ようこそパンドラの教室へ 作:人生とは何か
次に目を覚ました時には入学式は終わっていた。体を起こし周囲を見渡すと、パソコンを打ち続ける星之宮と目が合った。
「あら、起きた?さっき入学式が終わったところよ。今日は帰りのホームルームが無いから、もう解散して放課後になっているわね。体調はどう?」
「随分楽になりました。ありがとうございました」
「はーい。一応明日の朝は体温チェックをしてから登校してね。じゃあ気を付けて帰ってね」
「はい」
星之宮と別れ、保健室を後にした。教室に向かい鞄を持ってDクラスの教室に向かう。するとそこには大人しく席に座って虚空を見つめている綾小路の姿があった。どうや、約束を守って待ってくれていたらしい。
「失礼します。綾小路君、一緒に帰ろう!」
私がそう言うと、教室の中にいた多くの生徒たちが私の方を見て驚いていた。
「あ、綾小路!お前彼女持ちかよ?!」
「え……いや、違うが」
「嘘つけ!お前だけ抜けがけとかズリィぞ!」
「綾小路君、彼女いたの?!」
綾小路はすぐさま否定するが、彼の言葉が信じられることはなく、教室内がざわついており、当事者である私自身もとても不快だ。
「あー、お騒がせしちゃってごめんなさい。私は彼女じゃなくて、綾小路君の友達なんだ。ねぇ、綾小路君、そろそろ帰ろうよ」
「あ、ああ。そうだな」
私は彼に有無を言わさぬような圧をかけると、彼はすぐに鞄を持って立ち上がり私の元にやってきた。私たちはすぐに教室を出て生徒玄関に向かった。
「さっきはちょっと大変だったね」
「ああ、そうだな。変な勘違いに巻き込んですまない、小鳥遊」
「ううん、気にしないで」
「そういえば小鳥遊は「ちょっと良いかしら?」……ん?」
私たちが学校を出ようとした時、1人の女子生徒が声を掛けてきた。彼女は冷たい眼差しを私と綾小路に向け、目を釣り上げて話し始める。
「入学早々デートなんて、良い御身分ね。綾小路君」
私はまた面倒臭い人間に絡まれたと思い、心底うんざりした。
「違う、彼女はただの友達だ。今朝お前も乗っていたバスで高齢の老婆に彼女が席を譲っていただろう?」
「ああ、あの時の偽善者ね」
「偽善者?聞き捨てならないね。困っている人がいたら手を差し伸べる、当たり前のことだよ。誰もができるとは言わないけど、私はできる。ただそれだけのことだよ」
私がすぐに反論すると、彼女は挑発的な笑みを浮かべてさらに私の行動を否定した。
「あなたがあの場面で高齢者に席を譲ったことが、本当に正しいことなのかしら?ただ周りの嫌な空気を取り除きたかっただけじゃない?それは本当にあなたの善なる行為なのかしら?」
そう言われて、私は考える。確かに本当に私は心からあの御夫人の為に席を譲ったのだろうか。
「……あの御夫人は身体内部に障害を抱えていた。ハート プラスマークはそれを意味しているものだよ。ただ他者に見える側では無かったから、気付かなくても仕方ない。でも気付いたのなら、御婦人に配慮するのは当然だよ。あなたは目の前で人が倒れていても何もしないの?その人を助けたいとは思わないの?私は違うよ。目の前で人が倒れていたら、何かしなきゃって思うよ。あの御婦人についてもそう。あの方に何かある前に対処できるのならそれに越したことはないでしょ」
私は私が正しいと思ったことをしているだけだ。
だから私の善意を、善なる行為を否定するのなら、私は目の前の女子生徒を人では無いと判断するしかない。目の前にいる少女は私からしてみれば、人の皮を被った無機物、もしくは案山子だ。
獣だって稀に種族を超えて生物を守ろうとする。それすら出来ないこの人が生物であるはずがない。
「……違う、私はそんな人間じゃないわ。あなたの行為は偽善よ。良い人のフリをしたいだけ、自分がよく見られたいと思っているだけ。善意で見知らぬ誰かに優しくするなんて、どうかしているわ」
「おい。それ以上はやめろ、堀北」
次々と私に否定の言葉を投げる女子生徒──堀北に綾小路は制止をかけた。すると堀北は綾小路に向き直りムッとした顔で彼を睨み付けるが、大人しく口を閉ざした。
「悪かったな、小鳥遊。こいつは少し人と関わるのが苦手みたいなんだ」
「綾小路君が謝る必要は無いよ。堀北さんが今まで人の善意を信じられないような事情があったのかもしれないし、ここまで私の善を否定するのならこれ以上何も言わないよ。だって人の正しい善行を否定するのなら、彼女はその時点で人ではない。私にとって彼女は無機物だからね」
「は?」
「む、無機物、ですって?」
私の言葉に堀北はもちろん、綾小路も驚愕と呆れの表情を見せた。私にとって人の分類方法は人か人でないかの2つだ。私は無機物には何も言わない。まあ、悪魔と呼ばないだけマシな方だろう。
「……もういいわ!綾小路君、あなたに話があったのだけど、彼女が邪魔をするから何も言えなかったわ。本当にあなたってどうしようもない人ね」
堀北はそう言い私をきつく睨み付けてから去って行った。綾小路への話を邪魔してしまったと思うと少し申し訳なく感じるが、堀北にも非があるため、すぐに彼女に対する呆れで心の中が満たされた。
「……とりあえず、飯でも行くか?」
「あはは、そうだね。私もお腹すいちゃった。パンケーキ食べたいな」
「パ、パンケーキってなんだ?パンなのか?ケーキなのか?」
綾小路はそう言い、僅かに眉をひそめ頭の上にクエスチョンマークを浮べる。彼は基本的に無表情で、何を考えているか分からないタイプの人間だが、こうやってよくよく注視すれば多少は感情を読み取ることができるのだ。
これは 幼少期に発現した私の低レベルな読心術だ。人との関わりにおいて、内面まで読むには僅かな変化も気を配らなければいけなかったのだ。そうしなければ、私は──
「綾小路君って、もしかして相当の箱入り息子だったりする?ねぇ、どこかの政治家や財界人のお坊っちゃんだったりする?」
私は心底彼に驚きながら問いかける。
今現在、パンケーキは大ブームだ。フルーツや生クリームで飾り付け、可愛らしい装飾を施した写真映する可愛らしいパンケーキがSNSで発信され、主に女性に大流行しているスイーツだ。パンなのかケーキなのかという疑問は分からないでもないが、実際パンケーキはパンという意味は無い。
「パンケーキは鍋で焼くケーキのことを指しているの。英語でpanは鍋という意味があるでしょ?鍋で焼くケーキ=パンケーキってこと。まあ、最近はフライパンや鉄板で蒸し焼きにするものもあるし、本当に色んな作り方が出来ていて、本来の意味から遠ざかっているけれどね」
「なるほどな。食べ物である"パン"は無関係なのか。なんだか紛らわしい名前のスイーツだな。後、俺は別に立場が上の人間の息子では無いな。親は過保護ではあったが。だから、世間での人気や流行には疎いのかもしれない」
「へぇ、そっか。御家族は過保護なんだ。ちょっとだけ、ほんの少しだけ、羨ましいかも」
私はそう言うと、少し足早で歩き出す。数分後、私たちは敷地内にある人気カフェに到着した。お昼前だからか、店内に人は少なくすぐに席に案内された。
「何頼む?」
「こういう店はあまり来たことがないんだ。お前と同じ物を頼みたい」
「分かった。じゃあここのお店一番人気のスフレパンケーキにしようか。飲み物はどうする?」
「じゃあ......ホットコーヒーで頼む」
「分かった!すみません、注文良いですか?」
手を上げて近くのウェイトレスに声をかけると、彼女は急いで私たちのテーブルまでやってきた。
「おまたせしました。ご注文をおうかがいします」
「スフレパンケーキを2つお願いします。飲み物はホットのレモンティーとホッコーヒーをそれぞれ1つずつで」
ウェイトレスは注文用の機械に何かを打ち込んでいく。そして終わると、注文内容の確認を始めた。
「スフレパンケーキがお2つ、ホットコーヒーがお1つ、レモンティーがお1つですね。コーヒーとレモンティーはいつ頃お持ちしましょうか?」
「じゃあ、食前でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。では、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスは注文を聞き終えるとレジの後ろにある扉の中に入って行った。おそらくあそこが厨房に繋がる扉なのだろう。
「こういう店で食事をしたことがないから、なんだか新鮮だな」
「え、そうなの?ならこれからたくさん来ましょうよ!」
「たくさん来ようって、また俺と一緒に出掛けてくれるのか?」
私は綾小路の言葉に面食らった。綾小路はどうやら友達との関わり方すら知らないらしい。どこまで世間知らずなんだと脳内で毒を吐きながらも、彼にこれから友達というものを教えてあげようと決意を固めた。
「友達ってそういうものでしょう?」
「……そうか。そういうもの、か」
綾小路は何かを考えるように黙りこんだ。考えごとをしているようなので、邪魔するのも悪いと思い、私は今日のお喋りのテーマを決めることにした。
お喋りをするにも、話題選びは大切だ。
目の前に座る綾小路清隆という男は世間知らずの箱入り息子だ。彼が普段考えないような非現実的で尚且つ、腑に落ちる話が良いだろう。先ほどから思っていたが、彼にはファンシーさが足りていない。だからこそ彼はファンシーになるべきなのだ。
数分後、コーヒーとレモンティーが到着した。私はストローに口をつけ軽く吸い上げる。甘酸っぱいレモンの酸味と紅茶の香りが鼻腔をかすめる。
「……美味いな、コーヒーというのはもっと苦味が強いかと思っていたが、これはかなりフルーティーだ」
「コーヒーは苦手だから飲めないけど、ここのコーヒーは美味しいって有名だよ。渋谷にも別店舗があるんだけど、そこのお店が有名になったのはパンケーキとコーヒーのお陰みたいだしね」
しかし、綾小路の話し方から彼がコーヒーを飲んだ経験が無いことが分かる。コーヒーの味すら知らずに育っただなんて、彼は一体どのような教育を受けてきたのだろうか。
「なんだか、綾小路君が凄すぎて私びっくりしちゃった。まるで家に監禁されてたみたいな、本当にとても過保護だったんだね」
「……ああ。とても厳しい人たちだったよ」
私の言葉に僅かに眉が動いた気がした。出会ってからほぼずっと無表情なこの男が、僅かに反応したという事実に、私は彼について知りたくなってしまった。
「……綾小路君、君は神様の存在を信じている?」
「神様、か。正直言って、存在していないと思っている。神話や民間信仰における神について過去に学んだことはあるが、それが事実だと裏付ける証拠にはならない。それ以前に、なんせ、見たことがないからな」
確かに実際に見たことが無いのだから、信じられるわけがない。誰かがあの芸能人が不倫していると声を上げても、私たちは報道で情報が流れない限り信じない。視覚で得られる情報が100%正しいわけではないが、聴覚から得られる情報より優れているのは間違いない。
「私は神様の存在を信じているよ」
しかし、私は見えなくてもどんなに存在する確率が低くても、遠い昔の御伽噺だとしても、大きな危機に瀕して何かに責任を擦り付け、現実逃避をしようとした人々が作りあげた戯言だとしても、私はそれでも神様は実在すると考えている。
「何故信じているんだ?」
「……私、孤児院に来る前に、ずっとずっと『神様なんていない』と思っていたんだ。苦しくて、辛くて、寂しくて、舌を噛み切れば死ねるって話を聞いた時、実践しようとしたけどできなくて。そんな時、私を救ってくださったのが孤児院の院長……ゴッドマザーだったんだ」
「……だから、神がゴッドマザーに引き合わせてくれたと、そう思っているのか?」
私は綾小路の言葉に首を横に振り否定した。神がゴッドマザーに引き合わせてくれたのではない。私がゴッドマザーを引き寄せたのだ。
「……ううん、違うよ。私はずっと神様に助けを求めていたけど、私の家での待遇は悪くなるばかりでね。だから、神様を信じるのを辞めたんだ。でも信仰を辞めてから、悪いことばかり続いて。そんな時、あることを思い付いたんだ」
私は当時の記憶を思い出し、苦笑いをしながら話し続ける。あの時の自分は精神的におかしかったのかもしれないが、それでも私はあの時の選択を後悔していない。
「真冬のある日……足と腕が見えるワンピースをに着て、思いっきり指を絶対に曲がらない方向に曲げて、近くの教会に駆け込んだの。これが人生で初めての骨折だったなぁ。あの時は痛みや恐怖よりも、あの場所から逃げたくて、誰かに救って欲しくて仕方がなかったんだ。でも神様が私が以外の人間に救いを与えるのなら、私は考えを改めざるを得ないよね。神様が助けてくれないなら私が神となって救いを手繰り寄せれば良い、そう考えたんだ」
綾小路は驚愕で開いた口が塞がらない。幼い少女が自らの身体を犠牲にし、救いを求めたという事実に、その計画を完璧に遂行した実行力に驚きを隠せなかった。自分で自分の指の骨を折るなんてイカレているとしか思えない。
しかし、目の前に座る小鳥遊瑠璃はなんてことのないように、まるで利益を得るためには何を犠牲にしても良いとすら思えるような慈悲深い笑みでそれを話すのだから、頭が痛くなってくる。綾小路は自分の過去で得た教えの一部を、こんな自然に当たり前のように行える人間を人生で初めて知った。
「……その後にね、私はゴッドマザーのいる孤児院で保護されることになったの。私ね、あの日私が勇気を出せたのは私の行いが正義の名に忠実なものだったから、だと思うの。悪行を暴くための行動と考えたら、間違っていないと思う。そんな正義を執行する勇気を持てたのは、もしかしたら神様のおかげだったんじゃないか。私はそう思ったんだ」
綾小路は私が言い終わると、真剣な表情で残酷な現実を突き付けた。
「それはお前がそう思いたいだけなんじゃないか?」
「……そう、だね。うん、そうだよ。その通り。私はきっと、神に縋りたかったんだね」
私は神が存在するかどうかは関係なく、もしいたら良いなという軽い信仰心で神に祈っていた。もし実在して願いが聞き届けられたなら、それは神の奇跡だ。実在していなくとも、私の精神が安定し特にデメリットも無い。ならば信じていた方がお得だ。
「神様を信じて良いことがあるのなら、それは信じるべきだし、信じて神様が存在しなかったとしても、そのせいで私にデメリットは無い。だから私は神様を信じているし、神様が存在したら良いなって思っているよ」
「"パスカルの賭け"か。確かに神の存在を信じて何か良いことが起きれば、利益に繋がる。そうじゃなくても何も起きない。実に都合の良い話だな」
確かに神を信じない人間からすれば、私の信仰心なんて誠のものでは無いのだろう。私は彼の言葉に反論するカードを持ち合わせていないため、何も言えずに俯いた。
「だが、パスカルは言っていたな。『理性と信仰は対立するものではなく、補完するものだ』と。だから、小鳥遊のスタンスは自分に都合が良いものではあるが、自己中心的で自己愛的な生物が人間なのだとすれば、小鳥遊は特に人間らしい人人物なんだろう。俺はお前のスタンスは嫌いじゃないな」
てっきり私の考えの甘さを詰められるかと思ったが、予想外に彼は私の思考や詰めの甘さをフォローし、認めてくれた。共感出来なくとも、理解してくれた。その事実により、私は綾小路という無表情で無感情な人間が、存外見る者が見れば分かりやすい人間なのだと確信を持った。
「お待たせ致しました、こちらがスフレパンケーキになります。メープルシロップをかけて、こちらのクリームと一緒にお召し上がりください。ごゆっくりどうぞ」
お喋りが一段落したところで、ついにお目当てのパンケーキが届いた。
「うわあ、美味しそう。お喋りしてたらお腹空いちゃった。早く食べよ」
「これが、パンケーキ……想像の何倍もふわふわだな」
綾小路は初めてのパンケーキに感動しているようで、何度もフォークでパンケーキに触れて揺らしている。パンケーキは震度3くらいの強さの揺れを受けて崩れそうになるが、必死に左右にプルプルと震えながら耐えている。その様が愛らしくて庇護欲をそそられる。
パシャリ
「……なんで写真を撮ったんだ?」
「えぇ、理由なんてひとつしかないよ。映えるから。プルプル揺れてるパンケーキなんて可愛くないわけがないよね」
「……女子が考えることはさっぱり分からないが、確かにこのプルプル加減は面白いな」
ふわふわのパンケーキを綾小路と食べながら、くだらない話をして時間を潰した。
「この後はどうする?私はスーパーに行ってご飯の材料と日用雑貨を買いたいんだけど」
「分かった。俺もスーパーは見ておきたいと思っていたからな、一緒に行こう」
今日から一人暮らしをするわけだが、愛するゴッドマザーも可愛らしい子供たちの声のない部屋も、何もかもが不安だった。
今後は自分で家事をしなければいけない。孤児院時代も率先して家事手伝いをしていたが、全て1人で行なっていたわけではない為、今日からの家事は今まで以上の気合いと覚悟を持って行わなければいけない。
「……そこまで意気込まなくても良いんじゃないか?」
「あれ、そんなふうに見えてた?」
「ああ」
どうやら私の気合いや覚悟が顔や態度に現れていたようだ。意図せず心の内を明かすのは非常に危険だ。いつ誰に利用されるか分からないのだから、感情や態度はコントロール出来なければいけない。気を付けなければ。
「……無料コーナー?ポイントを使ってしまった生徒への救済措置か?」
綾小路が指差す方には無料コーナーと書かれた張り紙がされており、そこにはトイレットペーパーやティッシュ、洗剤等の日用品やレトルト食品や野菜等や鶏肉等の食材が並んでいた。しかし、1人10点までと制限もあり、このコーナーも考えて利用する必要がある。
「学校側が救済措置を用意してくれているの有難いけど、このコーナーの利用も制限があるし、考えて利用しないとね」
「ああ。どうやらポイントに困っていない者も利用できるみたいだし、これがあればより生活が豊かになるな」
ポイントで購入する前に無料コーナーが確認できて心底良かったと思う。何故なら、このコーナーにあるものを持っていけば無料だ。入学初日から大きな出費は痛いため、上手くやりくりしなければいけない。
ひとまず、ここの物を持っていけば2週間程は持つと予想できる。この事実をここにある商品の有料物を購入してしまう前に気付けたのは大きな収穫だ。
「トイレットペーパー、ティッシュペーパー、食器用洗剤と洗濯用洗剤、ハンドソープ……後、鶏肉も貰っておこう。醤油とみりんも貰っていこうかな」
「随分持っていくんだな」
「そりゃあ、今後節約もしなきゃいけないし、まずその前に一通り揃えておきたくない?」
「……そういうものか。分かった、俺もお前に習って少し持っていくとするか」
その後、私たちは有料商品も少しカゴに入れて、会計を済ませてからスーパーを出た。
「……綾小路君はさ、クラスに新しい友達はできた?」
「……友達、というかは分からないが、さっき会った堀北とは同じクラスで多少会話はしたな」
「ふうん、そっか。堀北さんが君の友達だったんだね」
あの無機物少女と関わりを持ったという時点で、私は彼より出遅れている。いや、多くの生徒の何メートルも後ろにいる。このままでは、入学早々ぼっち確定である。
いくら私に好奇の目を向けてくるからといって、彼らを無視すれば私はクラスの中で孤立する。これは由々しき事態だ。
「……私も、新しい友達がたくさん作れたら良いな」
「お前は性格も良いし、すぐできるさ。どんな相手にも真っ直ぐで丁寧な対応をしている点は好印象を持たれるはずだ。まあ、堀北に対する対応の最後は酷かったが、お前の尊厳を踏みにじるようなことを言ったアイツが悪いんだから、まあ仕方ないことだよな。とにかくお前は"正しい"人間だ。だから、いつも通りいけば堀北みたいな人間以外、誰もお前を避けたりはしないと思うぞ」
綾小路の激励の言葉を聞いて、私は明日今度こそ自ら行動しようと心に決めた。
「分かった。明日は皆に話し掛けてみるよ。これでもし友達ができなかったら、その時は一緒にカラオケ行って歌おうね!」
「カラオケ……行ったことがないな」
「じゃあ今度一緒に行こうよ!私に友達ができるかできないかはさておいて、カラオケって、好きな人は好きだから、一度行ってみると良いと思うな!」
そんな話をしていると、私が住む寮の前に到着した。
「じゃあ、ここでお別れだね。また連絡するから」
「ああ、またな」
私は綾小路と別れ、エレベーターに乗り、3階にある自室へと向かった。自室に入ると、昨日まで私が住んでいた部屋とは比べものにならないほど狭い部屋が私を出迎えた。
「……孤児院の自室よりはマシだけど、かなり狭いね」
私は食材を冷蔵庫に詰めてから、部屋に積み込まれたダンボールを開け、タンスとクローゼットの中に洋服を仕舞っていく。
「……今日は荷物を片付けるだけで夜になりそうだなぁ」
この日、私の片付けが終わるのは午前0時を少し越えた頃になるのだが、今の私はそんなこと知る由もなく、適度にサボりながらのんびりと片付けをするのだった。
「あ、この本!孤児院に入って初めて自分のお金で買った小説だ!懐かしいなぁ」
ついつい、気になる物を見つけると手が止まってしまう。孤児院時代も中学時代も、私はゴッドマザーや教員たちに、優等生だと、しっかりした生徒だと褒められてきたが、実際は誘惑に負けやすい普通の女の子だった。
嫌いな物は後回しにしてしまいがちで、ギリギリで必死にやることも多々ある。それでも、周囲からの評価や期待に応えられるよう最低限やっていたのだから、自分は本当に真面目な性格なのだろう。
しかし、これからは違う。この学校で私に期待をかけている者は誰もいない。唯一期待をしてくれている養父もこの学校の人間ではないようだ。つまりここは、自由で美しい箱庭なのだ。
堕落するのも、新たな成果を生み出すのも私次第。私はこの学校で今までとは違う身の振り方をし、養父の期待に応えられる結果を出さなければいけない。そうしなければ、また私は家族を失うかもしれないのだから。
そんなことを頭の片隅に置きながらも、私は甘い誘惑に釣られながら片付けを進め、日付を跨いでから眠りに着いた。
この世の中に神がいるかはどうかは分かりません。
もしかしたら、神話も伝説も何かも人の作りあげた御伽噺なのかもしれません。
神の存在をたとえ信じていなくとも、神頼みをしたくなる時だってある。
主人公のそんな感情が伝わっていれば良いなと思って書いたお話です。
瑠璃と綾小路の対比関係をなるべく丁寧に描いたつもりですが、なかなか描くのにカロリーを消費しますね。
この作品は途中まで別サイトで投稿している作品の加筆修正番となっていますが、加筆修正なので意外と大変だったりします。
各話で瑠璃の持つ独創的な思想をよう実の世界観になるべく綺麗に落とし込めるよう努力していますが、これがまた難しくて.....
しかし、書いていてすごく楽しい作品でもあるので、本当に趣味程度にのんびり書いていくつもりです。