ようこそパンドラの教室へ   作:人生とは何か

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これは4話に続く、坂柳の思いを綴った物語。


アリスは白うさぎを追いかける

坂柳side(3.5話)

 

 

 4月、私はあたたかな光に包まれて、桜並木の美しい道を歩み、これから入学する高校、東京都高度育成高等学校の校舎前へと辿り着きました。これから始まる新生活、そして父が言っていた入学祝いの品の正体に胸を膨らませます。

 

 

 私は今日、この学校の高校1年生になりました。そして、私はこの日驚愕しました。

 

 

 何故なら、私は運命的な出会いをしてしまったからです。

 

 

 何年も何年も恋い焦がれ、彼らとの出会いを望んでいた私は、その内の1人と出会ってしまったのです。まるで恋の始まりのような、胸が締め付けられるようなそんな想いが私の心に波紋を作ります。

 

 

 スキンヘッドの男子生徒、葛城康平君が親睦を深めるために自己紹介をすることを提案し、私はそれに賛同しました。それから席順に自己紹介をしていき、1人の女子生徒の番になりました。

 

 

 真面目ですが、人の良さそうな笑みを浮かべ、正しくAクラスの生徒らしいといった容貌、雰囲気の少女です。彼女は立ち上がり、自己紹介を始めます。

 

 

『私は小鳥遊瑠璃です。出身は桜花女子中学で、中学では3年間生徒会役員を務めていました。3年時では議長を務めました。趣味は読書とティータイムで、友達とのお喋りが好きです。読書とティータイムとお喋り好きなお友達、募集してます。みなさんよろしくお願いします』

 

 

 その名前を聞いた時、私は驚きました。

 

 

『小鳥遊瑠璃って世田谷区誘拐殺人事件の生存者の子じゃない?』

 

 

『いや、昨年起きたスクランブル交差点の追突事故の被害者だろ?』

 

 

『小学生の時に起きた大岩銀行の立て篭り事件で人質に取られていた子でしょ?あれ?でも苗字が違う?』

 

 

 私が驚いたように、教室内の多くの生徒たちも彼女の自己紹介を聞いてざわつき始めます。

 

 

 しかし、私が彼女の名を聞いて驚いたのは、彼女が世田谷区誘拐連続殺人事件の生存者だからでもなければ、昨年起きたスクランブル交差点の追突事故の被害者だからでもなく、小学生の頃に全国ニュースになった大岩銀行の立て篭り事件の人質だったからでもありません。

 

 

 私が彼女の名を知って驚いた理由は、彼女がかつて父が視察に向かった孤児院で養子として引き取ろうか迷ったほど、異質で興味深い、高レベルの知識を持つ少女だったからです。

 

 

『有栖、私は今日とても面白い少女と出会ったんだ』

 

 

『面白い少女、ですか』

 

 

 父がそう言った時、私は興味無さそうな声で返事をしました。その頃の私は、ホワイトルームという非公式の教育機関で一方的に出会った少年、綾小路清隆君に夢中で、ひたすら勉学やチェスの勉強に励んでいました。

 

 

 そんなところに父が孤児院で面白い少女と出会ったと話しても、彼ほど倒しがいがあるとは思えなかったのです。だから興味なさげに話を聞き流そうとしたのですが、その後父はその少女についてこう言いました。

 

 

『あの少女は、異質だった。まるで、綾小路先生の運営するホワイトルームで出会った少年、綾小路清隆君を見ているような、異常で歪な存在だった』

 

 

『......綾小路君を見ているような異質な少女、ですか?』

 

 

 私は父の言葉を聞いて大袈裟だと思いつつも、彼女について知りたくなりました。

 

 

『お父様、一体どうしてそう思われたのですか?』

 

 

 私の問いに父は苦笑しながらも椅子に腰掛け、コーヒーを1口飲んでからこう答えます。

 

 

『......彼女は孤児だ。教会に拾われ、救われたと聞いている。何故か旧約聖書を読んでいた彼女に、私は神を信じているかと尋ねた。そうしたら、彼女はこう言ったんだ。《神様はいません。でも私は神を信じて救われるのなら信じるべきだと思っています。神がいないのなら、私が神となり信じれば良いのです。救いを求めるとは、そういうことではありませんか?》有栖、君はキリスト教の教会が運営する孤児院にいる少女が、何故こんなことを口にしたのか分かるかい?』

 

 

『神を、信じていない?教会に救われた方が神を信じていないというのには違和感を感じますが、たまたま無神論者だっただけでは?』

 

 

 私はそう言葉を返しますが、頭では理解していました。彼女の発言が単なる無神論者のものではない、ということを。そして、無神論者とは決定的に違う点がある、ということを。

 

 

 何故ならば、自らを神を称し自分自身を信じるなんて、完全なる無神論者とは言えません。そして、もちろん厳格なる信徒とは絶対に言い切れない。ならば彼女はなんなのか。

 

 

 その答えを私は知っていましたが、その答えがあまりにも異質で、かつての提唱者たちの顔が頭を過ぎって、私は受け入れられませんでした。だから知らぬフリをしたのです。自分自身で結論付けるよりはマシですから。

 

 

『有栖。彼女、小鳥遊瑠璃は生まれながらの哲学者だ。彼女は神を信じていない。しかし、神を信じて利益が得られるのなら、信じても良いと思っている。自らを神と称してでも、利益を得ようとしている、強欲で感情的で論理的で異常な哲学者だ』

 

 

 そうです。

 

 

 彼女は生まれながらの哲学者だったのです。

 

 

 自らの論理から、既存の哲学に近いものを生み出し、その信念を持って生きる。派生であろうと、似ていようと自己の人生経験から既存のものと異なる点を持つ新たな哲学的思考を持つ時点で、彼女は立派な哲学者でした。

 

 

 私の持つ天性の頭脳や綾小路君が努力で培った圧倒的な力とは違う、経験から生まれた天然物の思考。天才とも秀才とも言い難い思想家的な考え方を持つ存在なのです。

 

 

『生まれながらの哲学者、そして思想家であり、ある意味では宗教的な要素も含んでいる......ああ、彼女はなんて、なんて面白い方なのでしょうか!』

 

 

 私は歓喜しました。まさかこんな近くに綾小路君とは違ったタイプの異質な才能を持つ人間がいたことに、そんな人物の存在を自分が知れたという事実に。

 

 

『お父様、その方とお会いすることは可能ですか?その方......小鳥遊瑠璃さんは他にどのようなものに興味がおありなのですか?チェスは?チェスはされるのですか?』

 

 

 私が父に次々と質問をなげかけていくと、彼は困り顔で私の頭を撫でこう言いました。

 

 

『あはは、落ち着きなさい。あの子なら君と仲良くなれると思って、養子縁組の話もしてきたんだが、どうやら今あの子には別の養子縁組希望者が申請しているみたいなんだ。だから会うのは難しいだろうね。それから少し話をして分かったことは、彼女はかなりの議論好きらしい。チェスが好きかは分からないが、彼女は遊びより勉強よりも、議論とティータイムと読書を好むそうだよ。特に紅茶にはそれなりのこだわりがあるそうだ』

 

 

『そう、ですか......』

 

 

 私は父の言葉に落胆しました。彼女に会うことが出来ないという事実を悲しみ、チェスも出来ない可能性が高いと悟ったのです。

 

 

 しかし、彼女は議論とティータイムと読書を好むという情報を知り、彼女といつか出会った時楽しい議論ができるよう、学校で学ぶ五教科以外にも様々な学問や雑学を学ぶことにしました。ついでに、美味しい紅茶の入れ方についても調べておきましょうか。私は知的探究心が強いと自負しており、学ぶことは苦ではありませんでした。

 

 

 それから月日は流れ、私は中学3年生になりました。受験生として勉強に励んでいるある日、夕食の時間に父がこう言ったのです。

 

 

『有栖。高度育成高等学校に入学祝いとして、素晴らしいプレゼントを用意した。きっと、君も気に入るだろう』

 

 

『......プレゼント、ですか?』

 

 

『ああ。君の人生において、このプレゼントはきっと重要な意味を持つはずだ。だが、くれぐれも注意しなさい。このプレゼントには、悪い面もある。一睡の夢で終われば良いが、悪夢が現実になることもあるのだからね』

 

 

『......分かりました。ありがとうございます、お父様。プレゼントが何か気になりますし、より一層勉強に力を入れられそうです』

 

 

 父がそこまで言うプレゼントが何なのか、私は気になって仕方ありませんでした。その後、私は難なく高度育成高等学校に合格し、入学を果たします。

 

 

 入学式の日、私たちのクラスはホームルーム後に葛城君の提案に私も賛同し、自己紹介をすることになりました。席順に生徒たちは自己紹介をしていき、数分後とある女子生徒の番になりました。

 

 

 そしてその女子生徒が、生まれながらの哲学者、小鳥遊瑠璃さんだったのです。

 

 

 その時、私は父の用意したというプレゼントの意味を理解し、心の底から喜びました。自分がずっと会いたかった少女と出会えたという事実に歓喜し、彼女と親しくなりたいと思いました。

 

 

 自己紹介後、彼女に話しかけようと席を立ち上がりましたが、彼女はそそくさと教室を出て行ってしまったのです。彼女は入学式に参加せず、放課後になるまで教室に戻ってくることはありませんでした。教室に戻ってきても荷物を持ってすぐに出て行ってしまい、私は彼女に話しかけることができませんでした。

 

 

 この日は彼女と出会えただけでも満足しようと思い、必要な生活用品を購入してからスーパーに寄って、寮に戻りました。荷物の整頓を行い、入浴を済ませ簡単な食事を執ってから少し固めのベッドに横になります。

 

 

 今日は勉強をする気力も、インターネットでチェスの対戦を行う気力もなく、ただ無気力にベッドの上で天井を眺めます。それも、小鳥遊瑠璃さんのことを考えながら。

 

 

『明日は、明日こそは小鳥遊さんとお話できるでしょうか?彼女はどんな議論テーマがお好きなのでしょうか。好きな紅茶のメーカーは?早く......早く、小鳥遊さん、あなたとお話がしたいです』

 

 

 彼女は天才なのか、それとも秀才なのか、或いはただの凡人なのか、私は知りたいのです。推測だけでなく、彼女という人となりを観察し、分析したいのです。

 

 

 ですからどうか、明日は私とお話してくださいね?小鳥遊瑠璃さん。

 

 

 そして私はいつか、ホワイトルームの最高傑作である綾小路清隆君と、生まれながらの哲学者である小鳥遊瑠璃さんと、3人で議論をかわし、チェスの対戦ができることを存在を信じていないはずの神に祈りました。無神論者だと言うのにも関わらずに。

 

 

 私がそんなことを願うと、意識は微睡みの中に沈んでいきます。明日への希望を抱き、私は眠りに着きました。





今回の話は、以前ハーメルンに投稿していた作品には、ない書き下ろしなので、入れるべきか悩んだのですが、これをいれなければ4話を楽しみにくいと感じたのでこのタイミングで投稿させていただきました。

このタイトルの白うさぎというのが、生まれながらの哲学者である小鳥遊瑠璃.....クオリア主義者メアリーのことなのですが、この出会いがあるからこそ、4話がより受け入れやすくなると思ってます。

4話は人によっては読むのを中断してしまいたくなる可能性が高いですが、それだけ力を入れて書いているお話なので、地雷でなければぜひ読んでみてください。

この作品でメアリーというのは2人います。


タイトルが分かりにくいと思う方もいらっしゃると思うので、少しだけ解説をさせていただきます。(そんな大層なものではないかもしれませんが)

まず1人はクオリア主義者メアリーである小鳥遊瑠璃です。

彼女は感覚質から理論や定義を提唱出来るという考え方を持っており、物理主義者である綾小路を否定しています。

もう1人のメアリーは、物理主義者である綾小路清隆です。

彼は小鳥遊とは真逆で、絶対的な知識さえあれば、感覚的な経験や意識は必要ないと考えており、感覚的な経験や意識は知識を補足する資料に過ぎないと、小鳥遊を否定しています。

この2人の対極者の出会いこそがこの物語の始まりであり、彼らを起点に物語は進行していきます。

1話はメアリーの部屋という思考実験についての議論を元に展開されたストーリーであり、閉ざされた箱庭から世間を知るために外に出た2人の出会いについて書かれています。

この物語はこのように、哲学的な理論や実験を元に小鳥遊とよう実のキャラクター達が対話をしていくことで進行していきます。

ですので、苦手に感じる方もいらっしゃると思うのですが、今後もゆっくり更新していきますので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
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