私の目に映るのは、赤い絨毯と白い天井。そして、腕につけられた鎖付きの手枷。壁につながった鎖は、私の動きを制限している。
私、天海アンナは目の前の男の人によって身体の自由を奪われていた。
「アンナ、気分はどうかな?」
ブロンド色の髪をオールバックにした赤いスーツの男の人が、目の前に立つ。
この人は、ザックさんが言っていたリアという人だ。イルフォンという名前もあるらしい。
「私、どうなるの……?ザックさんは?」
私の質問に、リアはため息をつく。そして、こちらに近づいてきて、座り込んだ。
私と目線を合わせるためだろうか────そんな事を考えていると、私の喉元に何かを突きつけた。
「ひっ……!」
冷たい鉄の感触が、喉元を支配する。
これは銃だ。この人の指一つで、私の命は失われるのだ。
「君にセンパイの名前を口にしないでほしいな。ただでさえ君は強力な能力者だから生かしてやってるというのに。君は能力が無ければ何の価値もないことを忘れるなよ」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
咄嗟に謝罪する。それに満足したのか、リアは銃を懐に仕舞った。
「まあ良いさ。君とこれから仲良くやらせてもらうつもりだからさ。よろしく頼むよ」
リアは私の肩をポン、と叩いて立ち上がる。手を軽く振って、部屋を出ていった。
「っ……はあっ……!」
ドッと、力が抜けるのを感じる。額が少しだけ汗ばむ。
いつ気まぐれで私を撃つのかと恐かった。今の私は、抵抗も逃亡も出来ない無防備な状態だ。
「お母さん……ザックさん……」
私の大切な人達。今まではお母さん達が守ってくれてた。どこにいるかも、生きているのかも、今は分からない。
「お母さんは生きてるのかな……」
ずっと気になっていた。お母さんと離れてから何ヶ月も経っていると思う。安否の確認すら出来ていない。
ザックさんは、流石に生きていると思うけど……。
「生かしている、か……」
リアの言葉が引っかかる。私は、自分の能力者としての力を狙われていると思っている。そして、リアの目的が私の能力なのも間違いではない。
でも、リアには別に私を生かしている理由があるようだ。それが分からなかった。
「私は……何……?」
生まれてから大人達に狙われ続けてきた。襲われなくても、別の大人から厄介に思われることもあった。
それでも、ザックさんは私を守ってくれた。嫌がることなど無く、心から私を想いやってくれた。
そんな人を巻き込んで傷つけてしまった。自分の存在価値が、分からなくなった。
「ごめんなさい……ザックさん……」
謝罪の言葉。そして、涙が床にこぼれ落ちていった。
・・・
アジトから少し離れた場所で、ジンザブロウの運転する車から降りた。
そこは、荒んだスラム街だった。他の街も荒れているが、ここは更に悪化している。家も職も持たぬ人々で溢れていて、街としての体裁を保っていない。
そこから俺は徒歩でアジトへと向かった。アジトの目の前では、降りる瞬間が無防備になって危険だからだ。
少しすると、目的地へ付近と到着する。約五階建ての、主張の強い赤色の建物があった。その建物は、明らかに人の手によって丁寧に手入れされていた。荒れたスラム街の近くで、異彩を放っている。
「……ここが件のアジトか」
誰にも聞かせるわけでもなく、物陰から呟く。
アジトの入口には門番が二人。俺が飛び出せば、すぐにでも発砲するだろう。
「アンナ……」
あの建物のどこかにアンナがいる。俺に助けを求めているかは不明だが、悲しんでいるのは間違いない。
ならば、何も迷う必要はない。俺がやることは決まっている。
門番を倒し、中の奴らを蹴散らし、リアからアンナを取り戻す!
「……時間だな」
時計の針が午後四時を指す。突入開始の時間だ。
俺は懐から銃を取り出してロックを外すと、門番の前へと走り出した。
・・・
リアが部屋から出て行ってから、どれくらい経っただろうか。私は、相変わらず鎖に繋がれたままだ。
もう誰も来ないのだろうか、と考えていると扉が開いだ。
「やあ、アンナ。元気にしてるかい?」
入ってきたのは見覚えのある赤いスーツの男性。近くには付き人らしき女性がいた。
「リア……さん……」
「別にリアで良いよ。それより、食事にしようか。サンドイッチで許してくれたまえ」
リアの近くにいた女性の手には、バスケットが握られていた。
女性は、バスケットからサンドイッチを取り出すと、私の口元へと運ぶ。手は使えないから食べさせてやるということらしい。
「あ……ありがとうござます……」
食欲は無いが、刺激するわけにはいかない。サンドイッチを齧った。変な味はしないが、美味しくも感じない。
「食べながら聞いてくれ。アンナ、君には明日から実験に付き合ってもらう。良いね?」
「……?実験?」
私が訝しむと、リアは口角を上げる。
「そう。世界を変える実験だ。君と同じく捕らえられた能力者が他にもいる。彼らと共に失われた人々を再生する実験をしてもらうのさ」
「再生って……」
言葉に詰まった。
私は、自分の能力者としての力を大して知らない。お母さんに絶対に使うなと言われてたからだ。
それでも分かる。能力者はあくまでもカードの力を使う人だ。私が何かを作ったとしても、それは複製でしかない。ましてや、死んだ人なんて……。
「おや、不服かい?」
「それは…………」
リアには、私の心は分かりきっているようだ。
あまりにも馬鹿らしい話だと思った。だから、なんと言えば良いのか分からなかった。
「やれやれ、理解のないお嬢さんだ」
リアはため息をつくと、顔を私の耳元に近づけて言った。
「きみのお母さんにも会えるかもしれないのに?」
「っ!」
お母さんに会える……?その言葉が、電流のように私の中で駆け巡った。
「どういう意味!?」
とても嫌な予感がした。だって、このタイミングでお母さんが出てくるなんておかしいから。
リアは微笑む。思いやりなど感じない、相手を威圧させるための笑み。
「それはね……」
リアが続きを口にしようとした瞬間だった。何か着信のような音が聞こえた。
付き人の女性の携帯端末から発せられたものらしい。女性は確認すると、リア────イルフォンに詳細を伝える。
「イルフォン様。来たようです」
「……ふぅん。悪くないタイミングだ」
何のことだろう……?私にはまるで見当がつかない。
その答えはすぐに出た。
「い、イルフォン様!助け……ぐあっ!」
突如、部屋の扉が開いた。そこから、リアの部下らしき男の人が投げ飛ばされてきた。
そして、扉を開けて部下を投げ飛ばした張本人が入ってきた。
「随分と練度の低い部下ばかりだな。罠を疑ったぞ」
聞き覚えのある声が耳に入った。そして、見覚えのある姿が見えた。
それは、私が会いたいけど会うのが恐かった人であった。
「嘘……ザ、ザックさん……!」
視界は涙で揺れ、声が震える。
少しだけ汚れたタキシードの男性。手には銃が握られていた。
間違いない。あそこにいるのはザックさんだ。私なんかの為に来てくれたのだ。
ザックさんは、私を真っ直ぐに見据えて叫んだ。
「アンナ、積もる話は後だ!すぐに助けてやる!」
自信に満ちあふれた声が部屋全体に響いた。自分を信じてほしいという気持ちを感じた。
「ザックさん……何で……」
「俺がそうしたいからだ。だから、お前を助けにきた」
私は、先程まで暗くなっていた。ザックさんを傷つけてしまう。存在価値も分からなくなった、と……。
でも、ザックさんが来てくれた。待っていてくれと言ってくれている。こんな私の為にだ。
ザックさんは、素敵な笑みを浮かべながら言う。
「もうすぐ夕飯の時間だ。早く終わらせるぞ」
「っ……はい!ザックさん!」
それが私の答えだった。
ザックさんを信じたい。私を助けようとしてくれる彼を最後まで信じ抜きたい。
ザックさんの視線と銃口は、リアの方を向く。
「というわけでだ……リア。それと近くの女。部下は俺が全員倒した。今すぐに投降しろ。嘆願書くらいなら出してやる」
ザックさんの目つきが鋭くなる。リアは、それを見て怯むどころか肩を震わせながら、笑いを堪えている。
「フフッ……ククク……センパァイ。僕が降参すると思ってるんですかぁ?」
リアはデッキを取り出す。デュエルで決着をつけるつもりのようだ。
「……だろうな」
ザックさんも対抗してデッキを取り出す。
二人の能力者がデッキを取り出した。やることは一つしかない。
ザックさんとリアが叫んだ。
「デュエルゾーン展開!」
その言葉とともに、目の前が光りに包まれていった。
・・・
俺とリア。二人のデュエルが始まった。
俺のデッキは、前回とは違って用意されたものではなく、自前のデッキだ。
恐らくは、リアも前回とは違うデッキを使ってくるはず。予測は難しく、少しのミスが敗北に繋がる。
「アンナ……」
リアの側に、アンナの姿があった。その顔には笑顔も穏やかさもない。以前と同じ状況だ。今度こそ、俺はあの子を助けたい。
その為にも、このデュエルに勝つ。
「先攻は俺だ。マナチャージしてターンエンド」
俺はドラン・ゴル・ゲルスをマナに置く。今となっては使い慣れたメカデッキだ。
●ザック
●手札…四枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
無し
●マナ…一枚
「では、僕のターン」
リアはカードを引いた。前回よりも強いデッキを使うはずだ。警戒が必要だ。
●リア
●手札…六枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
無し
●マナ…〇枚
「影速 ザ・トリッパーをマナに置いてターンエンド!」
リアのマナゾーンに火と闇のカードが置かれる。やはり違うデッキだ。
●リア
●手札…五枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
無し
●マナ…一枚
「俺のターン」
●ザック
●手札…五枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
無し
●マナ…一枚
「マナチャージ。ヴェネラック-F5を召喚してターンエンド」
赤い車がシールドの前に現れる。マナを支払わずに現れたクリーチャーをシールドに送るクリーチャーだ。
奴は間違いなく侵略を使う。その対策だ。
●ザック
●手札…三枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
ヴェネラック-F5
●マナ…二枚
「僕のターン」
●リア
●手札…六枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
無し
●マナ…一枚
「マナチャージ。轟血鬼 ザ・ナイトを召喚してターンエンド」
黒いバイクのクリーチャーが、リアのバトルゾーンに出現する。シールドが離れなければ攻撃できない闇のクリーチャーだ。
●リア
●手札…四枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
轟血鬼 ザ・ナイト
●マナ…二枚
恐らく、リアは次のターンに仕掛けてくる。大したことは出来ないが、このターンの俺の選択でデュエルは大きく左右される。
「俺のターン。ドロー」
●ザック
●手札…四枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
ヴェネラック-F5
●マナ…二枚
「マナチャージして、忍鎖の聖沌 94nm4を召喚」
鎖鎌のクリーチャーが俺のシールドの前に現れる。今回のデュエルの要だ。
「ターンエンド……」
これ以上は何も出来ない。そして、リアが大きく仕掛けてくる!
「はっ。それだけですか」
リアは、俺のクリーチャーを見て鼻で笑いながらカードを引いた。
●リア
●手札…五枚
●シールド…五枚
●バトルゾーン
轟血鬼 ザ・ナイト
●マナ…二枚
「マナチャージ。轟血鬼 ザ・バット を召喚。これで、僕の勝利は確定した」
赤いバイクに跨ったクリーチャーが、リアのバトルゾーンに現れる。それを見たリアは、勝利を確信する。
「何が言いたい?」
嫌な予感がする。ザ・バットの効果はシーンのカードを手札に加える効果を持つ。
それを起点にターンを展開するつもりなのだろう。
「まさか……!」
俺の脳裏に、とあるカードが過った。
恐らく、リアの手札にシールドを手札に加えることで発動できるカードがある!
「そのまさかだ!ザ・バットの効果でシールドを手札に加え、それを墓地に捨てる!」
捨てられたのは、忍蛇の聖沌 c0br4。闇のカード!
「闇のカードが捨てられた!手札からS・バックの秩序の意志を発動!ヴェネラックを封印!」
ストライク・バック。それは、シールドから手札に加えるカードを捨てることで発動出来るカード。ブレイクのカウンターに使われることが多いが、今回はカードの効果で手札にシールドを加えることで能動的に発動した。
そして、封印はバトルゾーンのカードにデッキの一番上のカードを裏向きにして重ねる効果だ。封印されたカードは、その存在を無いものとして扱わなければならない。
「チィッ!」
封印された以上、ヴェネラックの効果は発動しない。俺の対策に対して、リアは更に対策をしてきたのだ。
「これで阻むものは何もない!ザ・ナイトでシールドを攻撃!」
黒いバイクが走ってくる。このまま攻撃してくるならシールド一枚を割られて終わりだが、それはあり得ないだろう。
「当然ッ!侵略発動!」
手札からザ・ナイトの上にカードを重ねた。ザ・ナイトのバイクが、変形していく。その姿は、レッドゾーンと同じ人型の巨大ロボットであった。
「血貴き侵略 ブラッドゾーン!まずは出た時の効果でシールドを手札に回収だ!」
リアのシールドが二枚、自信の手札に加えられた。
デュエル・マスターズのルールにおいて、自信のシールドを手札に加えるのは自傷行為に見えるかもしれない。しかし、それによってブラッドゾーンはパワーアップするのだ。
「ブラッドゾーンの効果は相手にも及ぶ!手札を二枚捨ててもらうッ!」
「くっ……!」
俺の手札は二枚あった。そして、二枚捨てさせられる。つまりは、俺の手札はすべてなくなった。
「ザックさんの手札が……!」
アンナの声が聞こえた。手札が無くなれば不利になるのは、アンナも分かっているようだ。
「捨てたカードは……なるほど、アーテル・ゴルギーニとカオスマントラですか。はっ。墓地肥やしとニンジャチェンジでも狙っていたんですか?」
俺が墓地に捨てたカードを見て、リアは鼻で笑う。どちらも強いカードだ。それが使えなくなるのは痛手だった。
「だが、無駄でしたね!トリプルブレイカーとなったブラッドゾーンの一撃を受けろ!」
ブラッドゾーンが、俺のシールドに迫った。タイヤ型の拳で、俺のシールドを一枚ずつ砕く。
シールドの欠片の雨が、俺の頭上に降り注ぐ。
「ぐあああああああああああああっ!!!」
シールドの欠片の雨が、俺の頭上に降り注ぐ。シールドはプレイヤーを守る盾だが、砕かれたら脅威となる。
シールドの破片が、大量に俺に降り注いぐ。鋭利な刃となって、全身を切り裂いた。
「ぐっ……!」
ブラッドゾーンは、自身のパワーが六〇〇〇毎にシールドを追加ブレイクできる。そして、今のブラッドゾーンはパワーが一二〇〇〇だ。つまり、三枚ブレイクできるのである。
「シールドを確認……」
ターンが回ってきても、今の俺ではブラッドゾーン除去は難しい。可能性があるとしたら、S・トリガーだろう。
「ぐあっ……!」
シールドゾーンのカードを取ろうと手を伸ばすと、全身に激痛が走る。
その場に座り込んでしまう。
「どうしたんですか?センパァイ?」
リアの小馬鹿にしたような声が聞こえる。俺の苦しむ姿を見て心底愉快でも言いたげな声だ。
「だま…れ……!」
あいつの思い通りにしてはいけない……!だから……動け……!
心で念じるが、手と足が上がらない。前回の戦いから怪我が治る前に、ここに来た。そして、リアの部下達とも戦った。恐らくは、無理が祟ったのだろう。
「シールドを……」
視界が歪み始める。ぐしゃぐしゃになった絵を見ているみたいだ。
次第に、手足に力が入らなくなる。瞼も重く感じる。
「ザックさん!!」
今度は少女のの声が聞こえた。アンナの声だ。
俺は倒れたのだろう。ならば立ち上がらなければならないが、立てなかった。
頭の中が暗くなっていく。不思議と心地よかった。感じてはならないと思っていても、疲れ切った俺の身体は、その誘惑には抗えなかった。
ありがとうございます。
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