を下げたかと思うと、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「でもさ、驚いてるお姉ちゃん、めちゃくちゃレアで可愛いんだもん。期間限定感あるよ!」

 

「……まったく、油断も隙もありませんね、あなたという子は。定点観測でもされてる気分です……」

 

トネリコは思わず視線をそらし、くるりと背を向けてバターを塗り直す。

 

耳まで赤くなっていたことを、誰にも――いや、妹には特に――気づかれたくなかったから。

けれど、そんな姉の背中を見ながら、アルトリアは口元を手で押さえ、くすくすと笑う。

 

 

 

トネリコは姉である。

読書好きで、おだやかで、家事の多くを担っている。人混みが苦手で、騒がしい都会には馴染めなかったが、この静かな田舎ではようやく深く息ができる気がする。

 

一方、アルトリアはその妹。

元気いっぱいで、口数が多くて、よく転ぶ。

花にも虫にも物怖じしない無垢な大胆さと、誰からも可愛がられる天性の明るさを併せ持つ――村のじいちゃんばあちゃんに「いい子だねぇ」と頭を撫でられる回数は、もはや日課だ。

 

「お姉ちゃんって、いっつもしゃべり方が“ニュースキャスター”なんだよね〜。たまにはラフな感じでさ、オフモード出してこう?」

 

朝のコップを片づけながら、アルトリアが無邪気に言う。

いたずらっぽい笑みを浮かべ、つま先立ちでトネリコを覗き込むように。

 

「ラフ……とは、たとえば?」

 

「“マジ暑くてムリ! アイス爆食いタイム〜!”とか! はい、姉チャレンジ、どうぞ!」

 

「……無理です。尊厳が砕け散ります」

 

即答だった。

 

「……私の語尾に“〜じゃん?”をつけさせる気ですか?」

 

「え〜、面白いのに〜」

 

ふてくされた声と共に、アルトリアがソファに背中からバフンと倒れ込む。クッションが一個吹っ飛んだ。

 

トネリコはそんな妹に苦笑しつつも、内心は少しだけくすぐったかった。

自分の言葉遣いまでネタにしてくれるなんて――なんだかんだで、やっぱり仲はいいのだ。悔しいけれど。

 

そんな、性格もテンションもまるっと正反対なふたりが、わりと仲良く暮らしているのがこの家。

 

築20年を超える木造の平屋に、きしみのプロフェッショナルみたいな縁側。

裏には妙にやる気に満ちた畑、前には祖父が残した、自由奔放に育つ果樹園。

 

朝は「これはトマトですか?」と疑いたくなるくらい丸い実を摘み、昼は風鈴の音に脳がとろけ、夜は布団を並べてぐっすりコテン。 

 

都会じゃたぶん絶滅危惧種のこののどかさと、ふたりきりの脱力タイム。

それが、この家のゆるやかで尊い日常だ。

眉をぴくりと動かしながらも、トネリコは冷静な声音を崩さない。

 

「……私の語尾に“〜じゃん?”をつけさせる気ですか?」

 

「え〜、面白いのに〜」

 

ふてくされた声と共に、アルトリアがソファに背中からバフンと倒れ込む。クッションが一個吹っ飛んだ。

 

トネリコはそんな妹に苦笑しつつも、内心は少しだけくすぐったかった。

自分の言葉遣いまでネタにしてくれるなんて――なんだかんだで、やっぱり仲はいいのだ。悔しいけれど。

 

そんな、性格もテンションもまるっと正反対なふたりが、わりと仲良く暮らしているのがこの家。

 

築六十年を超える木造の平屋に、きしみのプロフェッショナルみたいな縁側。

裏には妙にやる気に満ちた畑、前には祖父が残した、自由奔放に育つ果樹園。

 

朝は「これはトマトですか?」と疑いたくなるくらい丸い実を摘み、昼は風鈴の音に脳がとろけ、夜は布団を並べてぐっすりコテン。 

 

都会じゃたぶん絶滅危惧種のこののどかさと、ふたりきりの脱力タイム。

それが、この家のゆるやかで尊い日常だ。

 

 

 

***

 

「よいしょ……っと」

 

日差しがジリジリしてきた頃、畑ではトネリコが麦わら帽子のつばを押さえつつ、鍬を手に地面と真剣勝負していた。

 

小さな苗の根元を傷つけないように、呼吸を合わせてちょいちょい、こつこつ、ザクッとな。

 

額には汗がにじんでいるけれど、それも含めて“農の儀式”である。

 

一方その隣では――

 

「うわっ! ミミズっ!? また出たぁぁ!」

 

 

 

叫び声と共に、鍬をほぼ空に投げそうになったアルトリアが、腰を引いてピョンと跳ねるように下がった。

勢いあまって帽子が取れた。

 

「お姉ちゃん、あたしって本当は虫苦手なのかもしれない……ガチで……」

 

「ええ、十分に存じております。昨日の“カマキリ襲撃事件”で、耳という耳に染み込んでおりますから」

 

「“ひゃああああっ!”って言ったのは、ほんの一瞬の気の緩みで……!」

 

「私も“うぎゃっ”と叫びましたので、ノーカウントです」

 

 

 

言葉を交わしながらも、鍬の手を止めないふたり。

真面目か不真面目かわからない農作業は続く。

 

黙々と畝を整えていくうちに、不思議と動きのリズムが噛み合ってきて――まるで漫才のコンビネーションが鍛えられているかのようだった。

 

風が通るたびに、稲の葉がシャッシャッと擦れる音と、木陰から「オレが主役だ!」と言わんばかりのセミの大合唱が入り混じり、空気中には“これでもか”というほどの夏感が満ちていた。

 

日差しはジリジリ照っているけれど、風があるおかげでなんとか人間の尊厳は保たれている。たぶん。

 

 

 

――この日々が、ずーっと続いたらいいのに。

 

トネリコの胸に、ふとそんな“尊い”気持ちが芽生える。

目の前で畑の道具をぶんぶん振り回している妹の姿を見ながら、彼女はそっと、小さくため息をついた。主に不安と愛しさのミックスで。

 

「ね、お姉ちゃん」

 

ふいに、アルトリアが手を止めた。汗ばんだ額を腕でワイルドに拭いながら、じーっと姉の顔をガン見してくる。

 

「はい?」

 

トネリコは、土をナデナデしていた手を止め、なんとなく覚悟しながら顔を向けた。

 

 

 

「やっぱり、ここで暮らしててよかったって思う?」

 

 

 

その問いに、トネリコは「えっ、今その質問?」という顔で瞬きをする。

 

一拍、二拍。

答えるより先に、空を見上げてしまうのは、お姉ちゃんあるあるである。

 

  高くて広い、まぶしいくらいの青い空。

 白い雲がのびのびしていて、鳥が「チュン!」と自己主張し、風が稲穂の間をまるでダンスでもするように通り抜けていく。

 

「……ええ。最初はこの“田舎レベルS”の環境に若干ビビりましたが……今は、そうですね。けっこう……のどかで、いいです」

 

ゆる〜い声には、しっかりとした“慣れ”と“あきらめ”と、そして“満足”のトリプル実感が滲んでいた。

 

「よかった〜!!」

 

アルトリアは、まるで通知表オール5をもらったかのような顔でパァッと笑った。

その素直な笑顔の裏には、少しだけ張り詰めていた“姉離れ不安”がスルスルほどけていくのが見えた。

 

「あたしね、お姉ちゃんがそのうち“やっぱ無理!東京カフェ恋しい!”って言い出すんじゃないかって、ひそかにガクブルしてたんだよ」

 

ぽつりとこぼされたその本音に、トネリコは一瞬目を見開き、そして――ぷっと吹き出す。

 

「……言いませんよ。あなたがいる限り、私はここにいますから」

 

 

 

その瞬間。

 

「えへへっ。お姉ちゃん、だいすきーっ!」

 

アルトリアが、野生動物ばりの勢いで姉にタックルしてきた。

 

汗まみれの腕が背中に回され、トネリコは物理的にも精神的にもじわじわと追い詰められる。

 

「……汗まみれで抱きつくのはやめてください、アルトリア……っ! 私、今すごく“ぬるい”ですから……!」

 

 

 

それでも、完全には拒めなかった。

 

 

夜。

 

お風呂上がりの火照った体を、扇風機の風が「フ〜ッ」と冷やしてくれる極楽タイム。

ふたりは畳の上にごろんと寝転がって、それぞれアイスを片手にゆるゆると夏を満喫中。

 

首をぐるんぐるん振る扇風機が「ウィ〜ン」と唸り、蚊取り線香はくるくる回って“今夜も虫は許さない”モード。煙だけはやたら仕事熱心である。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

タオルで頭をゆる巻きにしたアルトリアが、アイスをもぐもぐしながら横目でチラッ。

 

「なんでしょう?」

 

「明日もさ、一緒に朝ごはん作ろ? 目玉焼き、今度こそ“白身カリッと黄身トロッと”を目指したい!」

 

声のトーンはちょっぴり眠たげ。でもその中に、どう見ても“やる気100%(※今は寝るけど)”が込められていた。

 

「……ふふ。いいですよ。では、明日は少しだけ早起きして――」

 

「やだー! それは即却下ー!」

 

アイスの棒をくるくる回しながら、アルトリアが全力で反対姿勢を表明。寝起きには全力で弱い系。

 

「冗談です。起きた時間が、私たちの朝です」

 

トネリコはちょこっとだけ首を傾けて、仏のように微笑んだ。いわば“田舎タイム”導入済み。

 

「お姉ちゃん……やさしい! 推せる!」

 

そう言いながら、アルトリアが隣からごろんと転がってきて、トネリコの腕にちゃっかり寄り添ってくる。

灯りを落とした部屋には、月明かりがやんわり射し込んでいて、なんとなく雰囲気だけは文学的。

 

薄く開けた窓の外からは、虫の「ジジジ……」と風の「ヒュー……」が交互に流れてくる。

その中に混じる、ふたりの寝息(片方ちょっと鼻鳴り気味)が、この家の“今日も平和”を物語っていた。

 

 

 

「……お姉ちゃん、まだ起きてる?」

 

隣の布団から、こそっと届く声。

 

「はい。まだ少し……目が冴えてしまって」

 

トネリコはうっすらまぶたを開け、隣の布団から漂う“話しかけてOK”な空気を察知。

 

「ふふ、あたしも。ね、ちょっとだけ、おしゃべりしようよ〜」

 

アルトリアはもそもそと起き上がり、布団から顔だけ“にゅっ”と出す。

その顔はちょっと寝ぐせつきで、目だけキラキラ。まるで夜行性のテンション猫である。

 

「……この家に来てから、もう半年くらい?」

 

その問いに、トネリコはちょっと考えたあと、まるで“うーん天井に答えがあるかも”的に上を見た。

 

「そうですね。ちょうど春の終わりに来ましたから、今で七ヶ月目です」

 

「田舎暮らしって、けっこうイイ感じだと思う! ご飯おいしいし、空気おいしいし、夜は静かで、星がどちゃくそキレイ!」

 

言葉をポンポン並べながら、アルトリアはふぅ〜っと幸せそうに息を吐いた。アイスも食べ終わって、心もお腹も満点である。

 

「……ええ。虫さえいなければ、完璧です」

 

「ふふっ、やっぱそこは譲らないんだねぇ〜。虫ゼロ宣言継続中〜」

 

小さく笑って、枕にふにゃっと顔を埋めるアルトリア。

その無防備な姿に、トネリコも思わず目元をふにゃっと緩めた。なんだその可愛い寝相。

 

「でもね、お姉ちゃん」

 

「……はい?」

 

「やっぱり一番いいのは〜……お姉ちゃんが隣にいるってことだよ〜」

 

「……っっっ!?」

 

突然の“精神直撃爆弾”に、トネリコの胸がキュウッと締めつけられる。

顔の奥がぽうっと赤くなり、動揺を隠すようにバッと布団を引き寄せ、顔面の約75%を隠した。防御力:限界突破。

 

 

 

「……そんなに、簡単にそういうことを言ってはいけませんよ……心臓が、もちません……」

 

目元をがっちりガードしながらの、か細く震える反撃。

ささやかだけど、こっそり全力のやつだった。

 

 

 

「だって〜、ほんとのことだもん♪」

 

くすくすと笑うアルトリアの声は、まるで無敵の少女。無垢100%、悪気ゼロ、破壊力特大。

 

その真っ直ぐすぎる気持ちが、ズドンと心に直撃して、トネリコの胸をじわりと温かくしていく。

理性はやや削られているが、幸福感はMAXに近い。

 

 

 

しばらく、ぽかんとした沈黙。

扇風機の「ウィ〜ン」と虫の「ジジジ……」だけが部屋を流れていく。

 

やがて、トネリコはそっと布団から顔を出し、月の光にうっすら照らされた天井を見上げた。

 

「……私も。あなたと過ごせて……とても幸せですよ」

 

「うん……ありがと、お姉ちゃん〜」

 

ふたりのあいだに、また静けさが戻ってくる。

でもその静けさは、どこかほんわかしていて、まるでお布団の中にだけ秘密のやさしい空気が溜まっているようだった。

 

翌朝――。

 

「お姉ちゃーんっ! 目玉焼き、焦げたーっ!! 黒帯クラスー!!」

 

朝の台所に、元気という名の爆弾が炸裂する。

 

髪は寝癖で右も左もピョンピョン、エプロンはなぜか斜め45度、アルトリアはフライパンを覗き込みながら大騒ぎ中。

トネリコは、慣れた手つきでエプロンの紐を結び直しつつ、つい笑みを含んだ声で返した。

 

「それは……火力を“全開”にしたまま忘れていたのですね?」

 

「うーん……そうかも? でもね、ちょっとカリカリくらいが“通”っぽくて好きかも~!」

 

アルトリアは、ちょっと焦げた縁の目玉焼きを「これはこれでアリ」と言わんばかりに皿にのせて、にっこり。

その笑顔は、ミスさえも前向きに変換する超ポジティブ仕様だった。

 

「次は、お姉ちゃんのやつと勝負だよ! 見た目勝負、おいしさ勝負、魂の目玉焼き勝負!」

 

「……それは、勝負にならないと思いますが……ふふ。では、受けて立ちましょう」

 

トネリコは静かにフライパンを傾けた。

じゅわっと響く音とともに、黄身がぷるぷるのまんまる目玉焼きが滑り出す。

白身のふちがじんわり色づいていくのと同時に、トネリコの顔にも“プロの表情”が戻っていく。

 

手慣れたフライ返しでスッと皿に盛れば、見事な仕上がり。

 

「できました。……どうですか?」

 

問うというより、ちょっと得意げなトネリコ。

でも、そこには明らかに“妹との対決”を楽しんでいる空気が漂っていた。

 

「わあっ、完璧! パーフェクト姉ちゃん! トネリコ様に100票~!!」

 

アルトリアが拍手とともに駆け寄ってくる。

皿をのぞきこむその目は、キラキラと尊敬と悔しさと空腹をたたえていた。

 

「……次は負けないもん!」

 

「ふふ。では、練習を続けましょうね」

 

そう言いながら、トネリコは再びフライパンを火にかけた。

午前中は一緒に草を引いて、午後には洗濯物を干す。

白いシャツが風にゆれ、タオルが太陽に誇らしげにひらめいている。

 

夕方には、買い物がてら村の直売所へ。

坂道を並んで歩きながら、傾いてゆく陽を眺める。

 

「お姉ちゃん、見て見て~! トマトがすっごく安かったよ!」

 

アルトリアが袋をぶんぶん振り回しながら笑う。中にはピカピカの真っ赤なトマトがゴロゴロ。

 

「明日スープにしようよ! 冷たいヤツ! ひんやりゴクリ!」

 

「……ええ、冷やしても美味しいですし。朝の目玉焼きとも、きっと合いますね」

 

そうやって、なんでもないやり取りが今日も自然と続いていく。

飾らず、気取らず、でも確かに温かい――それが、ふたりにとっての“しあわせ”のカタチだった。

 

 

夕暮れ。

 

縁側に並んで腰をおろし、アイスキャンディーをカリッとひと口。

ふたりは風鈴の音に耳を傾けながら、なんとなく同じ方向を見ていた。

 

カエルが遠くで「グワ〜ッ」と言い、風がふたりの髪をやさしく撫でる。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

 

「はい?」

 

「ずっと、こうして一緒にいようね」

 

「……ええ。いつまでも、こうしていましょう」

 

約束なんて、紙も指切りもいらない。

となりに笑顔がある。それだけで、心はぽかぽかになる。

 

この夏が終わっても。

冬がきて、ふたりでコタツを奪い合っても。

春が来て、また一緒に草引きをしても。

ふたりで見上げる空が、ずっと晴れていればいい――それが、姉妹ふたりの、ちいさくて大きな“口約束”だった。

 

……ただし。

妹・アルトリアには「読書感想文」というラスボスが、まだ残されていた。

 

そしてそれは、姉・トネリコとの“静かなる戦争”の――

夏休み最終章の開幕でもあった……!

 

 

 





■登場人物紹介


---

トネリコ

アルトリアの姉。
読書と料理が得意な、しっかり者の常識人。
虫が大の苦手で、妹の自由すぎる行動に毎日振り回されているが、なんだかんだで面倒を見ずにはいられない性分。
やや古風な口調と、落ち着いた雰囲気をまとうが、妹にからかわれるとすぐ赤面する可愛らしい一面も。

口癖:「……まったく、あなたという子は」


---

アルトリア

元気で人懐っこく、好奇心旺盛な妹。
自由奔放で感情に正直。虫も泥も全然平気。
姉のことが大好きで、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と甘える癖がある。
成績はあまり芳しくないが、村のお年寄りには妙に好かれている。
たまに天然ボケで姉を困らせつつも、家事の手伝い(という名の応援)には全力。

口癖:「お姉ちゃーんっ!」「えへへっ♪」
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