その1「便利屋とイタリア兄弟」
オオサカの街にある便利屋AZ。俺の住居兼仕事場だ。
そこでは日夜、依頼が舞い込んできている。現に今も、壊れたオルゴールの修復の依頼が来ていた。
分解したオルゴールのパーツを清掃し、パーツの噛み合わせに気をつけながら組み立て直す。心の中で動くのを願いながらネジを巻いた。
すると、子守唄のようなメロディーが流れ出した。
「よし、直ったぞ」
「わあっ……」
俺はオルゴールを目の前の少年に手渡した。この少年こそが、オルゴールの持ち主にして今回の依頼主であった。
少年は、再び動き出したオルゴールを見て笑顔になっていた。
依頼に来たときは金を握りながら半泣きで少し困ったが、泣き止んで安心した。
少年は、満面の笑みで俺に礼を言った。
「ありがとう!おじさん!」
「おじっ……あ、ああ……」
その一言で、思わず顔が引きつりそうになった。
恐ろしいまでに無邪気な笑顔と礼の言葉が飛んできた。悪気はないのだから許してやろう。
それに、年を取ったのも事実ではあるのだから。
「ありがとうございましたー」
少年を入口まで見送った。
助手のアンナは、少年の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
「あの子、笑ってくれてよかったね」
「とんだボディブローを食らったがな」
「気にし過ぎだよ、ザックさん」
アンナは苦笑いしながら入口の扉を閉める。俺もかつてはアンナのように笑い飛ばしていたものだ。
しかし、最近は流石に若い頃に比べると衰えを感じるようになる場面も多くなってきた。
寝ても体力が回復しなかったり、文字を読むと目が疲れたりといった現象が起き始めているのだ。だからだろう。気を抜いた時に飛んでくる言葉が胸に刺さることがある。
嘆いても仕方ないし、老いから逃げられる人間はいない。切り替えて付き合い方を考えるのが建設的と言えるだろう。
「まあ、それはともかくだ……今日の依頼は終わりだな?」
「うん。あのオルゴールの依頼で最後だよ」
アンナが、便利屋AZへの依頼をまとめた書類を確認しながら言った。即座に調べて答えてくれるのはありがたい。
「そうか。なら、そろそろ夕飯だな。食べ終わったら書類整理をやるぞ」
自営業だから、食事の時間は自分で判断しなければならない。タイミング次第では食事が出来なくなる事もある。そうなっては身体にも悪い。最悪の場合、倒れてしまうこともある。
多少の仕事が残っていても、食事出来るタイミングがあるなら優先すべきなのだ。
「はい!じゃあ、今日は私が当番だから作ってきまーす!」
アンナは意気揚々と台所へと台所へと行った。家事にしろ仕事にしろ熱心に取り組んでくれてる。最近は仕事も覚えてきて、かなり助かっている。
「俺は少し掃除するか……」
食事が出来上がるまで少し時間がかかる。その間に、客用の椅子やテーブルの清掃をすることにした。
清潔感を保つ秘訣は、隙間の時間を見つけてのコマメな清掃だ。客商売だから、見た目も大切なのだ。
「掃除と言えば雑巾も一部は買い替えが必要か……」
床の掃除に使っている雑巾が何枚かボロボロになっていたのを思い出す。
「また出費か……まあ、仕方ないが……」
必要経費と分かっていても、少し頭が痛い。このような小さな積み重ねが重くのしかかるのだ。
ボヤいても仕方ないと切り替えて掃除に移ろうとすると、扉を叩く音が聞こえた。
「何だ?緊急の依頼か?」
唐突に依頼が来るのは珍しくはない。急な依頼も歓迎していると宣伝しているので、こういう事もあるのだ。
とりあえず話を聞くためにも扉を開ける。
「こちらは便利屋AZだ……っ?小春……!?」
扉を開けた先に居たのは、髪を金髪に染めたニホン人の女……小春だった。近所でレストランを経営していて、今もコックコートを着ていた。
「はぁはぁ……ザック!ちょっと来て!」
「お、おい……何だ!ワケを話せ」
小春は息を切らせながら俺の腕を引っ張ろうとする。只事ではないようだが、まずは状況確認だ。
「なんか……カジノがヤバいらしいの!ウチの従業員がカジノに注文された料理を運びに行ったら、変なヤツらが暴れだしてヤバいの!」
語彙力がなさすぎる。
ヤバいしか言わないので、何がどう具体的にヤバいのかが伝わらない。
それだけパニックであり、俺が出向くのが適任の出来事が起こっているという事だろう……何となく見当はつくが。
「とにかく落ち着け。アンナ!食事は中止だ!出るぞ!」
俺はキッチンにいるアンナを呼んで、小春と共にカジノへと急行した。
オオサカには巨大なカジノがあった。
以前は俺も入り浸っていたが、今は便利屋AZの経営もあるので行く機会も無くなった。時々、近くを通った時にカジノ通いしてた頃の仲間に顔を見せるくらいだ。
外から見た限りでは、特に異常は見られない。中で揉めてるのだろうか。
「よし……」
後ろにいるアンナと小春に告げると、二人は頷く。
俺は、カジノの入口の扉のドアノブをゆっくりと押す。扉を盾にするように、開ける。中から何が出て来ても対応できるよう警戒しているのだ。
「…………」
扉が少しずつ開いていく。三分の一ほど開いたところで、一旦止める。話し声などは聞こえない。
アンナの方に目を向ける。アンナに頷くと、アンナも俺に頷き返す。何をするか分かっているようだ。
心の中で、カウントを始めた。
三。
二。
一。
「今だ!」
俺は扉を勢い良く開け、カジノの中へと入っていった。
前方、左右、天井……。あらゆる場所を警戒する。だが、そこに人の姿はなかった。
「……?誰もいない」
カジノに入って最初にあるのは受付のエントランスだ。つまりは、営業時間内なら誰かしらいるはずなのだ。それなのに、誰もいない。明らかに異常であった。
「ザックさん、外も誰もいないみたい」
「そうか……」
アンナには外の警戒をさせていたが、カジノ周囲に怪しい気配はないようだ。
「ならば、後は奥しかないか……」
正直、こんな状況で踏み込むのは気乗りしない。喧嘩の仲裁くらいに考えていたが、それ以上に深刻な状況のようだ。
だが、カジノには顔見知りも多い。放っておくわけにもいかない。
「どうするか……」
こうなってくると、中に従業員が閉じ込められている可能性が高い。あちらから開けてもらうしかない。
「コンタクトを取る。アンナ、小春を頼んだぞ」
アンナは頷くと、小春の手を握って入口付近で待機する。小春の「気をつけなさいよ」という言葉を背に、奥へと進む。
受付の奥には、カジノのメインホールへと通じる扉がある。普段は外からでも笑い声や罵声が聞こえるが、今は小さな物音が聞こえる程度だ。
「よし……」
俺は意を決して、メインホールの扉をノックする。
すぐに何も反応が無かったが、少しすると足音が聞こえてきた。
「っ……」
扉の向こうにいる人間が近づいて来たのだ。それを証明するように、扉が少しずつ開く。
そこから出てきたのは、街でもカジノでも見たことがない見知らぬ男だった。
肩までかかった黒髪に、鋭い目つきの長身の若い男だ。高い鼻や顔つきからしてイタリア人だろうか。
「………誰だ?」
男は扉のドアノブに手をかけながら、銃を向けてきた。恐らくは、この騒動の犯人で間違いないだろう。
奥に人質がいる可能性がある。刺激しないようにしよう。
「いきなりすまない。俺はこの街の便利屋に勤めてる人間だ。カジノに用があって来たんだ。中に入れてもらえないだろうか?」
俺は出来る限り気さくな口調を心がけて話を始める。相手がどんな人間であるか不明だ。出方を伺うしかない。
「ほう、この街の人間か。手間が省けたぜ……」
男はニヤリ、と口角を上げる。嫌な予感がする。
「俺の名はガパスタ。この街には頼みがあって来たんだよ」
「頼み……?」
どうせロクな話じゃない。だが、聞くだけは聞いてやろう。
「察してるだろうが、このカジノは乗っ取らせてもらった。人質もいるぜ?」
ガパスタと名乗る男は、盾にするようにしていた扉を全開にした。まるで玩具でも見せびらかす子供のようだ。
だが、扉の陰から現れたのは玩具なんて可愛いものではない。
「ん〜!ん〜!」
そこにいたのは、口を塞がれ、両手両足を縛られたカジノスタッフであった。
俺の中で緊張が走る。こうなったら話を進めるしかない。
「要求は……?」
「金と食料、それに逃走用の足を用意してもらおうか。星の盾への通報は無しだぜ?」
「なるほどな……」
逃走用の足というのは、車を用意しろということだろう。
やはりロクな要求ではなかった。本当にどうしようもない。
とはいえ、それを口にするわけにもいかない。
「分かった……俺は街の連中に話を通せる立場にある。場所の指定もあるだろう。話し合いがしたい。中に入れてもらえないだろうか?」
「ようし……ならば俺について来い。変な気は起こすなよ?」
ガパスタは銃口を向けたまま中に入るよう促す。俺は両手を挙げて、何も武器を持ってないと意思表示しながらメインホールに入った。
とりあえず、第一段階は成功だ。これで中の様子を探れる。
「これは……」
綺羅びやかなはずのカジノのホールは、照明の殆どが消灯されていた。かなり薄暗い。
テーブルはひっくり返り、ゲームに使うコインやカードも床に散乱している。恐らくは戦闘の跡だろう。
さらには、壁沿いに人影があった。良く見ると、カジノのスタッフや客であった。見知った顔が何人もいる。中には、目線で助けを求める者もいた。
「驚いたか?俺と兄貴の力なら、カジノ一つくらい潰せるってわけだ。お前も連中に加わりたくなけりゃ賢明な判断をすることだな」
「……善処しよう」
舌打ちしそうになるのを抑えながら答える。
俺と兄貴、という言葉が気になる。どうやら複数犯のようだ。人数は少数だろうか。
カジノスタッフは荒事に慣れた者も多い。それをあっさり制圧したということは、腕っぷしが強いか、もしくは能力者の可能性が高い。
「さあ、着いたぞ。お望みの交渉タイムだぜ」
メインホールの奥に突き当たると、一枚の扉があった。そこは、VIPルームの出入り口だった。以前に数回入ったきりだ。
ガパスタの言う兄貴とやらは、この扉の先にいるようだ。部屋に入るように目で促してくる。
俺は、VIPルームの扉をゆっくりと開ける。
「っ……」
メインホールとは違い、VIPルームは明るかった。シャンデリアによって照らされているからだ。
部屋の中は、装飾品に施されたテーブルに、大量のワインボトルを収納した棚、さらには赤いソファーがあった。いかにも金持ちが好みそうな印象を受ける。
そして、ソファーには一人の男が足を組み、ワインボトルを膝に乗せながら座っていた。
恐らくは、アレが兄貴だろう。
「よう、兄貴。ネゴシエーターを連れてきたぜ。逃げ出した連中の誰かがコイツにカジノを乗っ取ったのを話したみてぇだな」
後ろからガパスタが、兄貴とやらに話しかける。気安い関係に見える。
兄貴と呼ばれた人物は、目つきが鋭く、眼鏡をかけていた。さらには、長い髪を後ろでまとめている。顔の輪郭こそガパスタと似ているが、彼よりも知的な印象だ。
「ほう、勇敢な奴もいたもんだな。まあ、すぐに街の連中には話すつもりだったから構わんがな。ガパスタ、ご苦労だった。入り口の見張りに戻れ」
「おう」
それだけ言うとガパスタは、意気揚々と部屋を出ていった。見張りも命令も苦に思っていないようだ。
ガパスタが出ていったのを見ると、兄貴とやらは俺に目を向けた。
「紹介が遅れたな。俺はピザン。ガパスタの実の兄だ」
「……財前ザック。この街の便利屋だ」
「ふぅん、便利屋ねえ……偉いのか?」
ピザンは、品定めするような目つきで俺の頭から爪先を見る。
「この街には町長のようなものはない。流れ者が集まって出来た街だからな。誰が偉いかと言われても答えようがない」
実際、この街にはまとめる人間がいない。自然と秩序が出来上がっていた。良くも悪くも自由な場所だ。今の時代、珍しい話でもない。
逆に言えば、誰かが悪さをしても取り締まる決まりがないとも言える。街の人間の善性に頼り切ってしまっている状況だ。
「仲の良いことだな。その話が本当なら、お前は偉いわけでもないのに街の代表として来たわけだ。良いのか?そんな事して」
「ああ。有事は俺が動くことになっている。問題はない」
挑発するような笑みのピザンに、俺は淡々と答える。交渉というのは弱みや動揺を見せたら負けだ。
「まあ、俺には関係ないか……早速だが、本題に移ろう」
ピザンは持っていたワインボトルをテーブルに置く。顔からも笑みは消え、本格的に今後の話をするつもりのようだ。
「分かってはいると思うが、俺と弟のガパスタはカジノの従業員と客を人質にしている。お前達が変な真似すれば今からでも全員殺す。お前も星の盾の連中もだ。ここまでは良いな?」
俺は無言で頷く。それを確認したピザンは、鼻で笑って続きを話す。
「聞いてるだろうが、俺と弟は金と食料と逃走用の乗り物が欲しい。用意したなら人質は解放してやる。無論、この街からも出てやろう」
「……良いだろう。とりあえずはコイツを受けとってもらいたい。前金だ」
俺は懐から指輪を取り出してテーブルに置く。嵌められた小さなダイヤが、照明を反射していた。
ピザンは怪訝な顔をした。
「これは?」
「俺の両親の形見だ。売ればそれなりになる」
ピザンは照明の光に指輪を翳しながら見る。納得したのか、テーブルに指輪を置いた。
「悪くない。こいつは貰っておこう。一時間後、カジノの前に金と食料を積んだ車両を持ってきてもらう。そうすれば全員見逃してやる。繰り返しになるが、約束が守られなかった場合は、全員を殺す。手段は教えられんがな」
一時間……あまり時間はない。車に細工も無理だろう。街の連中に話を通して持ってくるとなるとギリギリだ。とにかく用意しなければ。
「さっさとやれ。俺は待たされるのが嫌いなんだよ」
ピザンは、俺の胸中など無視するかのように銃口を突きつける。その顔は、冷ややかな笑みを浮かべていた。
「……失礼する」
腹立たしいが、人質を取られて不利なのは俺の方だ。今は我慢するしかない。
俺は拳を強く握りしめ、VIPルームから出た。
出入り口に行くには、メインホールを通る必要がある。拘束されている従業員や客を見るのは心苦しいが、ここで動くわけにもいかない。必ず勝機はある。それまで待つのだ。
決意しながらメインホールを抜け、出入り口へと到着する。当たり前だが、ガパスタが待ち構えていた。
「その様子だと交渉成立ってところらしいな?」
「……ああ」
ガパスタはニヤニヤと品のない笑みを浮かべながら、俺に銃口を突きつける。自分が優位な立場であると信じて疑わないものの顔だ。
「早く行きな。街の奴らもお待ちかねらしいぜ」
ガパスタは早く行けと言いたげだ。
外から人の話し声が聞こえてきた。少し嫌な予感がするが、俺としてもここに留まる理由もない。出入り口の扉を開けた。
外に出ると、先程までいなかった入り口に人集りが出来ていた。街の奴らだ。
「お前達……」
八百屋に雑貨屋、周囲の民家の連中など様々ではあるが、街の奴らが不安な顔で集まっていた。
どうやら、カジノで立て籠もりがあったことに気がついたようだ。
「ごめんなさい、ザックさん……一先ずは家で待機するようにお願いはしたんだけど……」
アンナが頭を下げる。小春もバツが悪そうに目を逸らしている。
ピザン達が暴れた時に何人か逃げたという話だった。俺がカジノの危機を知ったのも、小春の店の従業員が逃げて小春に知らせたからだ。街の連中に知られてもおかしくはない。
それに、言わなければならないことだ。アンナの責任ではない。
「ザックさん、中で立てこもりがあったって本当かい?」
「助けてくれ!倅が中にいるんだ!」
「お姉ちゃんは!?」
口々に家族や友人の安否を確かめようとする人々。
気持ちは分かるが、パニック状態が広がるのは好ましくない。要求に応えるには皆の協力が必要になる。
「みんな!落ち着いて聞いてくれ!人質は無事だ!確認は取ってある!」
街の連中は、俺に注目する。口々に喋っていたのも静かになった。
これなら大丈夫だろう。話に集中してる間に、さらに続ける。
「奴らは要求を飲み込めば大人しく街から出ると約束した!それは、金と食料を積んだ逃走用の車両を用意しろという話だ!期限は一時間以内!中の連中助ける為にも、全員に協力してもらいたい!」
これで言うことを聞いて貰えれば良いが、すんなりとはいかないだろう。
「でもよ……乗り物を用意した途端に攻撃されたらどうするんだ?」
人集りの中から声がした。近所の男の声だった。それに同調する声も聞こえてくる。
やはり反論が来た。もっともな意見だ。一番最悪なのは、物資も人命も奪われることだ。
「その時は俺とアンナで対処する。だから、みんなも俺に協力して欲しい。頼む……」
俺は頭を下げた。
有事の対応を任されているとはいえ、無理強いする権力はない。あくまでも同じ街の仲間として、頼んでいるのだ。
「……分かった。こちらも悪かった。急いで用意するよ」
男が謝ると、他の奴らも少しずつだが理解を示した。何とかなりそうだ。
「ありがとう……引き渡しは俺がやる。用意は指示に従ってくれ」
街の奴らは勢い良く返事をする。一先ずはパニックは抑えられた。
話も一区切りしたところで、アンナに話しかける。
「アンナ、お前にも戦ってもらうかもしれない。俺も善処はするが、その時は頼んだぞ」
今の時勢、戦いと無縁というわけにもいかない。
俺はアンナを守るつもりだが、同時にアンナ自身にも戦う力を身に着けさせる必要があると考えていた。
いざという時に、自分や大事な人を守れるようにするためだ。
もしかしたら、今がその時かもしれなかった。
「うん。私も、ザックさんやみんなに守られてばかりじゃダメだからね。分かってる」
アンナは力強く頷く。
楽観しているわけではないが、気負っているわけでもない。落ち着きを感じさせる顔つきだ。
「ああ、それで良い。小春、お前にも心配をかけるが……」
「はいはい。こっちなら大丈夫だから。早いところマスターやウチの従業員助けてよね。仕事やらなんやら残ってんだから」
小春は手をヒラヒラさせながら、俺の言葉を遮る。投げやりになっているわけではない。俺たちを信頼しているようだ。
「ああ、任せておけ」
それだけ言うと、小春に背を向ける。指示を出すために、街の連中のところへと向かった。
俺が街の人間達を説得してから約一時間後。カジノの前には一台のトラックが停まっていた。
街の人間達に協力を仰ぎ、逃走用トラックを用意したのだ。トラックの中は、要求通りに金と食料が入っていた。
街の住民を避難させ、俺とアンナはトラックの前でピザンとガパスタの兄弟を待っていた。
「中の人達、ちゃんと解放されるのかな……」
アンナは不安げな瞳でカジノを見つめる。中には沢山の人質がいる。
「分からん。だが、最悪の結果だけは防ぐぞ」
必要ならば、能力を使うことも考えなければならない。無論、そんな事になって欲しくはないが。
今は、ピザンとガパスタが出てくるのを待つしか無かった。
「あ……」
アンナが小さく声を出す。視線の先には、ゆっくりと開くカジノの出入り口扉があった。
扉からは、高身長の二人のイタリア人────ピザンとガパスタの犯罪兄弟のお出ましだ。
「おお、ちゃんと用意したのか!流石だなあ」
ガパスタが喜びながら手を叩く。こちらを小馬鹿にした雰囲気だ。
「財前、中の連中は返してやる。好きにしろ」
ピザンは顎でカジノを指す。人質は返してくれるようだ。
だが、このままカジノの中に入るわけにもいかない。俺は街を出るまで見る必要があった。
「……分かった。アンナ、みんなを解放してきてくれ」
「うん」
アンナは走ってカジノの中へと入っていった。彼女も、皆が無事か気が気でなかったようだ。
「へへっ、コイツがありゃ暫く楽できそうだぜ」
ガパスタは下品な笑い声を上げながらトラックを舐めるように見ていた。
ピザンは対照的に、眼鏡を中指で上げながら鋭い目つきでトラックを見据える。
「財前、トラックに爆弾の類はつけてないだろうな?言っておくが、俺達に爆破は通用しない」
「そんな時間があると思うか?疑うなら調べればいい」
俺の言葉に、ピザンは眉を顰める。ただでさえ鋭い目つきが、さらに鋭くなっていた。
「そうさせてもらう。やれ、ガパスタ」
ガパスタは「オッス!」と元気に返事しながらトラックを調べ始める。
運転席、各種パーツ、荷台などをガパスタが見てまわる。
すぐに乗り込まないのを見ると、手慣れてるように思う。よそでも似たような事をやっていたのだろうか。
「兄貴ィ!大丈夫だったぜ〜!」
満足したのか、トラックの前でガパスタは手を振った。犯罪者には似合わない無邪気な笑みだ。
「よし、よくやった。行くぞ!」
ピザンは、ガパスタに向かって歩き出した。手筈通りなら、このままトラックに乗り込んで逃げるはずだ。
そう思った矢先であった。ピザンが足を止めた。
「そうだ。財前、礼を忘れてたよ」
首筋が粟立つ。ピザンの言葉に対して、急激に嫌な予感がした。
ピザンは、こちらを振り返る。薄っすらと侮蔑するような笑みを浮かべていた。
「こいつが俺の礼だぁ!」
ピザンが懐から何かを取り出すと、急に何かが光り出した。
「……あれは!」
光が収まると、目の前に戦士を乗せた巨大なドラゴンが出現していた。
あのクリーチャーは、勝利宣言鬼丸「覇」だ。非常に強い能力を持つ強力クリーチャー。
「チィっ……!」
やはり戦うことになったか……。出来れば、街の中では穏便に済ましたかったが、仕方ない。
俺は、懐からカードを取り出した。