ようこそパンドラの教室へ   作:人生とは何か

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入学式の翌日、主人公小鳥遊瑠璃はいつもより少しだけ寝坊してしまう。急いで身支度をし、コンビニに寄ってから学校に向かう。
しかし、コンビニを出た時、彼女は同じクラスの女子生徒と出会うのだが……

この日瑠璃はジェットコースターのような急降下の激しいアトラクションを体験することになるとは、思いもしなかった。


アリスはメアリーを追い掛け、メアリーはアリスに名前を突きつけ、アリスは初めてその意味を理解した。

 

 

 入学式の翌日、私は学校が近いからという理由でいつもより15分遅く起床した。15分遅いといっても、眠りについたのは午前1時を過ぎてからだった為、あまり疲れは取れていない。

 

 

 しかしだからといって学校を休む理由にはならない。自分の怠慢が招いた結果なのだから、素直に受け入れ今後に生かそう。

 

 

「うーん、今日のお昼はどうしようかな……時間もないし、コンビニで買って行こうか」

 

 

 身支度を整え、必要な物を鞄に詰めて、私はコンビニに出掛けることにした。もう夕方まで帰ってくることが無い為、忘れ物だけはしないように気を付けなければ。

 

 

「……全部入ってるね。それじゃあ学校に行くとしましょうか」

 

 

 コンビニは学校への道中に存在するため、回り道をすることなく辿り着くことができる。コンビニに着くと、私はすぐに店内に入りお弁当コーナーへ向かった。

 

 

 食べてと言わんばかりの美味しそうなお弁当が目に入るが、私は構わず奥に進み、反対側にある棚からパンを2つ手に取った。私が今回選んだのはクロワッサンとベーコンとチーズとツナが乗ったトーストだ。レジに寄る前に紅茶が入ったペットボトルを手に取る。

 

 

「お願いします」

 

 

 ピッピッと店員がバーコードを通していく。数十秒後会計に移り570ポイントを支払って店を出た。その時、ちょうど同じクラスの坂柳という杖を持った女子生徒と目が合った。

 

 

「……」

 

 

 私は平常心を装いながら、彼女に向かって微笑む。

 

 

「おはようございます。同じクラスの坂柳有栖さんだよね。昨日ぶりですね」

 

 

「……ええ、そうですね。あなたは確か、小鳥遊瑠璃さんでしたか?昨日は入学式を欠席していたようですが、体調はいかがですか?」

 

 

「心配してくれてありがとうございます。もう大丈夫ですよ。私、偏頭痛持ちなんです」

 

 

「そうですか。それなら安心ですね。今日から体育の授業で水泳が始まりますし、温水とはいえ体調が悪ければ休まなければなりませんから、参加できそうで安心しました」

 

 

 坂柳の言葉は私の体調を気遣っているというより、私が欠席することを嫌っているように感じる。心配の気持ちも持っていなさそうだ。

 

 

「坂柳さんは、私に欠席して欲しくない。そう思っている、で良いかな?あなたの言葉は私の体調ではなく、私の欠席を嫌っているように感じたんですが」

 

 

「うふふ、酷いことを仰いますね。私だって心配くらいしますよ。ただ、あなたの言う通り欠席されるのは少々困ってしまいます」

 

 

「どうしてですか?」

 

 

 私が坂柳に疑問の言葉を投げると、彼女はつまらなさそうな顔で私を見て、口を開いた。

 

 

「……小鳥遊さん、あなたにはがっかりしました。そんなことも分からないなんて、私が期待し過ぎていたようですね」

 

 

 勝手に期待した癖に、勝手に期待を裏切られたと声をあげるなんてどうかしている。坂柳有栖は傲慢で不遜な少女だ。

 

 

「勝手に期待したあなたの判断が間違っていただけのことですよ。私のせいにしないでくれませんか?」

 

 

「あなたは、葛城君が入学式の日に意見共有をした内容をお忘れですか?あなたはそれでもAクラスの生徒なんですか?」

 

 

 坂柳は面倒臭そうな顔で私を睨みつけ、挑発する。

 

 

 入学式、坂柳と葛城は自己紹介時にクラス替えやポイントに関する話をしていた。坂柳はいじめやトラブル発生時のクラス替えが無いのかを真嶋に尋ね、葛城は毎月支給されるポイント額について尋ねていたが、正直葛城の話はほとんど覚えていない。

 

 

 葛城の話を聞いて思ったのは『支給額は変化するかもしれない』という考えで、結論しか覚えていない。坂柳は『ポイントを無駄遣いしてはいけない』という注意喚起を行っていた。彼女の話は最後まで聞いていたが、葛城の話はあまりにつまらなかったのでほとんどスルーしていた為、彼女の言いたいことがさっぱり分からない。

 

 

「葛城君の話はつまらないから聞いてないよ。あとひとつ気になったんだけど『あなたはそれでもまつまAクラスの生徒なんですか?』って発言、一体これはどういう意味なの?」

 

 

「……良いでしょう。あなたに説明して差し上げます」

 

 

 坂柳は学校へ続く道を歩きながら話し始めた。

 

 

「まずは私が危惧していることについて説明致します。葛城君は昨日、クラスポイントが変動する可能性を示唆していました。そして、どの様な観点から評価されるのかについても彼は考えていました。彼は学業成績と内申点が関係していると言い、私達に意見を共有したのです。そして彼の考えが正しければ、出欠席も減点になりうる可能性が高いため、無闇矢鱈に欠席されては困るんですよ。もちろん、本当に体調が悪いのなら欠席することも大切ですか」

 

 

「ああ、そんなことですか」

 

 

 坂柳の話を聞いて私は何となく昨日の葛城の言葉を思い出した。全て思い出したわけではないが、『学業成績と素行を気を付ける必要がある』という自分の考えだけは思い出すことができた。

 

 

「あいにく、私はこれでも一応優等生として生きてきたものですから、無駄な欠席はしませんよ」

 

 

「そうですか、それなら安心ですね」

 

 

 坂柳は私の返事に不満気な顔で言葉を返す。

 

 

「出は次に後者についてお話します。これは私の憶測が混じっている為確実ではありませんが、八割方間違っていないと確信しております」

 

 

 坂柳はそう前置きし、私の方を見つめて話し始める。

 

 

「……この学校は各学年4クラスに分けられていますが、各クラスの質が全く異なっています。この事実にあなたは気付きましたか?」

 

 

「それはちょっと思ったかも。昨日Aクラスに向かう前に各クラスの様子を確認したけど、Bクラスは新興宗教、Cクラスは不良校、Dクラスは言い方は悪いけど底辺校。性格の良さそうな生徒、暗そうな生徒、真面目そうな生徒、素行の悪い生徒と全クラスの良いところと悪い所を詰め合わせたような変なクラスだった。比較的マシなBクラスも初日にあそこまで統率が取れるのは変だし、入学初日の普通のクラスというのはやっぱりウチのクラス以外当てはまらなさそうだね」

 

 

 素直に思ったことを口にし、坂柳に伝えると彼女も私の言葉に首を縦に振る。

 

 

「私の言いたいことは伝わった様で安心しました。その上で、クラスの質を上から並べるとAクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスになります。初日の自己紹介時の雰囲気で、Aクラスは真面目で学力の高い生徒が多く在籍していることが分かります。次にBクラスは一之瀬帆波さんという女子生徒を中心に纏まりがあり、先ほどあなたも言ったように、生徒同士が教祖と信徒という関係のあるクラスのようです。Cクラスは暴力的な生徒が多いですが、トップが決まれば恐怖政治を行ってかなり纏まりのあるクラスになりそうです。そしてDクラスですが、あれは纏まり以前の問題で、も問題児を集めたようなクラスです。つまり、この学校はAクラスから優秀な順に組み分けられているのではないでしょうか」

 

 

 坂柳は素行と成績順に各クラスを並べ変えた時、やはりクラス事に質が違うということに気付き疑問を持った。そしてアルファベット順に優秀な人間が各クラスに組み分けられていると結論付けだ。

 

 

「……だから、あなたは私の思考が優秀なAクラスにふさわしくないと判断したんだね?」

 

 

「ええ、その通りです。あなたは期待以下でした。しかし、思考自体は悪くありません。私の元で、あなたの思考力を役立てて差し上げます。どうやらあなたは、ただの勉強バカとは違うようですから」

 

 

 坂柳の上から目線の言動、勝手に期待して勝手に失望する他人軸な考え、人を馬鹿にしたような態度に私はもううんざりだった。彼女が優秀だからといって、他人も彼女と同じ様に物事を捉えているわけではない。人が変われば思考も変わる、視点が変われば結論も変わる。思考とは意図も簡単に変わってしまう変化する概念だ。坂柳は思考というものをまるでわかっていない。

 

 

「……坂柳さん、私は道具じゃありません。人間が何故他の動物と比べて優秀だと言えるのか。それは私たち人間は思考する生き物だからだ。物事をあらゆる側面から見て考え、考察する。それが人間の素晴らしい長所です。人の思考なんていとも容易く変わってしまいます。ついさっきまで勉強をしようと思っていても、いざ部屋に入って机に座ると別の行動を取りたくなる。例えば漫画やゲームが視界に入れば気になってしまう。人の思考なんて、本人の意思の強さに関係しますが、簡単に変わります。私を有用だと思っていたあなたが、ほんの少しの些細なことで私を期待外れだと言ってしまうのもそう、そのひとつ」

 

 

 私が坂柳に遠回しに説教を垂れると、彼女は分かりやすく怒りを顕にし私をきつく睨み付けた。

 

 

「何が言いたいんですか?」

 

 

「私はあなたの道具にはなりません。何故なら私は人間だから。あなたが必要なものは自分の思い通りになる道具……いわば無生物でしょう?無生物は思考しませんし、あなたの好きにできる。ですが私は誰かに従って生きるなんてゴメンです。なので、あなたの願望は非常に迷惑ですし不愉快です。謝って下さい」

 

 

 私が坂柳に謝罪を要求すると、彼女は目を伏せこう言った。

 

 

「謝罪はしません。私の期待通りに進まないからといって、私がその事実をあなたに言うことの何が悪いのか理解できません。そして私が欲しいのは道具ではなく、私と共に歩む人間です。あなたは大きな勘違いをしているようですね。私こそ、あなたの発言を不愉快に思っている被害者です。あなたこそ私に謝罪をすべきですよ」

 

 

「……はぁ、坂柳さん。私、あなたの考え方には全くついていけません」

 

 

「それは奇遇ですね。私も同じことを考えていましたよ、小鳥遊さん」

 

 

 私と坂柳は睨み合ったまま通学路を進む。そして昇降口に着くと、私は自分の上履きを掴み、素早く履き替えて彼女をおいてさっさと教室に向かった。

 

 教室に着くと既に何人もの生徒がホームルームの待機をしており、坂柳の言っていたクラス間の質のレベル差というものを改めて実感した。クラス内では明るく坂柳とも昨日少し会話をしていた橋本と、真面目で聡明そうな葛城を中心にそれぞれのグループができており、いずれ私もどちらかの派閥に所属するのだと予想できる。

 

 

 もしかしたら、坂柳と同じグループになることも有り得る。だが、私はそんな未来はごめんだ。彼女の言葉が正しいからといって私は道具に成り下がる気は毛頭ない。だからこそ、私は坂柳と違う派閥に属するのだと決意を固めた。

 

 

「葛城君、それって『帝王学』に関する書籍ですよね?政治や経営に興味がおありですか?」

 

 

 私は葛城が読んでいた本について質問した。彼は『帝王学』というワードに興味を持ったのか、それとも単に知識欲からこの本を読んでいるのかは分からないが、どちらにしろこの学校では珍しいタイプの人間であることは間違いない。

 

 

「ああ、そうだ。帝王学とは古代中国に端を発する概念だ。皇帝や王など君主のあるべき姿を学ぶ学問でな。前からこの単語については聞いたことがあったが、実際にどのような学問なのかは知らなかったんだ。この学校には大きな図書室があり、そこにはありとあらゆる学問の書籍が貯蔵されている。だからせっかくなら、意味や中身を知らないものについて学びたいと思った。だからこの学問について学んでいるんだ」

 

 

「なるほど。すてきな考え方ですね。聞いた事があってもその本質や今まで正確に理解できていることは意外と少ないですし、私もあなたのスタンスを参考にしてみようと思います」

 

 

 私がそう言うと、葛城は少し驚いた顔をするがすぐにいつもの顔に戻った。そして何かを考える素振りを見せた後口を開いた。

 

 

「……そうか。それが良いだろう。意外と自分自身で知ったかぶりをしているだけということも多いにある。俺たちは考える生き物。ならせっかく人間に生まれたのだから、曖昧な思考を持ち続けるのは問題だ。理解が不十分なら、探究心が沸いたら、知を追求するべきだと俺は思う」

 

 

 

「ええ、そうですね。私も同意致します」

 

 

 葛城の考えは嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。知を追求する姿勢も、素直な言葉も、飾らない態度も私にとって非常に好ましい。最近知り合い、軽蔑の感情を向けた堀北や坂柳とは大違いである。

 

 

「葛城君、あなたは哲学という学問についてどれだけのことを知っていますか?」

 

 

 私が彼に問えば、彼は数秒考え込むように腕を組む。そして手をダラりと力なく下ろし、困ったように笑った。

 

 

「……哲学という言葉は全く分からない。偏見で申し訳ないのだが、哲学者は人生とは何かについて考えている、というイメージしか湧かなかった。どうやら、この学問についても俺は無知らしい」

 

 

「そう、ですか……」

 

 

「無知の知……葛城君、あなたはこんな言葉を知っていますか?」

 

 

 私がそう問い掛けると、うんうんと唸り、数秒後静かに首を横に振る。

 

 

「どこかで聞いたことがある言葉だが、全く思い出せない」

 

 

 彼はそう言い、私に説明を求めた。私は自分が持つ知識を思い出し、その事実が全て正しいことを脳内で確認する。それから数秒後、私は自信を持って『無知の知』についての説明を開始した。

 

 

「この言葉は、古代ギリシャの哲学者、ソクラテスが生み出したものです。この言葉の意味は、自分が何を知らないのかを知ること、つまり自分の無知を認識することを意味しています。自分の無知を認識すれば、無知を脱却する為に今の自分に何が必要なのか、何をすべきなのかをそこで初めて考えることができるのです」

 

 

 私が説明すると、彼は関心したような顔で話し始める。

 

 

「なるほどな。無知の知、か。確かに、人生には自分の理解を超えるものが沢山ある。理解を超えるものに遭遇した時、俺たちは一体どこまでそのものに対して理解ができているのか……それを整理することで、今すべきことが分かるようになるのか。といっても考えるのは自分自身だが」

 

 

「今の葛城君のように、名前やニュアンスを理解していても、その内容を全ては知らない。そんな時、自分は何を知らないのかを認識することで、足りない知識を新たに吸収するために、今必要なものが分かるようになるのです」

 

 

 葛城は今、帝王学という言葉やニュアンスを理解してはいたが、その内容や意味については全く知らなかった。葛城はそれを認識したことで、不足する知識を補うために本を借り、帝王学に関する知識を得ようとした。

 

 

 哲学とはたいそうな理論や概念がなくとも、人々が思考を続ける限り常に身近にある学問だ。人生とは何か、人は死んだらどうなるのか、何故人は死ぬのか、なんて途方もない問いを考えることだけが哲学ではないのだ。

 

 

 目的を達成するために何をすべきか、本当にこれは正しい行いなのか、何故こんな行為をしなければいけないのか。些細な問から壮大な問まで、全てが哲学という学問に包含されるのだ。

 

 

 つまり、人々は生まれてから死ぬまで哲学者としての側面を持つことになるのだが、そんな事実に気付けるのは哲学を学問として愛し、問答を繰り返す生粋の哲学者だけだろう。

 

 

「……これが、哲学か」

 

 

「確かに、これも哲学と言えますね。しかし、哲学とは多くの学問における疑問を包含するものですから。それに哲学者によって定義される論理だって正しいとは言い切れません。だからこそ、私たちは自分の中に定義を確立すべきだと思っています」

 

 

 彼もまたこのクラスのリーダーにふさわしい素質を持っているようだ。尤も、堀北と坂柳では比べる物質の質が全く異なる為、彼女たちを同じ土俵に上げて比べるのは正しい比較例とは言えないのだが。

 

 

 ちなみに余談だが、この2人を比較して思考や態度が好ましいのは坂柳だ。私は彼女をキレ者の実力者として認識してはいるので、彼女の傲慢で自己中心的な性格は嫌いだが、能力については尊敬している。ちなみに堀北については人以下なので、軽蔑、嫌悪、憎悪等の悪感情しか抱いていない。

 

 

 とにかく、葛城との"お喋り"であれば有意義な時間が過ごせそうだ。綾小路とはまた違ったタイプの人間だが、私は真面目な人間が嫌いじゃないので、彼の性格も歓迎できる。

 

 

「定義を確立すべき、か。面白い考え方だな?まるで、生粋の哲学者のような思考だ。小鳥遊は随分物知りだな。哲学に興味があるのか?」

 

 

「ええ。幼い頃、家の書庫一冊の哲学書を読んでから、興味が湧いたんです……こうして、私の"趣味"のお話に付き合っていただける方は少ないので、凄く楽しかったです。良かったら、また今度お喋りをしませんか?私、ティータイムをしながらのお喋りが一番好きなんですよ」

 

 

 幼い頃の記憶が蘇り、僅かに後頭部がズキンと痛む。

 

 

 実家で私は躾と称して、書庫に閉じ込められた。真っ暗な書庫の中で震えるしかなかった。しかし、あの時私は初めて神秘的な存在を知った。その存在の名は知らなかったが、当時の私は懐中電灯を運良く見つけられたのは奇跡だと思い、目に見えぬ、名前も知らぬ存在に感謝をした。

 

 

 その懐中電灯の灯りを頼りに、私は本棚から適当な本を取り出し、読み始めた。難しい漢字は読めなかったが、近くにあった辞書を引きながら、小さな明かりを使って本を読んだ。

 

 

 ずっと昔に消えた記憶を取り戻し、なんとも言えない不快感に包まれた。私は不快感を消し去るようにじっと葛城を見つめる。何故そんなことをしたのかと言うと、彼を見ていると、ここがあの恐ろしくておぞましい実家ではないのだと、実感できるからだ。

 

 

 その後、葛城は数秒考えるように目を閉じる。私はその間も彼を見つめながら静かに返事を待ち続けた。

 

 

「分かった。俺もお前との意見交換は嫌いではない。時間があれば、ぜひ付き合わせて貰いたい。良かったら、連絡先を交換しないか?後、タメ口で話しても良いだろうか?」

 

 

「!……うん、良いよ。じゃあ、これからよろしくね?」

 

 

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 

 私は学生証端末を取り出して葛城と連絡先を交換した。これでいつでも彼に連絡を取ることができる。葛城はAクラスで初めての友達1号だ。これからも是非仲良くしていきたい。その後、授業が始まる5分前まで葛城と談笑して過ごした。

 

 

「……」

 

 

 その頃、2人の談笑する姿を坂柳は複雑そうな面持ちで見つめていたのだが、当然2人はお喋りに夢中で気付くことは無かった。

 

 

 それから数時間が経過し、4限目の水泳の授業が終了した。初回の授業は各種目別のタイムの計測で、そこまで体力を消費することは無かったが、タイムが最下位だった生徒は補習を受けることになっていた。私も水泳は得意では無いので、もう少しタイムを上げられるようにならなければ。

 

 

「はぁ、疲れた。ねぇ、この後どうする?」

 

 

「学食行こうよ。もうお腹ペコペコ」

 

 

「私お弁当作ってきたんだ」

 

 

 楽しそうに昼食の話をする女子生徒たちを羨ましく思いながらも、私は身なりを整えて静かに更衣室を出る。ぼっち飯なんてとても耐えられないので、どうしようかと思案していると前から見知った顔がやって来た。

 

 

「さ、坂柳さん」

 

 

「さっきぶりですね、小鳥遊さん」

 

 

 顔を合わせるなんてとんでもない、声すら聞きたくない存在である坂柳有栖がそこに立っていた。

 

 

「……なんの用ですか?私に話し掛けるなんて。仲良く談笑するような間柄ではありませんし、要件を仰って下さい」

 

 

「……ええ、そうですね。お話したいことがあるのは事実なのですが、できれば落ち着いた場所でお話したいのですが……よろしいですか?」

 

 

 朝のような威圧的で傲慢で自分勝手な少女はどこへやら、坂柳は低姿勢で命令口調ではなくお願いとして私に頼んでいる。

 

 

「……」

 

 

 ここまでの変わりようになにか裏があるのではないかと勘ぐってしまうが、憶測でできるのは予想だけ。未来を知るには自身が体験する必要がある。

 

 

「分かりました。場所を変えましょうか」

 

 

 

「……ありがとうございます。学校の近くに小さな喫茶店があります。あそこは穴場スポットのようなので、落ち着いて話せるはずです」

 

 

 私は彼女の言葉に頷き、学校前にある喫茶店へと向かった。道中、私も坂柳も一言も話さずに無言で歩き続けた。

 

 

「到着しました」

 

 

 辿り着いたのは、学校から徒歩2分ほどのところにある古風でレトロな昔ながらの喫茶店だった。せっかくコンビニで購入した食べ物は家に帰ってから消費すれば問題ない。

 

 

「へぇ、レトロでオシャレなお店ですね」

 

 

 店内に入ると様々な骨董品や絵画が私たちを出迎え、ベルベットのアンティークチェアと可愛らしい紺色のラウンドテーブルが店内の雰囲気をよりラグジュアリーになものにしている。

 

 

「……こちらの店主はなかなかのアンティーク好きで、和洋折衷様々な時代、場所の骨董品を収集されているそうです」

 

 

「へぇ。マニアなら泣いて喜びそうなお店ですね」

 

 

 席に着くと各自メニュー表を読み、各々好きな料理と飲み物を注文する。私はオムライスのセットを、坂柳はカルボナーラのセットを頼んだ。

 

 

「それで、お話とは?」

 

 

「その……実は今朝の件で、あなたに謝らせていただきたいのです」

 

 

「え?」

 

 

 私はまさかの発言に驚き、掌からおしぼりをテーブルの上に落とした。

 

 

「小鳥遊さん、私の今朝の言動はほぼ初対面のあなたにと対して許されるものではありません。いえ、知人であろうがなかろうが、決して許されないことは理解しています。大変申し訳ございませんでした」

 

 

 彼女は背を丸め、顔を下げて謝罪の言葉を口にした。

 

 

 真に許されないと理解している人間であれば、そもそも彼女のような態度や言動は現れない。いくら感情的になっているからといって、許されるものではない。現に私は今彼女の謝罪を聞いてなお怒りが込み上げてきている。

 

 

「……顔を上げてください。あなたは私に謝ってどうしたいんですか?許されたいんですか?」

 

 

 それとも何か他の思惑があるのか、と言いたい気持ちを抑え、あくまで冷静に彼女の言葉をじっと待つ。

 

 

「……そうですね、許されたいのでしょう。しかし、私は自分自身が犯した過ちを謝罪で済む問題だとは捉えておりません。ですから、私なりに誠意としてひとつ御提案があります」

 

 

「提案……?」

 

 

 彼女は姿勢を戻し、まっすぐに私を見据えるととんでもないことを口にした。

 

 

「私と、勝負をしてくださいませんか?」

 

 

「……は、はい?!失礼ですが、一体あなたは私に何を求めておられるのですか?突然の事で全く話についていけないのですが?」

 

 

 坂柳の提案に思わず気の抜けた変な声が出てしまう。それだけ意味不明な発言だったのだ。

 

 

「私はもう二度と、あなたに今朝のような言動や態度は取りません。あなたに誓い、お約束致します。しかし、口ではいくらでも言えます。ですから、あなたに少しでも信じていただくために、私はあなたの課す試練を乗り越えます。証明とは言えませんが、私の覚悟として承諾いただけませんか?……もし、試練に破れるようなことがあれば私はもう二度とあなたに関わりません。この学校から去りましょう」

 

 

「待ってください!それって!まるで──」

 

 

 まるで、自身の退学を賭けているみたいじゃないか。

 

 

 私は彼女の並々ならぬ覚悟に驚き、焦り、困惑した。たかが仲の拗れたクラスメイトにそこまでする理由が無い。いくら3年間クラス替えが無いか、といって、昨日出会ったばかりのクラスメイトの為に退学できるだなんてどうかしている。未来の為に水からの指をへし折った私以上に、彼女は異常でイカレていた。

 

 

「どうして、そこまでして私に許しを乞うのですか?」

 

 

 彼女は少し俯いて微笑んでから、震えた手で私の手を強く握った。

 

 

「私に面と向かって反論し、謝罪を要求したのはあなたが初めてでした。私の挑発や罵りに対しても、あなたは冷静に反論した。あなたにまた傲慢だと言われてしまうかもしれませんが、私はあなたのその冷静さに惹かれたのです。あなたとなら、対等な友人関係になれるのではないか、そう思って……あなたと友達になりたくて」

 

 

 頭がおかしい人間ならば、孤児院時代に何人も見てきたつもりだが、彼女のようにどんな状況でも、素直に思ったことを伝えられる人間を私は生まれて初めて見た。

 

 

「理解できません。私と友達になることを望むくせに、わざわざ勝負事をしてあなたに何の利益があるんですか。あなたが負けたら、退学なんですよ?」

 

 

「私は単純に賭けを楽しみたいというのも理由のひとつです。しかし、それ以上に此度の件についてご迷惑を掛けてしまったと冷静さを取り戻してから気付きました。この件を謝って終わらせるつもりは勿論ありませんので、この様に誠意を示させていただきたいと思いまして」

 

 

 彼女の言葉も表情も全て本心に見える。しかし、どれだけ彼女の綺麗な面を見ても今朝の羞悪で恐ろしい般若の面が透けて見えている。私の妄想なのかもしれないが、やはりそれでも安心までは程遠い。

 

 

「その試練というのは私に決める権利があるのですか?」

 

 

「ええ、もちろんです」

 

 

「……分かりました。坂柳さん、私はあなたの誠意が本物であることを祈ります。私が課す試練は……2ヶ月以内にAクラスを統治し、ひとつの国家として纏めあげる、というものです。ちなみに暴力は脅迫での支配は禁じます。それ以外であれば、どんな手を使っても構いません」

 

 

 坂柳は自信家で、自分が上に立たなければ改革を起こす革命家タイプの人間だと考えている。そして、似たようなタイプの生徒がAクラスにはいる。彼女がこのクラスのトップに君臨するにはおそらく対抗馬になるであろう葛城を越える必要がある。

 

 

「……うふふ、あははは。面白い、面白い内容の試練です。2ヶ月以内にクリア出来たら、私と本当に友達になってくださるのですか?」

 

 

「ええ。お約束します。その代わり、達成できなければ退学していただきます。よろしいですね?」

 

 

「分かりました。あなたの寛大な御心に感謝致します」

 

 

 こうして、2ヶ月という期限を設けた私と坂柳の賭けが始まった。坂柳にとって得られるものはほとんどない勝負だが、彼女がどうしてもというのだから仕方ない。

 

 

 私はもちろん人間なので、賭けに負けて退学する彼女を見れば同情はするだろう。しかし、それと同時にそこまでの人間だったのだと判断もするはず。

 

 

「……坂柳さん、私はあなたに期待はしません。ですが祈りはします。何故なら、あなたは私と同じクラスの仲間なのですからね」

 

 

 そう告げると、彼女は少し肩を竦め小さく頷き微笑んだ。

 

 

 坂柳は頭脳の天才だと自負している。身体に問題があっても、その問題さえ彼女にとっては些細なことに過ぎないのだろう。彼女の論理的な思考、観察眼、問題解決能力はどんな場所でも重宝される。だからこそ今まで賛美を浴びはしても、罵倒や罵りを受けたことは無かったのかもしれない。

 

 

 しかし、そんな彼女が初めて自分の性格や態度に問題があるということに気付いた。これはとても喜ばしいことだ。

 

 

 人は自分を客観的に見ることは困難だ。自分の価値や評価は常に自分以外の誰か……そう、他人が決める。他者が決めて初めて自分の欠点を知ることができる。だが実際他人の欠点を平然と指摘できる者は少ない。日本人特有の性質なので仕方はないが、他者のアイデンティティを傷付ける行為なので、人が高度な知能を持った生物である限り難しいことなのである。

 

 

 だからこそ、欠点を知り、成長しようとする坂柳が羨ましいのだ。彼女は成長の機会を得たのだから。

 

 

 私だって、あの御方の期待に応えるため成長しなければいけない。しかし、私には一向に成長の機会がやって来ない。だからつい、焦ってしまう。焦りは何も生まないというのに、私は人間なので自身の感情に振り回されてしまう。

 

 

「……人間に生まれて良かった」

 

 

「……何か言いましたか?」

 

 

「いいえ、何も……」

 

 

 その後、私と坂柳はランチを楽しみながら学校生活についての意見交換を行い、非常に有意義な時間を過ごした。

 

 

 坂柳有栖は私にとって、現状友達とは言い難い存在だ。しかし、私は今彼女に嫌悪感を抱いているが嫌いでは無い。今の状態の彼女を私から見てなんと呼ぶべきか。

 

 

「……坂柳さん。今からの2ヶ月間、私はあなたをライバルとして認識します。よろしいですか?」

 

 

「うふふ、良いですね。さらにこの勝負に燃えてきました」

 

 

 こうして、私は高度育成高等学校に入って初めてのライバルを手に入れたのだった。

 




ついに坂柳と葛城が出てきましたね。

Aクラス主人公ものでも、坂柳とすぐには仲良くならないタイプの主人公なので、こんなお話になってしまいました。
これは元々の主人公の性質が坂柳と全く異なるからなのでしょうが、この坂柳は私新訳なので少し子供っぽくなってしまってるかと思います。
前話の話から、今話での坂柳の落胆、そして軽蔑へと至るのですが、結局最後にはそれを加味しても結局主人公に対して「へぇ、面白ぇ女」ってなるんですよね。

この坂柳との口喧嘩?の後に葛城との会話が入るのですが、実はこの時の会話を坂柳が見ていて、主人公が生まれながらの哲学者である、ということに確信を持つんです。
そして朝、自分が犯した間違いを認め、主人公とのティータイムをもう一度夢見るようになります。
そして彼女とどうしても友達になりたくて、自分の退学を賭けてまで彼女に勝負を挑み、勝ったら友達になるように迫るのです。


小鳥遊は決して天才ではありません。
どちらかと言うと、常に思考を続ける秀才型の哲学者をイメージして作られたキャラクターです。
そんな彼女は坂柳にとって異質です。
彼女にとって問いには答えがあり、それが天才故にすぐに分かってしまいます。
だからこそ、彼女とは真逆な存在であり、異質で異常で自分を神と称してしまうほどイカれている小鳥遊に惹かれてしまう。


そんな小鳥遊の持つカリスマ性?魅力?みたいなものがこの話で分かって貰えたら凄く嬉しいです。
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