「おい、起きろ!」
「うおっ!」
間抜けな声が上がる。俺の声だ。
頭を叩かれたのか、後頭部が少し痛かった。
「ここは……」
周りを見る。少しボロい机。灰色の壁にかけられた電池の切れかかったアナログの時計。見覚えのある景色だった。
「ここは……星の盾の本部……?」
間違いない。アメリカの星の盾の本部。俺の着ている服も、そこのものになっていた。
一体何があった……?俺は日本でリアと戦っていたはずだ。
「財前、居眠りとは良い度胸だな?」
「なっ……!」
俺の頭を叩き、名前を呼んだ本人の顔が見えた。それは、俺にとって大切な仲間の一人。
「ジン……ザブロウ……?」
ジンザブロウだ。間違いない。星の盾の制服も着ている。だが、前髪を下ろしている。今のアイツはオールバックのはず。それに、支部長バッジも無かった。
それだけではない。明らかに違和感があった。
「お前……皺はどうした?」
そう。若いのだ。どう考えてもおかしかった。今のアイツは四〇手前の年だ。
そんな俺に、ジンザブロウは微笑む。だが、それは地獄の幕開けだった。
「ふっ…………天誅ッ!」
「なにをっ!?」
俺の頭に手刀が飛んできた。俺は咄嗟に左腕で受け止めた。
「失礼な奴が!今日という今日は許さん!この愚か者!」
「おい!やめろ!」
手刀につぐ手刀。攻撃の嵐だ。躱すので精一杯だ。
どうしたものかと思っていると、部屋の扉が開いた。
「おはようございます……って、センパイ方、どうしたんですか?」
「なっ!?リア……!?」
そこに入ってきたのはリアだ。先ほどまで戦っていた、あの男だ。
リアも顔つきが若く、前髪は下ろしていた。そして、何よりも星と盾の服に身を包んでいた。
「リアですけど……どうかしました?」
「あ、いや……」
言葉に詰まる。俺が戦っていた薄暗い雰囲気を持つリアとは別人のようだった。
気弱だけど芯が強くて優しい奴。それが昔のリアだった。まさに、目の前のリアのように。
「財前。本当にどうした?気分が優れないなら休め。任務にも支障が出るぞ」
「ジンさんに珍しく同意です……なんて……」
「リア。茶化すなら黙ってろ」
「はい。ごめんなさい……」
リアは俯く。口を窄めてイジケていた。
二人からしたら、俺の反応は不審だ。何といえば良いのか分からなかった。
「あ……その……」
俺は夢を見ていると思っていたが、違うのだろうか。
あっちのリアと戦ってる方が夢で、こっちが現実なのだろうか?
分からなかった。頭が混乱してきた。
「聞いてほしい話がある」
俺の言葉に、ジンザブロウとリアの視線が向いた。
このまま黙っていても何も変わらない気がした。だから、夢での話を二人にすることにした。
俺がジンザブロウ達に相談せずに星の盾を辞めたこと。
アカリと別れたこと。
日本に流れ着いて飲んだくれのギャンブラーになったこと。
そして、日本でアカリの娘・アンナと会ってリアと戦ったこと。
「……以上。これがさっきまで見ていた夢の内容だ。最悪だが、妙にリアリティがあった」
夢だとしたら生々しい。あらゆる匂い、手触り、痛み……夢の中で味わった感覚が抜けない。
こんな事を言われても困るだろう。冗談だろ、と笑って欲しかった。
だが、二人の反応は違った。
「確かに嫌な夢だ。しかし、夢だとしたら変わってるな。夢の中でもお前は誰かの為に戦ってるんだから」
「ですね。センパイらしいです」
「えっ……」
意外な一言だった。てっきり笑われるかと思ったからだ。
二人の顔は、茶化すでも咎めるでもなく穏やかだった。
「だって……センパイはアンナちゃんを守る為に、そっちの僕と戦ってるんですよね?僕が言うのもなんですけど……アンナちゃん、センパイに守ってもらえてうれしかったんじゃないかな」
「嬉しかった……か……」
そうだとしたら、嬉しく思う。アカリの娘……アンナの人生は、これまでは辛い出来事が多かったから。
「財前、お前はどうなんだ?天海の娘を守っていたのは罪悪感だけか?」
「それは違う。俺は、アカリの娘じゃなくてもアンナを守りたかった」
それだけは断言できる。俺は、アンナの笑顔や安心した顔が好きだったんだ。彼女が優しい世界に戻れるなら、それで良かった。
俺の言葉を聞いた二人は、俺に微笑んだ。
「なるほど。じゃあ、ここに居る場合じゃないな。お前にも責任はあるだろうが、まだ間に合うこともあるだろう?」
「ですね……それに、あちらの僕のやってる事って良くないことですから。出来れば、止めて欲しいです」
「お前達……」
そうだ。あれは、きっと夢なんかじゃない。紛れもなく現実だ。
まだアンナは生きている。リアだって、道を違えたが償わせることは出来るはずだ。
「悪かったな。世話をかけた」
俺は席から立ち上がった。こうしてはいられない。やる事が定まったのなら、元の世界に戻らなければならない。
部屋の外へと繋がってい扉があった。あそこに入ったら、二度とここには戻れない。そんな気がした。
会えなくなる前に、言わなければならないことがあった。だから、振り向いた。
「ありがとう、二人とも。行ってくるよ」
二人は無言で頷いた。俺も、それ以上は何も言わなかった。
再び扉の方へを見ると、俺はドアノブを引いた。
「……っ」
目の前が、光り輝いた。
周囲の世界が、一面真っ白になっていった。
・・・
「ザックさん!ザックさん!立って!」
私は、ザックさんに向かって叫ぶ。
彼の反応はなかった。カードを握りしめ、地面に倒れている。
「ザックさん……」
出来れば助けてあげたい。しかし、私はリアに鎖拘束されて動けない。
そのリアも、近くにいる。ブラッドゾーンを従えて、口元を歪ませている。
「アレはもう立つのも難しいかな?だって、病み上がりだし」
これがザックさんを傷つけた張本人の発言だ。私の力を目当てに私を追い回し、お母さんを傷つけ、行く先々でも略奪を繰り返し、ザックさんを侮辱する。
この男は、許せない。
許せなかった。
許しちゃいけないんだ。
「そんなことない!私はザックさんを信じる!必ずザックさんは勝つ!」
ザックさんは、私を守ってくれた。今だって助けに来てくれた。私がザックさんを信じないで誰が信じるというんだ。
だから、せめて覚悟を見せるんだ。それが私の戦いになんだ。
「知った口を叩くな!」
リアは銃口を向ける。
怖いが、少しだけリアの手が震えているのが見えた。
間違いない。この人は動揺している。
「お前はアカリさんの娘だから横柄な態度を見逃してやっているがな!同時にあの愚かなウィリアムの娘でもあるんだ!ここで撃つか、今すぐに実験台にしてやっても良いんだぞ!」
リアは激昂する。怒れば私が思い通りに動くと思っているんだ。
不思議と、リアへの恐怖は無くなっていった。
「お母さんもお父さんは関係ない!私は、私が信じたいからザックさんを信じるんだ!」
リアが目を見開く。信じられないものを見る目を私に向ける。
「こ、このガキ……!」
リアは引鉄に指をかける。
撃たれるのかな……?死にたくはないけど、言いたいことは言えて良かった。
だが、リアが撃っことはなかった。
なぜなら、突然バトルゾーンから何かが爆発する音が聞こえたからだ。
「なっ……!」
リアは驚いてバトルゾーンへと振り向く。
そこには、倒れて消えゆくブラッドゾーンの姿があった。
「ハァハァ……随分と興味深い話をしてるな……俺も混ぜてもらおうか……」
バトルゾーンの、更に向こう側。そこには、私が信じたい人の姿があった。
「ザックさん……!」
ザックさんと目が合った。私に、小さく微笑みかけてくれた。
「悪いな、アンナ。もう少し待っていてくれ」
私は、その言葉に何も言わずに頷く。ザックさんは頷き返すと、すぐにバトルゾーンへと目を向けた。
リアは、私にも目をくれず驚いていた。
「ザックセンパイ!?目を覚ましたのか……だとしても何故だ!何故、ブラッドゾーンが破壊された!」
「S・トリガー、サイレント・サイレン。相手クリーチャーの一体を破壊する呪文だ」
ザックさんはカードを見せながら説明する。リアの攻撃で加わったカードの中に、トリガーがあったのだ。
「チィッ……!ターンエンドだ!」
●リア
●手札…三枚
●シールド…二枚
●バトルゾーン
轟血鬼 ザ・バット
●マナ…三枚
リアは舌打ちしてターンを終える。
こうして、ザックさんのターンが再び始まった。
「ザックさん……勝って……」
私は、強く祈った。
祈りが勝負を左右するなんて思わない。でも、助けてもらうなら、信じ抜くのが礼儀だと思う。
だから、ザックさんの勝利を最後まで信じることにした。
・・・
俺のターンが回ってきた。良い状況とは言えないが、ブラッドゾーンを除去出来たのは喜ぶべきだろう。
とにかく、カードを引こう。
「俺のターン。ドロー!」
●ザック
●手札…三枚
●シールド…二枚
●バトルゾーン
ヴェネラック-F5(封印)
忍鎖の聖沌 94nm4
●マナ…三枚
気絶していたからか、随分と長い時間が経過した気がする。
状況だけ考えれば、俺は次のターンで負ける可能性が高い。
だが、負ける気がしなかった。やれる事も限られているのに、だ。
「マナチャージ。パトファールP-4を召喚」
パトカーのクリーチャーがバトルゾーンに走ってきた。こいつには出た時の効果があった。
「パトファールの効果。94nm4を選んで、次の俺のターンまでバトルゾーンから離れない効果を与える!」
鎖鎌のクリーチャー……94nm4が、赤いオーラに包まれる。パトファールから力を貰った証拠だ。
「後は俺の運次第だな……ターンエンド」
●ザック
●手札…一枚
●シールド…二枚
●バトルゾーン
ヴェネラック-F5(封印)
忍鎖の聖沌 94nm4
パトファールP−4
●マナ…四枚
「僕のターン!」
●リア
●手札…四枚
●シールド…二枚
●バトルゾーン
轟血鬼 ザ・バット
●マナ…三枚
「この死に損ないが!マナチャージ!轟血鬼 ザ・ヴァンプを召喚!」
スピードアタッカーを持つクリーチャーだ。出た時の効果は使わないようだ。
「ヴァンプで攻撃!そして、侵略発動!レッドゾーンF!」
赤いマフラーにバイク乗りクリーチャー────ヴァンプが光りに包まれると、炎に包まれた人型の巨大ロボに変形する。
レッドゾーンFは、俺のシールドを二枚砕く。
「レッドゾーンFは最強だ!Gストライクを封じるんだからな!」
再び破片となって降り注ぐシールド。その破片の雨を潜り抜けながら、カードを手にする。
また呑気に気絶するわけにもいかない。このカード達に、全てを託す!
「……来たか!」
手にしたカードを見て、俺は希望を見出した。これならば、間違いなく勝てる!
俺の反応を見て、リアの顔が歪む。トリガーが来るとまでは思って無かったようだ。
「S・トリガー発動!忍蛇の聖沌 c0br4!」
機械の身体のコブラが地面から現れる。俺のデッキの守りの要の一つだった。
「今更ブロッカーを増やして何になる!僕にはまだ攻撃できるクリーチャーは残ってるんだぞ!」
リアはみっともなく叫ぶ。バットは召喚酔いしていないし、レッドゾーンFも攻撃後に破壊して進化元を残す効果がある。だから、何をしても無駄と言いたいのだろう。
「黙って見てろ!忍蛇の聖沌 c0br4の効果!デッキから二枚を墓地に送って、コスト5のアーテル・ゴルギーニをバトルゾーンに出す!」
紫色の車が、上空からフィールドに降ってきた。
アーテルを見たリアの顔が更に歪んだ。こいつの効果を知っているのなら無理もない。
「アーテルの効果!ザ・バットのパワーを四〇〇〇下げる!」
黒いバイクのクリーチャーが爆散する。これでリアのクリーチャーは一体のみ。
「くっ……!」
これだけでもリアからすると、痛手のはずだ。しかし、アーテルはまだ効果を残している。
「アーテルの効果を更に発動!墓地からコスト4のゴールド・フラウムを呼び出す!」
羽つきの黄金の列車が、バトルゾーンに降り立った。フラウムも、出たときの効果を持っている。
「フラウムの効果!デッキの上からカードを一枚シールドに置く!」
俺のシールドが一枚のみ復活した。目当てはシールドだけではない!
「忍鎖の聖沌 94nm4の効果を発動!各ターンに一度、初めてシールドにカードが置かれた時、メカ・メクレイド5を発動!」
「ふざけるな!僕のターンだぞ!早く終わらせろ!」
リアの叫び声は、もはや癇癪を起こした子どもの金切り声だ。聞くに堪えない。
「黙って見ていろと言った!メクレイド5発動!デッキの上から三枚を見てコスト5以下のメカをバトルゾーンに出す!」
カード三枚から一枚を選び、バトルゾーンに置いた。
「ロコモクサスS-8をバトルゾーンに出す!手札を一枚捨てろ!」
黒い蒸気機関車から、針が発射される。針は、リアの手札を射抜いて墓地に送った。
「畜生ォォォォォォォォォォォォッ!」
墓地に送られたカードは、レッドゾーンだった。あれでダメ押しするつもりだったらしい。
これで俺の展開は終わった。リアのターンだから、リアが進めなければならない。
「う、うぅ……!クソがァ……!」
リアは項垂れている。レッドゾーンFは破壊され、進化元のヴァンプへと戻っていた。まだ攻撃は出来る。
しかし、俺の場にはブロッカー二体とシールド一枚。どうやってもトドメには至らない。
このまま俺にターンを渡せば、リアが負けるのは明白だ。
トリガー次第では逆転の可能性もあるかもしれないが、それも難しいだろう。
「……リア、すまなかった」
「あ……?」
俺は、頭を下げた。それを見たリアは唖然としていた。
当然だろう。命のやり取りをしてある相手が、突然謝罪をしたのだから。
俺は、さらに続ける。
「リア、俺達は間違っていた。罪を償うべきだ。俺も手伝いくらいならしてやる。だから、もう降伏しよう。ジンザブロウも、それを望んでいる……」
リアの事を知ってから、何を伝えるべきか考えていた。
リアがイルフォンとなって、クオリアを従えて暴れていた一因は俺にもある。
星の盾に辞表を出した日、俺は偶然居合わせたリアと言い争いをした。
話が通じないと思った俺は、リアの言葉を途中で遮って逃げるように立ち去った。
人質を救う手段を思いつかなかった。それ以上に、誰にも想いを打ち明けず、相談しなかった。救いの手を拒絶した。それが俺の過ちだった。
だから、間違っていた。それが、俺の一番伝えたい言葉だった。
「ぃ……さら……」
リアの肩が震える。手札を失った拳を握りしめ、リアは叫んだ。
「今更なんなんだ!アンタは!僕達を捨てたくせに!すまなかっただと!馬鹿にするな!」
空を拳で殴り続ける。何に当たれば良いかも自分でも分かっていない状態のようだ。
「アンタは!アンタは正しかったんだ!人質を殺さなかった!人質を躊躇いなく殺した僕と違って正しい判断をしたんだろ!?それをずっと譲らなかったくせに!それを今更!間違ってただって!?ナメてるのか!」
「違う!あの時、どちらが正しいかは断ずるのは難しい。俺が言いたいのはお前達に相談せずに立ち去った事を悔いているんだ!お前達に何か言えばってずっと思っていた……!」
「それこそ馬鹿にしてるだろ!今更取り返しがつくと思ってるのか!」
リアは、ヴァンプのカードをタップさせる。攻撃を指示したのだ。
「そんな……どうして!?攻撃しても意味なんて……」
アンナが叫んだ。
はっきり言って無駄な攻撃だ。相手にシールドを与えるか、ブロックされてクリーチャーを失うかの二択。目に見えたプレイミスだ。
何故やったのかは、リア自身にも分かってないだろう。
「来い……!ブロックはしない!」
ヴァンプのバイクが、シールドを砕いた。破片は、俺の全身を切り裂いた。
「ザックさん!」
アンナの声が聞こえる。大丈夫だ。この声が聞こえる限り、俺は倒れない……!
砕かれたシールドを見たリア、脱力したように再び項垂れた。
「ターン……エンド……」
●リア
●手札…〇枚
●シールド…二枚
●バトルゾーン
轟血鬼 ザ・ヴァンプ
●マナ…四枚
間違いなく、俺のラストターンだ。
勝っても負けても、ここで全てが決まる。
「俺のターン、ドロー!」
俺は、最後のカードを引いた。
●ザック
●手札…四枚
●シールド…〇枚
●バトルゾーン
ヴェネラック-F5(封印)
忍鎖の聖沌 94nm4
パトファールP−4
忍蛇の聖沌 c0br4
アーテル・ゴルギーニ
ゴールド・フラウム
ロコモクサスS-8
●マナ…四枚
「アシステスト・アルテッドを召喚」
紫のマントを羽織ったクリーチャーが出現する。出た時の効果で一枚カードを引く。
「アーテル・ゴルギーニでシールドをWブレイク!」
アーテルのビーム砲が、リアのシールドを撃ち抜く。
「……トリガーはない……」
これで、俺の攻撃を阻むものはない。俺は、忍蛇の聖沌 c0br4のカードに手を置いた。
「忍蛇の聖沌 c0br4で攻撃。そして、手札のゴルギーニ・エン・ゲルスと革命チェンジ!」
革命チェンジは、手札とバトルゾーンのクリーチャーを入れ替える効果だ。機械のコブラが消えると共に、巨大人型ロボットが出現する。
「ゴルギーニ・エン・ゲルスでダイレクトアタック!」
エン・ゲルスが剣を振り被ると、動きが止まった。リアが手札のカードを使ったからだ。
「まだだ……!百鬼の邪王門!」
デッキの上から四枚を墓地に置いて、その中の進化ではないクリーチャーを出して相手とバトルさせる効果のカードだ。これでゲルスの攻撃を止めるつもりなのだろう。
しかし、リアのデッキから出てきたのはレッドゾーンZ、レッドゾーン、トリッパー、バットの四枚。ゲルスを止められるカードは、無い。
「クソ……!」
リアの振り絞ったような叫びが響く。ゲルスは、それを振り切るように再び動き出す。
立ちはだかるバイクの集団を、巨大な剣で斬り伏せていく。
「これで最後だ!リア!!」
ゴルギーニ・エン・ゲルスが剣を振ると、デュエルゾーンは白い光に包まれた。
・・・
「ハァハァ……リア、俺の勝ちだ。今度こそ大人しく降伏しろ!」
デュエルゾーンは消え去り、周囲の景色は見覚えのある赤い絨毯が広がるクオリアのアジトのものになっていた。
敗北したリアは、その身体を地面に叩きつけられていた。痛みに苦しむリアに、俺は銃口を向けていた。
「イルフォン様の邪魔はさせない!」
リアの側近の女が、銃を向けるのが見えた。主が負けても尚、忠誠を誓う忠臣の姿があった。
俺は、引き金を引かれる前にナイフを投げつけた。
「邪魔なのはお前だッ!」
「うっ……!」
女の手から銃が落ちる。その隙に、一気に距離を詰める。
女の顔は青ざめていたが、もう遅い。俺は女に反撃される前に回し蹴りを叩き込んだ。
「きゃあっ!」
女は壁に激突し、倒れこんだ。暫くは動けないだろう。
次はリアを……と、思った瞬間だった。
「そこを動くなァ!」
男の声が響く。肝心のリアの声だった。
「…………クソッ」
俺は、リアのほうを見て舌打ちする。
リアはアンナを左腕で拘束し、空いた右手で銃を向けていた。俺が余計なことをすれば、アンナを撃つという意思表示だ。
デュエルをやった影響で、リアは目に見えて体力がすり減っていた。肩で息をして、足も立つので限界だろう。しかし、そんな状態でも至近距離ならば引き金を引けるなら十二分に危険だ。
「ざ、ザックさん……」
「アンナ……」
アンナの顔が強張っている。解放されると思った矢先に、この状況になったのだ。無理もない。
動けない俺達を見て、リアの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
「確かにリア・スペシアは負けた……だが!イルフォン・クルーザは負けてない!見ろ!!」
リアはスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。その下にある物を、リアは俺に見せつける。
「馬鹿な……なんてことを……!」
そこにあったのは、縄でリアの身体に巻きつけられた時限爆弾だった。
「あの日の再現ってやつですよ。やり直しの機会を差し上げます」
爆弾を持っている犯人、捕らわれた人質。どちらも、あの日と状況が同じだ。
リアは、口角を上げながら続ける。
「あの日、僕は人質を殺してでも犯人を制圧する道を選んだ。そして、貴方は撃てなかった……」
俺の脳裏に、あの日の光景がよぎる。決断できなかった、決断を押し付けてしまった弱い日の記憶が……。
リアは俺を見て、さらに顔を歓喜に歪ませる。
「さあ、選べ!ザック・ザイゼン!僕か!アンナか!自身の命か!選択出来ないなら、今度こそ全員まとめて死ぬしか無いぞ!」
リアの瞳は、俺を真っ直ぐに向いている。まるでアンナなど見えていないかのようだ。
あの日を俺以上に、リアは引きずっていたのかもしれない。リアを追い詰めたのは間違いなく俺だ。
それでも、リアの思惑に従ってや腑分けにはいかない。それでは、誰も救われない。
俺は、ゆっくりと銃を構える。当然、銃口はリアに向ける。
「アンナ。デザートはパフェとケーキ、どちらが良い?」
アンナは俺の質問に少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「両方。紅茶もつけてね」
欲張りな要望だった。それでこそ、応え甲斐がある。
「了解。コイツを捕まえたら、連れて行ってやる」
アンナは黙って頷く。最後まで俺を信じる、ということらしい。ありがたがった。
対照的に、リアの顔色は激変する。驚愕し、さらには怒りへと変化を見せた。
「っ……バカにしてるのかァァァァ!」
リアが再び叫んだ。これが、タイムリミットだった。
俺に選択が迫られていた。
「くっ……!」
引き金が引かれる。
部屋に、発砲する音が響き渡った。
「………………」
ほんの僅かだが、部屋全体を静寂が支配した。
銃を撃ったことで生まれたその寂は、すぐに打ち破られることになる。
「ばっ……馬鹿な……!」
驚愕する声が出た。
それは、俺でもアンナでもない。リアのものであった。それも無理はなかった。
何故ならば、リアの握っていた銃を俺が撃って弾き飛ばしたからだ。
リアの銃は宙を舞い、遠くへと飛んでいった。
「アンナ!伏せろ!」
俺は叫ぶと同時に走り出す。アンナは忠告通りに頭を伏せ、銃を失って無防備となったリアは呆然としていた。
リアが動く前に、俺はリアの顔面に拳を叩きつける。
「この大馬鹿がッ!」
「グァッ……!」
殴られたリアは床に倒れこんだ。まだまだ言ってやりたい事はあるが、今は爆弾が最優先だ。
「こんな悪趣味な物を着けやがって!!」
俺は懐からナイフを取り出して、リアの身体に巻きつけられた縄を切る。後は、爆弾をどうにかするだけだ。
「クソ!もう時間がない!」
爆弾を止める手段は今の俺にはない。処理班が来ても爆弾の解体は難しいだろう。フィクションのように導線を切れば済むかの判断は一瞬では出来ないのだ。
そうなると、残された手段は人気のない場所で爆殺させるのが一番だろう。
「全員動くな!星の盾だ!」
多数の足音と共に、男の声が聞こえた。部下を引き連れて、部屋の中に入ってきたのだ。
あの男は星の盾の突入部隊の隊長だ。その証拠に、他の連中も星の盾の制服を着ている。俺が引きつけている間に突入し、アジト内の制圧が完了したのだろう。
ならば、リア達は突入部隊に任せて問題ないだろう。
「救出対象の保護とイルフォンらの拘束を依頼する!」
「なっ……財前さん!何をする気だ!」
「最後の一仕事だ!」
俺はそれだけ言うと、突入部隊と入れ替わるように部屋を出た。
・・・
「チィッ!もう残り二分もない……!」
爆弾に表示されている残り時間を見て舌打ちする。爆弾を移動させるにしても時間がない。こうなったら爆発させるしか無いだろう。
人が少なくて、爆発しても被害のない場所。一つだけ心当たりがあった。
「屋上への道はあるようだな……」
俺は、このアジトの屋上を目指して階段を登っていた。どんな建物であれ、屋上には基本的に人はいない。
上空で爆発させれば、被害は最小で済む。それが俺の考えだった。
窓から外に投げ捨てるのも考えたが、周囲に星の盾が待機していた。味方に被害を出すわけにはいかない。時間はギリギリだが、やるしかなかった。
「ハァハァ……!」
病み上がりでアジトへ突入し、クオリアの連中を倒して周り、リアとデュエルした。そんな状態の俺にとって、屋上を目指して階段を走り続けるのは堪えた。
屋上へ出られる扉が見えてきた。
「クソ!邪魔だ!」
しかし、施錠されているようだった。鍵を開けている暇はない。
鍵に向かって銃弾を放ち、強引にこじ開けた。
「残り十秒!」
扉を開けると、屋上へと出た。予想通り人はいなかった。
やるなら、今しかない!
残り、七秒。
「うおおおおおおおおおおっ!」
俺は助走をつけ、空に向かって爆弾を投げつけた!
爆弾は、宙を舞った。表示されたカウントは、その瞬間も確実に時を刻んでいった。
三。
二。
一……。
「っ!」
建物内に避難するのが理想だが、そんな時間はなかった。
俺が急いで身を伏せると上空で熱波が広がり、轟音が鳴り響いた。
「…………やったのか………?」
爆弾の音は鳴り止んだ。
周囲は、気味が悪いほどに静かだった。
「…………うっ!」
少しだが、身体が熱かった。爆発の余波が飛んできたのだろうか。
だが、それ以上の痛みは無かった。巻き込まれた人間も、誰もいないようだ。
今度こそ、俺は守るべきものを守れたのだ。
「はは……俺も案外やるもんだな……」
安心したせいか、手足の力が抜けていく。先程まで走り続けたのがウソのようだ。
「あっ…………」
ベッドに倒れ込むように、地面に意識が向かっていく。完全に寝込む形になってしまった。
立たなきゃいけないのは分かってる。まだ油断してはいけない。最後まで気を抜かないのは、戦いの基本だ。
しかし、俺の意識は微睡んだ。カーテンをゆっくりと閉めるかのように、目の前の景色が黒に染まった。
ありがとうございます。
評価・感想お待ちしています。
次で最後です。