トネリコとアルトリアの田舎日和   作:イモ

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アルトリアの文明、朝の朝食と遭遇する

 

 

目が覚めた瞬間、トネリコはまず、布団の中で状況を確認した。

 

 

 

 

 (体が……重い。たぶん、昨日の床拭きです)

 

 

 

 

 

 

 

 枕元のカーテン越しにぼんやりとした明かりが差し込んでいる。時計を見る前から、だいたいの時間がわかってしまうこの感覚――田舎暮らしの精度も、日に日に高まっている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 布団の中でぐずぐずしていたい気持ちをなんとか引きずって、ようやく立ち上がる。髪は少し跳ねているし、肩も張っているし、なにより胃袋が、さっきからうるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 (……朝ごはん。炊けてますように)

 

 

 

 

 

 

 

 願いを込めて台所の方へ向かうと――いた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふふ……文明の柱、ついに火力制御に目覚めたり……!」

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、トースターと対峙しているアルトリアの姿があった。

 

 

 

 彼女の手には、冷凍食パン。目の前にはトースター。さながら一騎打ちの様相である。

 

 

 

 

 

 

 

 「……今度は、電熱線と“対話”しようとしてませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「“パンの声”を聞いてるところ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「炊飯器の次は、パンまで人格を持つようになったんですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコはしばらく様子を見ていたが、どうやら本気らしい。

 

 

 

 パンを投入→タイマーを“勘”で回す→焼き加減を“オーラ”で測る――この一連の流れが、完全にアルトリア流の文明理解である。

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、これで完璧。絶妙なタイミングで――ぽんって出てくるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 「その“ぽん”が、問題なんです。前回は“ぱんっ!”という音とともに天井まで飛んでいきましたよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 「今日は違う! 文明は、失敗から学ぶ生き物なんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコは半信半疑で見守っていた。トースターの中で、うっすらと焦げ目が浮かび上がる。タイマーの針が、じりじりとゼロへ――。

 

 

 

 

 

 

 

 ぽんっ。

 

 

 

 

 

 

 

 「……あっ、普通に出てきた」

 

 

 

 

 

 

 

 「やったっ! これが、進化の証!」

 

 

 

 

 

 

 

 両手を挙げて喜ぶアルトリアの背後で、トネリコは内心で静かに拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 (本当に……今日は、爆発なしですね)

 

 

 

 

 

 

 

 パンの焼けた香りがふんわりと鼻をくすぐる。

 

 

 

 いつの間にか、炊飯器も動いていて、湯気が台所にあたたかみを足していた。

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコは戸棚からお皿を出しながら、ふとつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 「……でも、トースターって“文明”の中でも割と信頼度高いですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 「うん! ほぼ自動で任せられるし!」

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたの“任せられる”は、ちょっと自爆含んでましたけど」

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと“冒険”してただけだもん……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな朝のやり取りを繰り返しながら、パンがバターで音を立てる。

 

 

 

 コーンスープが電子レンジから温かく出てきて、トネリコは深呼吸した。

 

 

 

 

 

 

 

 (こういう日が……ずっと続けばいいのに、って思えるくらいには)

 

 

 

 

 

 

 

 「お姉ちゃん、次はベーコン! “文明の肉片”いってみよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 「その呼び方、あまり食欲をそそらないのですが」

 

 

 

 トーストパンは無事に挟げられた。これだけでも、今日の朝は優勝の首引きを揮ったような気持ちになれる。

 

 

 

  だが、それをニコニコして見つめるトネリコの耳に、聞き慣れたあの声が飛び込んだ。

 

 

 

  「さてっ、文明の本骨、目玉焼きの出番ですっ!」

 

 

 

  「正直、それが一番心配なのですが……」

 

 

 

  フライパンの側に置かれたのは、補助として用意された二個の卵と小さなバター。

 

 

 

  アルトリアは手際良く卵を割り、一瞬、気付いたように首をかしげた。

 

 

 

  「あれ? バターとフライパン、どっち先に燃やすんだっけ?」

 

 

 

  「適切な日の温度のチューニングによって変わるのでしょうね。反応のテンプレで。」

 

 

 

  その問答に、トネリコはしっかりとモニターを見つめながら指摘した。

 

 

 

  しかし、ここで問題発生。

 

 

 

  バターをフライパンに挟げると同時に、アルトリアが用意していた卵の目玉が、ひょいとずり落ちた。

 

 

 

  「あっ……はやすぎた。ごめんね卵さん…」

 

 

 

  「卵に言う前に、実際に自分の作戦を見直していただけませんかね」

 

 

 

  かくしゃもじょうのまま、卵はバターの周りに広がり、太陽のようなハレを放つと同時に、バターの首部はみるみる間に黒ずんでいった。

 

 

 

  「ちなみに、目玉の必須条件は「燃やし過ぎず」ですよ。」

 

 

 

  「し、矢点を見失っただけだもんっ!次はもっとこう、ほら、光をみるような感じで…」

 

 

 

  目玉はスプーンですくいて食べられたが、他の一目はすでに「違う意味で」カリカリとしてしまっていた。

 

 

 

  その様子を見ながら、トネリコはそっと指摘する。

 

 

 

  「一目はたしかに、よくやれましたねと言いたいです。もう一目は…」

 

 

 

  「まぼたきカウント!次回までに復活させます!」

 

 

 

  目玉と向き合うアルトリアの背影を見つめながら、トネリコは気づかぬふりをしつつ、お茶を湯のみに添える。

 

 

 

  ただこの始まりは、文明の手ごたえにすぎない。未来はいつだって予測不可なのだから。

 

フライパンの前に立ち尽くしたトネリコは、無言のまま油の温度を見極めていた。彼女の目は真剣そのものであり、まるでこれから国家機密でも焼き上げようとしているかのようだった。

 

 

 

 (……大丈夫です、きっと。火加減も弱中火にしたし、油も広げて――)

 

 

 

 しかし、その背後ではすでに不穏な風が吹き始めていた。

 

 

 

 「お姉ちゃーん! ケチャップってどこだったっけ!」

 

 

 

 「冷蔵庫のドアポケット、上から二段目です。できれば、静かにお願いします」

 

 

 

 「はーい……あっ、こぼれた!」

 

 

 

 「何を!?」

 

 

 

 振り返るわけにはいかない。今、トネリコの眼前には“極限まで静かに待機中”の卵が、殻を割られる瞬間を待って控えているのだから。

 

 

 

 (集中、集中……落ち着いて……まず、ひとつ)

 

 

 

 ぱかっ。

 

 

 

 白身がじゅわ、と広がり、黄身がぷるんとフライパンに落ちる。今のところ、完璧な滑り出しだ。

 

 

 

 (ふふ……文明、ここに極まれり)

 

 

 

 などと油断していたその瞬間、背後から聞こえてきたのは――

 

 

 

 「お姉ちゃん、ケチャップのフタが行方不明!」

 

 

 

 「どこへですか」

 

 

 

 「たぶん、宇宙のかなた……か、冷蔵庫の裏あたり」

 

 

 

 「後者であることを祈ります」

 

 

 

 もう一つの卵を手に取ったトネリコは、祈るような気持ちで再び殻に親指を添えた。

 

 

 

 (この子は、できれば……黄身が割れませんように……!)

 

 

 

 ぱかっ……ぴしゃっ。

 

 

 

 「……っ」

 

 

 

 手元からフライパンに滑り込んだ二つ目の卵は、惜しくも片側の殻が深く入り込み、白身が一部フライパンの外に飛び出していた。

 

 

 

 (あああああ……もう、この段階で“崩壊の兆し”が見えています)

 

 

 

 トネリコは、白身をそっとフライパン内に戻しながら、深く息を吐いた。その表情は、もはや朝食作りというより外交交渉のそれである。

 

 

 

 「お姉ちゃーん! 代わりのフタ、タッパーのやつでもいい!?」

 

 

 

 「使えるサイズなら、何でも構いませんから、なるべく静かにお願いします……」

 

 

 

 (今、わたしの集中は……目玉焼きの“生死”に関わっているのです)

 

 

 

 じゅうじゅうと焼ける音。ゆらめく香り。広がる湯気の中で、トネリコの目はひときわ鋭く光っていた。背後の喧騒がなければ、たぶん完璧だった。

 

 

 

 (でも、これはこれで……いつも通り、なのかもしれませんね)

 

 

 

 そんなことを思いながら、彼女はそっとフライ返しに手を伸ばした――。

 

フライパンの前に立ったアルトリアは、完全に戦闘態勢だった。背筋をぴんと伸ばし、ヘアピンでまとめた髪はまるで「やる気指数メーター」のように跳ねている。

 

 

 

 「今日こそ、完璧な目玉焼きを作る!」

 

 

 

 その宣言の重みを、誰よりも知っているのはトネリコだった。前回――半熟狙いすぎて白身が液状で流出し、結果的に「ただの温泉卵(未遂)」となったあの悲劇。

 

 

 

 (……あれを“文明の恥”と呼ばずして、何をそう呼べばいいのでしょう)

 

 

 

 朝日がさしこむキッチン。小鳥のさえずりに混じって、油をひく音が「ジジジ……」と静かに響いた。

 

 

 

 「よし、フライパンの温度よし! 油の量もよし! 卵のコンディションも室温に戻してある!」

 

 

 

 アルトリアが握るボウルには、今まさに割られる瞬間を待つ卵が一つ。

 

 

 

 「それでは――開戦!」

 

 

 

 カン、パカッ。

 

 

 

 殻が割られ、白身がつるりと滑り落ちる。……問題はここからである。

 

 

 

 「白身、暴れるなっ! せめて円形におさまってっ!」

 

 

 

 菜箸で縁をそっと整える。だがその動作、まるで捕らえきれない精霊でも追っているかのごとく、空振り連続。

 

 

 

 「むむっ……黄身は……中央、中央にいて! さがるな! 寄るな!」

 

 

 

 「そんなに叫ぶものではありません。目玉焼きは静かな調理法です」

 

 

 

 後ろから冷静に指摘するトネリコ。だがその声も、今のアルトリアには届かない。

 

 

 

 「お姉ちゃん、フタ! フタ持ってきて! いまっ! いまなの!」

 

 

 

 「……了解です」

 

 

 

 どこか戦場の前線基地に物資を届けるかのような動作で、トネリコはフライパン用のガラス蓋を手渡した。

 

 

 

 カチャッ。

 

 

 

 その瞬間、すべての音が――静まる。

 

 

 

 フライパンの中では、半透明の白身がじわりと凝固し、中央の黄身だけがまるで生きているかのように艶やかに輝いていた。

 

 

 

 アルトリアの額に、うっすらと汗がにじむ。

 

 

 

 「……ねえ、お姉ちゃん」

 

 

 

 「なんでしょう」

 

 

 

 「これ、ほんとに、“文明の味”になってるかな……」

 

 

 

 「なっていますとも。……少なくとも、気合いの量だけは確実に、です」

 

 

 

 アルトリアは、小さく笑った。

 

 

 

 しかし――運命の時は、すぐそこに迫っていた。

 

フライパンの上で、白身がじわじわと固まりつつある。黄身は……まだ生きている。息をひそめてる。ぷるぷるしてる。あまりにも堂々と、中心に君臨している。

 

 

 

 ――このまま、完璧な目玉焼きになるのか。それとも、また“文明の試練”になるのか。

 

 

 

 静寂の中、アルトリアはまるで爆弾処理班のように慎重な手つきで火加減を調整し始めた。トネリコはというと、背後でお茶を入れながらも視線だけはしっかりフライパンをロックオンしている。

 

 

 

 「火力、下げるよ……お姉ちゃん、わたし、今すっごく“見守られてる感”がある……」

 

 

 

 「あなたが“文明の柱”を自称しているうちは、この監視は義務です」

 

 

 

 「ぬぅっ……柱にもプライバシーをっ!」

 

 

 

 抗議しつつも火を弱める手は真剣そのもの。己の手で運命を支配するんだという決意が、背中からほのかに漂ってくる。

 

 

 

 フライパンの蓋を少しずらして、中の様子を確認する。湯気がもわっと立ち上り、その隙間から覗く目玉焼きの姿は――

 

 

 

 「……わっ、黄身が……すごい、今、ちょうど“まんまる”!」

 

 

 

 「その感動をあと数十秒後にも言えるといいのですが」

 

 

 

 トネリコは湯呑みを両手で包みながら、どこか懐疑的な視線を送った。

 

 

 

 「これ……いけるかも。あっ、でも……でも、フライ返しはっ!? どこだっけ、フライ返し……っ!」

 

 

 

 「コンロ下の引き出しの左です」

 

 

 

 「はいっ!」

 

 

 

 ばたんっ!

 

 

 

 引き出しが勢いよく開かれ、フライ返しが抜刀のように取り出される。

 

 

 

 「いざ……勝負っ!」

 

 

 

 アルトリアの額には再び汗がにじみ、呼吸も浅くなってきている。

 

 

 

 (……その姿、もはや目玉焼きという名の武道大会)

 

 

 

 トネリコは、茶を啜りながら、静かにフライパンのふちを見つめる。

 

 

 

 「お姉ちゃん、わたし……この瞬間のために生きてきた気がする……!」

 

 

 

 「思い出は、食卓の上でどうぞ」

 

 

 

 「では参る――!」

 

 

 

 ぴくり。

 

 

 

 フライ返しが白身の下へ、そっと滑り込む。

 

 

 

 そこから、ほんのわずかでも角度が狂えば、白身は破れ、黄身は崩れ、世界は終わる。だが彼女の手元は……意外にも、震えていない。

 

 

 

 「……お姉ちゃん、わたし、いけそう」

 

 

 

 「それは、“立場”がどうなるかで決まりますね」

 

 

 

 「えっ、立場?」

 

 

 

 「はい。“崩れたら文明の裏切り者”。“成功したら、文明の担い手”。つまり今あなたは、“運命の境界”です」

 

 

 

 「おおおぉぉぉ、言葉の圧がすごい……!」

 

 

 

 ぐっ、とフライ返しに力がこもる。

 

 

 

 静かに、慎重に――“あげる”動作の寸前で止まる。

 

 

 

 「……あっ、お姉ちゃん、やばい、今、足が……つりそうっ!」

 

 

 

 「そこに来て、体力の限界!?」

 

 

 

 「いや、昨日の雑巾がけで足がっ……!」

 

 

 

 ――目玉焼きの命運を握ったまま、柱、ふらつく。

 

 

 

 「待って! 今支えるっ! 文明、落とすな!」

 

 

 

 「ふおぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 

 ついに、フライ返しは動いた――!

 

 

 

 しかし、目玉焼きの運命は、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 ……フライ返しが動いた。

 

 

 

 絶妙な角度。絶妙なタイミング。絶妙な、絶妙な……バランス。

 

 

 

 「よしっ……いける、これはいける、これはもういけてるっ!」

 

 

 

 「フラグ立ってます。しかも、旗立ててからなびくまでが早いです」

 

 

 

 トネリコが半分目を細めながら見守る中、アルトリアはフライ返しでそっと白身を持ち上げる――つもりだった。

 

 

 

 しかしその瞬間。

 

 

 

 ぴきっ。

 

 

 

 「……あれ?」

 

 

 

 白身が、フライパンに――友情という名の粘着力で、べったりと残留していた。

 

 

 

 「うわっ!? ちょっ、まって、白身がついてくるっていうか、ついてこないっていうか!? お姉ちゃん! 白身が“家出したいけど玄関で立ち尽くしてるやつ”みたいになってるー!!」

 

 

 

 「例えの情緒が重すぎて逆に笑えません」

 

 

 

 トネリコはお茶をすすりながら、心の奥に小さく“あっ、今日も日常が健在”という安心感を覚えていた。

 

 

 

 「落ち着いて、端からじわっと剥がして――」

 

 

 

 「はがれない! フライパンが手放してくれない! 友情が重すぎる!」

 

 

 

 「友情を語る前に、火を止めましょう。“焦げ”という別れのサインがそろそろ見えてきました」

 

 

 

 「りょ、了解!」

 

 

 

 慌てて火を止めた瞬間、なぜか黄身がふるっと揺れた。

 

 

 

 (……ひぃっ、いま、“心臓”が跳ねた音しましたよね!?)

 

 

 

 ついに黄身が意志を持ち始めたかと思うほど、あやういバランスに姉妹ふたりが凍りつく。

 

 

 

 「お姉ちゃん……いまの、見た……?」

 

 

 

 「……はい。黄身が“魂の震え”みたいな動きをしてました」

 

 

 

 「黄身がこの場の緊張感を体現する存在になってるぅ……!」

 

 

 

 と、そこへ――

 

 

 

 ぐぅうううぅぅう……

 

 

 

 明らかに人為的な音が、台所に響いた。

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 トネリコの視線が静かに横を向く。

 

 

 

 アルトリア、目を逸らした。

 

 

 

 「……ま、まさか今のは……文明の呻き声……?」

 

 

 

 「胃の中の“飢餓部族”が、目玉焼きを要求してる……っ」

 

 

 

 「あなたの中に何部族飼ってるんですか、いま……」

 

 

 

 思わず呆れながらも、トネリコは棚からそっと皿を取り出した。これはもう、戦後処理フェーズに移行せねばならない。

 

 

 

 「では、そろそろ“盛りつけ”の儀式を……」

 

 

 

 「儀式じゃない! 文明のセレモニー! いのちの宿る時間!」

 

 

 

 「盛りつけ前から黄身に魂入れてどうするんですか……」

 

 

 

 そんな冗談を交わしつつも、ふたりの目は真剣そのものだった。

 

 

 

 ――白身、剥がす。

 

 ――黄身、保つ。

 

 ――全体、形を保ったまま、皿に着地。

 

 

 

 成功すれば、“文明の光”。

 

 失敗すれば、“ただの朝のギャグコント”。

 

 

 

 果たして運命のラストアクションは、どちらへ転ぶのか――

 

アルトリアは、フライ返しを両手で握りしめた。

 

 

 

 その姿はまるで、神託を受けた剣士。いや、むしろ“目玉焼きの霊を鎮める巫女”のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「……よし。いくよ、私……!」

 

 

 

 

 

 

 

 「誰に言ってるんですか。それとも祈ってるんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 「自分に言ってる。あと黄身にも!」

 

 

 

 

 

 

 

 フライ返しが、そっと、そっと、白身の下へ潜り込む。角度は完璧。息を止めるタイミングも、もはや職人芸の域だ。

 

 

 

 

 

 

 

 だが――黄身が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「わっ!? 黄身がこっち見てる気がする……!」

 

 

 

 

 

 

 

 「感情移入しないでください。“目玉焼きに人格”はまだ早いです」

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリアは一瞬ひるんだが、意を決して手を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかし、そこで問題が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ……なにこれ、白身の縁だけ……鉄壁なんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 「え、ちょっと待って、それ粘着系……?」

 

 

 

 

 

 

 

 「いや、粘着というより、もはや定住してる……!」

 

 

 

 

 

 

 

 黄身の下半身(?)を支える白身が、フライパンとの同棲生活に入っているかのようにビクともしない。

 

 

 

 アルトリアの額に汗が滲む。

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと、お姉ちゃん! これ、なんか……剥がれないんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 「火を止めてから二分、フライパンが“第二の家”と化したようですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 「このままじゃ、目玉焼きが“フライパンで生涯を終える”系になるよー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 焦るアルトリア、焦らないフライパン。

 

 

 

 そのギャップに、トネリコはつい口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 (ああ、やっぱりこの調子……朝から騒がしいというのは、平和な証拠ですね)

 

 

 

 

 

 

 

 しかし平和な雰囲気に浸る余裕など、当の調理担当者には皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、奥の手を使う!」

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコの目がすっと細まる。

 

 

 

 アルトリアはキッチンの奥から、トングと菜箸のダブル武装を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 「文明の力、最終形態!」

 

 

 

 

 

 

 

 「その台詞、“盛りつけ”に使うにはスケールが違いすぎます」

 

 

 

 

 

 

 

 片手にトング、片手に菜箸。絶妙な角度で白身を押さえ、慎重に黄身を支えながら、皿との距離を測る。

 

 

 

 神経はもはや指先から飛び出して、空気の振動すら読み取っているかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「こっち……いや、もうちょい右? あれ、黄身、斜めってる? あああぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたの声が黄身のバランスを崩してます。静かに、丁寧に……忍者のように盛りつけを……!」

 

 

 

 

 

 

 

 「お、お姉ちゃんっ、皿っ、ちょっとだけ、前に……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコは無言で動いた。ふたりの呼吸が合ったその瞬間――まるで“運命が静かに動き出した”ような空気が、キッチンに満ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 盛りつけという、朝のクライマックス。

 

 

 

 文明の技術と情熱の集大成が、今まさに――

 

 

 

 

 

 

 

 




目玉焼きは無事か? 盛りつけは成功するのか? そしてアルトリアの朝ごはんは?
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