トネリコとアルトリアの田舎日和   作:イモ

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過去からの挑戦状

午後の日差しがちょうど玄関のたたきまで届くころ。

 トネリコは、開いた靴箱の扉を前に、しばし沈黙していた。

 

 (……これは、“選別”ではなく“発掘”の作業になりますね)

 

 棚からは、スニーカーにパンプス、なぜか片方だけのスリッパ、靴底が剥がれかけたローファーまで、何年選手かわからない靴たちが所狭しと詰め込まれている。

 

 「お姉ちゃーん、そっちはどう? わたしのゾーン、すでに二段重ね靴タワーが完成してるよ!」

 

 アルトリアの元気な声が背後から飛んでくる。見ると、靴を手にしながら「履く靴」「履かないけど思い出がある靴」「なんか捨てたら呪われそうな靴」で三山作っていた。

 

 「そちらは“物理”の棚、こちらは“歴史”の棚です……」

 

 トネリコはため息をつきつつ、片手で埃をぬぐいながら棚の奥に手を伸ばした。

 

 ゴン。

 

 「……!?」

 

 何かが当たった。しかも、柔らかくて、かたい。

 

 「なにこれ……ん? もしかして、昔の非常用スニーカー?」

 

 取り出すと、中からは折り畳まれたビニール袋と、謎のチラシと、靴ではなく――

 

 「……ペットボトルのキャップ……?」

 

 「それ、靴じゃないね!? どういう経路でそこに入ったの!?」

 

 トネリコは少しだけ遠い目をした。数年前の模様替えのとき、“とりあえず押し込んだ”記憶がほんのり浮かんできた。

 

 その時だった。

 

 「お姉ちゃん! この靴、たぶんわたしが小三のとき履いてたやつ……!」

 

 「なぜそのサイズを今まで保持していたのですか」

 

 「思い出? でも正直、こっちのほうがショック」

 

 アルトリアは、底がほぼ“紙”のようにぺろんと剥がれたスニーカーを掲げる。もはや履ける気配など皆無だ。

 

 「それ、思い出ではなく“自然への還元待ち”です」

 

 ふたりの間に、無言でたたずむゴミ袋。

 

 まだ、靴箱の中身は半分も終わっていなかった――。

 

靴箱の下段を開けた瞬間、トネリコはひとつ深呼吸した。

 

 (ここからが“本丸”ですね……)

 

 アルトリアが詰め込んだと思しき段ボール箱が、棚の中で横に潰れつつも存在感を放っている。手前には冬用のブーツ、その下には紙袋――その中から、なぜかアイスの棒が数本出ていた。

 

 「……これは、“食後すぐ靴箱”事件ですね」

 

 「やったかもしれない……けど、たぶんわたしじゃないかもしれないような気もする!」

 

 「“やったかもしれない”の時点で、十分です」

 

 トネリコは冷静にアイス棒を回収しながら、箱の蓋を開けた。中から出てきたのは――

 

 「……うさぎのスリッパ?」

 

 「えっ! それっ、あたしが幼稚園のときにお昼寝で履いてたやつ!」

 

 「耳の片方が“行方不明”ですが、どうしましょう」

 

 「……さすがに引退、かな……」

 

 「“おつかれさまでした”と言ってあげてください」

 

 そう言いながら、トネリコは箱の中をさらに確認。だが、出てくるもの出てくるもの、どこかしら形が崩れていた。

 

 ヨレたサンダル。片方だけのバレエシューズ。なぜか包丁研ぎのグッズ。

 

 「……なぜこれを靴箱に?」

 

 「たぶん、“足元”という概念だけで分類された……」

 

 「つまり、分類が“足に関係しそう”だったら全部一緒、という雑理論ですね」

 

 「“ざつりろん”って言わないで……!」

 

 それでも、アルトリアの手つきはしっかりしていた。きちんと履く靴を拭き、残すものと手放すものをちゃんと選んでいる。

 

 (……ふふ、成長しましたね)

 

 トネリコはさりげなく横からサポートしながら、潰れかけた箱を整え直した。中身を全部出して、スペースを空け、空気の流れをよくする。

 

 「……だいぶ片付きましたね」

 

 「うん! 見て、お姉ちゃん! “今、履いてる靴たち”だけが残ったよ!」

 

 「“今履いてる”……って、その中にクロックスも混じってますが」

 

 「室内専用クロックス!」

 

 「それ、もはや靴かどうかもあやしいです」

 

 ふたりは見合って笑った。床にはごみ袋が3つ、汗は少しにじみ、空気はすこしだけさっぱりしていた。

 

 そしてそのとき――

 

 「ねえお姉ちゃん。靴箱って、ちょっとだけ“記憶の棚”っぽくない?」

 

 その言葉に、トネリコは一瞬だけ手を止めた。

 

 (……たしかに)

 

 履けなくなった靴も、ちょっと笑える靴も、ぜんぶ“そのとき”が詰まっていた。捨てるのは簡単だけど、忘れるのとは違う。

 

 「……だから、ちゃんと見送ってから、片付けるんですよ」

 

 「……うん。ありがと、お姉ちゃん」

 

 その声が少しだけ、ふだんよりも素直だった気がして、トネリコはにこりと笑った。

 

 

 作業がひと段落したあと、ふたりは手を止め、ついでに靴箱の天面に目をやった。

 

 「……あの上って、実は“未開の地”なんじゃ?」

 

 「見ないようにしていただけ、という可能性もありますが……」

 

 椅子を持ち出して、アルトリアがよじ登る。ふらふらと不安定な体勢ながらも、何かを掴んだ様子だった。

 

 「お姉ちゃん、なんか……箱がある。しかも“みかん”って書いてあるけど、今の季節じゃないよね?」

 

 「……まさか、それ、年越ししてませんか?」

 

 箱のフタを開ける音がして、次の瞬間――

 

 「……わぁっ! なにこれ!? 新聞紙! いっぱい!」

 

 「みかんじゃなかったようで安心しましたが、なぜ新聞……?」

 

 アルトリアは勢いよく中身をあさる。その中からは、なぜか小さな置物、スキー場のチケット半券、そして使用済みのネックウォーマーが出土した。

 

 「このへんの文化、完全に“冬眠準備”ですね」

 

 「過去のわたし、何を考えてたのか全然わからない……」

 

 「靴箱の天井に、季節を封印する儀式でも行っていたのでしょうか」

 

 そのあとも、“古びたタオル事件”や“片方だけの手袋奇譚”を経て、ふたりは上段までの整理を終える。

 

 「……なんか、今のわたしたちって、超合理的な片付けチームっぽくない?」

 

 「“っぽい”だけですね。感情の爆発は何度かありましたし、謎アイテムの呪詛もありました」

 

 「でも……スッキリした!」

 

 アルトリアは誇らしげに胸を張る。床のゴミ袋が、その充実ぶりを静かに物語っていた。

 

 トネリコも椅子を片付けながら、心の中で小さくうなずいた。

 

 (思い出と実用品。きちんと分けるって、意外と難しいんですよね)

 

 そんなことを考えていたとき、ふとアルトリアが声を上げた。

 

 「……ねえ、靴の裏って、“地面の履歴”じゃない?」

 

 「……なんですかその詩的な発言は」

 

 「ほら、いっぱい歩いた靴って、裏がけっこう削れてたりして。そういうの見ると、“あっ、このときがんばってたんだな”って思えて……なんかちょっと好き」

 

 その言葉に、トネリコは少しだけ顔をゆるめた。

 

 「……わたしも、けっこう好きですよ。そういうところ」

 

 ふたりは、開け放たれた靴箱の前にしばし座り込み、黙ってそこを見つめた。風が玄関を抜ける音がして、箱の中に新しい空気が流れ込んだ気がした。

 

 (このまま、明日も――)

 

 そう思った瞬間、アルトリアが立ち上がった。

 

 「じゃあ今度は、“引き出し”やろう!」

 

 「……もう少し、この余韻を楽しませてください」

 

アルトリアの「引き出しやろう!」発言から数分後。

 

 トネリコは、リビングの壁際に設置された小さなチェストの前で、心の中に“決意の鍵”を差し込んでいた。

 

 (靴箱が“記憶の棚”なら……引き出しは、きっと“思考の渦”ですね)

 

 第一段階は、もっとも軽く開く“最上段”。

 

 「ふふ、ここは“筆記用具とか充電器”が入っているはずです。比較的……安全区域のはず」

 

 そう信じていた。だが、現実は違った。

 

 カラカラ……ゴチャッ。

 

 「……あ、あれ?」

 

 「お姉ちゃん、いま“ゴチャッ”って言ったよね!?」

 

 そこにあったのは、消しゴムのカスと輪ゴムと何本かの使えないシャーペン。そして、なぜかキーホルダーにされたマヨネーズ型のノベルティが鎮座していた。

 

 「これ……何用だったんですか?」

 

 「えっとね、遠足のビンゴ大会でもらったやつ……かな?」

 

 「わたしの知る限り、遠足でそんなものが景品になる学校、存在しません」

 

 トネリコは小さく肩をすくめながら、消しカスの層をそっとティッシュで包んだ。層、というのが誇張ではないのがつらい。

 

 「この段、すでに“文具”というより、“文明のがれき”ですね」

 

 「それ名言っぽいけどちょっと傷つく!」

 

 第二段階。中段の引き出し。

 

 「おそらくここには、封筒や未使用のメモ帳、電池などが……」

 

 そう言いながら開けた先には――

 

 「あっ……なんか、ぽい匂いがする……」

 

 「わたしの記憶が確かなら、この段は以前“おやつをしまってはいけない段”として設定されたはずなんですが……」

 

 それでも、そこにあったのは開封済みの飴袋(期限不明)、半分ほど食べられたチョコバー、そしてカラになったプリッツの袋。

 

 「……食べたんですよね、これは?」

 

 「いや、ここに置いてたことも忘れてたんだけど……プリッツの袋、すごくきれいに空になってる……え、怖っ」

 

 「まさか、“第三の家族”が?」

 

 「やめてやめてやめて! 変な想像させないで!」

 

 ふたりは慌てて中身をゴミ袋へ。トネリコは消毒スプレーを持ち出して、妙に神妙な顔で拭き作業に入った。

 

 (思い出のはずが、怪談寸前になるとは……)

 

 第三段階。最下段の深い引き出し。

 

 「ここは、過去の資料とか、たぶん古いノートとか……」

 

 開けた瞬間、ふたりの目が止まった。

 

 「――お姉ちゃん、これって……」

 

 そこには、クシャッと折れたままのスケッチブックが一冊。

 

 表紙には、子どもが描いたと思しき丸っこい字で、こう記されていた。

 

 「わたしたちのまいにち」

 

 トネリコはそっと手に取り、開いてみる。

 

 中には、ぎこちない線で描かれた姉妹の絵。お弁当の絵。虫と格闘する絵。雨の日に傘を持つ絵。

 

 その全部が、なんとも言えず温かく、少しだけ泣きたくなるような空気をまとっていた。

 

 「……これ、わたしが描いたやつだ……」

 

 「知ってます。わたしが描かせたんですから」

 

 「えっ、そうだっけ?」

 

 「“毎日を記録するって素敵だよ”って言ったら、“じゃあ描く!”って、すぐ描き始めたんですよ。わたしが消しゴム持ってる間に」

 

 アルトリアは、自分の昔の絵をじっと見つめていた。鼻をすするでもなく、目をこするでもなく――ただ、静かに。

 

 (そう。引き出しの中にも、“記憶”がちゃんと詰まってる)

 

 トネリコはそっとスケッチブックを閉じ、そばのクリアケースに収め直した。

 

 「これは残しておきましょう。“今のあなた”が、いつか“昔の自分”に会いたくなったときのために」

 

 「……うん」

 

 ふたりは、きれいになった引き出しの前に並び、そっと息をついた。

 

 「お姉ちゃん、あのね」

 

 「はい?」

 

 「片付けって、“宝探し”に似てるね」

 

 「なるほど……では今の私たちは、“伝説のアイス棒”を経て“記憶のスケッチブック”を発見した、探検隊ということですね」

 

 「かっこいい!」

 

 気がつけば外の空気は夕暮れの色を帯び、光がやわらかく部屋に差し込んでいた。

 

 今日の“探検”は、そろそろ終わり。

 

 だけどふたりは、すでに次の冒険の扉を――たぶん、部屋の反対側の押し入れあたりで――見つけてしまっていた。

 

スケッチブックをクリアケースに収めた直後だった。

 

 「……あれ?」

 

 アルトリアが、中段の引き出しをもう一度のぞき込み、なにかを発見したような声をあげた。

 

 「お姉ちゃん、これなに……?」

 

 引き出されたのは、黄ばんだ封筒。妙にふくらんでいて、口の部分がガムテープで封じられている。中央には、達筆すぎる文字で**「未来のわたしへ」**とだけ書かれていた。

 

 「……なにこの手紙、怖い……」

 

 「いえ、内容以前に、この封の仕方がすでに怖いです」

 

 トネリコは封筒をつまみながら、頭の中で数パターンの“想定される差出人”を並べてみたが、心当たりはゼロだった。

 

 「アルトリア、これ、あなたが書いたんじゃ?」

 

 「わたし? こんな字書けないよ! “未”の画数、どう見ても10本くらいある!」

 

 「本来は五画ですね……あえてアレンジしたのかもしれません」

 

 念のため中身を開けようかとトネリコが角をめくった、そのとき。

 

 「うわっ、何か音した!?」

 

 ポソッ、と聞こえたような気がして、ふたり同時にビクッと肩をすくめた。

 

 封筒の中から出てきたのは、折り紙を何重にも折りたたんだような、やや湿気った手紙。そこには、びっしりと黒ペンでこう書かれていた。

 

 「世界が終わる前に読むこと」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 沈黙が、数秒。

 

 「え? お姉ちゃん、これって、“世界の終わり”に関係してる?」

 

 「そんな高度な封印、靴箱の次にゆるい場所に入れません」

 

 緊張が抜けたように、ふたり同時にため息をついた。アルトリアはクッションにバフッと倒れ込みながら、手紙をひょいと見上げる。

 

 「でも、ちょっと気になるよね。小学生の時のわたし、そういうノリ好きだったかも……」

 

 「“世界が終わる詩”とか書いて、翌日には“世界復活の日”とか叫んでましたね」

 

 「うわー、黒歴史の発掘だぁ……!」

 

 トネリコは笑いながらも、丁寧に手紙をクリアファイルに挟んだ。

 

 (でも……これはこれで、保存しておく価値があるかもしれません)

 

 「お姉ちゃん、次の引き出し、いこう?」

 

 「ちょっと待ってください。“世界が終わる”案件の直後に“次”へ行けるメンタルがすごいです」

 

 「大丈夫! 次は世界が始まるかもしれないじゃん!」

 

 「……たしかにあなたにとっては、なんでも“始まり”ですね」

 

 

 次の引き出しを開けた瞬間、それは目に飛び込んできた。

 

 「――あっ」

 

 トネリコの声が、わずかに跳ねた。

 

 アルトリアが「今度は何が出てきたの?」と覗き込むよりも早く、トネリコは両手でそれを持ち上げ、まるで宝物のように抱きしめた。

 

 「これ……! これこれこれ! わたしが中学生のときに作った“レシピノート”です!!」

 

 「えっ!? そんなのあったの!?」

 

 「ありました! ……というか、“ありましたとも!!”」

 

 テンションが突然跳ね上がった姉に、アルトリアは一歩引きつつも、興味津々にページをのぞき込んだ。

 

 「えーと……“レンジでできるプリン”……“謎のじゃがいもグラタン”……“幸運の卵焼き”?」

 

 「それ! 卵焼きの真ん中にハート形ができたら、その日は運勢が大吉っていう占い効果付きなんです!」

 

 「もはや料理じゃなくておまじない!」

 

 トネリコはページをパラパラとめくりながら、懐かしそうに何度もうなずいた。

 

 「うーん、でも分量めちゃくちゃですねこれ。牛乳“だいたいコップ一杯”って……」

 

 「えっ、それレシピって言える!?」

 

 「若さゆえの勢いです。今見返すとむしろ愛おしいです」

 

 まるで自分の過去に会えたような気がして、トネリコは顔をほころばせる。

 

 (このレシピノート、あの頃の“実験の日々”の証ですね……)

 

 「ねえアルトリア、今夜これのどれか、作ってみませんか? “再現チャレンジ”!」

 

 「えっ!? この“バターとマシュマロとコーンフレークを混ぜて丸めるやつ”とか!?」

 

 「それ、“月曜の謎スイーツ”って名前なんです! ノリだけで作ったんですけど、意外と美味しかったんですよ!」

 

 「名前が不穏なんだよなあ!」

 

 トネリコはそのまま立ち上がり、どこかウキウキとした足取りで台所方向をチラ見する。

 

 「ふふっ……文明の次は、歴史の再発掘ですよ。姉としての威厳、ここで回復してみせましょう」

 

 「そもそも威厳なんてあったかなあ……?」

 

 「ありますよ! 今この瞬間に!!」

 

 珍しくはしゃぐトネリコに、アルトリアは目を丸くしたまま、そしてつられて笑った。

 

 (……こういうお姉ちゃん、ちょっとレアかも)

 

 引き出しの整理から始まった一日が、少しずつ方向を変えながら、また別の楽しみに繋がっていく。

 

 まだ何もできていないけど――なんだかもう、少しだけ甘い香りが漂い始めたような、そんな気がしていた。

 

 「よしっ、ではまず“月曜の謎スイーツ”から取りかかります!」

 

 トネリコは手早くエプロンを装着すると、戦場――いや、台所へと軽やかに向かった。姿勢は真っすぐ、背中には謎の自信と青春が詰まっている。

 

 「えーっと、材料は……バター、マシュマロ、コーンフレーク!」

 

 声に出して確認するだけで、テンションが上がるらしい。棚の中からひとつひとつ取り出すたびに、「ありました!」「健在ですね!」といちいち実況が入る。

 

 「うわあ……お姉ちゃん、完全にテンション上がってる」

 

 「いま、過去のわたしと共鳴しているんです。これを“レシピ・リゾナンス”と名付けましょう」

 

 「名前つけちゃったよ!」

 

 そのままレンジ対応ボウルを抱えて電子レンジの前に立つトネリコ。手つきが、ちょっとした料理番組のMCのようになっている。

 

 「まずはバターをレンジでチンして溶かします。これは“融解の儀”」

 

 「儀式なの!?」

 

 「次に、そこへマシュマロを投下。これが“甘味の契約”です」

 

 「ふたりして語彙がどんどんおかしくなってるよ!?」

 

 加熱が始まると、トネリコはガラス越しに真剣な表情で中を覗き込む。マシュマロがじわじわと膨らみ、ボウルの中で静かに溶けていくさまは、どこか神秘的ですらあった。

 

 「……アルトリア。いま、この家で最も神聖な空間は、ここです」

 

 「レンジの前が!? 神殿だったの!?」

 

 「さあっ、マシュマロが召喚されました。コーンフレークを“ぽいぽい”しますよっ!」

 

 袋を開ける音すらも、なぜか誇らしげだ。思いきり笑いながら、アルトリアも横でボウルを押さえる係に加わった。

 

 ぐるぐると木べらでかき混ぜるトネリコは、普段の落ち着きとはまるで別人。時折、「これは……“月曜の味”ですよ!」と意味不明な感想をつぶやきつつ、すっかり夢中になっていた。

 

 (あれ、わたしよりはしゃいでない? ……いや、完全にはしゃいでる)

 

 最後の仕上げとして、小さく丸められた“謎スイーツ”がクッキングシートの上に並べられていく。

 

 「ふっ……これにて、“謎の祝祭”は完遂されました」

 

 「なんかかっこよく言ってるけど、見た目は完全に……駄菓子感だね」

 

 「いいんです。“子どもの心を失わない”というのも文明の柱の一環ですから」

 

 そう言ってドヤ顔のまま両手を腰に当てるトネリコ。その表情は誇らしく、そしてどこか――懐かしい。

 

 (……たぶんこの人、今がいちばん楽しそう)

 

 アルトリアがクスリと笑ったそのとき、レンジの奥から「ピン」という軽い音が鳴った。何かが、まだ終わっていないことを告げるように。

 

 「……あれ?」

 

 トネリコが首をかしげる。アルトリアも不思議そうに振り返る。

 

 「今のって……さっきの、マシュマロ?」

 

 「……まさか、まだ何か、残っていた……?」

 

 ふたりは、同時にレンジの扉に手をかける。

 

 中にあったのは――“誰のものかもわからない、謎のカップケーキ型”だった。

 

 「……これ、入れた?」

 

 「入れてない。……入れた記憶が、ない」

 

 「じゃあ、誰が?」

 

 「…………」

 

 ふたりは沈黙したまま見つめ合い、そして――

 

 「お姉ちゃん! もしかして、今のわたしたち……“過去のトネリコ”からの挑戦を受けてるのでは!?」

 

 「それを言うなら“警告”では!?」

 

 だがもう、事態は動き始めていた。

 

 

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