住んでいた街を出て一週間が経過した。
アカリからの伝言で、オオサカ内にある展望塔に来ていた。
この展望塔は、かつては通天閣と呼ばれた人気の建物だったらしい。今となっては、ボロボロで観光スポットとしての姿は見る影もないが。
それはともかく、通天閣の一室にアカリの私物が隠してあるらしい。それを取りに向かっていた。
しかし、その道中でアンナを狙うクリエイト能力者のデュエリストが現れた。
俺は、そのデュエリストと戦っていた。
「ドラン・ゴルギーニでトドメだ!」
カードをタップする。
刺々しい藍色の車が、俺の指示を受けて敵に向かって勢いよく前進する。
「あ、ああ……!」
敵の男────バンニィ・ツヴァイの声が震える。向かってきているゴルギーニに恐怖しているようだった。
「うわアあああああああああっ!」
敵のフィールドは爆発する。周囲が光で包まれる。デュエルゾーンからでられる合図だ。
デュエルを終えた俺達は、通天閣の近くの街に滞在することになった。
通天閣で戦ったデュエリスト・バンニィは、グランの仲間だった。アンナを探しながらオオサカの街を荒らして回っていたらしい。街の人間に身柄を渡し、自警団に通報させた。
その後、俺達は街にあるホテルで宿を取ることになった。
「強かったね……あの人……」
「ああ、そうだな……」
備え付けのソファに身を預けながら、アンナに返事をする。
今日は散々な日だった。いつ崩れるか分からない通天閣を登り、危険な能力者とのデュエルだ。小型クリーチャーを並べてからのメルヴェイユによる強化は、とても厄介だった。
さらには、通天閣内のアカリの私物があるという部屋を探して回った。壁に目印をつけてあって、そこを掘れば良いとはいえ、さすがに骨が折れた。
「……ふぅ」
口からこぼしそうになる愚痴と共に水飲む。子供に愚痴を生かせるのは良くない。
それはともかく、アンナには聞かないといけないことがあった。
「アンナ、アカリは俺に何をさせたいんだ?こんな物を取りに行かせるなど意味が分からん」
テーブルの上に、アカリの私物────古びた鍵を置く。手紙とは別に、これを取りに行くようにアンナに指示をしていたらしい。
これが何の鍵なのかは、俺にも分からなかった。どこかの扉か、それとも箱のような入れ物か。それすら不明なのだ。
「……分からない。でも、ザックさんならゴールに辿り着けるって母は言ってました。ゴールが何かは分からないけれど……」
「そのゴールも今は不明。そうなると、ここからどう動くものか……」
考える。しかし、答えは出ない。アンナを手放した理由すら分からない。アイツとは同僚だったが、アイツの行動に心当たりがない。
やはり、アンナとの対話を続けるしかない。
「他に何か言ってなかったか?例えば……どこかの話を良くしていたとか」
「ごめんなさい……目的地の地図はあるって……」
「目的地の地図、か……」
アンナから渡されたのは大金の入った封筒とアカリの手紙の入った便箋のみ。地図など存在しない。
申し訳なさそうにしているアンナを見るのは少し心苦しい。そろそろ辞めにするべきだろうか。
とはいえ、手掛かりが少なすぎる。これで何をやれというのだろうか。
アカリの手紙を見ながら心の中で愚痴をこぼしてしまう。地図があると言うなら手紙に入れてもいいだろうに。
「…………いや、待てよ」
俺は傍らにおいてあるバッグからライターを取り出した。
別にタバコを吸いたい訳では無いが、地図を手に入れるには必要なのだ。
「俺のカンが正しいなら……」
ライターを着火させる。そして、手紙の裏側を火に近づけた。
「えっ……何を……」
アンナが目を丸くする。彼女からすれば、手紙を燃やそうとしてるようにしか見えないだろう。
だが、すぐに答えは出た。
「あっ……」
アンナも手紙に起こった変化に気がついたようだ。
「……やはり、そういうことか」
ため息混じりに手紙をテーブルに置いた。呆れと感心が半々と言ったところか。
火で炙った手紙の裏側には、イラストのようなものが浮かび上がっていた。恐らくは簡易的な地図だろう。
「これ、何……?」
アンナは唖然としている。目を丸くしながら、手紙を指さしている。
「酸性の液体で文字を書いて火を近づけると、このように浮かび上がるらしい。大方、レモン汁でも使ったんだろう」
「へえ……そうなんだ……」
アンナはマジマジと浮かび上がった地図を見る。よほど興味深いらしい。好奇心がある方なのだろうか。
このやり方は、昔にアカリが話していたのを思い出した。大昔のスパイがやったとかやらなかったとか。
「とにかく、次の目的地は決まったな。ナゴヤ城だ」
「ナゴヤ城……?」
アンナがまた首をかしげる。
「ああ。ナゴヤという街にある城だ。大昔の偉い人間が住んでいたらしい」
「なるほど……」
かなり大雑把な説明だが、納得したらしい。ナゴヤ城の話もアカリから聞いた記憶があるが、詳しい説明は覚えていない。
「どうしてコレがナゴヤ城って分かったんですか?その……お母さんって絵は……その……」
アンナは気まずそうに口ごもる。言わんとすることは分かった。
「ああ……まあ、特徴は捉えられてるからな。一応は分かる……」
「そうなんですか……」
「ああ……」
俺は目を逸らしながら水を飲んだ。
言えるわけがなかった。お前の母親は絵がヘタクソだなんて。
「…………」
再び地図に目をやる。やはり、ヘタクソな絵だ。
建物のような物に、謎の生物が乗っている。恐らくは、城とシャチホコを現しているのだろう。アイツの好きなものの一つが城で、その中でもナゴヤ城が好きだった。昔、アカリが描いた絵に良く似ていた。
「だからこそ、か……」
確かにヘタクソな絵だ。だからこそ、アカリが描いてアンナに持たせたのだと納得するしか無かった。
疑っていたわけではないが、否が応でもアカリの存在を感じてしまったのだ。
「とにかく、目的地が決まったなら早くに出る。今日はさっさと休むぞ」
「あのっ……」
立ち上がってベッドに向かおうとすると、アンナに呼び止められた。
「私と……デュエルしない……?」
振り返ると、アンナの手にはデッキが握られていた。
アンナがアカリにデッキを持たされていたことは知っている。だが、アンナはここまでデュエルをしたいと言い出したことはなかった。
「突然だな。どうした?」
「えっと……」
口籠る。元々口数が多い方ではないが、理由を問われて答えないのは珍しかった。
やっちゃいけない理由もない。とりあえずは聞かないでおこう。
「良いさ。俺もデッキの調整をしたいと考えていた。やろうか」
「うん……!」
アンナの表情が笑顔になった。
向かいのソファに座って、デッキをシャッフルし始めた。デッキを混ぜ終えると、テンポよくシールドを並べて手札を取った。
「手慣れてるな」
「お母さんから教えてもらったの。身を守るためにも覚えなさいって」
「そうか」
デュエル・マスターズは、危険なカードである。
しかし、身を守るために覚えさせたり、娯楽がなさ過ぎるから与える……今の時代は珍しい話でもない。
実際、行く先々でカードで遊ぶ子どもの姿はあった。街を守るためにカードを身につける能力者もいた。デッキを持つ理由は、ただのカードゲームだった時代よりも多種多様だ。
アカリはどういう気持ちでカードを持たせたのか。それが少しだけ気になった。
「こちらも準備完了だ。いけるか?」
「うん」
アンナは頷く。後は、ゲームを開始するだけだ。
「デュエル!」
俺とアンナ。二人のデュエルがひっそりと始まった。
一ターン目。互いにマナチャージして終了。
二ターン目。俺はは星姫械 エルナドンナを召喚してターンを終える。
そして、アンナの二ターン目。
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
●シールド…五枚
●手札…三枚
●マナ…二枚
●アンナ
●バトルゾーン…なし
●シールド…五枚
●手札…六枚
●マナ…一枚
「マナチャージ。2マナ支払ってバニラゾーンを唱えるね」
デッキの上から二枚を表向きにして、能力のないカードならマナゾーンに置けるカードだ。
どうやらアンナのデッキは、能力の無いカードをサポートする【バニラビート】と呼ばれるデッキのようだ。マナに置かれてるカードも、ちんぱんじーやA・ザラシーのような能力のないカードだ。
「出たカードは……メジャー・クラスターとベアコダッシュ。二枚ともマナに置くね」
「ああ」
これでアンナのマナゾーンのカードの数は四枚。俺と一気に差が開いた。
「さらに、溜まった2マナで雪精 ステッキを召喚してターンエンド」
●アンナ
●バトルゾーン
雪精 ステッキ
●シールド…五枚
●手札…三枚
●マナ…四枚
恐らくはここから大量に展開してくるだろう。俺のデッキは防御に優れているが、押しつぶされる可能性もある。
「俺のターンだ。ドロー」
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
●シールド…五枚
●手札…四枚
●マナ…二枚
「マナチャージ。アシステスト・アルデッドを召喚。他のメカがいるから効果で一枚ドローする」
アンナがアルデッドを見てつぶやいた。
「あっ……闇のカード……」
メカデッキは光がメインだが、闇のカードもある。
今までもマナゾーンに置くことはあったが、アンナの前で本格的に使うのは初めてだ。新鮮だったのだろう。
「ターンエンドだ」
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
アシステスト・アルデッド
●シールド…五枚
●手札…三枚
●マナ…三枚
クリーチャーの数だけで言えば、一応は上回っている。問題はここからだ。
「じゃあ、私のターン。ドローするね」
●アンナ
●バトルゾーン
雪精 ステッキ
●シールド…五枚
●手札…四枚
●マナ…四枚
「マナチャージします」
手札からステッキが置かれる。
これでマナは五枚だ。そろそろ何を仕掛けてきても不思議ではない。
「ツインパクト呪文の妖精のプレリュードを発動。次に召喚する無色クリーチャーのコストを五下げるね」
残りは2マナなので、本来のコストが7までのクリーチャーなら何でも出せることになる。重量級のクリーチャーが出てくる。
「コスト2に軽減して神聖祈 パーロックを召喚します」
「なるほど……」
バニラデッキで、このカードが出てきたか。本気で仕掛けてきたな。
「パーロックのバトルゾーンに出た時の効果を発動。デッキのカードをクリーチャー以外、能力の書かれたクリーチャーが出るまで捲り続けます」
アンナはデッキのカードを表向きにし始める。
バニラクリーチャーが多いということは、捲る枚数も必然的な多くなる。
捲って、捲って、捲り続けた。
「あ……バニラゾーンが出たから手札に加えるね。残りはバトルゾーンに出す」
「……圧巻だな」
捲られた能力の無いクリーチャーが、全員バトルゾーンに並べられる。
パーロック 〜最期の航海〜×3
雪精 ステッキ
フォーマルハウト×2
ちんぱんじー
アクア戦闘員 ゾロル
以上が、出てきたクリーチャーだ。こいつらが一斉攻撃すれば、俺のシールドは言うまでもなく消え失せる。
「ターンエンド」
●アンナ
●バトルゾーン
雪精 ステッキ×2
パーロック 〜最期の航海〜×3
フォーマルハウト×2
ちんぱんじー
アクア戦闘員 ゾロル
神聖祈 パーロック
●シールド…五枚
●手札…二枚
●マナ…五枚
「たった数ターンで、これだけのクリーチャーを並べるとはな」
「えへへ……」
アンナははにかむ。褒められたのが素直に嬉しいようだった。
恐らく、デュエルも終わりが近いだろう。俺はデュエル中に気になったことを聞いてみることにした。
「そのデッキ、自分で作ったのか?」
「……うん。お母さんからヒントは貰ったけど……」
アンナは口元を手札で隠しながら頷く。照れているようだ。
「そうか、良いデッキだ。コンセプトも良くまとまっている」
「うん、ありがとっ」
満面の笑み。そんな表現が似合うほどに、アンナは嬉しそうに笑う。
アンナは俺と旅に出てから、ずっと不安そうな顔をしていた。出会った頃よりも、良い顔だと思った。
「だが、俺も負けてやるつもりはない。これは勝負だからな」
「うん!」
アンナの了承とともに、俺はカードを引く。恐らくは、このターンが分水嶺だ。ここでの俺の動きがすべてを決める。
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
アシステスト・アルデッド
●シールド…五枚
●手札…四枚
●マナ…三枚
「マナチャージはしない」
アンナの目元がピクリ、と動く。どうやら、俺に策がある事に気がついたようだ。
アンナは、戯けるような声で聞いてきた。
「……諦めたの?」
「フッ、そんなわけないだろう」
俺も不敵な笑みとともに言い返す。
俺が勝負事で諦める人間ではないのは、アンナも分かっているはずだ。
「獲銀月 ペトローバを召喚」
マナを三枚タップしてペトローバを出す。グラン戦でも活躍した、俺のお気に入りカードの一つだ。
「ハイパーモード……?」
アンナが呟く。ペトローバのハイパーモードを警戒しているようだ。
強力だが、今は使ったところで意味はない。もっとも、アンナも分かってはいると思うが。
「安心しろ、今は使わん。アルデッドでシールドを攻撃!」
なんてことは無いシールドへの攻撃。傍から見れば、悪足掻きにしか見えないだろう。
だが、俺の目当ては別にある。
「ブレイク処理の前に革命チェンジを発動!アルデッドを手札のドラン・ゴル・ゲルスと入れ替える!」
「革命チェンジ……」
アンナは、ドラン・ゴル・ゲルスの登場を予想していなかったらしい。
「ゲルスの効果。バトルゾーンに出たから、自分のシールドを一枚ブレイクする」
「えっ……」
自らのシールドを手札に加える俺を見て、アンナは小さく声をあげる。自分のシールドを減らすのは、彼女からしたらありえないだろう。
「その後、手札からコスト3以下のメカ、獲銀月 ペトローバをバトルゾーンに出す」
「またペトローバ……!」
このターンで、二体目の獲銀月 ペトローバだった。アンナは、警戒をしているようだ。
「攻撃処理に移行する。そちらのシールドをブレイクだ。」
アンナはシールドを手札に加える。トリガーは無いようだ。
「ターンエンド」
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
ドラン・ゴル・ゲルス
獲銀月 ペトローバ×2
●シールド…五枚
●手札…四枚(一枚はアシステスト・アルデッド)
●マナ…三枚
次のターン、クリーチャーを出してペトローバをハイパーモードを発動させれば勝てる可能性が高い。それは、アンナも分かっているはずだ。
「私のターン。ドロー」
●アンナ
●バトルゾーン
雪精 ステッキ×2
パーロック 〜最期の航海〜×3
フォーマルハウト×2
ちんぱんじー
アクア戦闘員 ゾロル
神聖祈 パーロック
●シールド…五枚
●手札…四枚
●マナ…五枚
「マナチャージ。フォーマル・クラスターを二体召喚」
クリーチャーを追加してきた。このターンで仕留めきれなくても、諦めるつもりはないらしい。
「ステッキでシールドを攻撃!」
「……ブロックはしない」
アンナが小さく息を吐く。俺が何か企んでいると考えているようだ。
シールドを手札に加える。トリガーではない。
「パーロック〜最期の航海〜で攻撃!」
神聖祈の効果で、パーロックはブロックを受け付けない。ブロックしようがない。シールドにもトリガーは無かった。
これで残り二枚。パーロック・クリーチャーは三体。このままでは、俺の負けだ。
「パーロック〜最期の航海〜でシールドブレイク!」
シールドを確認するが、トリガー無し。これで最後のシールドだ。
「パーロック〜最期の航海〜で最後のシールドを攻撃!」
ここでトリガーな何もなければ負けだろう。
しかし、俺にはトリガーよりも頼れるカードが手の中にあった。
「この瞬間、ニンジャ・チェンジ発動」
「えっ……」
俺はドラン・ゴル・ゲルスを手札に戻した。
そして、新たに手札の聖カオスマントラとニンジャ・チェンジで入れ替えた。
「カオスマントラの効果で残りのクリーチャーを全員アップさせる!」
「っ……」
最後のシールドを確認。トリガーは無かったが、問題ではない。
これでアンナに攻撃可能なクリーチャーはいない。
「ターンエンド……強いね……」
「歴だけはあるからな。ブランクがあるとはいえ、な……」
自嘲気味に笑う。
俺は、子供の頃からデュエル・マスターズを続けてきた。
自分が能力者と分かっても、大人になっても、それは変わらなかった。
……いや、それは今は関係ない。とにかく、俺のターンだ
「俺のターン、ドロー」
●ザック
●バトルゾーン
星姫械 エルナドンナ
聖カオスマントラ
獲銀月 ペトローバ×2
●シールド…〇枚
●手札…九枚(二枚はアシステスト・アルデッドとドラン・ゴル・ゲルス)
●マナ…三枚
「アシステスト・アルデッドを召喚。一枚ドロー」
マナチャージはしない。もうマナを貯めても意味がないだろう。
「エルドンナとアシステストをタップ。そして、ハイパーモード発動!このターン、獲銀月 ペトローバはWブレイカーだ」
これで攻撃すれば、シールドは全てなくなる。
「ペトローバでシールドを攻撃」
アンナはシールドを手札に加える。
「何もありません……」
「もう一体のペトローバで攻撃」
最後のシールドだ。これでカオスマントラを除去されたら、俺は勝てない。
アンナは最後のシールド二枚を手札に加え、無言で首を振った。
「カオスマントラでダイレクトアタックだ」
デュエルは、俺の勝利で決着した。
負けたというのに、アンナは満足そうな顔をしていた。
アンナはもう一戦やりたいと言ったが、流石に明日の予定もある。断るしかなかった。
寂しそうな顔が少し心苦しいが、睡眠は健康の第一歩だ。長旅をする以上は仕方あるまい。
「ねえ。ザックさん……」
「寝ろと言ったはずだ」
別のベットに横たわっているアンナに、ため息交じりに諌める。しかし、俺の忠告などアンナには無関係らしい。
「お母さんと付き合ってたんだよね?どうだった……?」
「なっ……」
いきなり、とんでもないことを言い出した。
だが、こんなのは序の口だった。
「お母さんが言ってた……昔、ザックさんって人と付き合ってたって……」
「アイツ……」
自分の子供に昔の男の話をするとは……アカリは何を考えてるんだ。
アカリ・アマミは変わり者だった。しかし、ここまで酷いとは思わなかった。
「安心しろ。俺の事は過去だ。今はお前の父親がいるだろう」
「私、お父さんは好きじゃない……」
年頃の娘と父親は上手くいかないのは、どこにでもある話だ。しかし、ここまでハッキリと拒絶の意思を現すのは異様だ。
「……すまなかった」
迂闊だった。
ここまで父親の話は全くでなかった。母親から託され、一週間もいたのに、だ。その時点で察するべきだった。
とはいえ、いずれは父親の事も話をしなくてはならない日が来るだろう。
「それより……ザックさんとお母さんって、どんな感じだったの?いつ知り合ったの?」
アンナの声が少しだけ明るくなった。声量自体は小さいが、まくし立てるように聞いてくる。
女子というのは、この手の話が好きなのだろうか。アンナの顔は見えないが、恐らくは輝いてるのだろう。
「……お前は、星の盾を知ってるか?」
「自警団ってことくらいしか知らないけど……」
「そうか」
星の盾。
アメリカで発足された自警団。国外にも支部をいくつか持つ、そこそこの規模の組織だ。
支部は日本にもあり、グランやバンニィの身柄の引き渡し先も星の盾の日本支部だ。
主な任務は街の哨戒や荒くれ者の鎮圧。また、隊によっては能力者と戦うこともあった。
国がないので法的な力のようなものはないが、自ら治安を守ろうとする変わり者の集まりなので、比較的受け入れられている。
「俺とアカリは、星の盾の同期だった。訓練も実戦も共に潜り抜けたな」
「お母さんが……星の盾……?」
どうやら、アカリが星の盾にいたことは聞かされていなかったらしい。
慎重に言葉を選び、続きを話す。
「成人する前だったな。アメリカで星の盾の入隊試験を受けた。その時に一緒に試験を受けて合格したのが、アカリだった」
「アメリカかあ……お母さんって、その頃から頭良かった?クールで綺麗だったよね……?」
「っ……」
ある意味、答え難い質問が飛んできた。
俺の記憶にあるアカリは、間違いなく筆記も実技も優秀だ。各国の歴代首相を最初から最後まで言える。美人なのも認めよう。
だが、頭が良くても優秀と呼ばれるとは限らない。俺にとってのアカリとは、そんな女だった。
「あ、ああ……まあ、大胆かつ迅速な判断で皆が助かっていたな」
「わぁ……っ」
小さく喜ぶ声が聞こえた。心が少し痛んだ。
俺の覚えている限りだが、実際のアカリは良くも悪くも嵐の女だった。
俺が覚えている限りでも……。
────銃を持った三人ほどの男と戦った際に、ナイフ一本で無傷で取り押さえる。
────ピッキングで開けろと指示された鍵を、効率が良いという理由で力尽くでこじ開ける。
────トドメを刺されそうになったら、口の中から血を吐き出して目眩ましして逆転する。
────市場で商人にクレームつけるニホン人相手に、ニホンの城の話を一時間まくし立てて大人しくさせる。
こんな行動に出る女だ。時には称賛されるし、時には上からのお叱りを受ける。お陰で俺の隊の評価は賛否両論だった。
とにかく、俺の知るアカリ・アマミはアンナの思うようなクールな女ではない。今は知らないが。
「それで……いつ付き合うの?」
寝るよう諌めたいが、無理だろう。寝るまで付き合ってやるか……。
「入隊してから数年後だな。成人になったから関係者と酒を飲みに行った。その時に酷く酔ってしまってな。介抱してくれたのが、アカリだった」
「それがキッカケで付き合ったの?」
「ああ。俺はアイツのことが前から気になっていた。明るさ、閃き、行動力……見ていて惹かれるものがあった。酔った勢いなのもあってか、俺から交際を申し出た。そこから付き合っていったな」
「おお……」
僅かに手を叩く音が聞こえる。アンナが毛布の中で拍手でもしてるのだろう。悪い意味でアカリの血を感じる。
「じゃあ……初デートは?」
「それは後日話す」
「ええ……」
露骨にガッカリした声を出す。
これで黙るだろう……と思いきや、アンナの質問攻撃が続いた。
「じゃあ、星の盾の話。仲のいい人とか教えてほしいな。友達とか」
学校じゃないんだぞ、と言いそうになるのを抑える。
こういうのは頭ごなしに拒否しても相手を意地に張らせるだけだ。適度に餌を与えて満足させるのが大事なのだ。
「……まあ、一緒に仕事していたという意味でならアカリが一番一緒にいたな。」
「おお……」
しまった。食いついてしまった。別の話題で逸らそう。
「後は堅物の同期が一人と気弱だけど見込みのある後輩が一人。そいつらと俺を含めた四人一組で行動する事が多かった。性格はバラバラだが、不思議とうまく連携が出来てたな」
「カッコいい……その二人のお付き合いしてる人は?」
「それも後日話す」
「そればっかり……」
アンナは拗ねたような声を出す。
流石に際限なくなってきた。ヒートアップする前にやめさせるべきだ。
「寝ないなら話さないぞ。明日も早いんだからな。良い子なら寝ろ」
「はぁい…………ねえ、ザックさん。最後に一つだけ良い?」
「何だ?」
寝ろと言ってるのにコイツは……と言いたいが、最後と言ってるから聞いてやろう。
「子供の頃のザックさんは、大人の事はどう思ってた?」
「どうか……まあ、お前くらいの頃は力が強くて自分勝手くらいにしか思ってなかったな。だから、早く大人になりたかった」
実際は大人にも大人の苦悩があった。責任は迫られるし、守られる立場から守る立場に変わるのだ。何でも思い通りにはならない。
突然、どうしたのだろうか。
「私ね、大人って信用できない人ばかりだと思ってた。私の事は連れ去ろうとするし、お母さんにも酷いことするし。でも、ザックさんは違った。私を助けてくれた。あのカジノの人達も親切にしてくれた。それが嬉しかった」
アンナは、俺が想像するよりもずっと辛い経験をしてきたのかもしれない。大好きな母とも、今は一緒ではないのだ。守ってくれる人はいなかったと考えて間違いないだろう。
「そうか。俺は、自分のやりたいことをやっただけだがな」
それしか返す言葉が思い浮かばなかった。
アンナの子どもが来て、能力者が行きつけのカジノで暴れた。デュエルはしたくなかったが、やるしかないと思った。
俺のやりたいと思ったことが、結果的にアンナを守っているだけなのだ。
「それでも……ありがとう」
アンナの声が、一段と穏やかなものになった。彼女の心が満たされているのを感じた。
「ごめんね、口答えしちゃって。おやすみなさい」
「おやすみ」
やっと質問攻撃が止まった。暫くは質問ばかりされるだろうが、境遇を考えるなら仕方あるまい。それに、これで言う事を聞くなら安いものだ。
それに、アンナくらいの年齢の子どもなら口答えする事もあるだろう。本来なら、親がそれに付き合うのが望ましい。今の状況では難しいが。
「子ども、か……」
子ども。アカリ。
どちらも俺────財前ザックにとっては、苦しい記憶の象徴だ。俺が星の盾やデュエマから逃げ、日本にいる理由の一つでもある。結局は、逃げられなかったが。
色んな人間を悲しませ、迷惑をかけた果てに、俺という人間はいるのだ。
「…………すまなかった」
小さくつぶやく。
誰にも聞こえないように願いながら目を瞑った。
ありがとうございます。
評価・感想お待ちしております。