トネリコとアルトリアの田舎日和 作:イモ
「……うーん、これは……ですね、何かを入れたような気もするような、しないような……」
トネリコが眉間にしわを寄せながら、カップケーキ型を持ち上げた。微妙に焦げた底面、薄く残る甘い香り、そして何より――
「……紙、ついてますね」
「ということは、焼こうとして……途中で、何かがあって……忘れた?」
「“事件性”を感じます。もしかしたら、“月曜の謎スイーツ”の前日譚かもしれません」
「前日譚!?」
アルトリアはツッコミを入れながらも、トネリコの真剣な顔に少し笑ってしまう。
「……ちょっと待ってください、これは、タイムカプセルでは?」
「違う! カップケーキ型だから! 焼き菓子用だから!」
それでも、ふたりして妙に崇めるようにカップを囲むその姿は、もはや考古学の発掘現場さながらだった。
「お姉ちゃん、なか、見てみよう」
「覚悟は、できていますか?」
「できてる! ……たぶん!」
ふたり同時に息をのみ、慎重に紙をめくる。
中から出てきたのは――
「……なにこれ」
「なんでしょう……茶色? いや、ベージュ? なにかの……おかき?」
「お菓子だったもの……かも?」
手を止めたまま、しばしふたりとも固まる。
「……でもこれ、たぶん私が“バナナとシリアルの融合”とか言って、ノリで突っ込んだやつかもしれません」
「つまり、“かつて敗北した文明”の残骸……!」
「そうか! だから“警告”だったのか……!」
話がいよいよ変な方向へ進み出す。
「けど、これ……まだ、ほんのり香りは悪くないよ?」
「まさか、食べようとしてます?」
「いや、嗅ぐだけ、嗅ぐだけ!」
慎重に鼻先を近づけたアルトリアが、「うわっ……なんだろう、炭酸飴とバナナチップがけんかしてる匂い……」と微妙な顔になる。
「これは……いけませんね。現代の胃腸には、まだ早すぎた文明でした」
「お姉ちゃん、自分で言ったよね!? “過去のわたしからの警告”って!」
ふたりで肩をすくめたそのとき。
「……でもさ」
トネリコが、不意に少しだけ声を落とす。
「ちゃんと記憶には、あるんですよね。“やってみたことがある”っていう、その感覚だけは」
「……あ、それは、わかるかも」
たとえ見た目が微妙でも、味が壊滅的でも、そこに“当時のわたし”がいたのは間違いない。
「というわけで、ですね。せっかくですから――再挑戦、しましょう」
「え、まさかのリベンジ回?」
「ええ。“シリアルとバナナと……たしか冷蔵庫にあった、レーズン”」
「悪夢の組み合わせ再来じゃない!?」
それでも、トネリコはエプロンの腰紐をきゅっと締め直し、ボウルを手に取った。
「いいんです。“謎を残したままでは、文明は前に進めない”のですから!」
「だからその“文明”って言い方がずっと引っかかるんだってば!」
そして再び、台所にて――
謎と勇気の、再発掘が始まろうとしていた。
「よしっ! まずはバナナをスライス! “カリッと柔らかい”を目指します!」
トネリコはまな板の上にバナナを置くと、勢いよく包丁を振るった。テンポは軽快、表情は真剣そのもの。だがその口元はにやけっぱなしだった。
「……お姉ちゃん、なんかちょっと怖い」
「いま私はですね、“未来の味覚”に手をかけているのです。緊張と興奮が、混ざっております」
薄く切られたバナナが、丁寧にクッキングシートに並べられていく。しかも、なぜか等間隔。「焼きの魔法が均一に宿るように」とか言いながら配置しているのが、なんだかもう可笑しい。
「次っ! レーズン投入ーっ!」
「え、ちょっと待って! どこに!? バナナの上? 下? 中?」
「そのすべてに対して、“Yes”です!」
トネリコの手が、謎のリズムで動く。コーンフレークをつぶしてからふりかけ、その上に溶けたマシュマロを流し込む様は、もはやアート。
「ふふっ……これを“食の積層構造”と呼びます」
「絶対今考えたでしょその言葉!」
トネリコはまったく気にせず、両手で生地(らしきもの)をこね始める。ボウルの中でバナナとマシュマロとシリアルとレーズンが混ざり合い、やがて一体化していく様子は――
「……もはやこれは、“融合生命体”では?」
「すごいでしょ! これが“レシピ・ネオ”です!」
どんどん命名されていく未知の料理たち。なにがどうなってるかはもはや不明だが、トネリコの表情は一貫して明るい。
「うん、楽しいです! これは……“テンション・カタパルト発射”状態!」
「もう日本語の範囲が怪しくなってきてるよ!」
アルトリアは戸惑いながらも、横でラップを広げる係を買って出た。手に持った木べらから垂れる謎の甘い糊にうわっと言いながら、それでも笑いは絶えない。
「さあて、冷蔵庫で固めますよ。今度こそ、“完全体”へ進化するんです!」
トネリコはきりっと表情を引き締め、さながら研究者のようにラップされたトレイを運んだ。
「まるで……未来へ贈る、“おやつ型の希望”ですね」
「どうか爆発しませんように……」
ふたりの願いと笑いが交差するキッチン。冷蔵庫の扉が閉まった瞬間、少しだけ、ほんの少しだけ――世界が未来に近づいたような、そんな気がした。
冷蔵庫に収まった謎のスイーツトレイを見届けたトネリコは、くるっと身を翻すと、手をぽんっと叩いた。
「さあっ、次は……試食タイムまでの“準備運動”です!」
「なにそれ!? 食べるのにウォームアップ必要なの!?」
「ありますとも! まずは“試食対象を置く場所”を整えなければなりません!」
トネリコはダイニングテーブルの上に置いてあった雑誌や筆記用具、何かの包装紙などを一気にかき集め、端に積み上げた。そこまでは良かった。が、勢いあまって紙袋がひとつ、床に落ちる。
中から出てきたのは――小さなカエルのマグカップ。
「……あ、これ。昔、プレゼントでいただいたやつ」
「えっ、なんでそんなのが紙袋の中に……」
「記憶の迷子ですね」
「それ、そろそろ捜索隊が必要じゃない?」
でも、トネリコはそのカップを手に取り、静かにほこりを払った。そしてすぐ、いつもの調子で首をこてんと傾ける。
「このカップ、今日の“味の見届け役”に任命しましょう!」
「お皿じゃなくてカップなの!?」
「この子の“観察力”を信じてますから!」
謎理論をかかげながら、今度はテーブルクロスを整える。トネリコが手を動かすたび、なにかしら物が落ちたり、ひっかかったりするけれど、それでも本人は気にしない。いや、むしろ楽しんでいた。
「わたしはですね、“待つ時間も含めてスイーツ”派です」
「そんな派閥あったっけ……?」
「今つくりました!」
自信満々で宣言しつつ、最後にコップに麦茶を注ぐ。試食会というより、どこか“お祭り前の儀式”のような空気すらある。
「ふふ……すべては、あの冷蔵庫の中に眠るスイーツのため!」
アルトリアが麦茶を受け取りながら、ぽつりとこぼした。
「……ねえ。本当に今日、あれ食べるのかな?」
「え? 食べますよ? もちろん! 食べるって決めてから作ってますから!」
「うん、なんとなくそんな気はしてた……」
テーブルの上では、マグカップのカエルがこちらを見ていた。どこか達観した表情で。
冷蔵庫の扉をぴたんと閉じると、トネリコは両手を腰に当てて天井を見上げた。
「……さて! 時間、潰しましょうか!!」
その声はどこか戦場の号令じみていた。
「いや、普通そこは“ゆっくり休もう”とかじゃないの!?」
「違います! “美味しいものをより美味しくいただくには、気持ちを高めておく”というのが私の理論です!」
「理論て……それ、個人の感想ってやつじゃない?」
「アルトリアさん、いますぐに“非協力的な立場”から“巻き込まれた側”にクラスチェンジしてください」
「それ、どっちでもツラいやつ!」
そう言いつつも、トネリコはすでに動いていた。
箒を手に取ると、つま先で床をターンしてくるりと一回転。スライドするように隅っこへ移動して、テーブルの脚周りに溜まったホコリにすばやく照準を合わせる。
「戦場は、ここです!」
「だからなんで毎回戦う流れになるの!?」
「掃除とは“生活に潜む見えない敵”との闘いなのです!」
それはそれは堂々たる構えで、彼女は埃と対峙していた。おまけに“スリッパの滑りやすさ”を利用してダッシュまでかけてくる始末。
「ぅおおおおおおお!」
勢いがすごい。
「掃除中に雄叫びって……現代の住宅じゃ珍しいよ……」
途中、クッションをひっくり返して中から昔の付箋が出てきたり、テレビの裏からお菓子の包み紙が出てきたりするたびに、「これも文明の遺物ですね!」と満面の笑み。
その表情には、面倒くさいどころか、むしろ楽しさしかなかった。
(……すごいな、テンションの持続力が)
アルトリアは呆れたような、でもちょっと嬉しそうな顔でそれを見ていた。
トネリコは最後に大きく深呼吸し、掃除機のスイッチを入れながら叫んだ。
「よしっ、ここまでが前哨戦です! これより、第二段階――“床との和解作戦”に入ります!!」
「もうやめようよ、そのネーミング!」
リビングには掃除機の音と、ひたすらポジティブなトネリコの足音が響いていた。
「アルトリア、そこは後回しです。まずはこの“白いバスケット”から」
トネリコの声には、まったく揺るぎがなかった。語気こそ優しいが、内容はほぼ指令だった。というより、完全に仕切っていた。
「えっ、でもこれ、靴下ばっかだよ……」
「だからこそ、です。靴下は分類が難解。似たもの同士の紛争地帯です」
「“紛争”て!」
バスケットの中に手を突っ込みながら、トネリコの眼差しは真剣だった。おそらく頭の中では、左右の色味・ゴムの伸び率・履き心地ランクなどが瞬時にマッピングされている。
「まずはペアの確認。それから、洗濯後に生じた“単独行動靴下”の扱いを考えます」
「……なんか、わたしより靴下に厳しくない?」
「これは“再統合の儀”です。履き物社会にとって大切なセレモニー」
「変なカタカナで誤魔化さないで……!」
床に並べられていく靴下たち。片方しかないもの、なぜか左右で微妙に長さが違うもの。トネリコはそれらを手に取り、目を細めながら並べる。
「これは“洗濯機後の遭難者”……これは“洗濯ネットに巻き込まれし者”……これは“部屋干しの風に敗れし者”……」
「お姉ちゃん、まさか靴下にナレーション入れてる!?」
「アルトリア、これは彼らの“経緯”です。履く者として、知っておくべきでしょう」
「靴下に敬意が生まれてしまう!」
トネリコはそのまま、きちんと仕分けた靴下たちを畳みはじめた。ときおり、ちょっとほつれた部分を直したり、軽く叩いて形を整えたりする様子は、まるで訓練された主婦――いや、司令官だった。
「……よし、第一陣は収納へ回します。アルトリア、次の籠をお願いします」
「お姉ちゃん、もう“次”って言った!? まだ第一陣なのに!?」
「文明とは継続、そして更新の連続です」
その言葉とともに、トネリコは颯爽と立ち上がった。エプロンのすそがふわりと揺れ、その背中には謎の風格が宿っていた。
アルトリアは、そんな姉の背中を見ながら、ふと呟いた。
「……もしかして、今日は“全力トネリコデー”?」
そして返ってきたのは――
「ええ。きょうは、徹底的にやりますよ。“文明の片づけ”を」
……やっぱり、今日は逃げられないらしい。
「さて……次はこの“第二籠”ですね。アルトリア、覚悟してください」
トネリコが指さしたのは、ベージュ色の浅めのバスケット。その中身は――なんとも分類不能な“よくわからない小物”たちだった。
「……これ、どのカテゴリに入るの?」
「“混沌”です。まずは無作為に広げましょう」
「それ、ほんとに片づける気ある!?」
床の上にバサッと広げられたのは、ボールペンのキャップ、紐の切れたヘアゴム、何かのキャラクターシール、そして古びたキーホルダーに……“謎の紙切れ”。
「……これは……給食当番の帽子の注意事項?」
「懐かしすぎるってば!!」
「捨てますね?」
「いや、でも、ちょっと見てみようかなって思ってたやつかも……!」
「はい、情が入った。一時保留行きです」
そう言って、トネリコは「判定箱」と名付けられた空き箱に、躊躇なく紙を投入した。まるでテレビ番組の企画か何かのようなスピード感だ。
「次、これは……“うさぎのスタンプ”ですね。使用回数は?」
「1回だけ、メモ帳の裏に押した……」
「はい、次回の使用意欲は?」
「ゼロです」
「決まりました。“記憶で満足枠”にて処理します」
「なんか仕分けの基準がどんどん増えてない!?」
とはいえ、トネリコの判断は速く、そして妙に説得力があった。アルトリアはしぶしぶながらも従い、気がつけば“バラバラだった小物たち”は、それなりに整然と振り分けられていた。
「……アルトリア、見てください。これが“秩序”です」
「うわぁ、めっちゃ見せてくる……でもたしかに、すっきりしたかも……」
「ふふふ。さあ、あとひとつ。小物の底に隠れていた“謎の小袋”が残っています」
「えっ、それ見覚えない……中身なに……?」
「開封します。これはもう“儀式”です」
おそるおそるファスナーを開けるトネリコ。中から出てきたのは――
「……え、ビー玉?」
「……なぜここに?」
ふたりは、手のひらに乗った小さなビー玉を、しばらく無言で見つめた。
「ま、まあ、これも記憶ってことで!」
「はい、“保存する理由がロマン枠”に認定です」
こうして、バスケットの中身は全て整理され、トネリコは満足そうに手をパン、と叩いた。
「では、次の棚へ行きましょう。アルトリア、“思い出の引き出し”をご案内ください」
「うわ、それ絶対、“一度開けたら終わらないやつ”だよね!?」
だが、もう引き返す道はなかった。トネリコの表情にはすでに、“文明の片付け”以上の何かが灯っていたから――。
「よし、それじゃあ“思い出の引き出し”、オープンです!」
トネリコが軽快に宣言すると、アルトリアもつられて立ち上がった。引き出しの取っ手を握る手に、どこかしら冒険前のような緊張感が漂う。
「いきます……せーのっ!」
引き出しがスッと開いた。中には、細かく折られたメモ用紙の束、色あせたプリクラ、そして――見覚えのない謎の袋。
「おぉ……これはまさに、“過去の集積場”!」
「わっ、お姉ちゃん、このメモ! たぶん、小学校のときの“秘密の交換日記”じゃない!?」
「記憶のインデックスに保存されていませんが、文体が確かに小学生ですね。“好きな給食はやきそば”とか書いてあります」
「かわいすぎるな過去のわたし!」
笑いながらも、ふたりの手はどんどん加速する。トネリコが丁寧にメモの束をひとまとめにして整理し、アルトリアは奥に詰まった紙袋を引っ張り出す。
「んんっ……これ、重い!」
「無理しないでください。怪我をしたら“記憶整理週間”が強制終了しますから」
「大丈夫っ。こう見えて、腕力だけなら学年上位だったんだから!」
「根拠が少し不安ですが……はい、持ちますよ」
ふたりがかりで袋を引きずり出したその中には――
「……わ、懐かしい! これ、自由研究のやつじゃない!? “家の中の微生物を探せ”!」
「うわ、やりましたね……そして、やりきったことが逆に驚きです」
開かれた自由研究のノートの表紙には、クレヨンで描かれた謎の“微生物キャラ”が笑っていた。ページをめくるごとに、アルトリアの顔がぱあっと明るくなっていく。
「このへん、覚えてるかも! お風呂の排水口で菌がうじゃうじゃ見つかって、お姉ちゃんが“衛生上好ましくない!”って怒ってた!」
「それは当然です。なのにあなたは“やったね!”って笑ってたんですよ」
「いやー、科学って深いねっ!」
テンションが完全に一致したその瞬間、ふたりは自然と顔を見合わせて吹き出した。
「……アルトリア」
「なに?」
「この引き出し、思ったより価値がありました。“現在に笑いをもたらす過去”という意味で、非常に優秀です」
「つまり、“未来に役立つ記憶”ってことだね!」
「うまいこと言いましたね。……採用です」
そのあとも、ふたりは数年分の紙切れやら謎イラストやらを丁寧に仕分けしていった。笑って、照れて、突っ込んで――気がつけば、部屋の空気がすっかり温まっている。
「よし! 今日の発掘はこのへんで一区切りですね!」
「いやー、これならあと何回でもできそうな気がする!」
「ちょっとだけ、その発言が怖いです」
ふたりの間に、自然と小さな拍手が起きた。
「さて、そろそろ、スイーツの状態を確認しに行きましょうか」
トネリコはすっくと立ち上がると、まるでセレ30分の演劇を開展した後のアクターのような、満足感にみちた表情でずかずかと出ていった。
「はいはい、わたしも行きますよー」
アルトリアも、なんだかんだで付き合わされるように引っ張られ、出しっぱなしだった電子レンジの前まで行った。
「さてと、開封の儀々を始めましょうか……いや、もうこれ、グランドオープニングですね」
トネリコが気合いよくレンジのドアを開けると、内側はしんとひややか。ただ、そこにはしっかりと、「最新のテストピー」のようなすいつが、わがもの顔で眠っていた。
「あ、わりといい感じじゃないですか」
トレイを持ち上げたトネリコは、その重さにご満悦の表情。その形はこなれまくっておらず、しっかりと形をたもっている。
「これは、味より先に、分析ですね」
ただ食べるのではない。自らの手で生み出した、このレシピ・ネオ。その実力を、相対的な解析によって確認する必要があるのだ。
「アルトリア、お手われ」
「こころは、猟動的な扉を開ける時間です。さあ、先にここまでの『教訓』を振り返っておきましょう。」
なぜか手を合わせて振り返る姿に、アルトリアも笑ってコップを鼓勵する。
「いただきまーすっ」
小さなスプーンを手にとって口にほおばると、そこに広がるのは、分析できない存在。よくわからないのに、なんだか笑いが出てくる。そんな、既覚の新しさだった。
「……これ、すごくへんな味だけど、笑いとってるのよは」
「そう、まさに『笑味』です」
トネリコはしれっと言いながら、次のピースを口に。アルトリアも彼女を見やりながら、笑いの再発防止を強いられていた。
「おかわり、行ってもいいですか?」
トネリコがすっとスプーンを掲げたとき、アルトリアは心の中で何かのスイッチがカチリと切り替わる音を聞いた。
(……よし、ここで逃げると“文明の反逆者”扱いされる)
頷くしかない。覚悟を決めたアルトリアは、静かに手を伸ばし、自分の分も一口すくった。……溶けたマシュマロのねっとり感、謎に主張の強いレーズン、そして後ろから追いかけてくる微妙なバナナの風味。
――一瞬、遠い記憶のどこかにある「朝のグラノーラ」に似ているような、似ていないような。
「……うん、これは……“味の冒険”ですね」
「ふふっ、“未知との遭遇”です」
言葉にすればするほど、正体がぼやける不思議な感想たち。けれど、なぜだか笑顔が止まらない。ふたりの顔がふわっと綻ぶ。
(こんなわけわかんない味で、なんでこんなに楽しいんだろう)
気づけば、ふたりは肩を並べて座っていた。スプーンを持った手を小さく動かしながら、カエルのマグカップに「どう思う?」と尋ねるように視線を送る。返事はもちろんないけれど、その無言すらも今は愉快だった。
「……お姉ちゃん、今日のこと、忘れない気がする」
「忘れたくても忘れられませんからね。味的に」
「うん、そういう意味でもね」
再びくすくすと笑い合う。なにげない一日。だけど、こんなふうに騒いで笑って、妙なスイーツを囲むのは、なぜだか特別に思えた。
「……よし。文明、ちょっとだけ前に進みました」
「じゃあ、わたしはその文明に、“味覚セーフティ基準”を設けてほしいです」
「では、次回から“試作品は二口まで”という法案を検討しましょう」
「初回から実用段階まで飛ばしすぎなんだよ、お姉ちゃん……」
そんなふうにして、トネリコとアルトリアの“文明の片づけ”は、またひとつの節目を迎えていた。
冷蔵庫の中には、まだ少しだけ残された“レシピ・ネオ”。
そして部屋の隅には――整然と並んだ靴下と、引き出しからよみがえった“思い出の紙たち”。
どこにでもあるような、けれど誰かにとってかけがえのない、ふたりだけの記録だった。